陽はもうすっかり落ちていて、あとは暗くなるだけだ。マロちゃんが来た道を戻り始めたため、俺達はそれに従い航琉くん家の方面に向かって土手を歩いている。
ランニング用の薄着の俺に航琉くんはパーカーも貸してくれた。航琉くんが寒くなるんじゃないかと断ろうとしたけど、これもやりたいラブコメっぽいことらしい。そう言われたら断るわけにいかず、羽織らせてもらっている。大いに感動されたので今後も要望があれば色々叶えてやりたいところだ。
「さっきの……もっと、って話だけどさ」
色々、叶えてやりたいけど難しいことも、ある。
「今が多分最大限で、これ以上ってのは……」
航琉くんは何も言わず、こちらを向いた。
想いの重さや量が違いすぎると、辛くなるだろうなというのは予想がつく。友達だってそうだ。恋人なら、きっと尚更。
「航琉くんへの想いが無いとか、軽いとかじゃない。けど、これ以上気持ちが重たくなって、お前しか見えないとかお前しか要らないとかになりたくないんだ」
「お父様みたいに、ですか?」
恋人としてよろしくと告げた少し後、父さんのことは航琉くんに伝えた。ヤミポンが掛けた通話は勝手に聞いてはいけないと途中で切ってくれていたけど、知っていてほしいと思った。
思いの外落ち着いて話せたのは、既にヤミポンに話していたからなのか、航琉くんが静かに聞いてくれたからなのか……多分、どっちもだ。
二人に話す前までは父さんのことを思い出すのも避けていたけど、今は話しても大丈夫だと感じる。話せると、少し楽だ。
父さんは愛する人、母さん以外要らない人だった。俺は要らなかった。
「うん……父さんみたいには、なりたくない」
そして、父さんを苦しめたようなことも、もう誰にもしたくない。
苦しんでいる人にここに居てくれと、苦しみを引き延ばすようなことは、してはいけない。
「もしそうなったら、嫌いにはなれないので、止めます」
いつの間にか俯いていた俺は、その言葉に顔を上げた。嫌いになって離れて行ってもいいのに……航琉くんは、離れていかない?
「それは、……嬉しい、かも」
「少し堪能してから……」
「……。少しってどのくらい?」
「50年くらい……」
100年とか言わないあたりが微妙にリアルでやりかねないな。
「……大介と光莉にも頼んでおく。俺が愛に溺れたら引き上げてくれって」
「そんなぁ!」
航琉くんが嘆いているのを横目に、俺は素早くスマホを操作して大介と光莉にメッセージを送った。命綱は多いに越したことはない。最初からこうしておけば良かったんだ。なんで思いつかなかったんだろ。
「健康で長生きしよう。父さんみたいになると下手したら無理心中コースなんだから。俺らは爺さんになっても元気でイチャイチャしてようよ」
「……! はい!」
スマホをしまいながら、ストラップに目がいった。今と似た空模様、地平線の暖かなオレンジ色、柔らかな雲、濃紺の空に浮かぶ小さな星。
後ろを振り返る。夜が始まりかけた空には、ストラップの絵ほどはっきりとは見えないけど、星が出始めている。
ヤミポンの輪郭は下を向いているように見えた。
「あのさ航琉くん。マロちゃん、抱っこしてもいい? 嫌かな」
「マロちゃん、抱っこ大好きです。おいで」
さっきヤミポンはマロちゃんを抱き上げようとしていた。特別犬に興味がある感じではなかったけど、外に出られているからか、ヤミポンの感覚が掴みにくい。バニラアイスが分かったときは内側に居たし、油断してるときだったっぽいからなー……遊園地のときは何もわからなかった。アトラクションにもショーにも反応なし。隠そうと意識されちゃうと、何を感じているのか本当に分からない。
「一旦手、離しますね。どうぞ」
航琉くんは立ち止まって俺と繋いでいた手をそっと離し、足元に来てくれたマロちゃんを抱き上げた。こちらに渡してくる。
「おおお……!」
航琉くんに抱き方の指導を受け、マロちゃんは俺の腕の中に収まった。
あったかい!
フワフワだ!
良い感じの重みと固さと柔らかさ!
