憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

 放課後の中庭。
 大介は遥さんとのデートだとかでさっさと帰っちゃうし、話の続きは聞けずじまいだ。
 俺は予定通り航琉くんと落ち合って、今日はプール訪問リベンジである。
「ヤミポンさ、覚えてないならまたどっか行く? 図書館じゃなくてもいいし、俺の体使って美味いもの食べるとかさ」
 ベンチで小休憩を取りながら、俺はヤミポンに呼びかけた。
 今日からはちゃんと七不思議巡りをする約束ではあったけど、本の一冊も読まずに終わった昨日のアレじゃ思い出作りとしては不完全燃焼だ。
 俺の喉の調子はまだ治らず、いつもよりやや高いまま。ヤミポンの真似してるときほどじゃないけど、ヤミポンが俺の真似してるときに近い声かもしれない。
〈……は?〉
「だめ……っ、駄目です……!」
「わっ」
 航琉くんに手を引っ張られるみたいに繋がれた。な、なんだ?
「航琉くん? どうした……」
 ……。なんだ、これ。
「とりあえず、離してくれる……?」
 痛くは、ない。けど、激痛から痛みをマイナスしたみたいな、嫌なぞわぞわ感がある。俺の、感覚か?
「……っ嫌です、どうして……!」
〈覚えていないのか? この前のことを〉
「覚えてないって言ったのはそっちだろ」
 背後からヤミポンの輪郭が現れた。俺の数歩前まで歩き、振り返る。自然とそちらに目が行った。
〈断片的に、を付け加えて訂正しよう。あのとき、キミはなかなか起きなかったな〉
「それは、ちょっとボーっとしてたからで……別に問題はなかったじゃん」
「燈李さん……!」
 手に込められる力が強くなった。痛くはない、けどやめてほしい。逃れようと動かすと、更に力を込められる。嫌だ、この感じ。
〈……あぁ、なるほど〉
 輪郭は航琉くんの様子を見て、どこか合点がいったようだった。
〈なぁ……燈李。どこを見ている?〉
「……は? どういう意味……」
「……っ」
 航琉くんの、息を呑む音が聞こえた。
〈キミは僕らにとって存在しないものを見ている。そして……消えかけた〉
 何だって? 何の話だ?
 話の意図がわからない。俺はヤミポンの輪郭が見えてるし、ヤミポンはそれを知っているはずだ。だけど航琉くんは目を大きく開いて、息が浅く、荒くなっている。
「わ、航琉くん?」
〈航琉くん、ちゃあんと燈李を引きつけておかないと、またどうなるかわからないな? この前みたいにキミに意識を向けてもらえていれば、どこにも行かないかもしれないけど〉
「燈李さん……!」
 手を握る力が、また強くなる。
「わ、たるくん、ちょっと、痛い……」
「!」
 痛みの訴えに手を離してはくれたけど、青ざめた顔は変わらない。話の意味を問いただそうとヤミポンのほうを見ると、合成音声は俺が口を開く前に音を響かせた。
〈遊園地の後の数日間〉
 航琉くんの体がびくりと震える。
 なんで今、そんなときの話を。
〈燈李、キミは存在しないものを見て、キミ自身が消えかけた。そうだろう? お化け屋敷。キミは何もないところに話しかけていた〉
 父さんが、母さんを刺す姿。
 あの日の幻影。
 それを考えると、あの日に居るような感覚に陥る。マズイ、戻れ、戻れ。今は、ここはあの日じゃない。
〈何故、こんなことに? 自分が原因か? どうしたらいい? どうしたら良かった? このままなのか? このまま戻らなかったら、彼の意識が、彼自身が消えたままだったら……?〉
「……っ、やめ……嫌だ、嫌です……」
〈二度と味わいたくない恐怖だったはずだ!〉
 航琉くんは目を覆ってうずくまった。大丈夫だと伝えたくて、手を伸ばして、止まる。
 人に、触れられない。
