憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

 館内で騒ぐわけにはいかない。航琉くんは普段通り静かで、ヤミポンも合成音声では何も言ってこないけど……
 ――……! …………!! ……、…………!!!
 うーん、何か言ってるのはわかる。輪郭の身振り手振りの動きが見たこともないくらい大変豊か。
 ――……!! ……!! …………!
 ポルターガイストを起こさずに話されると、聞こえないんだよな……。
 受付を過ぎ、本棚の沢山並ぶ場所にやってきた。さて、どのコーナーに行ったらいいやら……
 ――…………!
 今のは、何か言った声じゃなさそう。後ろを振り返って、ヤミポンの様子を見てみる。
 本棚を見る輪郭がワナワナと震えている。人体じゃなかなか出来ない動きだ。すんっごい波打ってる。
 俺の外に出てるのに、ワクワクが流れ込んできちゃってるぞ。ただのデカい本棚が並んでるようにしか思えないけど、宝の山を目の前にしたような、俺のものじゃない気分の高鳴りがあった。ヤミポンが感じているものだ。
 しばらくして俺が見ていることに気付いて、輪郭は勢いよくこちらを向いた。震えは次第におさまっていく。
 抑えてるだろ、それ。我慢しなさんなよ。
「ここから、どこ行けばいいのかわかんないよ、俺」
 小声でヤミポンに伝えてみる。
 ――……。
 腕組みされちゃったな。悩んでるみたいだ。
「お別れ、するなら良い思い出を持っていってほしい。そしたら踏ん切りがついて、ちゃんと七不思議にも挑めるから」
 ――……。
「俺のため、ひいては俺と別れるため、自分のためだと思って。な?」
〈図書館で喋るな。……これが終わればこれ以上先延ばしにせずきちんと別れる、頭に叩き込んでおけ〉
 俺はヤミポンの輪郭を見つめて、頷いた。
 心に刻んで、受け入れて、覚悟をしよう。別れが来ることを。
 彼が、居なくなることを。
〈……少しだけ、だからな〉
 合成音声が最小音量でそう告げると、輪郭はこちらに近づいてきて手を伸ばし……
「……ハァ……」
 俺の中に入った。
 びっくりした。入ってくるところ初めて見た。ぶつかるかと思った。全然感覚としては何もなかったけど。
 そして開口一番の溜息。頭を抱えられている。フワッとセットした髪がクシャッとなっていそうだ。
「ヤミポンさんですか」
 航琉くんが小声で聞きながら近付いてきた。
 ヤミポンは一歩、後退る。航琉くんもそれに気付き、足を止める。
「……そうだ。……すまない、中身が僕であっても、この姿でこういった態度を取られるのは嫌だろう。かといって燈李と同じようには……あぁ、だからこの格好なのか。航琉くんが燈李から変な態度を取られたと感じさせないように」
 特にそこまで考えてないけどな。あと喋るなって言っておきながら喋るじゃん。
「大丈夫です。燈李さん、その服はプレゼントのつもりだって言ってましたよ」
 航琉くん、バラさなくていいから!
