憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

-31-
 屋上には何人かの人がいた。十人……、いや二十人くらいだろうか。眩暈がして、正確な人数がわからない。
 視界が歪む。だけど見えるのはどこか別の景色ではない。同じ場所で色んな視点から、一点を見ている……屋上の、柵を越えた縁に立つ人物を。
 ブレて、ぼやけて、次第に定まる景色で、俺の目は……どれが俺の目なのかわからないけど……そいつを捉えた。
「スミスズ、キョウ……さん……?」
 ――惜しい。やっと顔が見えたの? 鈍感は脱したようだけど、僕の名前はキョウとは読まない。その答えは不正解とまではいかないけど、正解とも言えない。五点問題なら三点くらいかな。キョウは……そっち。
 屋上の縁に立っている彼は……ヤミポンは、キョウさんと同じ顔でそう言い俺の後ろに視線を投げた。その先には、彼と同じ顔で、彼よりも背が高いキョウさんが立っていた。
 派手目の衣服、染められた髪、沢山のピアス。
 ――大方、願いを叶えに来たんだろ? 信じてもいないくせに。
「そっちこそ」
 制服を崩すことなくきちんと着るヤミポンとは異なる印象の見た目だけど、話し方や表情の動きは殆ど同じだ。
 ――聞こえてるみたいだね。流石は僕の副人格くんだ。
「え……」
 ヤミポンが俺の方を向く。風が吹いているのに、柔らかそうな髪は靡かずヤミポンの動きにだけ追従して揺れた。
 ――燈李、キミにだってある程度の想定は出来てただろ。僕らは……僕とキョウが二重人格だと。全くの予想外ではないはずだ。驚きの真実なんてものは、ここにはない。
「それは……」
 キョウさんに初めて会ったとき、初めてな気がしなかった。
 図書室の前で航琉くんが倒れたとき、ヤミポンの顔を見た。
 ――世の中、大抵のことは本に書いてある。解決事例もね。だから二重人格も別に珍しがる程でもないと思って……放っておいたら、本に載ってないオカルトな状態になっちゃった。
 ヤミポンは軽く腕を広げた。雪が、透ける体を通っていく。
 ――答え合わせだ。燈李。僕がキミから離れられなかったのは、キミが離さなかったから。そして離れられたのは、僕が要らなくなったからだ。そうだろ? やっと理解ができたよ。
 空気の振動ではない、空耳で聞こえるような不思議な声。小さな音量じゃないのに、手繰り寄せて集中しないと聞こえなくなりそうな存在感の無さ。
 ――あの春と、同じかな。ねぇ、キョウ? オマエもあのときと同じ、七不思議を集めてここに来たんだろ? さっき家庭科室に隠れていた。人形は見た? とても愛らしかったね。それでオマエは何を願うのかな。あのときの願いでは、足りなかったんだろ? 副人格くん。
「副人格……」
 キョウさんはそう呟いて、喉の奥で笑って言った。
「後から発生したほうが副人格? それっておかしくないかな。年齢と成長に伴う変化は順当なものだ。周りはそう見てる。俺は副人格じゃない。お前の添え物でも代わりでもない。過去から続く人生の、ほんの少しの変化だ。俺の人生……俺が主人格で、変われないお前が副人格だろ?」
 屋上の人々が、次々に倒れていく。その度に俺の視点が増えて、明瞭になる。増えた視点の位置は、倒れた人が居る場所だ。自分が倒れている錯覚に陥りそうになる。
 ――きゃははははっ!
「最初に居たのが主人格だって言うんなら、ずっと子供のままでいればいい。それとも俺達の主人格はそのガキか?」
 ――あぁ、こっちも聞こえてる? でもその考えは不愉快だな。
「同意見だ」
 同じ顔。似た話し方。元々は同じ存在だったのだと分かる。なのになんで、片方が"死んで"しまったのか。
 ――こちらも予想通りだと思うけど、このガキも僕だ。図書館に居たのはちょっと違うけど。
「ちょっと違う……?」
 ――アレは想像力の産物じゃないかなぁ……プールも、いっそ鏡や音楽室も、想像した姿を幻覚に見ただけかもしれない。わからないけどね。
 ヤミポンの想像したものを俺が見たのなら、図書室のあの子は例え今ここに人格として存在しなくても、ヤミポン自身なんじゃないか。
 今みたいに屋上の縁に立って、一人で死ぬことを怖がっていた……ように見えた。
 ヤミポンはキョウさんがいて、でもヤミポン一人で死んだのか。
 ――見ての通り僕らは似ていてね。わざと一人称と声質を変えてくれているくらいだ。似合ってないしダサいと思うんだけど。
「それこそ不愉快だ。似てるとは思わない。もし似てるとして、似たようなものが二つあるなら片方は要らない。なのになんでお前はまだ存在している?」
「キョウさん、それは、」
 ヤミポンと、同じ考え方だ。
 ――そうだね。だから捨てられた。そうだろ? ……大星。
 ヤミポンは、今度はそちらを向かなかった。非常階段から上ってきた人物。大きな体格の、文化祭でキョウさんと一緒にいた……
「大星」
「キョウ!!」
 青和田大星。絵のイニシャルのT.Aと合致する。
 大星さんはヤミポンに見向きもせず、キョウさんに向かって走り、抱きしめた。
「……ぅ……?」
 一瞬、俺が大星さんに抱きしめられた感覚がした。視点がキョウさんのものになる。
 ――大星? 聞こえてないか。そりゃそうだよな。キミと今の僕は、なんの繋がりもないんだから。キョウ、安心していい。僕はオマエと大星の仲の邪魔は出来ない。
 キョウさんの視点で、キョウさんの感覚が分かった。ヤミポンと違い、抱きしめられることを拒否していない。大星さんを自然と抱きしめ返している。だけどそれよりも、ひどく体調が悪い。
 眩暈、頭痛、吐き気、身体中が重く、今にも意識が飛びそうだ。キョウさんの体は、支えられていないと倒れてしまいそうだった。
 ――……燈李。これも予想は出来てるだろ。大星と僕は友人だった。そして……キョウと大星は、恋仲だ。
 雪が舞っている。降り積もる量ではない。すぐに溶けてなくなるだろう。なのに雪に紛れて、ヤミポンが消えてしまいそうに見える。
 ――キョウ、思い出してあげなよ。あの日のこと。春の、寒い日。桜が舞っていた。オマエは高校生だった。僕は未だに高校生だけど。オマエが僕と同じ背丈、同じこの姿のときのことだ。今の僕と同じように、この場所に立っていた。
 キョウさんの体の中に居る感覚がして、キョウさんが"思い出す"のが分かった。その光景が、俺の頭にも思い浮かぶ。遊園地の数日後、ヤミポンの記憶を見たときのように。
 ――思い出せ。きっと燈李も見られるはずだ。僕が……捨てられたなんて、ただ被害者ぶりたいだけだって知らしめてやれ。僕がどれ程価値のない存在なのかを示せよ。そうすれば……!

 ……屋上。眼下の地面は遠く、桜が舞っている。
 空は暗く、寒い。水墨画みたいだと、思った。
 スマホを片手に屋上の縁に立つ。
『屋上に行く』
 一応の連絡だ。
 そこに期待が無かったといえば嘘になるが、期待の内容はただ、相手に繋がるのだと知ることだった。送られていれば充分だ。
 屋上から落ちたと心が思えば、願いは叶う。
 本当かな。
 本当じゃないとしても構わない。もう一つの願いは叶う。
 目を閉じる。
 あいつらを、殺す勇気を下さい。
 そっちが叶ったところで、やるのは俺だ。
 わかってる。いつだってそうだった。
「キョウ!」
 俺を呼ぶ声が、耳に届く。大星が非常階段を上がって来ていた。
「大星……俺……」
「キョウ」
 主人格との違いなんて、自称した名前と意識して変えた一人称と低めに出した声くらい。
 それなのに大星だけは、間違えることなくこちらを呼ぶ。大星にしか教えてないから当然か。名前を呼ばれて嬉しいのは、俺だけの特権だ。
「俺、殺さなくちゃいけないんだって」
「……誰を?」
「親。アイツが自分でやりたくないことをやるのが、俺だから」
 そんなこと、やりたくないんだけど。
 この手、どうにかなんないのかな。
 暴力ばっか。大星みたいに人に優しく出来たら良かった。
「大星、俺はね」
 なんか、もういいや。
 どうだっていい。落ちたと思うんじゃなくて、本当に落ちればいい。
「あの絵を綺麗だと思ったよ」
「キョウ、待っ……!」
 手を握られて、ぶら下がっている。
 結構無茶するよな、大星は。必死な顔しちゃって、まぁ。
「大星、手を離そう。どうにもならないよ、これは」
 大星はこっちの言葉を無視して、踏ん張って続けた。
「お前の、願いは……、キョウ、お前自身の願いは何だよ!」
 なんだ、それ。
 そんなの。
 あるわけないのに。
「ない」
「ある! あるはずだよ」
 主人格の願いを叶える役目として存在している。
「持っていいはずがない、願いなんて……」
「言えよ!! 言って、くれ……頼む……! 俺が、叶えるから……!!」
「……」
 その必死さに、絆されたんだ。いつだってそうだった。
「俺、は……」
 無意識に、言葉がこぼれた。
「自分の、人生が欲しい……代わりじゃなくて、嫌なことを押し付けられてやらなきゃいけない人格じゃなくて、俺だけの、人生が……」
「うん」
 大星、聞いてくれるのか。
「大星、聞いてくれる?」
「聞いてるよ」
「俺だけを、愛して」
「……あ」
「アイツの名前を呼ばないで! 要らないだろ!? あんなの、要らないんだよ……そう思ってくれ……アイツを殺そう……じゃなかったらここで、俺を離して、殺してくれ……」
 手が滑って離れそうだ。
 それならそれで良い。
「俺を生かしてくれるなら……っ、これからは、俺だけの名前を呼んでよ……お願いだ……」
 でも、呼んでくれるなら、両の手で縋り付こう。
「……ッ、キョウ!!!」
 俺は掴まれていなかったもう片方の手を伸ばす。無我夢中で、助かろうとして。
 手を開いて、大星のほうへ。
 その手にあった、ストラップの付いたスマホが桜の中に落ちていった。


 ……雪が降っている。
 屋上。今は12月の、夜中。
 ――僕の親は……まぁ言うなれば最悪で、家庭科の授業でやったと言っていたな。心中はなかったけど……それ以外は教科書に載ってるものなら一通り受けたよ。これも珍しい話じゃない。色んな本に載ってる。ただ、知識があったり次の予測がついたりしても、どうにもならないことはある。
 ――いたい、いたい、いたい……うわぁぁん……!
 ――黙れ。黙れよ……いい加減に……!
「黙らせるな!!」
 その子のことをまた叩きそうに見えて、俺は叫んだ。
「黙らせないでやってよ! その子だってお前の、大切な心だろ……!」
 寒いせいか、自分の声が自分じゃないみたいだ。
 ――大切じゃない心もある。捨てたほうが良いものも。親を殺したかったのは僕だ。キョウは殺したくなかった。だから僕を捨てた。僕にはキョウが必要だったけど、キョウには僕は邪魔だった。
 ――うわああん!
 子供が、泣いている。
 彼はキョウさんのほうを向いた。
 ――でもやっぱり殺したくなったから、来たんだろ? 勇気がほしくて。殺す勇気を下さいと願いに。僕を捨てても無駄だった。結局オマエも僕だったってわけだ。さてと燈李。これで諸々の答え合わせは済んだかな? 言う気はあんまり無かったんだけど、知りたそうにしてたから。最後くらいはね。
 俺は今、キョウさんの視点じゃない。同じ顔が見つめ合うのが見える。今は、誰の中に居る? 自分の姿が外側から見える。視界が歪む。ひどく寒い。
 ――なんでキミが泣いてんの。そういうの、駄目だよ僕にやったら。安っぽくて白けちゃうから。人の涙や言葉には救われない。そんなに簡単に救われるなら、世の中はもう少しマシなはずだ。それにしてもキミって泣けたんだな。今まで泣きそうな声は聞いたけど、涙腺は固いのかと思ってたよ。ま、それキミの体じゃないけど。
「……は……?」
 俺は自分の涙を拭ったその手を見た。見覚えのある、大きな手。
 これは……
 俺は俺の体の方を見る。そっちの俺もこちらを見ていて、また視界が歪む。意識を自分の体に集中させる。
「航琉くん!!!」
 さっきまで入っていた体の方へ。航琉くんのほうへ俺の体は駆け出した。
「航琉くん! 航琉くん!!!」
 涙を流す目が、虚だ。こちらを見ていない。
 体は冷え切っていて、このままじゃ凍えてしまう。俺は急いでコートを脱いで航琉くんに羽織らせる。
「何が……起きてんの……」
 屋上には二十人近くの人が居た。それぞれの視点から、俺は屋上の縁に立つ彼を見ている。いくつもの画面を見ているような、ザッピングをしてどんどん切り替わるような、何枚もの画像が重なって見えるような、視界は奇妙な歪み方をする。
 ――これに関してはキミが受け入れてくれれば最終的に解決するんだけどな。説明が要る?
「説明、してくれ。……そのために俺をここに招いたんだろ」
 俺は彼を睨みつけて、低い声で言った。何人かが俺と同じタイミングで同じ言葉を言い、同じ動きをした。……自分が、何人も居るみたいだ。
 ――ご明察。その通り。別に来なかったら来なかったで良かったんだけど、キミってばこういうときに限って寝起きが良い。
 来なかったら、この状況を放っておいたら、何が、どうなっていたのか。俺の懸念をよそに、彼は話を続ける。
 ――キョウが来ることは感じていたし、こちらも色々と整った。タイミング的に今が潮時だ。厳密にはキミを招いたのは僕ではなくてそのガキだけど、僕がやりたいことは伝わるから。ソイツは僕より自由に動けるし、出来ることも多い。
 彼は屋上の何人もを見回す。何人もの視点で順番に彼と目が合った。
 ――この人数をここに集めてくれたのもソイツ。今みたいに目の前で分かりやすく体感してもらったほうが説明は楽だ。まずその人達に乗り移って操作して鍵はポルターガイストで開けてここに来るときの記憶をキミに見せて……は、どうでもいいか。本題を話そう。長くなるよ。
 そう言うと、屋上の縁を平均台に乗るようにゆっくりと歩きながら彼は話を始めた。