 指先の緊張感と、全身に走る、さっきのような痛みのない痛み。
 今まで、こんなことは……
〈見えていることを幽霊に気付かれると付いてこられる、よくある定番話だ。付いてこられる、取り憑かれる、取り込まれる、……連れて行かれる〉
「……!」
 腕を引っ張られた。航琉くんだ。
 俺がどこかに行かないよう繋ぎ止めるみたいに、腕を掴んでいる。痛くないよう、加減をされているのはわかる。だけど、
 掴まれた腕を起点に、体がこわばる。
 緊張感、痛みのない痛み。
 ……これは、恐怖だ。俺のものじゃない。
 俺の中に居る彼の核の部分が、怖がっている。
「お前は、そんなことしない」
〈確証は持てない。その意思がなくてもそうなる可能性はゼロとは言えない。いっそ無視をしたらどうだ? 見えないふりをすれば諦めて離れて行く、というのも定番だろ。感じ取ろうとするな。そうすればいずれ消える〉
「燈李さん、」
「消えてほしいなんて思ってない!!!」
「燈李さん、燈李さん……っ、そっちを、見ないでください……」
「航琉くん、離して……っ」
 怖がってる、怯えている。なのに、
〈正気の沙汰とは思えないな。恋人のお願いを何故聞こうとしない? 友人は大勢いて結構。だが序列は恋人より下だ。有象無象の一人に代わりはいくらでもいる。浮気を禁止するなら恋人は唯一無二、たった一人の最愛の者だ。恋人を最優先にすべきだろう〉
 恐怖なんてないみたいに、当たり前みたいに話を続けられる。
「序列……って、何。意味っ、わかんねーよ! ヤミポンだって、たった一人しかいない! 代わりなんて存在しない!」
 ――黙れ!!!
「……!」
〈……違う。やめろ、もういい。これ以上意識を向けようとするな。航琉くん〉
「……何ですか」
〈キミには見えないだろうが、今僕は彼の首に手を掛けている。タマシイに触れて、そのまま握り潰すことも可能だ〉
「!」
 腕を後ろに引っ張られて、抱き留められた。
「燈李さんから離れろ!!!」
「航琉くん違う! そんなことされてない! そんなこと出来ない!!」
 唸り声のような怒号のあと、彼は俺が今居た場所を睨みつけていた。そこにヤミポンは居ない。
〈あぁ、嘘だ。だが可能だ。体を乗っ取れば絞殺は出来る。殺さないにせよ、好き放題することもな。既にやってるかもね? 寝ている間とか〉
 守るかのように、すっぽりと包まれ抱きしめられている。
「そんなことしてない! 航琉くん、離して……っ」
「嫌です……!」
 くそ、手が震えて力が入らない。航琉くんの力は強くないのに、拘束が振り解けない! 抵抗すら、出来てない。
〈寝てる間のことを覚えているのか?〉
「ヤミポンにそんなことが出来るわけないだろ!」
「そっちを見ないで……! こっちを見てください……!」
〈舐められたものだな〉
 体が動いた。俺の意思に反して。
 動こうとしたのを察知した航琉くんが拘束を緩めた瞬間、俺の体は航琉くんのネクタイを掴み、鼻と鼻が触れそうな程に顔を近付ける。
「ほらな。簡単だ。凶器を持っていれば、簡単に他人の生命も奪える。……燈李、代われ」
 捨てるようにネクタイから手を離し、一歩距離を取る。
「燈李さんッ!!!」
「……今のは……! 不意打ちだったから! 大丈夫、意識飛んでないから……! ヤミポン、何を」
「そこには!! 何も居ない!!!」
 何、を
「なに、言ってんの……」
 また引っ張られて、抱きしめられた。けど、嫌だ、これは、こわい。
 遊園地のときは、ヤミポンのお陰で戻ってこられたんだ。
 伝えたいのに、声が、出ない。
 ――こわい……っ
「……!」
 子供の声。反射的に、そちらを向く。
 ――こわい、いやだ、たすけ……っ、……!
