憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

 ――人間は無意識に生命活動をするものだろ。呼吸や睡眠、食事……勿論意識的にそれらをやる場合もあるが、極限だと無意識にやるらしい。幽霊……なのかな、僕は……まぁいいけど、幽霊も似たようなものみたいだ。状態の維持のため無意識でエネルギーを求める。最初は気付かなかったんだけど、僕らはその場に居るだけで生命エネルギーを奪ってしまうようでね。ほら、言うだろ? 幽霊が居ると気温が下がる。あれは温度と共に生命エネルギーを奪っているんだろうな。
「それが、なんの話に繋がるんだ……? 俺は元気だったし、エネルギーを奪われてなんかない……少し、眩暈はするけど……」
 ――多少の負荷は掛かるか。これは本には載ってない実験みたいなものだから、どうにも予測がつかなくて。悪いね。
 彼は状況を楽しむ口調で続けた。
 ――最初のうちはキミからも奪っていたみたいだよ。僕が意識的にやってることじゃなくて、こっちのガキが……勝手に奪って僕にまで供給してくる。お陰で元気になってしまった。『おはなし』をされるようになってからかな。コイツがキミに懐いてからは、キミからは奪わなくなった。だからキミのクラスの奴とか、一緒に行った七不思議の場所には心の一部を置いて……根を張ってると言えばわかりやすいかな? そこに居る奴から頂戴していた。核みたいな部分はキミから離れられなかったけど、そのガキのほうは三歩制限もなかったし印象的な場所になら少しタマシイってモノの一部を置いておけたから。おっと、危ない。
 彼は人間のようにふらついて、落ちそうになり、立て直す。
 歩くのをやめてこちらを向いた。その口はにっこりと、綺麗な弧を描いて笑っていた。
 ――遊園地の後だったかな。航琉くんが、燈李が沢山居たらいいのにって言ったのを聞いてね。唯一無二として向けられる愛情が苦しいのなら、沢山居ればいいのではないか、と。面白いなと思ったから……ちょっと考えたんだ。僕は分裂出来ているわけだし、乗り移ることも出来た。つまりキミを分裂させて乗り移させることも可能なのではないか……? 僕自身が幽霊というこの状態だからなのか、確信があったんだ。キミ本体の命に関わることにはならないって。血液だって少し抜いても問題ないだろ? 似たようなものだ。それで航琉くんに提案したら……あぁ、僕が分裂していることはややこしいから省いたけど……『そうしましょう。それを願いにします』って乗ってくれて。それでまぁ、プロトタイプというかテストプレイというか、わざわざ願い事にしなくても僕のほうで出来るんじゃないかと思ってね。ちょっとエネルギーを失って弱ってる人に、ちょこっとキミのタマシイとやらを拝借して入れてみたところ……今の感じが出来上がり。
「何、言ってんの……」
 ――それに、ムカつく奴が蔓延るよりもキミで上書きしちゃったほうが良いだろ。
 屋上に居る大半は、知らない人達だ。弱っている人を適当に選んだのだろう。だけど二人、見覚えのある顔があった。名前までは知らない、親しくもない、ずっと前に俺と航琉くんの仲を嘲笑って、航琉くんに殺意を向けらた奴ら。
「……認められない発言をした相手だとしても、危害を加えていい理由にはならない」
 ――真っ当で御立派な発想だ。キミみたいな人が沢山居たら、人の不幸は減るだろうね。
 ――ふふっ、きゃははっ!
 子供が、笑っている。彼も笑顔のままだ。その笑いは、目論見が成功したからか……?
 俺の、知らないところで? 他の誰かを、こんなにも沢山の人を傷つけて?
 ――だからこの前は驚いたよ。航琉くん、『燈李さんはたった一人しかいない』なんて言い始めただろう? 沢山作ろうとした張本人がまさかの掌返し。お願い事の放棄と捉えられる発言だ。僕と同類だと思ってたのに、残念だな……。
「航琉くんは、今は……そんなことは……」
 願わないはずだ。
 ――きゃははははっ! ……う、わあああん!!
 ――燈李、だめだよそんなことしたら。
 俺はそれこそ無意識に縋るものを求めて、首元のお守りを握っていた。視点が、自分の体に戻ってくる。
 ――燈李。キミのタマシイを全てキミの体に戻してしまうとコイツはこの人達を襲う。キミではないものだと認識するから、エネルギーを奪う。これ以上奪ったら死なせてしまうよ。
「な……、でも、このままだとしても……」
 俺が、人格を上書きするんじゃないか?