「大変だ……! これ知ったら後戻り出来なくなる……!」
「ふふ、もう手遅れです」
ヤミポンも俺の体を使えば抱っこ出来るのにな……。凄いぞ、これ。
バレないように横目で様子を伺う。薄暗い、黄昏時。人の顔が見えにくくなる時間、誰だかわからなくなる時間、だから目の前に居るのはヒトじゃなくてオバケかもしれないと、聞いたことがある。
オバケ、幽霊のヤミポンはこの時間以外にも居るし、この時間以外でも顔は見えない。勿論、今も。
ヤミポンは、誰、なんだろう。
俯いた透明な輪郭は俺と同じ姿勢をとり、ぎゅっと小さなものを抱きしめる仕草をした。
感覚の共有、してんじゃん……。
「燈李さんは、お父様のようにはなれないと思います」
俺を見ながら、航琉くんはそう言った。
「お母様似かと」
「確かに母親によく似てるとは昔から言われるなー……」
でもあんま母親ってガラじゃないよな、俺は。マロちゃんを抱っこしてても母性みたいなのは湧かないし、他人から見たとしても母性感はなさそう。突然変異が起きたとして、俺が子供を産むこともなさそう。
どちらかといえば航琉くんのほうが産みそうだ。いわゆる夜の営みの際に突っ込まれるのは俺だけど。
「何を考えていますか?」
考えに耽って黙り込んでしまっていた。
「んー、やや18禁というか」
「プレイ内容の詳細とかですか?」
「いや、そんな地に足ついた話じゃなくて、もっとファンタジックというかなんというか」
「知りたいです」
期待されるような内容じゃないと思うけど……。
マロちゃんを降ろして歩きながら話すと、航琉くんは
「産みます」
と覚悟の決まった顔で即答した。
「えっ……!? 俺、そのとき何が出来るかな……」
変身アイテムが一つあったらどっちが変身するか、くらいの空想の話だし航琉くんもそのノリだとは思うけど、こうもハッキリ言われるとつい世界観に飲まれそうになる。
産んでほしいとか産みたいとか思ったことないし、妊婦さんに対しても深く考えたことがなかった。
「体調崩すらしいし、パーツを半分ずつ腹で育てて産んだ後に合体出来れば良いのにな。合体ロボみたいに。そしたら体調の悪さも半分ずつになるんじゃないかな」
「二人で体調を崩すと食糧の確保が難しくなるのではないでしょうか」
「そっか。確かに。人間って上手く出来てるなぁ」
航琉くんは頷いてから、俺のウエストポーズに目を向けた。さっきスマホをしまった場所だ。
「ヤミポンさんは、僕にしてほしいことはありますか?」
ヤミポン本人は俺の三歩後ろに居るけど、航琉くんには見えないため音声の出るスマホに話しかけている。
透明な輪郭は、顔を上げた姿勢で固まった。
〈今の、流れで……僕に話題を振るのか……?〉
「聞かれたことは聞き返すものだと、コミニュケーションの本で読みました」
うんうん、そうそう。
俺は頷いてヤミポンの返答を促してみる。俺にはしてほしいことを言わなくても、航琉くんになら言ったりしないかな。
〈何故キミ達はしてほしいことを聞いてくるんだ? 何かをしてもらったところで、こちらから差し出せるものはない。体の一つもないんだから〉
その言葉に航琉くんは少し首を傾げている。
俺も、航琉くんがヤミポンにしてほしいことを聞いた理由を知りたい。
さっき、自分を頼ってほしいと考えるのは父さんと同じなんじゃないかと思った。頼ってもらえれば、必要とされれば、そうすれば……
「差し出してほしいものなんてないですよ」
〈なら何故〉
「仲の良い人に喜んでもらえたら嬉しいからです」
「……!」
「遊園地に行ったとき、ヒーローショーで燈李さんがすごく喜んでくれました。嬉しかったです。仲の良い人が嬉しいと僕も嬉しいです。ヤミポンさんは、いかがですか」
ヤミポンは、また固まっている。
「その、……話切って悪いんだけどさ、人の願いを、聞きたい、みたいなのって……その、航琉くんのことじゃなくて、さっき自分に思ったんだけど、」
どう言ったらいいんだろう。頼ってほしいと思うのは悪いことかもしれない、なんて、航琉くんへの批判みたいになってしまう。
「ええと……」
やっぱり、やめておこう。優しさを批判したくない。
「ごめん、なんでもない……」
「知りたいです」
心臓の中心を掴んで逃がさないような目だ。見透かすことはない。でもそこに何かがあると確信して、出てくるのをじっと、信じてただ待つ。
そんな目を、航琉くんは待っている。
「どんな言葉でもいいです。教えてもらえませんか」
傷付けたくない。でも、隠し事もしたくない。
「……父さんと、同じなんじゃないかと思って、母さんから頼まれ事をされたがってたから、俺も、さっきヤミポンにしてほしいこと聞いてて、それって、……」
最低のことをしてるんじゃないか?
