スマホが鳴っている、気がする。どこか遠くの他人事。物語の中、別の世界の出来事みたいに聞こえていた。
屋上の縁、自分がここに居ないような感覚。
――幽霊ってなんだと思う? 僕はね、過去だと思ってるんだ。歴史も、幽霊も、心も、痛みも、全て過去。遠くから見る他人の物語だ。
「過去……」
――今だってそう。偽物、嘘っこ、自分に起こる出来事じゃない。だから平気だよ。
彼が、手を伸ばしてくる。
消えてしまいそうな、助けを求めるような、今しかその手を取れないような気がした。
――うわぁぁん……!
子供の、泣いている声がする。
――いたい、いたいよぅ
ごめん、今はおはなしを出来そうにない。なんだかクラクラするし、楽しい物語は思いつきそうにない。おはなしを聞くなら、幸せなものがいいよね。でもそのおはなしも、気を紛らわせるくらいしか出来なかった。
――こわいよぅ、いやだよぅ
俺はずっと、君を助けられていないなぁ。
どうしたら、君は助かるんだろう。
航琉くんを助けたみたいに、あいつみたいに、誰かを助けられたらいいのに。
――こわいよ、さびしいよ
寂しい。
ああ、そうだ。ずっと、寂しかった。
誰かにそばにいてほしかった。だからお前を屋上に帰してやれなかった。
離れたくないと思ってしまったから。
――さびしいよ
どうしたら、寂しくなくなるんだろう。
――すてないで
――燈李
――過去だよ。平気だ。こっちに来て。
――すてないで
過去。
捨てられたのかな、俺達兄妹は。父さんに。
母さんのことは愛しているから、一緒に死のうとした。
でも俺達のことは、どうでもよかった。死んでも死ななくても、熱くても苦しくてもどうだってよかったんだ。
――待て、
――おいていかないで
置いていかれるのも、置いていくのも、つらいよな。あの瓦礫の下、父さんが居たのに。
――どうして
どうして助けられなかったんだろう。
どうしたら助けられたんだろう。
俺はどうしてほしかったんだろう。
きみは、
――ぼくは……
どうしてほしい?
――いっしょに
「……いいよ。一人は寂しいもんな」
「駄目です!!!」
非常階段を駆け上がる足音がして、大きな声が響いた。
「航琉くん」
「何度も、着信が。燈李さん、一体何を、とにかく……そこから離れて、戻ってきて下さい」
俺は屋上の縁ぎりぎりに立っている。眩暈がして、でも不安はない。俺自身に起きている出来事じゃない。遠くから見ているだけだから。
息を切らした航琉くんが何かを言ってるけど、それもなんだか遠い感じだ。
「どうして、そんなところに居るんですか。僕が近づいたら、貴方は落ちますか」
「……わかんない」
――助けて
「助けてって、言ってる。一人は寂しいから、俺が助けられるなら……」
助けを求めているから。
それに、きっと
「連れていってくれる……」
「何を言ってるんですか!? 何が見えてるんですか!! それなら僕が落ちようとして、助けてって言ったら、……そっちを捨てて僕を助けることは出来ますか……っ」
航琉くんが、何かを伝えようとしてくれている。何だろう? 物語や過去の出来事のように、俺が居る場所から遠くて、何を言っているのかよくわからない。
俺はどこにいるんだろう。
黒煙に似た空。父さんを置いて行ったあの日。
愛は、それ以外を捨てるものなのだと知った日。
「燈李さんにはそんなこと出来ない、分かってます、卑怯なことを言ってることも、選ばせたら後悔をさせることも!」
珍しく感情の昂った声だなぁと思った。
「だけど……っ、僕は、僕を選んでほしいって、思います、思うんです……どうか、燈李さんの意思で、こっちに来て……」
神に縋るような目だ。
俺は何か、言いたいことが、言わなくちゃいけないことがあった気がする。
真っ直ぐに見つめる黒い瞳。
その中に俺が居る。今、ここに、俺が居る。
「燈李さん……!」
真っ直ぐな想い。
「航琉くん」
こんな風になりたいって、思ったんだ。
「好きだ」
手を引かれて、強く、抱きしめられていた。
ぎゅうと音が出そうなくらい、気持ちのままに。結構パワフルだなぁ。今までにないくらいだ。普段いかに壊れモノを扱うかのように丁寧にされてたのかと思いを馳せそうになった。
暖かく大きな体は、風に冷え始めていた身に心地が良い。肩にかかる涙はとても熱かった。
しばらくそうしていたかったけど、航琉くんがそっと離れて俺を見る。雲の隙間から覗く月明かりに照らされて、相変わらず綺麗だ。
「キスを、してもいいですか」
「おっとぉ!? びっくり発言だ」
そして相変わらず、今更なんだけど多分話の流れとか空気感とかは航琉くんの概念にはない。俺も大概だけど。
「段階は、踏んだと思います」
「踏んだねぇ……」
半分朦朧としてたからノーカンってわけにはいかないだろう。俺もノーカンにしたくない。
「嫌ですか……?」
「嫌、というか……」
「というか?」
めっちゃ見てくる。すんごい近い。
「ひとりじめ、したい……俺の体は今俺だけのものではないので……」
「……はぁ〜〜〜〜……」
物凄く大きな溜息をつかれてしまった。眉毛がハの字になっている。本当に表情豊かになったなぁ。
「頑張りましょう……」
「おぅ、頑張ろう」
少年の幽霊はいつの間にか消えていた。航琉くんに抱きしめられたとき、俺の体は嫌がらなかったけど、おそらく俺の意識が強く『今自分がここにいて自分が感じ取っていること』に引っ張られたからだろう。
さっき、ヤミポンの気配はあった。子供の霊も。消えては、いない。
屋上の縁、自分がここに居ないような感覚。
――幽霊ってなんだと思う? 僕はね、過去だと思ってるんだ。歴史も、幽霊も、心も、痛みも、全て過去。遠くから見る他人の物語だ。
「過去……」
――今だってそう。偽物、嘘っこ、自分に起こる出来事じゃない。だから平気だよ。
彼が、手を伸ばしてくる。
消えてしまいそうな、助けを求めるような、今しかその手を取れないような気がした。
――うわぁぁん……!