 ――おそらくご想像の通りだ。前例を見たことはないから知らないけど。燈李が沢山……嬉しいね?
 ――うん!
「そんなの……こんなのおかしいだろ! お前も言わなきゃわかんないのかよっ!? 誰だって、一人の人間で、大切な存在で、こんな」
 ――そんなことわかってるよ。人の心が無いサイコパスと一緒にしないでくれるかな。
 彼が航琉くんを一瞥する。航琉くんに人の心はあるけど、俺は確かに以前の航琉くんのことを思い浮かべていた。俺以外を無価値だと言った頃のことを。
 俺以外が無価値だから、安易に他人に乗り移させることに、人格の上書きに同意した。遊園地直後のあの頃だって、もしかしたらまだ他人を俺に置き換えて考えないと大切に出来なかったのかもしれない。
 でも今は、俺以外の存在であるお前のことを、俺だけのことを最優先に考えるなら抹消したいと思うはずのお前を、大切にしたいって、友達になれたはずだって、一人の人間として思ってる! 
「お前だって、一人の」
 ――僕の場合は違う。代わりが存在する。僕がいなくても、墨涼という生徒の周囲の生活は何の問題もなく進行した。そうだよな、キョウ?
 代わりなんて存在しないと、俺はいつだったか声を張り上げた。
 彼がそれを拒絶したことを、覚えている。
 ――……ひとりひとりが大切な人間。それを分かってて踏みつけるのが僕だ。気に食わないから。とっても人間味があるだろ? 感情は何一つ欠落してない。でも航琉くんがキミを傷付けたくないと言ったのは、良い奴なのかも……僕はキミが傷ついても構わないと思っている。
「そんなわけない!! わかってるよ今までずっと、」
 ――言ったはずだよ。僕は性格が悪い。それを理解しておけと。
「何度だって、助けてくれたのに……?」
 ヤミポンの笑顔が、悲しそうに見えた。
 今までの優しさが嘘とは思えない。だけどきっと今の話も、嘘ではない。
 ――僕は、こういう性格をしてるから。だから……
 ヤミポンはもう一度、キョウさんと大星さんのほうを見た。二人ともぐったりと、体に力が入らない様子で膝をついている。
 ――きゃははっ!
 子供の霊が、エネルギーを奪っている。
「やめ、」
 ――燈李。これで全ての答え合わせが済んだんじゃないかな。今度はキミに答える側をやってもらいたい。
「……今すぐ、その子を止めてくれるなら」
 ――やっぱり受け入れてはもらえないか……。説明したら反対されるのは分かってた。別にこれはどうしてもやりたいことじゃない……元々僕の願いじゃないし……だけど僕の意思では止められない。今はもうそのガキが全てやっていて、血液と同じで抜いたことによる貧血のようなものだったのかなぁ……キミ本体に悪影響が出て見えたときは止めようしたんだけど、殴っても言うことをきかないんだ、ソイツ。すぐ治ってたし、タマシイの一時的な貧血にはそのうち慣れるんじゃない? ダメ?
「駄目だ」
 ――だよね。……ソイツはこっちの言うことを聞かない。でもキミなら、キミの答えによっては、彼らは助かるよ。今なら僕は飛び降りられそうなんだ。
 彼はまた、ゆっくりと縁を歩き始めた。下を眺めて……ここだと決めた場所で止まる。
 ――キミの体に入っていたからかな。自分が生きているみたいに感じる。
「……う……」
 眩暈がする、気分が、悪い。視界が歪む。意思のある体を、意思を奪っている。
 ――慣れない?
「慣れ、たくない……こんなのは、駄目だ……!」
 ――そう……。
 彼は空を仰いでから町並みに目をやった。
 雪を降らせる、重たい雲。
 夜中の町、起きている人は殆ど居ない。
 ――……おいで。
 彼は子供の霊に手を伸ばす。
 子供の霊は首を横に振っている。
 ――いやだ……
 ――駄目だよ。
 俺の後ろに隠れようと駆けてきたのを、彼が厳しい声色で制止した。
 子供は彼を振り返る。
 ――聞いただろ。彼が駄目だと言った。もう……
 初めて、ヤミポンが子供と目を合わせているのを、見た。
 ――……友達を苦しめないでやろう。
 ――ともだち
 ――……うん。オマエにとっても、そうだっただろ?
