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一週間、航琉くんは殆ど目を覚まさなかった。病院での検査は異常なし、起こせば起きるし、量は少ないけど食事も摂れていてトイレも自力で行けている。それ以外はずっと眠ったままだそうだ。
俺は今航琉くんの家にお見舞いに来ていて、ご両親が説明してくれた。部屋にも通してくれて、犬のマロちゃんを撫でながら航琉くんの様子を眺めている。
目が閉じられ、身動きがない。
こうして見ていると作り物みたいで、生きてないみたいで、嫌だった。
「航琉くん」
小さく、そう言ってみる。呼びかけたら起こしちゃう気がしたから、そっちは向かずに俯きながら。
「……それはマロちゃんですよ」
「うわっ」
見られていたらしい。いつの間にか目が開いていて、航琉くんはこちらを見ていた。
いや別に俺はマロちゃんを航琉くんだと思って呼びかけたわけじゃないんだよ。と言いたいけど、安心やら心配やらで、簡単には言葉が出てこない。
「う……」
「無理に起きなくていいよ! お母さんかお父さんか呼んでこようか?」
「いえ……、両親への用は、今はないです」
でも、具合が悪そうだ。水とか飲むのかなと思い、枕元のペットボトルを開けて渡してみる。
「ありがとうございます」
航琉くんは一口飲んでから、枕の下に手を入れた。
「これを」
取り出したのは、お守りだ。
「寝返りで首が締まらないように、寝ているときはここに入れているんです。持っていてもらえませんか」
「え……」
「僕の、宝物です。きっと燈李さんを守ってくれます」
航琉くんはお守りにキスをしてから、俺に差し出した。
「……ときめいては、もらえないですか」
「今は心配のほうが勝つよ……」
お守りを受け取って、俺もそれにキスをしておいた。びっくりした顔をされたが、このくらい俺だって出来る。キザすぎるので普段はやらないけど、愛情を伝える航琉くんの言語がそれなら、こういうときくらいは同じ言語で愛情を伝えたい。
俺がお守りをポケットにしまったのを見て、航琉くんは少し悲しげに目を伏せた。
手に持つ分には問題ないことはプールで証明済だ。身に付けたら、どの程度の効果が発揮されるのか分からない。
「せめて、どこかに……誰も居ないところに一人で行くときは、連絡を下さい」
航琉くんもそれが分かっていて、何も言わずにいてくれるのだろう。
ヤミポンが出てきてお守りに触れようとしたら遠ざける、今まで通りその方針でいいとは思うし、身に付けても俺の体の中に居る限りは肉体が防御の役割になってヤミポンが消えることはないだろうけど、声が聞こえなくなってしまうんじゃないかと、思う。
今も気配を殺していて話しかけても返事がないけれど、もしヤミポンが話したいときに俺に聞こえてなかったら、それは嫌だから。
「わかった。連絡する」
「この状態なのでそのとき僕が一緒に行けるかは分かりませんが……もう、取り憑かれたり、唆されたりは、しないで……どうか、僕を思い出して、下さい……」
航琉くんは、さっきまでお守りを持っていた俺の手を、震える手で握った。
「……っ」
航琉くんは口を開いて何かを言おうとし、言葉を飲み込んで、閉じた。思わず言いそうになって、気付いて抑え込む。何度も見てきた姿。
「言って」
同じ高さで、視線が交わる。
その瞳は、不安そうに揺れている。
「どんな言葉でもいい。俺が嫌がるとか、傷付くとか、大丈夫だから。少し嫌なことがあったって、一発で嫌いになんかならない。もうそんなヤワな仲じゃない」
嫌なことを何度も繰り返しされたらそりゃ嫌だけど航琉くんはそんな人間じゃないって、知ってる。
「俺が傷つけたこともあると思う。これから先も、傷つけることがあるかもしれない。雑に扱って大事にしなくていいって意味じゃなくて、大切なことは、踏み込もう。……嫌がることはしないって誓ってくれて、頑張ってくれて、凄く嬉しかった。でもそれは、航琉くんが俺に近付けないって意味なのかもしれない……」
戸惑いが伝わってくる。
誓いを破れと、言っているのだから。
酷なことをしている。だけど、近付きたい、近付いてほしい。俺からも、きっと近付いていくから。
「踏み込まれれば、……多少の痛みは、あると思う。航琉くんからの痛みなら、受け止める。それで、その痛みをどう治すか、二人で考えていこう。俺達は、末長く一緒にいるんだから。……とはいえタイミングとか、言葉がまとまらないとかはあるから、なんともアレなんだけど……。今体調悪そうだし今度でも全然……」
うーん、締まらない。カッコつけたかったのだが。
「……っ、……ぁ、」
「……うん」
言おうとしてくれている。言葉が喉で詰まって、とても苦しそうだ。ゆっくりで大丈夫、そう伝えるつもりで俺の手を握る航琉くんの手に、俺はもう片方の手をそっと乗せた。