「……」
 ヤミポンは無言でエレベーターホールへ歩いて行った。別の階に向かうらしい。
エレベーターに乗り、鏡を見る。
「……受け取ることは出来ないが、悪くないセンスだ」
 あらま。てっきり「余計なことをするな」とか「要らない」とか言われるかと思ってた。
 すぐに目的の階に着き、エレベーターを降りる。歴史や文学の階のようだ。
「燈李、確認だ。キミの意識はあるか?」
 エレベーターホールにて、小声で聞かれた。俺はポルターガイストを起こせないので右手に意識を向けてオッケーのハンドサインを出してみる。
「……大丈夫なようだな。航琉くん、僕は一通りどのような本があるのか見て回ろうと思う」
「僕もついていきます」
 意図的に右手の力を抜くと、ヤミポンが主導権を握ってくれたようで俺にとっての自動操縦になった。
「歴史や文学に興味があるのか? 恋人でもない、キミの興味がないものを見て回る人間の近くに居てもつまらないだろ。好きな分野の場所に行ってもらって構わない。何かあれば連絡する」
「お料理雑誌は家の近くの図書館のほうが充実しているようなので。それに見守りのお役目で来ていますから」
「料理が好きなのか?」
「食べるのも好きです。いつか燈李さんに手料理を食べてもらうのが夢です」
「いつかどころかいつでも食べるよ! ……っと、失礼。ヤミポン、主導権取って」
 思わず主導権を握り返してしまった。俺自身の体だからか、ちょっと意識するだけで俺の意志で動いてしまう。主導権を握る分には俺もヤミポンも多分簡単に出来るけど、こちらから明け渡すことは不可能だしヤミポンから俺に明け渡すことも不可能で、微妙に不便だ。
「……今ここで拒否したところで騒ぐんだろう。図書館で騒がれたらたまったもんじゃない」
 ヤミポンはポルターガイストを挟まずに主導権を取ってくれた。
「もう一点、確認だ。あくまでもさっさとキミが僕を解放してくれるようになるためだからな。今だけだ。長く体を借りる気はない。明日からはそのために動けよ」
 よくそこまで強がれるな。今すぐに本棚に行きたくてウズウズしてるのが体を共有しちゃってるせいでモロバレだ。見た目に現れなくても心臓って正直だ。俺がヒーローショーのお出迎えヒーローを見たときと同じ動きをしてる。
 本なんて一日で何冊も読めないんだから借りてウチで俺の体を使って読んだり、何度も来きしたりすればいいのに、ってのは後で言おう。オッケーのハンドサインを作って見せる。
「それと、戻れと言ったらキミに主導権を戻すこと」
 オッケー。
「航琉くん、やはり念のため見守りを頼む。おかしなことをする気はないが、僕自身も自分が安定した存在だとは思っていない。ただあまりにも近くに居られるのは落ち着かない。距離を保っていてもらえるか」
「わかりました」
 既に三歩以上の距離が取られた状態での落ち着いた返答の声に、そこでヤミポンはやっと航琉くんのほうを見た。
 これ以上近付いてこないことを確かめるような視線の動き。本棚へのワクワクがしぼんで、警戒するような心臓の鼓動。
 こちらを見る、背の高い男。黒い髪。
 僅かに、脳の奥が凍傷するような痛みと、それに急いで蓋をする感覚がした。
 違う、彼はアイツじゃない。似てもいない。
「そのまま、そこに居てもらえるか」
「はい」
 一歩、二歩、更に距離を開ける。彼はこちらに近付こうとはしない。
「このくらいの距離感で頼む」
「わかりました」
 気付かず息が浅くなっていた。危ない。人間なら無意識で出来ていることを忘れかけている。この体を殺すところだった。死ぬ前に酸欠で倒れるだろう、そのための見守りの彼だ。
「すまない、せっかくの休みにこんなことをさせて」
「いえ、ヤミポンさんが喜んでくれたら、僕も燈李さんも嬉しいです」
 ……理解出来ない。休みが合えば付き合いたての恋人と二人で過ごしたいと思わないものか? 普通なら余計なものを追い出して早く二人きりになりたいと思うはずだ。優先順位というものを知らないのか? 何を求めている? この体では金銭も労働も、差し出すことは強奪に他ならない。肉体的な奉仕もそうだ。本来の持ち主になら望んだ可能性はあるが、中身が違うものに求めてくる人間ではないだろう。
 不均衡だ。落ち着かない。不可解で……不快だ。
「行かないんですか?」
 今は、考えるべきじゃない。さっさと見て回って満足したふりでもして済ませよう。
 黒髪を一瞥し、本棚へと向かう。五歩程間隔を空けた状態を保ち、彼はこちらに付いてきた。
 この距離でも危険と判断しそうになる己に嫌気が差す。彼らに何もさせてやれない。