 子供の霊が、俺の方へ向く。
 幼い、まだ小学生にも満たないような、みすぼらしい格好の痩せた小さな姿。
 ――ともだち?
「……っ! そう、だよ……!! きみも、俺の友達だ……っ」
 ヤミポンが、少し目を閉じて、また開ける。
 ――おいで
 ――……うん
 子供の霊がヤミポンの手を取る。ヤミポンは、子供を抱きかかえた。
 俺にはそれが、ヤミポンがたった一人で自分の肩を抱いて、小さく震えているように見えた。
「何、する気なの」
 ――この状況の原因は僕だ。僕が消えれば、全部元通りになる。
「そんなの、」
 おかしい、間違ってる、その言葉が喉から出てこない。奇妙な視界と、気分の悪さと、ぐったりとしているキョウさんと大星さんと、航琉くんが居て、この状況こそが間違ってると、俺達全員が分かっている。
 ――もっと早くに消えておくべきだった……でもあと少し、もう少しだけ……ふふっ、可笑しいよな。キミに引き留められて離れられなかったのに、僕のほうが離れたくなくなっていた。
「じゃあ、それなら、エネルギーを俺だけから取れば……」
 ――もう無理だ。そういう段階じゃない。今どうにかしなければ、彼らは……航琉くんは死ぬ。選ぼう。燈李。フェアな質問ではないけれど。答えはキミに選んでほしい。……どうしてもやりたいことは、こっちなんだ。だからキミをここに呼んだ。タマシイがどうたらの面倒で手間の掛かる大袈裟なオカルト現象じゃなくて、ほんの些細な、簡単な選択。来なければそれが選択であり答えであると受け取るつもりだった。もう、キミから離れることは可能になっていたから……。
 ――〈……友情と恋愛を秤にかけたとき、重いのは……選ばれるのは恋愛だ〉――
 ずっと前に、ヤミポンが合成音声の声でそう言っていたことを、俺は思い出していた。
 ――でも、キミは来てしまった。……燈李、選択をしよう。僕に落ちるなと言うのなら、彼は死ぬ。大介くんが居なくて良かった。友情と友情を比べるなら、付き合いの長さで大介くんを選ぶだろう。航琉くんという恋愛感情と、僕とキミとの間にあるというのなら友情を、考えて選び取ってほしい。信頼できる人間の出す答えなら、きっと、上手くいく。
「上手くいくって、なに」
 ――僕の、願いが叶う。
 記憶が、蘇る。図書館の前の、緑豊かな公園。
 俺に体を代われと言った、彼の衝動。
 でも、だけど、離れたくなくなっていたと、彼はさっき、言った。
「お前を、……選んでも、俺の人格が上書きをする……? ここの人達の」
 ――そうだよ。下手をしたらここに居ない人達も、この先そうなるかもしれない。だから実質、一択だ。だけどキミに選んでほしい。
「信頼、出来るから?」
 ヤミポンは、ただ静かに微笑んだ。
 友達なら、話してほしいと思っていた。辛いことや、過去や想いを。
 なりたいと思っていた。安心して話せる相手に、彼にとっての信じられる存在に。
「こんな、ことのために、信頼されたいと思ったわけじゃない。俺は、お前を助けられたらって……助けてくれたから……お前が、苦しいなら力になりたいって、思って……」
 彼は町の方を見ていた。遠く、過去を見るような横顔だった。
 ――助け、か。助けてと言えば、助かったとは思えないな……それは助かる方法が見えてる人間が使う言葉だ。僕は……自分で、わからないから。自分がどうしたいのか。色んな気持ちがあって……さっきの人形だけじゃない。
 見られることで痛みを感じるかのように彼は目を伏せて、それでも最期だとでも言うように覚悟をしたような諦めたような、目に焼き付けておこうとするような表情で、俺へと向く。
 ――愛されている存在が……キミだって、航琉くんだって、キミの家族だって、幸せで、羨ましくて恨めしくて大切にしたくて! 壊したくて!! ……怖くて。……全部、色んなことに対してそうだ……嫌になってしまった。疲れた……もう、いい。もういい。全部、捨てよう。
 ヤミポンはもう一度空を仰いだ。
「待っ……」
 目を閉じ、静かに落ちていく。
