憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

-28‐
 文化祭終了間際の夕方。俺はいつもの格好に戻りクラスの片付けの準備をしていた。訪れた他校の生徒や中学生の「楽しかった」「帰りたくないね」なんて声を耳にしながら、ふと外を見る。
 オレンジ色の夕日。あの絵の朝焼けのほうが、空の青はもっと濃い。壊れたストラップは引っかかると怪我をしてしまいそうだったから外していて、今の空と絵を比べようがないけど。
 照らされる校舎を見る。航琉くんも片付けの最中だろうか。
 文化祭には勿論カップルもいて、カップル未満でこれを機に告白する人もいて、俺もと思ったけど、やっぱり上手くいかなかった。
 ずっと、待たせちゃってるな……好きだと一言、頭の中ではもう充分認めているのに、上手く声に出せる方法はないものか……。
 なんとなく校舎全体を見ていると、図書室に人影があるように見えた。昼間は来場者の中学生の向けた進路相談コーナーとして解放されていたけれど、今はもう閉まっているはずだ。目を凝らしてみても、夕日の反射でよく見えない。気のせいだったのだろうか……でも、なんだか気になる。
「大介、悪いんだけどここ任せていい?」
「いいよー、燈李売り上げ一位だったもんな!」
 忙しい時間帯に接客と呼び込みを担当していただけだと思うけど、お言葉に甘えさせていただくことにした。
「さんきゅ!」
 と、手を振って、俺は図書室に向かう。
 模擬店のないエリアだ。廊下に人はいない。
 図書室のドアは……開いている。
 電気はついていない。巡回と施錠がまだみたいだからカーテンは開けたままだけど、この時期は陽が沈むのが速く、室内はどんどん暗くなっていく。
「誰か、いるのか……?」
 物音はしない。大きな図書館には当然及ばないものの、うちの高校の図書室は広く、本棚も大きい。奥に行くに連れて外の明かりも差し込みにくく、更なる暗がりに向かうことになる。
 読書用の椅子、机のある勉強コーナー、本棚の間……誰も、いない。
 ペラリ、と近くで紙を捲る音がした。思わずそちらを向く。
「えっ……」
 ほんのすぐ側、俺の真横の本棚の側面に設置された椅子にその子は座っていた。
 透明な輪郭。ヤミポンよりはくっきりと見えるけど、石膏像を薄くボカしたくらいの感じで、顔の造形までは分からない。
 ――僕が見えるの?
 俺がそちらを見て固まっていたら、その子は顔を上げた。空耳かと思うような声が聞こえる。
「え、あ、うん。見える」
 ――へぇ! 珍しいこともあるんだな。
 変声期の不安定さがある、高めの声。
「中学生……?」
 ――そう。正解。文化祭だし、見学にね。ここは図書室が広くて良い。家からは遠いけど、そこも気に入ったよ。
「おぅ……? それは、良かった……?」
 進学する気のある幽霊なのか? しかも家から通う気だ。あとなんか超会話が出来る。音楽室やプールとは大違いで、面食らってしまった。
「読めるの? この図書室の本」
 膝の上に開かれた本が置いてあるように見えて、指差して聞いてみる。その本も半透明だ。
 ――読めるよ。ちょうど他のを読もうと思っていたところ。ついてきて。
 その子は立ち上がり、俺は言われるがまま後ろについていった。背は、俺より頭ひとつ分くらい低い。
 歴史の棚に行くと、その子は持っていた本を戻す動作をした。半透明な本が同じ大きさの本の中に消えていく。その隣の本を引き出す動きをすると、本それ自体は動かず、半透明の本がその子の手に渡った。
 ――ほら、ね。
 彼は半透明な本をぱらぱらと捲っている。
 モノの、物質的な部分じゃないところに触れられるのか。思えば音楽室のとき似たようなことはあった。航琉くんが幽霊につかみかかったときだ。人の体は物質だし普段は意識をしてないけど、意識をすれば物質的な部分じゃないところにも触れられるのかもしれない。
 ポエムなことだけど、それって心みたいだと思った。文学的な場所にいるし、そういう思考になることもある。
 ――物語は、いいよね。どんな悲惨なものも、歴史的事実も、本を閉じればそこでおしまい。他人の出来事だ。
「う、うん……?」
 そうかなぁ……? 俺は、自分にも起こるかもしれないと思いながら物語を見るのも好きだけど……ヒーローの変身ポーズとか、今でもやるし。
 ――時々思うんだ。僕の出来事は本当は他人の出来事なんじゃないかって。外から見ている気分にね。そう思うと……
 彼は持っていた本を閉じ、棚に戻した。もう見飽きたとでもいうような雰囲気だった。
「そう思うと?」
 ――少し楽。
「きみ、名前は?」
 いつから居るのか、どうして居るのか、目的はあるのか。聞きたいことは沢山あった。踏み込んだ質問をして大丈夫なのかは分からない。
 ――自分の名前、好きじゃないんだ。漢字も、読み方も。呼ばれて良かった思い出もない。聞かないでくれる? 僕もお兄さんの名前、聞かないから。
「……わかった」
 それはなんで? とまでは聞けない。彼の口調は悲しみを隠そうとしているみたいだったから、辛い思いをさせたくなかった。
「どうして、ここに居るのか聞いてもいい? もう暗くなるし、帰らないの?」
 中学生の妹の光莉と重ねて、そろそろ帰らないと母さんが心配するんじゃないかと思う。塾とか通い慣れてる子はそうでもないか。
 ――帰る、か。ヒトはどこに帰るんだろうね。
「哲学的だな……?」
 ――文学ってそういう思考にもなるんだ。哲学を学ぶ気はないから、僕の場合はただの現実逃避だよ。来て。もう少し、哲学をしよう。