 透明な男の輪郭が、子供の口を塞いで、押さえつけている。
「なん、で……」
 そんなことすんの
「燈李さん、どうして……!」
 助けを求めているのに
「どうしてこっちを見てくれないんですか……!」
 ――……
 子供の耳元で、輪郭が何かを囁いている。
 それは自分の耳元で聞こえるような、自分が言っているような……
「……違う、自分じゃない、自分に起きてることじゃない、自分はここに居ない、だから、平気……」
「燈李さんッ!!! ここに居ます! 貴方はここに居るんです!」
 ふっ、と、何かが抜け落ちるみたいに身体が楽になった感覚がした。
「わかりますか! 手、これ、僕の手です……! 好き、ですよね……?」
 あったかい。
 風呂、入ってるみたいだ。
「……ははっ、ばれてら」
 自分の顔が緩むのがわかる。
 片手は握られてて、もう片方は頬に添えられている。つい、その手に顔をすり寄せてしまう。
「どうしたの航琉くん。顔色、悪い……今日プール訪問やめとく?」
「やめ、ません……やめません……」
 俺に覆い被さりそうなくらいに、俯いている。下から覗き込むみたいになっちゃってるけど、こういうときの顔って見ていいものなのかな。表情筋は動いてないけど、どこかしんどそうだ。
 手を伸ばしてみれば、俺の頬を温めるそれとは対照的に、青ざめた顔はとても冷たい。
「俺の手、航琉くんの程じゃないけど少しは温められるかな」
 うなだれて伏目がちに細めながらも俺を見るその目が、つらそうに見える。
〈航琉くん、すまない。悪いことをした。キミを苦しめるのは本意じゃない。燈李には話が通じないからキミにと思って……やりすぎた。さっきのは大体嘘だ。何かをするなら既にやっているし、体の主導権は握ってしまうと自分からは手放せない。そうだよな、燈李?〉
「え、うん。不便」
〈……だが、彼の気を引いていてほしいのは本心だ。こんな怪奇現象に興味を持たれるよりそっちのほうがずっと健全だし……きっと安全だ。それから出来るだけ早く、僕を離れさせたほうが良いだろう。七不思議巡りをして、それでも駄目なら他の方法を探す〉
 その言葉を航琉くんはしっかり受け止めたように目を閉じ、何度も頷いている。
〈彼の興味を引くにあたってひとつアドバイスがあるんだが、聞く? 僕からは聞きたくないかな……〉
「聞きたいです」
〈結構です、とか言わないあたりがキミらしさだな。……そうだな、これはおそらくなんだが、十中八九合っていることだ。燈李は視覚情報に反応しがち。見た目で攻めるといい〉
「はぁっ?」
 人を見た目だけしか見てない人間呼ばわりか?
「見た目……頭を派手に染めたりですか?」
「やらなくていい! 航琉くんが染めたいなら止めないけど、俺は今のサラッサラの黒髪がいい!」
 思わず言ってから、見た目しか見てない人間の言動をしている気がしてきた。
「派手な衣装を着たり?」
「それは……」
 見た目しか見てない人間ではないと言いたかったのに、一瞬にして様々な衣装の航琉くんが俺の脳内を駆け巡る。
「……機会があれば、見たい……ッ」
〈イチャつきは好きにやってもらって構わない。燈李、確認だ。先延ばしにせず、今日からはちゃんと僕らが別れるために行動する。そうだったな?〉
 配慮なのだろう、輪郭は三歩ぎりぎりのなるだけ遠い場所に居て、こちらを見ないようにしている顔の向きだ。
「……うん、わかってる」
 そう決めた。覚悟して受け入れた。
 俺達は、前に進まないといけない。