 ――……キョウ、……ごめん
「……!」
 キョウさんのほうに、ほんの少しだけ腕を伸ばしてヤミポンはそう言った。
 キョウさんが何かを言いかけたのを耳にしながら、俺は気付いたときにはヤミポンの手を掴んでいた。腰ほどの高さの、柵の上から。もう片方の手と体を柵に当てて踏ん張りながら、それでもヤミポンのほうは落ちる気があって、足は屋上の縁から既に落ちていて、俺と手を繋いでぶら下がっている。
 ――何、してんの。航琉くん、このままじゃ死んじゃうだろ。
 わかんない。冷静になんて考えていられない。
 手に…… 物質でないモノの触れ合いで、タマシイのようなものが俺の手のひらから少しだけ溢れて、彼を掴んでいる感覚で、少しでも力を入れれば彼の手を透けそうで、少しでも力を抜けば手放しそうで、その手に、
 体温が、ある。
 生きてる。
「……っ」
 俺の頬に熱いものが伝った。
 ――燈李。
「っ、嫌だ……っ」
 これじゃ駄々っ子だ。言うべきこともわからず、壊れた蛇口みたいに溢れ出る涙と一緒にそれだけが、感情のまま、抑えられない。
「嫌だ、嫌だ、いやだ……こんなの……っ」
 前屈みになる俺の首元からお守りが垂れ下がり、風に吹かれて揺れる。
 ――……この状況で、思うことはない?
「……っ?」
 ボタボタと、重力に従って涙が落ちていった。彼の透ける体を通り抜ける。
 ――僕が自ら、人の手を握れると思う?
 あの日。九月の屋上。
 俺は航琉くんを助けようとして、躊躇った。
 ――キミが助けたんだよ。航琉くんを。僕は……あの後ろ姿が自分に見えて、……いつも自分を外側から見ている気分だったからね……それで、背中を押そうとしたんだ。まだ死んでない、だから落ちなくちゃ、突き落とさなくちゃいけない……そう思った。だけどキミが掴んで、でもキミは自分に出来なかったと思い込んで、引っ込んだ。
 お守りの細いチェーンが、キラキラと揺れた。
 とても眩しいものを見るように、ヤミポンは目を細める。
「……っ今は、航琉くんの話じゃなくて、お前を……!」
 助けたいのに。
 生きているのに!
 重たさが、全くない。それなのに、引っ張り上げられない。俺の手を透けて、そのまま消えてしまいそうで、動けない。
 ――燈李。もう、いいよ。手を取ってくれた。充分だ。
「駄目だ……! 充分なんかじゃない!」
 後ろで、人が倒れる音がした。
 ――燈李、離せ。駄目だ。無意味だ。
 俺は首をブンブンと横に振る。何が正しいのかわからない。このままじゃ人が死ぬ。ヤミポンを屋上に戻したとしても、俺の人格を入れた人が増えればヤミポンはエネルギーを取らずに消える。無意味だという意味は、わかってる!
「離したくない……掴めたのに、生きてるのに……っ」
 ヤミポンは、困ったように笑って、フワリと浮いた。
 握っていた手は容易く透けて、その代わりに俺の首に腕を回し、抱きついてくる。
 お守りのある、首に。
「やめ……っ」
 ――七不思議を六つ集めて屋上に行くと、願いが叶うらしい。……キミに、お願いしたいことがある。
 ヤミポンの体が、お守りを中心に焼け焦げるように消えていく。
 消えないでくれ。消えてほしくない。でも突き放したら、お前は落ちていくのか。
 キョウさんは、大星さんに願いを叶えてもらって生きた。だけどそのとき、お前は。
「……っお願い、って……?」
 抱きつかれていて、表情が見えない。
 いたい、と泣いていた子供はいつの間にか俺の側にいて、
 ――たすけて
 そんな声を聞いた。
 子供が、キョウさんのほうへ駆けて行く。
 キョウさんの視点で、それが見えた。キョウさんは子供の手をとって、さっきヤミポンがしたみたいに抱きかかえる。
 ヤミポンは、そちらを見てはいない。俺に身を預けて、目を閉じている。
 ――……お話しを、して。キミの声は、よく眠れるから……
 ほとんど消えかかった物質のない体が、それでも震えているのが分かった。
「……ふざ、けんな……! ふざけんなよ……っ!」
 怖がってるのに、痛いはずなのに!