震える手に、力が込められる。
「とも、り、さんは……っ、」
「うん」
「……唯一の、たった一人の、大切な人なんです…… 一人しかいない……代わり、なんて、居ないんです、……っ失いたくない……」
「……うん」
言葉に対する反射的な苦手意識はまだある。でも、向けられるその気持ちはもう、嫌なものじゃない。俺だって、同じだ。大切な人を失いたくない。
「もしも、もしも、……っ、ヤミポンさんがっ、燈李さんに害をなすなら……っ、害が、あるの、なら……」
航琉くんは俺のポケットを見た。お守りを入れた場所。
「……っ」
何度も、何度も言葉を出そうとして、飲み込んで、呼吸が荒くなっている。
震える手に残る彫刻刀の傷跡は、まだ完全に治りきってはいない。
「航琉くん」
「言葉に、したくない……っ!」
航琉くんは俯いた。お守りも俺のことも、見ることが辛いまま、自分を見つめるかのように。
「貴方の大切な人を、大切だと思える、大切に出来る人間になりたかった……! 僕は、どうして、こんな……っ」
その肩が震え、大粒の涙が、布団に落ちていく。
「彼の、ことだって、僕にとってもきっと、大切な友達になれたはず、なのに……!」
なんて声を掛けていいのかわからずに、俺は航琉くんの肩をさすった。
そうだよ。きっと、友達になれた。
ヤミポンは自分のことはあまり話さなかったけど、多分グロホラーが好きだし航琉くんと話も合っただろう。
大介と航琉くんみたいに、俺がいないときに二人で過ごしたり、俺に言わないことを話してたっていい。ヤミポンは俺への文句や愚痴を言いそうだ。それを真剣に聞く航琉くんが、想像出来る。
俺が見ないものや足を運ばないことに趣味があって、それを分かち合うことも出来たかもしれない。
別の、出会いだったら。彼に身体があって、俺に問題がなかったら。こんなに航琉くんを苦しめることはなかった。
だけど俺達の出会いは、あのときでしかあり得なかった。
「燈李さん」
俺の手に、航琉くんの涙が当たる。
「消えないで……居なくならないで」
消えるつもりはないけれど、自覚していないだけで俺はきっと不安定だ。
航琉くんの言葉や想いをちゃんと受け止めて、忘れないように、すぐに思い出せるようにしなければいけない。
「生きて、ください」
「うん」
ヤミポンを消すように頼むことも、航琉くんの頭には浮かんだだろう。だけどそれは言わなかった。
ただ俺への祈りを繰り返す航琉くんに、俺は何度も頷いて「うん」と答えていた。
一週間、航琉くんは殆ど目を覚まさなかった。病院での検査は異常なし、起こせば起きるし、量は少ないけど食事も摂れていてトイレも自力で行けている。それ以外はずっと眠ったままだそうだ。
俺は今航琉くんの家にお見舞いに来ていて、ご両親が説明してくれた。部屋にも通してくれて、犬のマロちゃんを撫でながら航琉くんの様子を眺めている。
目が閉じられ、身動きがない。
こうして見ていると作り物みたいで、生きてないみたいで、嫌だった。
「航琉くん」
小さく、そう言ってみる。呼びかけたら起こしちゃう気がしたから、そっちは向かずに俯きながら。
「……それはマロちゃんですよ」
「うわっ」
見られていたらしい。いつの間にか目が開いていて、航琉くんはこちらを見ていた。
いや別に俺はマロちゃんを航琉くんだと思って呼びかけたわけじゃないんだよ。と言いたいけど、安心やら心配やらで、簡単には言葉が出てこない。
「う……」
「無理に起きなくていいよ! お母さんかお父さんか呼んでこようか?」
「いえ……、両親への用は、今はないです」
でも、具合が悪そうだ。水とか飲むのかなと思い、枕元のペットボトルを開けて渡してみる。
「ありがとうございます」
航琉くんは一口飲んでから、枕の下に手を入れた。
「これを」
取り出したのは、お守りだ。
「寝返りで首が締まらないように、寝ているときはここに入れているんです。持っていてもらえませんか」
「え……」
「僕の、宝物です。きっと燈李さんを守ってくれます」
航琉くんはお守りにキスをしてから、俺に差し出した。
「……ときめいては、もらえないですか」
「今は心配のほうが勝つよ……」
お守りを受け取って、俺もそれにキスをしておいた。びっくりした顔をされたが、このくらい俺だって出来る。キザすぎるので普段はやらないけど、愛情を伝える航琉くんの言語がそれなら、こういうときくらいは同じ言語で愛情を伝えたい。
俺がお守りをポケットにしまったのを見て、航琉くんは少し悲しげに目を伏せた。
手に持つ分には問題ないことはプールで証明済だ。身に付けたら、どの程度の効果が発揮されるのか分からない。
「せめて、どこかに……誰も居ないところに一人で行くときは、連絡を下さい」
航琉くんもそれが分かっていて、何も言わずにいてくれるのだろう。
