憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

 酷い疲労感だ。眩暈も強い。重力が全身にのしかかっている。
 それでいて木々は美しく、光景と自身の状態の落差で、全てが虚構のようだった。偽物の世界。ここに自分が存在するという事実と認識が一致しない。目の前なのに、遠い、別の場所のように感じる。ここがどこで、自分が誰か、曖昧になる。
 ここに僕は存在しない。
 存在してはならない。
「……さん!」
 ……呼ばれた、のか?
 振り返れば黒髪が、こちらを向いていた。
 そんな、長さだったか……
「何かありましたか? 顔色が……どこかで、休みますか」
 こちらを見ながらも、僕を見ない顔だ。手を伸ばしてみれば、触れるよりも先に体に緊張が走る。
 駄目か。やっぱりな。危険はないと頭で分かっていても、人に触れることは出来ない。
「お前も、僕が邪魔だろう。僕が居たんじゃ、何一つ自由に出来やしない」
 黒髪は、訝しむようにその目を歪めた。
 そこに僕は存在しない。
「……僕が応えていたら、お前は僕を好きになっていたのかな」
「さっきから、誰を見てます?」
「……っ!」
 手首を、掴まれた。
 遅れて、相手の顔に焦点が合った。
「……タ、……わ、たる、くん……?」
 ここは、何処だ。
 僕は
 この身体は
 屋上でーー
 屋上で、僕は、死を、
「燈李!! 聞こえるか、代わってくれ……!」
 片方の手で、目を覆った。
 見たくない、この世界を。世界に僕が居るなんて嘘だ。
 この世界に、居たくない!!!
「頼む、から……っ」
 反応がない。
「燈李……?」
「燈李さん!!」
「ひっ……」
 両手首を掴まれた。
 大きい。力が強い。
 ーー痛い!
「燈李さん!! こっちを見て!!!」
「……わたるくん?」
 近っっっか。相変わらず整った顔だ。相変わらず良い香り。
 えーと、俺は両手を掴まれていて、……手、震えてるな……。ヤミポンは……輪郭は見えないけど、俺の内側に気配はある。寝てる……いや、意識が飛んでる……?
「燈李さん……?」
「ん、ああ、うん。そう、航琉くんの燈李さんでございます」
 心配そうに覗き込まれて、内側に向けていた思考回路を外側に戻す。航琉くんに長い溜息をつかれてしまった。
「燈李さんは誰のものでもない、燈李さんのものですよ……」
 割と身も心もそれなりに捧げるつもりでお付き合いをしてるというか、アナタの愛しのワタシです、的な意味合いで言ったんだけど、そういうこと言える雰囲気じゃねぇな……? 航琉くん、険しい顔をしている。
「怒ってる……?」
「怒ってはいません。でも、さっきのは嫌でした」
「さっきの」
 どれだ? ちょっとボンヤリはしてるけど、記憶は飛んではいない。
「すぐに出てきてくれなかったので」
「あー……なんか、遠かった……? というか、なんだろ、物語見てるみたいな、遠くの出来事みたいな感覚になっちゃってて……」
 長い溜息、二回目。
「消えないで、くださいよ」
 眉間に皺は寄ってるけど、相変わらずの整った顔と良い香りと真っ直ぐな瞳と真っ直ぐな声。
 やっぱ、眩しいなぁ……。
 並木道でのことを思い出す。真っ直ぐに想いを伝える航琉くんは、とても眩しい。
「返事がほしいのですが」
「あ、ごめん見惚れてた」
「褒めていただけて嬉しいですし自信にもなりますが、今このタイミングではいらないです」
「ハイ……」
「ヤミポンさんは……?」
 航琉くんは俺の手を見て、どこか躊躇いながら聞いてきた。手はまだ少し震えている。
「……寝てる? 休んでるっぽい……かな」
 内側に気配はある。ただ、休んでいるというよりも意識が飛んでいる感じがする。普段微かに感じられた、動いている様子や周囲に対する反応が全くない。
「帰ろう、か。あんまり連れ回すの、よくない気がして」
 子供の霊は、近くに来ていた。ぼんやりと佇んでいる。視線を向けると、帰るという意図を理解したのかこちらを向いたような動きをした。
「……はい」
 航琉くんは一瞬俺と手を繋ごうとしたのか、伸ばしかけて、引っ込めた。俺もこちらから繋ごうとはしなかった。