なんて言ったら、航琉くんの優しさを最低だと言うみたいで、嫌だ。
〈それは違うとさっき言ったはずだ〉
「さっきは、父さんのことは言ってない……」
〈……とりあえず航琉くんの話を聞こう。どう思う?〉
航琉くんは、少し考えてからマロちゃんのほうを見た。
ヤミポンはいつの間にか、俺の隣に来ている。
「マロちゃんも、人を喜ばせようとします」
再び、俺の方を向く。
「ご褒美のおやつがなくてもお手したりお腹を見せたりして、笑ってもらうのが好きみたいです。好きな人を喜ばせようとするのは、お父様の専売特許じゃありません」
「そっ……か……」
マロちゃんと俺では、何かが違う気もするし、部分的には同じ気もする。
マロちゃんはてくてくと歩き、時々振り返って航琉くんを見上げた。航琉くんもマロちゃんを見る。目が合うと満足したように、マロちゃんはまた歩き出す。
「自己満足です。僕の場合は。お父様がどういった意図で頼まれ事をされたがっていたのはわかりませんが、僕には下心があります」
下心? と尋ねる気持ちで、航琉くんを見る。首を傾げる癖が移ったかもしれない。
「もっと仲良くなりたい。それと、幸せになってほしい」
〈前半は理解出来る。仲間や友人を欲するのは社会的動物の本能だろう。後半の意味がわからない。『幸せになって』。今は不幸で、そこから引き上げて幸せにする力があるとでも?〉
「幸せでいてほしい、に変更します」
輪郭はまだ何かを言おうとしていた雰囲気だったが、それを見えていない航琉くんの言葉に少しだけ面食らったかのように止まった。
〈……その話には続きがあるのか。アナタのオカゲでシアワセですと言われれば満足か、と言うつもりだったが、キミの言った言葉と僕の受け取った感覚では意味合いが異なる可能性がある〉
「意味合い……」
航琉くんはヤミポンの言葉を繰り返し、マロちゃんに合わせて歩く。
地平線に残る僅かなオレンジ色以外、空は随分と暗くなっていた。
ランニング用の薄着の俺に航琉くんはパーカーも貸してくれた。航琉くんが寒くなるんじゃないかと断ろうとしたけど、これもやりたいラブコメっぽいことらしい。そう言われたら断るわけにいかず、羽織らせてもらっている。大いに感動されたので今後も要望があれば色々叶えてやりたいところだ。
「さっきの……もっと、って話だけどさ」
色々、叶えてやりたいけど難しいことも、ある。
「今が多分最大限で、これ以上ってのは……」
航琉くんは何も言わず、こちらを向いた。
想いの重さや量が違いすぎると、辛くなるだろうなというのは予想がつく。友達だってそうだ。恋人なら、きっと尚更。
「航琉くんへの想いが無いとか、軽いとかじゃない。けど、これ以上気持ちが重たくなって、お前しか見えないとかお前しか要らないとかになりたくないんだ」
「お父様みたいに、ですか?」
恋人としてよろしくと告げた少し後、父さんのことは航琉くんに伝えた。ヤミポンが掛けた通話は勝手に聞いてはいけないと途中で切ってくれていたけど、知っていてほしいと思った。
思いの外落ち着いて話せたのは、既にヤミポンに話していたからなのか、航琉くんが静かに聞いてくれたからなのか……多分、どっちもだ。
二人に話す前までは父さんのことを思い出すのも避けていたけど、今は話しても大丈夫だと感じる。話せると、少し楽だ。
父さんは愛する人、母さん以外要らない人だった。俺は要らなかった。
「うん……父さんみたいには、なりたくない」
そして、父さんを苦しめたようなことも、もう誰にもしたくない。
苦しんでいる人にここに居てくれと、苦しみを引き延ばすようなことは、してはいけない。
「もしそうなったら、嫌いにはなれないので、止めます」
いつの間にか俯いていた俺は、その言葉に顔を上げた。嫌いになって離れて行ってもいいのに……航琉くんは、離れていかない?
「それは、……嬉しい、かも」
「少し堪能してから……」
「……。少しってどのくらい?」
「50年くらい……」
100年とか言わないあたりが微妙にリアルでやりかねないな。
「……大介と光莉にも頼んでおく。俺が愛に溺れたら引き上げてくれって」
「そんなぁ!」
航琉くんが嘆いているのを横目に、俺は素早くスマホを操作して大介と光莉にメッセージを送った。命綱は多いに越したことはない。最初からこうしておけば良かったんだ。なんで思いつかなかったんだろ。
「健康で長生きしよう。父さんみたいになると下手したら無理心中コースなんだから。俺らは爺さんになっても元気でイチャイチャしてようよ」
「……! はい!」
スマホをしまいながら、ストラップに目がいった。今と似た空模様、地平線の暖かなオレンジ色、柔らかな雲、濃紺の空に浮かぶ小さな星。
後ろを振り返る。夜が始まりかけた空には、ストラップの絵ほどはっきりとは見えないけど、星が出始めている。
ヤミポンの輪郭は下を向いているように見えた。
「あのさ航琉くん。マロちゃん、抱っこしてもいい? 嫌かな」
「マロちゃん、抱っこ大好きです。おいで」
さっきヤミポンはマロちゃんを抱き上げようとしていた。特別犬に興味がある感じではなかったけど、外に出られているからか、ヤミポンの感覚が掴みにくい。バニラアイスが分かったときは内側に居たし、油断してるときだったっぽいからなー……遊園地のときは何もわからなかった。アトラクションにもショーにも反応なし。隠そうと意識されちゃうと、何を感じているのか本当に分からない。
「一旦手、離しますね。どうぞ」
航琉くんは立ち止まって俺と繋いでいた手をそっと離し、足元に来てくれたマロちゃんを抱き上げた。こちらに渡してくる。
「おおお……!」
航琉くんに抱き方の指導を受け、マロちゃんは俺の腕の中に収まった。
あったかい!
フワフワだ!
良い感じの重みと固さと柔らかさ!
「大変だ……! これ知ったら後戻り出来なくなる……!」
「ふふ、もう手遅れです」
ヤミポンも俺の体を使えば抱っこ出来るのにな……。凄いぞ、これ。
バレないように横目で様子を伺う。薄暗い、黄昏時。人の顔が見えにくくなる時間、誰だかわからなくなる時間、だから目の前に居るのはヒトじゃなくてオバケかもしれないと、聞いたことがある。
オバケ、幽霊のヤミポンはこの時間以外にも居るし、この時間以外でも顔は見えない。勿論、今も。
ヤミポンは、誰、なんだろう。
俯いた透明な輪郭は俺と同じ姿勢をとり、ぎゅっと小さなものを抱きしめる仕草をした。
感覚の共有、してんじゃん……。
「燈李さんは、お父様のようにはなれないと思います」
俺を見ながら、航琉くんはそう言った。
「お母様似かと」
「確かに母親によく似てるとは昔から言われるなー……」
でもあんま母親ってガラじゃないよな、俺は。マロちゃんを抱っこしてても母性みたいなのは湧かないし、他人から見たとしても母性感はなさそう。突然変異が起きたとして、俺が子供を産むこともなさそう。
どちらかといえば航琉くんのほうが産みそうだ。いわゆる夜の営みの際に突っ込まれるのは俺だけど。
「何を考えていますか?」
考えに耽って黙り込んでしまっていた。
「んー、やや18禁というか」
「プレイ内容の詳細とかですか?」
「いや、そんな地に足ついた話じゃなくて、もっとファンタジックというかなんというか」
「知りたいです」
期待されるような内容じゃないと思うけど……。
マロちゃんを降ろして歩きながら話すと、航琉くんは
「産みます」
と覚悟の決まった顔で即答した。
「えっ……!? 俺、そのとき何が出来るかな……」
変身アイテムが一つあったらどっちが変身するか、くらいの空想の話だし航琉くんもそのノリだとは思うけど、こうもハッキリ言われるとつい世界観に飲まれそうになる。
産んでほしいとか産みたいとか思ったことないし、妊婦さんに対しても深く考えたことがなかった。
「体調崩すらしいし、パーツを半分ずつ腹で育てて産んだ後に合体出来れば良いのにな。合体ロボみたいに。そしたら体調の悪さも半分ずつになるんじゃないかな」
「二人で体調を崩すと食糧の確保が難しくなるのではないでしょうか」
「そっか。確かに。人間って上手く出来てるなぁ」
航琉くんは頷いてから、俺のウエストポーズに目を向けた。さっきスマホをしまった場所だ。
「ヤミポンさんは、僕にしてほしいことはありますか?」
ヤミポン本人は俺の三歩後ろに居るけど、航琉くんには見えないため音声の出るスマホに話しかけている。
透明な輪郭は、顔を上げた姿勢で固まった。
〈今の、流れで……僕に話題を振るのか……?〉
「聞かれたことは聞き返すものだと、コミニュケーションの本で読みました」
うんうん、そうそう。
俺は頷いてヤミポンの返答を促してみる。俺にはしてほしいことを言わなくても、航琉くんになら言ったりしないかな。
〈何故キミ達はしてほしいことを聞いてくるんだ? 何かをしてもらったところで、こちらから差し出せるものはない。体の一つもないんだから〉
その言葉に航琉くんは少し首を傾げている。
俺も、航琉くんがヤミポンにしてほしいことを聞いた理由を知りたい。
さっき、自分を頼ってほしいと考えるのは父さんと同じなんじゃないかと思った。頼ってもらえれば、必要とされれば、そうすれば……
「差し出してほしいものなんてないですよ」
〈なら何故〉
「仲の良い人に喜んでもらえたら嬉しいからです」
「……!」
「遊園地に行ったとき、ヒーローショーで燈李さんがすごく喜んでくれました。嬉しかったです。仲の良い人が嬉しいと僕も嬉しいです。ヤミポンさんは、いかがですか」
ヤミポンは、また固まっている。
「その、……話切って悪いんだけどさ、人の願いを、聞きたい、みたいなのって……その、航琉くんのことじゃなくて、さっき自分に思ったんだけど、」
どう言ったらいいんだろう。頼ってほしいと思うのは悪いことかもしれない、なんて、航琉くんへの批判みたいになってしまう。
「ええと……」
やっぱり、やめておこう。優しさを批判したくない。
「ごめん、なんでもない……」
「知りたいです」
心臓の中心を掴んで逃がさないような目だ。見透かすことはない。でもそこに何かがあると確信して、出てくるのをじっと、信じてただ待つ。
そんな目を、航琉くんは待っている。
「どんな言葉でもいいです。教えてもらえませんか」
傷付けたくない。でも、隠し事もしたくない。
「……父さんと、同じなんじゃないかと思って、母さんから頼まれ事をされたがってたから、俺も、さっきヤミポンにしてほしいこと聞いてて、それって、……」
最低のことをしてるんじゃないか?
なんて言ったら、航琉くんの優しさを最低だと言うみたいで、嫌だ。
〈それは違うとさっき言ったはずだ〉
「さっきは、父さんのことは言ってない……」
〈……とりあえず航琉くんの話を聞こう。どう思う?〉
航琉くんは、少し考えてからマロちゃんのほうを見た。
ヤミポンはいつの間にか、俺の隣に来ている。
「マロちゃんも、人を喜ばせようとします」
再び、俺の方を向く。
「ご褒美のおやつがなくてもお手したりお腹を見せたりして、笑ってもらうのが好きみたいです。好きな人を喜ばせようとするのは、お父様の専売特許じゃありません」
「そっ……か……」
マロちゃんと俺では、何かが違う気もするし、部分的には同じ気もする。
マロちゃんはてくてくと歩き、時々振り返って航琉くんを見上げた。航琉くんもマロちゃんを見る。目が合うと満足したように、マロちゃんはまた歩き出す。
「自己満足です。僕の場合は。お父様がどういった意図で頼まれ事をされたがっていたのはわかりませんが、僕には下心があります」
下心? と尋ねる気持ちで、航琉くんを見る。首を傾げる癖が移ったかもしれない。
「もっと仲良くなりたい。それと、幸せになってほしい」
〈前半は理解出来る。仲間や友人を欲するのは社会的動物の本能だろう。後半の意味がわからない。『幸せになって』。今は不幸で、そこから引き上げて幸せにする力があるとでも?〉
「幸せでいてほしい、に変更します」
輪郭はまだ何かを言おうとしていた雰囲気だったが、それを見えていない航琉くんの言葉に少しだけ面食らったかのように止まった。
〈……その話には続きがあるのか。アナタのオカゲでシアワセですと言われれば満足か、と言うつもりだったが、キミの言った言葉と僕の受け取った感覚では意味合いが異なる可能性がある〉
「意味合い……」
航琉くんはヤミポンの言葉を繰り返し、マロちゃんに合わせて歩く。
地平線に残る僅かなオレンジ色以外、空は随分と暗くなっていた。