子供の、泣いている声がする。
――いたい、いたいよぅ
ごめん、今はおはなしを出来そうにない。なんだかクラクラするし、楽しい物語は思いつきそうにない。おはなしを聞くなら、幸せなものがいいよね。でもそのおはなしも、気を紛らわせるくらいしか出来なかった。
――こわいよぅ、いやだよぅ
俺はずっと、君を助けられていないなぁ。
どうしたら、君は助かるんだろう。
航琉くんを助けたみたいに、あいつみたいに、誰かを助けられたらいいのに。
――こわいよ、さびしいよ
寂しい。
ああ、そうだ。ずっと、寂しかった。
誰かにそばにいてほしかった。だからお前を屋上に帰してやれなかった。
離れたくないと思ってしまったから。
――さびしいよ
どうしたら、寂しくなくなるんだろう。
――すてないで
――燈李
――過去だよ。平気だ。こっちに来て。
――すてないで
過去。
捨てられたのかな、俺達兄妹は。父さんに。
母さんのことは愛しているから、一緒に死のうとした。
でも俺達のことは、どうでもよかった。死んでも死ななくても、熱くても苦しくてもどうだってよかったんだ。
――待て、
――おいていかないで
置いていかれるのも、置いていくのも、つらいよな。あの瓦礫の下、父さんが居たのに。
――どうして
どうして助けられなかったんだろう。
どうしたら助けられたんだろう。
俺はどうしてほしかったんだろう。
きみは、
――ぼくは……
どうしてほしい?
――いっしょに
「……いいよ。一人は寂しいもんな」
「駄目です!!!」
非常階段を駆け上がる足音がして、大きな声が響いた。
「航琉くん」
「何度も、着信が。燈李さん、一体何を、とにかく……そこから離れて、戻ってきて下さい」
俺は屋上の縁ぎりぎりに立っている。眩暈がして、でも不安はない。俺自身に起きている出来事じゃない。遠くから見ているだけだから。
息を切らした航琉くんが何かを言ってるけど、それもなんだか遠い感じだ。
「どうして、そんなところに居るんですか。僕が近づいたら、貴方は落ちますか」
「……わかんない」
――助けて
「助けてって、言ってる。一人は寂しいから、俺が助けられるなら……」
助けを求めているから。
それに、きっと
「連れていってくれる……」
「何を言ってるんですか!? 何が見えてるんですか!! それなら僕が落ちようとして、助けてって言ったら、……そっちを捨てて僕を助けることは出来ますか……っ」
航琉くんが、何かを伝えようとしてくれている。何だろう? 物語や過去の出来事のように、俺が居る場所から遠くて、何を言っているのかよくわからない。
俺はどこにいるんだろう。
黒煙に似た空。父さんを置いて行ったあの日。
愛は、それ以外を捨てるものなのだと知った日。
「燈李さんにはそんなこと出来ない、分かってます、卑怯なことを言ってることも、選ばせたら後悔をさせることも!」
珍しく感情の昂った声だなぁと思った。
「だけど……っ、僕は、僕を選んでほしいって、思います、思うんです……どうか、燈李さんの意思で、こっちに来て……」
神に縋るような目だ。
俺は何か、言いたいことが、言わなくちゃいけないことがあった気がする。
真っ直ぐに見つめる黒い瞳。
その中に俺が居る。今、ここに、俺が居る。
「燈李さん……!」
真っ直ぐな想い。
「航琉くん」
こんな風になりたいって、思ったんだ。
「好きだ」
手を引かれて、強く、抱きしめられていた。
ぎゅうと音が出そうなくらい、気持ちのままに。結構パワフルだなぁ。今までにないくらいだ。普段いかに壊れモノを扱うかのように丁寧にされてたのかと思いを馳せそうになった。
暖かく大きな体は、風に冷え始めていた身に心地が良い。肩にかかる涙はとても熱かった。
しばらくそうしていたかったけど、航琉くんがそっと離れて俺を見る。雲の隙間から覗く月明かりに照らされて、相変わらず綺麗だ。
「キスを、してもいいですか」
「おっとぉ!? びっくり発言だ」
そして相変わらず、今更なんだけど多分話の流れとか空気感とかは航琉くんの概念にはない。俺も大概だけど。
「段階は、踏んだと思います」
「踏んだねぇ……」
半分朦朧としてたからノーカンってわけにはいかないだろう。俺もノーカンにしたくない。
「嫌ですか……?」
「嫌、というか……」
「というか?」
めっちゃ見てくる。すんごい近い。
「ひとりじめ、したい……俺の体は今俺だけのものではないので……」
「……はぁ〜〜〜〜……」
物凄く大きな溜息をつかれてしまった。眉毛がハの字になっている。本当に表情豊かになったなぁ。
「頑張りましょう……」
「おぅ、頑張ろう」
少年の幽霊はいつの間にか消えていた。航琉くんに抱きしめられたとき、俺の体は嫌がらなかったけど、おそらく俺の意識が強く『今自分がここにいて自分が感じ取っていること』に引っ張られたからだろう。
さっき、ヤミポンの気配はあった。子供の霊も。消えては、いない。
