「こんなところで会えるなんて、運命みたいですね」
飼い主、航琉くんだ。
サングラスとマスクを外して王子様スマイルを浮かべている。
付き合う前との変化点ひとつ。語尾にハートマークを容赦無くつけてくることが多くなったこと。不意打ちでやってくる。
嫌じゃないし拒否する気は全くないし、だから航琉くんもやってるんだろうけど、ちょっとくすぐったいような、もっとやってほしいような、やられてばっかだから俺もやり返したいような。
でも今のはちょっと前のヤミポンのそれとはまた違った嘘っぽさというか、演技っぽさというか……。
「もしかしてそれ、練習した?」
「ばれましたか……」
「どこでそういうの仕入れてくるの?」
「ラブコメです」
航琉くんは照れ笑いをして、サングラスを掛け直した。
ラブコメか。あんま読んだことないな……。
「運命ねぇ……」
マロちゃんの近くにいたヤミポンは少し驚いた様子で固まってから、ゆっくりと俺の三歩後ろくらいのところまで戻ってきた。
ヤミポンは基本的に航琉くんから遠いところに居ようとする。会話のときもあまり航琉くんのほうを見ようとしない。俺に気を遣っているのかと思っていたけど、今の動きはまるで航琉くんから隠れようとしているみたいだ。航琉くんがヤミポンを見えてないのは知ってるはずだから、無意識の行動なのかもしれない。
嫌いと言っていたのは訂正していたけど、苦手意識はあるのかな……。身体に触られたとき程じゃないけど、ほんの一瞬それに似た緊張が走ったのを感じた。
「運命、あまりお好きではないですか?」
「んー……運命って大抵抗ったり乗り越えたりする番組ばっか見てたからこういうときに使うのがピンと来ないかも……航琉くんは運命好き?」
一瞬の緊張はすぐに解けて、俺自身の感覚が湧いてくる。航琉くんと居ると暖かくて、自分が柔らかくなったみたいな感覚がする。
「好きです。運命で結ばれた相手。ロマンチックです」
「うーん……」
そういう使い方かぁ……。
「そういうのがあったとして、航琉くんに俺以外の運命の相手が居たらそっちに行っちゃうわけじゃない? それは嫌だな……」
似たような世界観の人物が運命の相手になりそうな想像をしてしまった。王子と騎士みたいな、そーゆー雰囲気の。俺じゃ平民のチャラ男がいいとこだ。
「負けません。運命なんかに」
「あ、うん? ありがとう」
物凄いキリッとした顔で宣言されてしまった。
「いいの? 俺に合わせようとしなくてもいいんだよ。好きなんでしょ? 運命的なもの」
「好きですが、それはそれです。燈李さんと運命だったら嬉しいですが、燈李さんに他に運命の相手が現れたとしても、僕に現れたとしても、負けません」
キリッとしている。頼もしさを感じる目力だ。
「それに、実は今会ったのは運命じゃないんです」
「そうなの?」
「随分前、燈李さんの趣味などをリサーチしていたときに、この辺りがランニングコースだと大介さんに教わり……以来時々マロちゃんとお散歩に来ています。お散歩コースはマロちゃんの気分次第なので、来られる日はまちまちですし待ち伏せや張り込みはしていませんが。やっと会えました」
また語尾にハートだ。今度は演技っぽくないから俺の心にダイレクトだ。
「ラブコメ、俺も読もうかな……」
「楽しいですよ! 色々参考になります。壁ドンとかもやってみたいです。燈李さんと居るときはなかなか壁がなくて……」
「基本的に放課後中庭とか帰り道とかだもんなー。俺ん家は棚とか机とかベッドとかテレビとかで壁に隙間あんまないし。航琉くん家でやる?」
「学校で、やりたいです……っ」
そこ拘りあるのね。読んでるラブコメは校内がメインだったりするのかな。壁ドンはちょっと古い気がしないでもないけど、色んなラブコメを読んでいるのだろう。
「わかった。良さそうな壁探しとくよ」
「はい!」
嬉しそうだなぁ。つい喜ばせてやりたくなっちゃう。今のはラブコメ的に合ってるのかわかんないけど、喜んでくれてるみたいで嬉しい。
「他にも色々やりたいです。噛んだり噛まれたり、命令したりされたり」
「それは本当にラブコメで合ってる?」
おおよそ日常で人に向ける単語じゃないものが聞こえたぞ。まぁ壁ドンもそうか?