 突き放す? 消えないように? 落ちていくのに?
 抱きしめ返す? 消えてしまうのに?
「航琉くん!!!!!」
 俺はありったけの大声で航琉くんの名前を叫んだ。
 俺に真っ直ぐな想いを、大切な心を言葉にして伝えてくれた人の名を。
 航琉くんの反応した気配が、あった。
 手を胸元に持っていく。
 生きてくれと願って、渡してくれたお守りを、掴む。
「ごめん!!!」
 チェーンを引っ張って、千切って、航琉くんのいるであろう方向に投げる。
 彼は悪霊じゃない。
 お守りがなくたって俺は死なない!
 生きてと願い、伝われと、祈る。
 消えそうな体を、抱きしめ返す。透けないように、壊れないように。
 物質はないけど、ここに居るから。
 言葉を、心を。
「死ぬな……っ」
 ――トモ、
「死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな!!!」
 ヤミポンを否定したいわけじゃない、死にたい気持ちを拒絶なんてしたくない、苦しみから逃げずにいろとか、ずっと苦しめと言いたいわけじゃない! なのに、堰を切ったように、言葉が、気持ちが、溢れて止められない。
 透けないように抱きしめているのに、ボタボタと流れる涙は俺の頬を伝って落ちるだけで、ヤミポンには一切の影響を与えない。
「死ぬな、死ぬな……」
 生きてるなら、
「生きているならっ、」
 お前は、ここにいるのに。
「生きていようよ!!! ヤミポン!!!」
「や……? え? 何?」
 俺の叫びに、キョウさんが困惑の声を出した。
「まさかソイツ……自己紹介してないの? 社会性皆無かよ……」
「そういや俺もしてない! 俺はトモリ! ともしび……街灯とかのトウの旧字体に、リは季節のキ!」
 ――……ぼくは……、
 穏やかで優しい声が聞こえて……そして消えた。
 ほとんど消えて見えなくなっていた彼の姿が、全く見えない。気配が、ない。
「ヤミポン……? ヤミポン!!」
 お守りを捨てるのが間に合わなかった? それとも、満足して消えていった?
「勝手に、消えないでって……」
 言ったのに。
「……僕は」
 後ろの方から、声がした。
 柔らかな中音域。低めには出されていない、そのままの声。
 キョウさんが、こちらに伸ばしていた手を頭に持っていった。
 フワッとした髪が、クシャッとなる。
「……僕はアカツキ。そのままの漢字だ」
 大きな溜息は、よく見た覚えがある仕草だ。
「ヤミ……っ、アカツキ!!!」
 思わず抱きつこうとして、直前でブレーキを掛けた。ブレーキのほうに思いっきりビクつかれてしまった。
「……いい。来い。今は、抱きしめ返したい気分だ」
 ほんとに?
 俺はなるだけ怖くないようにそっと近づいて……アカツキが自分を殴った。
「!?」
「クソッ! 引っ込みやがった! 言ったことの責任取れバカ! トモリは待ってくれ、俺だ。引っ張り出してやる。アイツ今のはただの照れだ。嫌がってないのは分かってんだよ! 出てこい!」
「殴るのは、やめたほうが……」
 キョウさんが頭痛に耐えるように目を閉じて、一呼吸置いてから目を開けた。
「……すまない」
「え、あ、うん?」
 慣れないと俺には違いが難しいかもしれない。たぶんアカツキだ。アカツキもといヤミポンって透明じゃないことあるんだな。そりゃそうか。透けない顔見て話すの初めてだ。もう大混乱だ。
「タイミング逃させたか。ほら」
 手を広げたまま困っていると、アカツキのほうから抱きしめてくれた。
 俺も抱きしめ返す。ウチの家族のコミュニケーション、俺の気持ちの表現としての言語のひとつになっている、ハグだ。
「あかつき」
「何」
「ふふ」
「何だよ」
 返事がある。
「返事があるなぁと思って」
「返事くらいするだろ」
 しないときもあっただろ、とかは言わないでおいてやる。
 生きている。返事がある。
 ここにいる。