ヤミポンが出てきてお守りに触れようとしたら遠ざける、今まで通りその方針でいいとは思うし、身に付けても俺の体の中に居る限りは肉体が防御の役割になってヤミポンが消えることはないだろうけど、声が聞こえなくなってしまうんじゃないかと、思う。
今も気配を殺していて話しかけても返事がないけれど、もしヤミポンが話したいときに俺に聞こえてなかったら、それは嫌だから。
「わかった。連絡する」
「この状態なのでそのとき僕が一緒に行けるかは分かりませんが……もう、取り憑かれたり、唆されたりは、しないで……どうか、僕を思い出して、下さい……」
航琉くんは、さっきまでお守りを持っていた俺の手を、震える手で握った。
「……っ」
航琉くんは口を開いて何かを言おうとし、言葉を飲み込んで、閉じた。思わず言いそうになって、気付いて抑え込む。何度も見てきた姿。
「言って」
同じ高さで、視線が交わる。
その瞳は、不安そうに揺れている。
「どんな言葉でもいい。俺が嫌がるとか、傷付くとか、大丈夫だから。少し嫌なことがあったって、一発で嫌いになんかならない。もうそんなヤワな仲じゃない」
嫌なことを何度も繰り返しされたらそりゃ嫌だけど航琉くんはそんな人間じゃないって、知ってる。
「俺が傷つけたこともあると思う。これから先も、傷つけることがあるかもしれない。雑に扱って大事にしなくていいって意味じゃなくて、大切なことは、踏み込もう。……嫌がることはしないって誓ってくれて、頑張ってくれて、凄く嬉しかった。でもそれは、航琉くんが俺に近付けないって意味なのかもしれない……」
戸惑いが伝わってくる。
誓いを破れと、言っているのだから。
酷なことをしている。だけど、近付きたい、近付いてほしい。俺からも、きっと近付いていくから。
「踏み込まれれば、……多少の痛みは、あると思う。航琉くんからの痛みなら、受け止める。それで、その痛みをどう治すか、二人で考えていこう。俺達は、末長く一緒にいるんだから。……とはいえタイミングとか、言葉がまとまらないとかはあるから、なんともアレなんだけど……。今体調悪そうだし今度でも全然……」
うーん、締まらない。カッコつけたかったのだが。
「……っ、……ぁ、」
「……うん」
言おうとしてくれている。言葉が喉で詰まって、とても苦しそうだ。ゆっくりで大丈夫、そう伝えるつもりで俺の手を握る航琉くんの手に、俺はもう片方の手をそっと乗せた。
震える手に、力が込められる。
「とも、り、さんは……っ、」
「うん」
「……唯一の、たった一人の、大切な人なんです…… 一人しかいない……代わり、なんて、居ないんです、……っ失いたくない……」
「……うん」
言葉に対する反射的な苦手意識はまだある。でも、向けられるその気持ちはもう、嫌なものじゃない。俺だって、同じだ。大切な人を失いたくない。
「もしも、もしも、……っ、ヤミポンさんがっ、燈李さんに害をなすなら……っ、害が、あるの、なら……」
航琉くんは俺のポケットを見た。お守りを入れた場所。
「……っ」
何度も、何度も言葉を出そうとして、飲み込んで、呼吸が荒くなっている。
震える手に残る彫刻刀の傷跡は、まだ完全に治りきってはいない。
「航琉くん」
「言葉に、したくない……っ!」
航琉くんは俯いた。お守りも俺のことも、見ることが辛いまま、自分を見つめるかのように。
「貴方の大切な人を、大切だと思える、大切に出来る人間になりたかった……! 僕は、どうして、こんな……っ」
その肩が震え、大粒の涙が、布団に落ちていく。
「彼の、ことだって、僕にとってもきっと、大切な友達になれたはず、なのに……!」
なんて声を掛けていいのかわからずに、俺は航琉くんの肩をさすった。
そうだよ。きっと、友達になれた。
ヤミポンは自分のことはあまり話さなかったけど、多分グロホラーが好きだし航琉くんと話も合っただろう。
大介と航琉くんみたいに、俺がいないときに二人で過ごしたり、俺に言わないことを話してたっていい。ヤミポンは俺への文句や愚痴を言いそうだ。それを真剣に聞く航琉くんが、想像出来る。
俺が見ないものや足を運ばないことに趣味があって、それを分かち合うことも出来たかもしれない。
別の、出会いだったら。彼に身体があって、俺に問題がなかったら。こんなに航琉くんを苦しめることはなかった。
だけど俺達の出会いは、あのときでしかあり得なかった。
「燈李さん」
俺の手に、航琉くんの涙が当たる。
「消えないで……居なくならないで」
消えるつもりはないけれど、自覚していないだけで俺はきっと不安定だ。
航琉くんの言葉や想いをちゃんと受け止めて、忘れないように、すぐに思い出せるようにしなければいけない。
「生きて、ください」
「うん」
ヤミポンを消すように頼むことも、航琉くんの頭には浮かんだだろう。だけどそれは言わなかった。
ただ俺への祈りを繰り返す航琉くんに、俺は何度も頷いて「うん」と答えていた。