「あっ!」
航琉くんが何がを思いついたようにハッとした顔をした。どうしたのか尋ねる前に、頬を少し赤らめてキラキラした目を向けられた。
「家に漫画があります! 今度遊びにきませんか」
「ん? うん。時間取れるときいつでも行くよ」
なんでそんなにキラキラしてるんだ……?
〈……会話の邪魔をしてすまないが航琉くん、おそらく『家に良いものがあるから来ないか』というのは付き合う前の誘い文句だ。家に誘って口説くための。燈李は既にキミに口説き落とされている〉
「そう……なんですか……!?」
「後半はそうだけど前半は俺にもわかんねぇ。付き合ってからやっちゃダメってことはないだろうし、色々やりたいことやろう」
「イロイロ……やりたいこと……!?」
「節度は守ってね」
「はい……」
航琉くん、見た目はクールな美形だけど中身は初手の会話からだいぶまぁ、積極的だからな……。そのイロイロの中にはアレなソレが含まれてそうだけど、お兄ちゃん気質の俺としては、大人になってからね、といったカンジだ。
〈やりたいことの話をしているが、航琉くんは燈李にやってほしいことはないのか? 壁ドン以外で〉
「壁ドンも僕がする側ですね」
〈ああ、そう……。燈李も、僕に聞いてないでこういうのは恋人に聞いたらどうなんだ〉
「航琉くんは何かあれば言ってくれそうな印象があったからつい……何かある?」
「何か……」
航琉くんは顎に手を当てたり、おでこに手を当てたり、腕を組んだり、上を向いたり下を向いたり目線を横に逸らしたり、時間を掛けてじっくり考え抜いてから口を開いた。
「もっと……」
「もっと?」
「好きになってほしいです」
「もっと!?」
「はい」
かなり、人生最大限くらい好きだと思うんだけど、そりゃ家族や友達も大好きだけど、航琉くんに対しては家族や友達には感じないドキドキがある。それでこれ以上好きになれと? これ以上好きになったらどうなっちゃうんだ。
「観覧車で言ったこと、覚えていますか。僕の『好き』が、どのような意味を持っているか」
「えーと、確か……」
触れたい、知りたい、だったか。
「手、繋ぐ?」
触れたいなら、そんな感じかな? 俺も航琉くんの手、好きだし。
「ヤミポン、いい?」
〈嫌だとは言ってしまったが、……言葉のアヤだ。キミ達の邪魔がしたいわけじゃない。キミは、彼のことが好きなんだろう? 経験済みの行動なら覚悟は出来る。逐一こちらに聞かなくていい。キミの体だ、遠慮なくやれ。僕の存在が目障りであれば地面にでもめり込んでいようか〉
「いやいや! いいよそんなことしなくて! 目障りだとか思ってない」
〈航琉くんは? 見ないようにはするが……今のところ二人きりにさせてやることが出来ない。……すまない〉
好き好んで恋人同士のやりとりに立ち会いたいわけじゃないだろうに、負い目を感じさせてしまっている。謝らなくていいのに。でも確かに、航琉くんはどう思っているんだろう。
「いえ、特には。僕からは見えませんし、見えたとしても人目には慣れています。気にしていたら何も出来ません」
流石モテ男の風格……。
俺はヤミポンのほうをそっと見た。デートのときは勢いとテンションで手を繋いじゃったけど、ヤミポンが嫌な思いをしてまでやりたいとは思わない。
〈平気だ〉
視線に気付かれたらしい。
〈恋人を優先すべきだ。友人以上の存在だから恋人なんだろ〉
「以上とか以下とかじゃなくてジャンルの違いだよ。俺がそういうの好きじゃないって知ってるよな」
〈今は僕らが議論する場合じゃない。……平気だ。今まで気付かなかったが、キミの外に出ていれば感覚は共有しないんじゃないか? やってみろ〉
……本当かな。
ヤミポンはゆっくりと歩いて、もう二歩俺から遠去かる。
〈それに、これもさっき気付いたが以前よりもキミから距離が取れるようになったようだ。七不思議巡りなんて待たずともこのまま離れて行ければいいが……〉
「えっ!」
俺の驚きの声と同時に、ヤミポンの透明な輪郭がいきなり消えた。
〈おい!〉
消えたことにショックを受けるよりも速く、ヤミポンは俺の体の前面から抜け出てきて俺を振り返る。
