憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

「さっきの……」
「さっきの?」
 帰りの電車を降りて、自宅に向かって歩く。もうすぐ分かれ道の大きな歩道橋だ。
 しばらく考え込むように無言だった航琉くんが、視線を下に向けたまま切り出した。
「僕の想いに彼が応えていたら、彼を好きになっていたのか、という話です」
「そ、れは……」
 聞こえてはいた。ヤミポンが航琉くんに言った言葉だ。
「俺が、質問したわけじゃないからいいよ……」
 あまり答えを聞きたくない。
 どう考えても答えはイエスだ。わかりきっていても、本人の口から聞くのは……、なんか……、だって、今は俺と付き合ってんのに!
 ……嫉妬は、悪だ。執着と同じだ。抱いちゃいけない感情だ。過去に誰を好きになろうと航琉くんの勝手だ。
「……っ」
 なのに、航琉くんが何かを言おうとして、飲み込んで、視線を下に向けて言葉を探していて、なんだか罪悪感に駆られていそうに見えた。
 悪いことなんて、してないだろ。過去の恋はそれはそれとして俺のことを好きでいてくれてるのは充分伝わってる。
 ……不安なら、安心させてやりたい。
「ちょっと、嫉妬は、した」
「……えっ?」
 あんまり言いたくない単語だ。執着心を認めるの、嫌だけど、航琉くんが顔を上げてくれた。
「ヤミポンがOKしてたら付き合ってただろうし、航琉くんがヤミポンに告白してた頃はそれを応援してたけど……今、想像すると……なんか色々……俺別に、航琉くんの初恋でもないし、特別な出会いでもなかったわけだし、」
 顔がほてってきたのを感じる。執着は悪という気持ちよりも、恥じらいのほうが強くなってきた。でもここまで言ったら言うしかない。
「それが、初恋とか特別な出会いとかが、俺だったら良かったのにって……思っちゃって……」
 航琉くんの気持ちを何度も断っておいて自分勝手だ……と思いながら、気付けば俯いていた俺はチラリと航琉くんの様子を窺ってみた。
 めっっっちゃ見てる。こっちを。
 頬を赤らめて、目をキラキラさせて。
「負けません」
 航琉くんが、俺の手をとった。
 さっきの強く拘束する力ではなく、いつもの暖かく包み込むような触れ方だ。震えはもう、おさまっている。
「幼い初恋も、淡い憧れも、特別な出会いも、燈李さんと過ごした日々と想いは、それらに絶対に負けない」
「わかってるよ……」
 わかってるよ、航琉くんの気持ちはずっと。
 いつだってその瞳が俺を好きだと訴えてきていて、今もそうで、俺は自分が嫉妬をしていた事実に改めて恥ずかしくなって、顔を背けて空いているほうの手で熱くなった頬を覆った。
 真っ直ぐに向けられる言葉にそろそろ慣れたはずだったけど、今は俺の方が自分の気持ちの扉を開けちゃったせいか、心の奥まで浸透してきてまるで防御がなっていない。
 ドキドキして、顔がヘニャヘニャになっているのがわかる。
「隠さないで。こっちを見て」
 航琉くんが俺の顔を覆う手に触れる。軽く引いて、顔から離すように促すけど、力で引き剥がそうとはしない。
「ううう……」
 負けたくないような、意地を張りたいようなところだけど、俺だって航琉くんがどんな顔をしてるのか気になる。
「燈李さん」
 真っ直ぐな瞳にも弱いけど、真っ直ぐな声にも弱い……。そろそろっと手を離してみれば、幸せそうな笑顔と目が合った。
「嬉しいです」
 負けだ。もう、完敗の気持ちだ。
 緊張で止まりかけていた息を吐き出す。心臓が痛いほど鳴っている。顔だけじゃなくて、身体中が熱い。
 執着は悪だ。嫉妬も、独占欲も。
 でも、こうして気持ちを確かめ合うのは、すごく幸せだ。航琉くんも喜んでくれていて、だから、悪いことじゃないのかもしれない。
 顔から離した手が、無意識に航琉くんへと伸びていた。
 触れたい。
 言葉だけじゃなくて、言葉以上のものを、伝え合えたら……
 自分の手が視界に入り、俺は動きを止めた。
「……燈李さん?」
「あ、ええと……」
「ヤミポンさん、ですか?」
 心配そうな表情で、俺の手を見ている。震えてはいない。ヤミポンの反応は、今はない。
 遊園地の後に俺が意識を手放していたときに近いのだと、なんとなく思う。意識がないからといって、ヤミポンにとって嫌なことはしたくない。
「それも、あるんだけど」
「?」
 俺は『一旦待って、思考の整理をするから』の意味で掌を相手に見せる静止のポーズをした。
 さっき俺は、一体何を考えていた……?
 こっちは言葉で気持ちをちゃんと伝えてもいないのに、段階も踏まず、勝手に触れようと、した、わけで……
「だああああっ!!!!!」
 こんな欲望を持ち合わせたことがないから、処理の仕方がわからねぇ!!!
「帰る!!! また明日!!!」
「えっ」
 思考の容量オーバーで思わず叫び、側にいた航琉くんをビックリさせてしまった挙げ句、俺は居ても立ってもいられず走り出していた。
 全力疾走で歩道橋まで走り、階段も駆け上がる。
 橋の真ん中くらいまできて息を整えるために止まって、下で俺を見守っていた航琉くんに手を振ると大きく振って返してくれた。
 かわいいな。嬉しい。
 学校から一緒に帰るときは航琉くんが歩道橋、俺が下で手を振る側だ。俺が手を振ったときも、航琉くんが今の俺みたいな気持ちになってくれてたら、いいな。

 適度なところで家に向かって歩き出すと、ポケットのスマホが軽く振動した気がした。
 取り出すとストラップがカランと揺れた。通知画面を確認しても、何もない。気のせいだったみたいだ。
 ポケットに戻そうとして、一瞬、体が固まった。
 子供の霊がすぐ近くに来ていた。俺の持つスマホを見上げている。
 ――すてる?
「え」
 子供はただ、こちらをじっと見上げている。
 情の感じられない響きだった。まるで事実をただ確認するだけような。
「捨てないよ」
 日はまだ高い。雲一つない晴天の空は、夜なら星がよく見えただろう。
 内側の気配が少し、動いた気がした。
「ヤミポン、起きてる……?」
〈……眠っていたい〉
 消え入りそうな声だった。
 合成音声の音量が下がったままだったから、そう感じたのかもしれない。
 彼が本を手に取らず図書館から出て行ったとき、俺は遠くから見ていただけだ。体の主導権を渡していても、何を思っているのかまでは分からない。
 だけど、ここに居たくないと、そう強く感じていたことだけは俺にも伝わってきていた。
 そんなこと、思ってほしくなかった。幽霊に、この世に居たいと思わせて未練を残させてはいけないと思う。四六時中一緒なのが嫌で出て行きたいのは、別にいい。
 そうじゃなくて、なんだろう……何か、もっと違う感じだった。
 気配は小さくて、消えてしまいそうにさえ思えた。
「……むかし、むかし、あるところに……」
 俺の声が心地いいなら、いくらでも喋るよ。
 好きなこと、しようよ。好きなもの食べるとかでもいいし。
 だから、だからどうか……
 ……俺は、何を願うことが出来るんだろう。
 別れを決めている、彼に対して。