我が校には七不思議の噂が流れている。
六つを巡り、最後に屋上に行くと願いが叶う……ただし七不思議を巡ると呪われてしまう、というものだ。
どういう理屈で願いが叶うのかとか、言い伝えの由来はどこなのかとかは知られていない。根も葉もない噂に考察という名の尾ひれがついて、妖怪が居るとか死んだ生徒の地縛霊が出るとか、願いの叶わなかった恋人達にあやかって短冊に願いを書くとか、季節のイベントとごっちゃになった話も浮上している。
そんな尾ひれつきまくりのせいで、七不思議が七つに収まっておらず、もう両手で数える以上の回数俺は夜間の学校に不法侵入に成功しているわけである。
勝手に侵入してるから、たぶん犯罪だ。でも人を傷つけてるわけでもないし、機密情報を盗んだわけでもないし、それ程ヤバくはないんじゃないかな。そして見つかったときの罰金用に、バイト代は地道に貯めてある。
ただもし大怪我で意識不明の重体とか下手したら死亡事故とかをやっちゃった場合、取材が来たり学校側が責任を問われて謝罪会見を開いたりしないとならなくなるかも……そうなると全国放送で晒されちゃうよなぁ……先生にも生徒にも生徒家族にも近隣の人達にも迷惑だ。だから安全には細心の注意を払い、不法侵入しなければならない。
俺の中の人は不法侵入の心得がないらしく、暗い中で校舎に入る前に転んだり壁にぶつかったりしたけど、死ぬ程の怪我を負わないだけ良しとしよう。
校舎北側の2階と3階の間の踊り場。
夜中に見ると奇怪なものが映るという。
この暗さじゃよくわかんねぇんじゃないかと懸念されるが、夜の学校は誰もいなくても非常口の誘導灯が点いていて目が慣れてくるとポスターの文字も読めるようになる。
鏡に何かが映れば、きっとわかるだろう。
昔は宿直とかで、先生が夜間も泊まり込みで定期的な見回りをしていたそうだけど、今時そんなことはしていない。誰もいない校舎を踊り場に向かって歩く。
静かだ。
自分の足音だけを聞きながら、階段を目指す。
中の人は忍び足の心得はなくはないようで、廊下ではあまり音を出さなかった。だが階段は難しい。一段ごとにどうしても、
トン、トン、トン
と音が響く。
トン……トン、トン……トン、トン……トン
反響し、後ろに誰かいるみたいに感じる。振り向いても、誰もいない。こちらが足を止めれば、その音も鳴り止む。
トン……トン、トン……トン、トン……トン
トン……トントン、トン……トントン、トン……トントン
――いたいよ
トン……トントントン、トン……トントントン、トン……トントントン
――こわいよ
あの子供の声も、静かで俺が一人だからか、近くで聞こえている。
――いやだよ……
踊り場に辿り着いた。
足音は、後ろで聞こえている。
俺の中の人は躊躇うことなく鏡を見た。
誰かが映っている。
「……父さん?」
父さん
なんで
やめて、
熱い、火が、広がって
母さん! やめて 怖い 熱い!
誰か なんで 俺は
息が、出来ない
ぐらり、と足元が崩れる感覚がした。
後ろに、落ちる――
「危ない!」
階段を落ちる前に、誰かに強く抱きとめられた。
……誰……?
だめだ、息の仕方がわからない。ヒュー、ヒュー、と鳴るのは俺が息を吸おうとしてるからだろうけど、その力も失せてきて視界が暗くなっていく。
「しっかりして下さい!」
整った良い声だ。飛びそうな意識の最中でも、そんなことを考えるものなんだなぁ……
「すみません! 後で怒って下さい!」
むにゅっ。
ん?
息が、入ってくる。
目を閉じたままの感覚でわかるのは、床に安静に寝かされ、鼻をつままれ、顎を上げられ、……気道確保か。新学期のオリエンテーションでやったっけ……。
何度目かの、むにゅっ、の後の空気の取り込みで俺の頭には酸素が回り、
「ぷはっ! ゲホッ」
と自ら呼吸することが可能になった。
えーと、確かコイツは……
「ケホッ、……ハァ、ええと、俺、不法侵入だけど悪いことはしてなくて、えーと、」
呼吸は出来るとはいえ思考回路はままなってない。不法侵入の言い訳よりもまずはお礼しなきゃだよな。
「とにかく、ありが」
「すみません。勝手に」
「あ、いや」
「僕、貴方と一緒に楽しめることは何か考えていて」
「お、おぅ?」
「それで趣味と伺った七不思議を一緒に巡るのはどうかなと思って調べていたら貴方が来たので、後をつけて」
「あぁ、足音お前だったのね」
「他に好きなこととか、ありますか。一緒に楽しめそうなこととか、デート先とか。ちなみに興味があるのは突っ込むほうですか、突っ込まれるほうですか」
んー……突っ込むほうは想像つくからなぁ……。
「突っ込まれるほうかなぁ」
「わかりました。勉強します」
誘導灯の緑の灯りでも、整った顔は整っている。
座高が同じくらいのソイツ。互いに座った状態だとばっちりと目が合う、黒猫みたいな顔。
花芽木航琉。
奴は大きな両手で俺の手をしっかりと握り、表情筋は動かずとも情熱的な眼差しを向けていた。
俺は改めて鏡を見て、
「令和ファッションだ……」
と自分の姿に落ち込んでいるところだ。
何分か遅れて気付いたけど、俺の体は俺が動かせるようになったらしい。そこはあんまり重要じゃない。
「ヘアワックス、持ってる?」
「ポマードならあります」
平成ファッションに必要なのは、ポマードじゃないんだよなぁ……。
六つを巡り、最後に屋上に行くと願いが叶う……ただし七不思議を巡ると呪われてしまう、というものだ。
どういう理屈で願いが叶うのかとか、言い伝えの由来はどこなのかとかは知られていない。根も葉もない噂に考察という名の尾ひれがついて、妖怪が居るとか死んだ生徒の地縛霊が出るとか、願いの叶わなかった恋人達にあやかって短冊に願いを書くとか、季節のイベントとごっちゃになった話も浮上している。
そんな尾ひれつきまくりのせいで、七不思議が七つに収まっておらず、もう両手で数える以上の回数俺は夜間の学校に不法侵入に成功しているわけである。
勝手に侵入してるから、たぶん犯罪だ。でも人を傷つけてるわけでもないし、機密情報を盗んだわけでもないし、それ程ヤバくはないんじゃないかな。そして見つかったときの罰金用に、バイト代は地道に貯めてある。
ただもし大怪我で意識不明の重体とか下手したら死亡事故とかをやっちゃった場合、取材が来たり学校側が責任を問われて謝罪会見を開いたりしないとならなくなるかも……そうなると全国放送で晒されちゃうよなぁ……先生にも生徒にも生徒家族にも近隣の人達にも迷惑だ。だから安全には細心の注意を払い、不法侵入しなければならない。
俺の中の人は不法侵入の心得がないらしく、暗い中で校舎に入る前に転んだり壁にぶつかったりしたけど、死ぬ程の怪我を負わないだけ良しとしよう。
校舎北側の2階と3階の間の踊り場。
夜中に見ると奇怪なものが映るという。
この暗さじゃよくわかんねぇんじゃないかと懸念されるが、夜の学校は誰もいなくても非常口の誘導灯が点いていて目が慣れてくるとポスターの文字も読めるようになる。
鏡に何かが映れば、きっとわかるだろう。
昔は宿直とかで、先生が夜間も泊まり込みで定期的な見回りをしていたそうだけど、今時そんなことはしていない。誰もいない校舎を踊り場に向かって歩く。
静かだ。
自分の足音だけを聞きながら、階段を目指す。
中の人は忍び足の心得はなくはないようで、廊下ではあまり音を出さなかった。だが階段は難しい。一段ごとにどうしても、
トン、トン、トン
と音が響く。
トン……トン、トン……トン、トン……トン
反響し、後ろに誰かいるみたいに感じる。振り向いても、誰もいない。こちらが足を止めれば、その音も鳴り止む。
トン……トン、トン……トン、トン……トン
トン……トントン、トン……トントン、トン……トントン
――いたいよ
トン……トントントン、トン……トントントン、トン……トントントン
――こわいよ
あの子供の声も、静かで俺が一人だからか、近くで聞こえている。
――いやだよ……
踊り場に辿り着いた。
足音は、後ろで聞こえている。
俺の中の人は躊躇うことなく鏡を見た。
誰かが映っている。
「……父さん?」
父さん
なんで
やめて、
熱い、火が、広がって
母さん! やめて 怖い 熱い!
誰か なんで 俺は
息が、出来ない
ぐらり、と足元が崩れる感覚がした。
後ろに、落ちる――
「危ない!」
階段を落ちる前に、誰かに強く抱きとめられた。
……誰……?
だめだ、息の仕方がわからない。ヒュー、ヒュー、と鳴るのは俺が息を吸おうとしてるからだろうけど、その力も失せてきて視界が暗くなっていく。
「しっかりして下さい!」
整った良い声だ。飛びそうな意識の最中でも、そんなことを考えるものなんだなぁ……
「すみません! 後で怒って下さい!」
むにゅっ。
ん?
息が、入ってくる。
目を閉じたままの感覚でわかるのは、床に安静に寝かされ、鼻をつままれ、顎を上げられ、……気道確保か。新学期のオリエンテーションでやったっけ……。
何度目かの、むにゅっ、の後の空気の取り込みで俺の頭には酸素が回り、
「ぷはっ! ゲホッ」
と自ら呼吸することが可能になった。
えーと、確かコイツは……
「ケホッ、……ハァ、ええと、俺、不法侵入だけど悪いことはしてなくて、えーと、」
呼吸は出来るとはいえ思考回路はままなってない。不法侵入の言い訳よりもまずはお礼しなきゃだよな。
「とにかく、ありが」
「すみません。勝手に」
「あ、いや」
「僕、貴方と一緒に楽しめることは何か考えていて」
「お、おぅ?」
「それで趣味と伺った七不思議を一緒に巡るのはどうかなと思って調べていたら貴方が来たので、後をつけて」
「あぁ、足音お前だったのね」
「他に好きなこととか、ありますか。一緒に楽しめそうなこととか、デート先とか。ちなみに興味があるのは突っ込むほうですか、突っ込まれるほうですか」
んー……突っ込むほうは想像つくからなぁ……。
「突っ込まれるほうかなぁ」
「わかりました。勉強します」
誘導灯の緑の灯りでも、整った顔は整っている。
座高が同じくらいのソイツ。互いに座った状態だとばっちりと目が合う、黒猫みたいな顔。
花芽木航琉。
奴は大きな両手で俺の手をしっかりと握り、表情筋は動かずとも情熱的な眼差しを向けていた。
俺は改めて鏡を見て、
「令和ファッションだ……」
と自分の姿に落ち込んでいるところだ。
何分か遅れて気付いたけど、俺の体は俺が動かせるようになったらしい。そこはあんまり重要じゃない。
「ヘアワックス、持ってる?」
「ポマードならあります」
平成ファッションに必要なのは、ポマードじゃないんだよなぁ……。