〈本当に何もやってないんだよな?〉
「何もって?」
〈最初の頃屋上で聞いた。僕が離れられないのはキミが何かしているからじゃないのか? 実は僕は凶悪な悪霊でキミは高名な術師か何かで、僕を封印しているとか。あぁ、もう! また三歩制限か!〉
合成音声なりに怒った声色を出しながら、ヤミポンは三歩歩いて止まった。それ以上遠くに行けないみたいだ。
「してないよ、封印なんて。霊感ないし。ヤミポンが俺から出て行くの初めて見た」
〈いつもは背中側から出ているからな。前から出たらびっくりするだろ〉
「お気遣いどうも……?」
〈待たせてないで、さっさと手を繋げ! ほら!〉
ヤミポンの輪郭は腕組みをし、航琉くんのほうを顎で示した。
サングラスと帽子で表情はよくわからないけど、航琉くんはきょとんとした雰囲気でこちらを見ている。
「ごめん、置いてけぼりにしちゃって……」
「いえ、僕以外の人と話す燈李さんを見ているの、楽しいです」
……本当っぽいなぁ……俺も航琉くんが俺以外と話してるとき、そう思えるようになろう……。
そっと手を差し出すと、マロちゃんのリードとお散歩バッグを片手に持って、空いた手で俺と手を繋いでくれた。
ヤミポン、大丈夫かな。確かに緊張する感覚はなかったけど、我慢してないか……? 外に出ていても、核みたいな部分がこっちにある感覚はある。
また、そっぽを向いちゃっている。こちらを向いていたとしても顔はわからないけど。
本人が平気だと言ってるのを蒸し返すのは、良くないよな……。俺はヤミポンの平気だという言葉を信じることにして、航琉くんの手をぎゅっと握り返した。
夕方の秋風の中、繋いだ手はやっぱり大きくて温かい。
「風呂入ってるみたいだなー……」
「お風呂?」
「うん。航琉くんの手、あったかいから」
触れたい、の次は知りたい、だったか。今思ってることを言うのが良いのかな。
「ここに居るって感じがする」
「? いますよ」
「うん」
マロちゃんの行きたいところに合わせて、のんびりと歩く。穏やかな時間が流れている。この感じ、好きだな。
航琉くんがサングラス越しに俺の顔をじっと見つめてから、聞いてきた。
「好きですか? 僕の手」
俺も見つめ返す。照れくさいけど、自分から言えない分、出来るだけ素直でいようと腹は括っている。
「うん」
目も、好きなんだけどなー……。
そろそろ陽も落ちて眩しくないし、サングラス取っていいんじゃないかな……。
「その格好って日差し対策?」
「それもありますが、変装です。人が寄ってきてしまうので」
航琉くんはマロちゃんのほうを見る。マロちゃんは草や地面の臭いをフンフンと嗅いでいる。
「僕一人なら慣れていますが、散歩中に人が集まるとマロちゃんがゆっくり出来ないので、こうなりました」
なるほど。ダボっとしたパーカーは体型隠しか。身長は隠せないけど、変装の効果はあるみたいだ。
「かっこいいって大変だ……」
「かっこいい? 僕ですか?」
「えっ、自覚ないの?」
「いえ、挨拶以上に言われる言葉です。そう称される見た目なのだろうなとは思っています」
僅かに肩を落とし、そのことに疲れている様子だ。
確かに挨拶が思い浮かぶよりも顔の整いっぷりに衝撃を受けちゃうから、わからなくもないけど沢山の人に何度も毎回言われ続けるほうはキツいよな……。褒め言葉でも、航琉くんにとっては嬉しいことじゃなさそうだし。
「……犬も、犬にモテる犬がいます。僕からすると体が大きくても小さくても、鼻や足が長くても短くても、目が大きくても小さくても、犬は可愛いです。人間もそうです。可愛いとまでは思いませんが、全部人間です。身だしなみは学びましたし、個々の見た目の違いもわかりますが……取り立てて形がかっこいいか否かというのは……意味がよくわからないです。意味がわからないことを色んな人に言われるので、怖いです」
そう、だったのか。俺、嫌なこと言ったな。
「ごめん、これからは言わないように、」
「燈李さんは、僕の見た目が好きですか?」
「うっ……」
その質問に他意がないのは分かってるけど、今の流れだと肯定したら航琉くんが辛いんじゃないの……?
「うん……」
と考えたのに、割と素直な俺の口は勝手に肯定の言葉を紡いでしまっている。こういうときこそ口固くなれよ、俺。『うん』は口固く閉じたままでも言えちゃうから罠だ。
「そうですか」
航琉くんは帽子とサングラスを取って、俺に顔を向けた。
「燈李さんが好きになってくれるなら、この見た目で良かったです。もっと見て、もっと好きになってくださいね」
にっこりと嬉しそうな笑顔。
美の暴力だ。
「どうして目を閉じるんですか」
「眩しくて……」
「? サングラス、要りますか?」
「借りようかな……」
貸してくれたサングラスを掛けたけど、太陽光で眩しいわけじゃなくて航琉くんの顔面が輝いて見えちゃったせいなので、意味はなかった。物理的な眩しさを抑えるサングラス、それ以外はバッチリ良く見えるため顔面由来の眩しさは貫通する。無いよりはいいかな……掛けておこう。
飼い主、航琉くんだ。
サングラスとマスクを外して王子様スマイルを浮かべている。
付き合う前との変化点ひとつ。語尾にハートマークを容赦無くつけてくることが多くなったこと。不意打ちでやってくる。
嫌じゃないし拒否する気は全くないし、だから航琉くんもやってるんだろうけど、ちょっとくすぐったいような、もっとやってほしいような、やられてばっかだから俺もやり返したいような。
でも今のはちょっと前のヤミポンのそれとはまた違った嘘っぽさというか、演技っぽさというか……。
「もしかしてそれ、練習した?」
「ばれましたか……」
「どこでそういうの仕入れてくるの?」
「ラブコメです」
航琉くんは照れ笑いをして、サングラスを掛け直した。
ラブコメか。あんま読んだことないな……。
「運命ねぇ……」
マロちゃんの近くにいたヤミポンは少し驚いた様子で固まってから、ゆっくりと俺の三歩後ろくらいのところまで戻ってきた。
ヤミポンは基本的に航琉くんから遠いところに居ようとする。会話のときもあまり航琉くんのほうを見ようとしない。俺に気を遣っているのかと思っていたけど、今の動きはまるで航琉くんから隠れようとしているみたいだ。航琉くんがヤミポンを見えてないのは知ってるはずだから、無意識の行動なのかもしれない。
嫌いと言っていたのは訂正していたけど、苦手意識はあるのかな……。身体に触られたとき程じゃないけど、ほんの一瞬それに似た緊張が走ったのを感じた。
「運命、あまりお好きではないですか?」
「んー……運命って大抵抗ったり乗り越えたりする番組ばっか見てたからこういうときに使うのがピンと来ないかも……航琉くんは運命好き?」
一瞬の緊張はすぐに解けて、俺自身の感覚が湧いてくる。航琉くんと居ると暖かくて、自分が柔らかくなったみたいな感覚がする。
「好きです。運命で結ばれた相手。ロマンチックです」
「うーん……」
そういう使い方かぁ……。
「そういうのがあったとして、航琉くんに俺以外の運命の相手が居たらそっちに行っちゃうわけじゃない? それは嫌だな……」
似たような世界観の人物が運命の相手になりそうな想像をしてしまった。王子と騎士みたいな、そーゆー雰囲気の。俺じゃ平民のチャラ男がいいとこだ。
「負けません。運命なんかに」
「あ、うん? ありがとう」
物凄いキリッとした顔で宣言されてしまった。
「いいの? 俺に合わせようとしなくてもいいんだよ。好きなんでしょ? 運命的なもの」
「好きですが、それはそれです。燈李さんと運命だったら嬉しいですが、燈李さんに他に運命の相手が現れたとしても、僕に現れたとしても、負けません」
キリッとしている。頼もしさを感じる目力だ。
「それに、実は今会ったのは運命じゃないんです」
「そうなの?」
「随分前、燈李さんの趣味などをリサーチしていたときに、この辺りがランニングコースだと大介さんに教わり……以来時々マロちゃんとお散歩に来ています。お散歩コースはマロちゃんの気分次第なので、来られる日はまちまちですし待ち伏せや張り込みはしていませんが。やっと会えました」
また語尾にハートだ。今度は演技っぽくないから俺の心にダイレクトだ。
「ラブコメ、俺も読もうかな……」
「楽しいですよ! 色々参考になります。壁ドンとかもやってみたいです。燈李さんと居るときはなかなか壁がなくて……」
「基本的に放課後中庭とか帰り道とかだもんなー。俺ん家は棚とか机とかベッドとかテレビとかで壁に隙間あんまないし。航琉くん家でやる?」
「学校で、やりたいです……っ」
そこ拘りあるのね。読んでるラブコメは校内がメインだったりするのかな。壁ドンはちょっと古い気がしないでもないけど、色んなラブコメを読んでいるのだろう。
「わかった。良さそうな壁探しとくよ」
「はい!」
嬉しそうだなぁ。つい喜ばせてやりたくなっちゃう。今のはラブコメ的に合ってるのかわかんないけど、喜んでくれてるみたいで嬉しい。
「他にも色々やりたいです。噛んだり噛まれたり、命令したりされたり」
「それは本当にラブコメで合ってる?」
おおよそ日常で人に向ける単語じゃないものが聞こえたぞ。まぁ壁ドンもそうか?
「あっ!」
航琉くんが何がを思いついたようにハッとした顔をした。どうしたのか尋ねる前に、頬を少し赤らめてキラキラした目を向けられた。
「家に漫画があります! 今度遊びにきませんか」
「ん? うん。時間取れるときいつでも行くよ」
なんでそんなにキラキラしてるんだ……?
〈……会話の邪魔をしてすまないが航琉くん、おそらく『家に良いものがあるから来ないか』というのは付き合う前の誘い文句だ。家に誘って口説くための。燈李は既にキミに口説き落とされている〉
「そう……なんですか……!?」
「後半はそうだけど前半は俺にもわかんねぇ。付き合ってからやっちゃダメってことはないだろうし、色々やりたいことやろう」
「イロイロ……やりたいこと……!?」
「節度は守ってね」
「はい……」
航琉くん、見た目はクールな美形だけど中身は初手の会話からだいぶまぁ、積極的だからな……。そのイロイロの中にはアレなソレが含まれてそうだけど、お兄ちゃん気質の俺としては、大人になってからね、といったカンジだ。
〈やりたいことの話をしているが、航琉くんは燈李にやってほしいことはないのか? 壁ドン以外で〉
「壁ドンも僕がする側ですね」
〈ああ、そう……。燈李も、僕に聞いてないでこういうのは恋人に聞いたらどうなんだ〉
「航琉くんは何かあれば言ってくれそうな印象があったからつい……何かある?」
「何か……」
航琉くんは顎に手を当てたり、おでこに手を当てたり、腕を組んだり、上を向いたり下を向いたり目線を横に逸らしたり、時間を掛けてじっくり考え抜いてから口を開いた。
「もっと……」
「もっと?」
「好きになってほしいです」
「もっと!?」
「はい」
かなり、人生最大限くらい好きだと思うんだけど、そりゃ家族や友達も大好きだけど、航琉くんに対しては家族や友達には感じないドキドキがある。それでこれ以上好きになれと? これ以上好きになったらどうなっちゃうんだ。
「観覧車で言ったこと、覚えていますか。僕の『好き』が、どのような意味を持っているか」
「えーと、確か……」
触れたい、知りたい、だったか。
「手、繋ぐ?」
触れたいなら、そんな感じかな? 俺も航琉くんの手、好きだし。
「ヤミポン、いい?」
〈嫌だとは言ってしまったが、……言葉のアヤだ。キミ達の邪魔がしたいわけじゃない。キミは、彼のことが好きなんだろう? 経験済みの行動なら覚悟は出来る。逐一こちらに聞かなくていい。キミの体だ、遠慮なくやれ。僕の存在が目障りであれば地面にでもめり込んでいようか〉
「いやいや! いいよそんなことしなくて! 目障りだとか思ってない」
〈航琉くんは? 見ないようにはするが……今のところ二人きりにさせてやることが出来ない。……すまない〉
好き好んで恋人同士のやりとりに立ち会いたいわけじゃないだろうに、負い目を感じさせてしまっている。謝らなくていいのに。でも確かに、航琉くんはどう思っているんだろう。
「いえ、特には。僕からは見えませんし、見えたとしても人目には慣れています。気にしていたら何も出来ません」
流石モテ男の風格……。
俺はