憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

 息が白い。
 月が朧に隠れて、雪が舞って、暗く白黒に見える世界は、本当に水墨画みたいに見えた。
 白い校舎も絵の中のように見える。違う、現実だ。ここは現実で、俺はここに居る。お守りに触れる。一人だけど、独りじゃない。
 家庭科室の明かりがついていた。こんな時間に……? 誰かいるのか?
 スマホのライトをつけて廊下を歩く。
 夜中、一人の学校は久しぶりだ。一番最後に一人で夜中の学校に来たのは……そうだ、ヤミポンが俺の体を動かしていたときだ。懐かしい。呼び名もなくて、会話も出来なかった頃。
 あの頃俺は、俺の中の幽霊がそのまま俺の人生を送ればいいと思っていた。今は……
 カタン、と音がした。
 家庭科室は目の前だ。その家庭科室の中から、何かが動く気配がした。
 ドアを開けて、声を掛ける。
「誰か居るのか? 航琉くん?」
 ……そんなわけ、ないか。見渡す範囲には誰もいない。というか俺はどういう思考回路で航琉くんがここに居ると思ったんだよ……休んでるからあんまり会えてなくて、会いたすぎておかしくなってんのかな……
 今は髪のセット、全くしてないし居なくてよかったかも。会うならやっぱカッコつけていたい。
「……あ」
 家庭科準備室のドアが開いている。
 確か、動く人形があるという……
 孤独な生徒が友達として人形を作り大切に扱った。人形には魂が宿った。けど、その生徒には人間の友達が出来て人形は置いて行かれ、魂の宿った人形は造り主を求めて動く……
 ――〈殺してやったほうがいい〉――
 合成音声でそう言ったヤミポンの声が、思い浮かんだ。作り主が不要になったから、一緒に生きていくことは叶わないから……
 要らないから捨てる、とヤミポンは自分の命に対して言っていた。役に立たないなら捨てたほうがいい、と自分の存在に対しても。
 命や心は、役に立つとか立たないとか捨てるとか、そういうものじゃない……
「え……」
 人形は、そこにあった。
 机の上に、丁寧に飾られている。
 綺麗だ。埃一つない。今さっき作られたとか、ずっと埃の被らないところに保管されていたとかではなく、布の色の風化はある。でも、大切に扱われてきたのが分かる。
 人形用の衣服も近くに何着かあり、気温に合ったおしゃれをしている。当たり前のように愛されてそこに座る姿は、『ねぇ、ワタシ素敵でしょ?』と自信を持っているようにも見えた。
 憎いほどに。
 ……憎い? なんで?
 壊してやりたい。腹が立つ。全部! 自分にはなかったのに!
 俺の手が人形に掴みかかろうとした。これは、俺の気持ちじゃない!
「やめろ!!!」
 俺は叫んだ。
 体が使われることに、初めて抵抗した。
 ――いたいいたいいたいいたいっ!!!
 それでも止まってくれず、人形に近付き握りつぶそうとする手を、強く意識して操ってお守りに近付ける。
 痛い。焼け付くように、痛い……!!!
「……っ! だめ、だ。もう……もう、貸せない……ごめん……っ」
 今まで、閉じ込めてきたのに。俺が必要として、俺が手放さなかったのに。
 ――「燈李さんは誰のものでもない、燈李さんのものですよ」――
 ――「居なくならないで」――
 ――「生きて、ください」――
「もう、体は渡せない……」
 フッと、重圧が軽くなった感覚がした。気付かずにあった肩凝りのようなものが消えた。
「ヤミポン……?」
 気配が、上に行く。
 視界がブレた。
 屋上。舞う雪の中。誰かが居る。
 行かなきゃ。
 走りながら、航琉くんに電話を掛けた。屋上が危ないことは分かっている。一人で行って、またあの文化祭の日と同じことが起こらないとは限らない。声が聞きたかった。自分では大丈夫だと思っていても、そうじゃないことだってある。声が聞ければ、俺がここにいる実感を長く持っていられる気がした。
 だけど、応答のないまま、屋上に着いてしまった。
 誰かがそこに待っている。
 間に合わなくなるかもしれない。
 そんな気がして、俺は電話を切って扉を開けた。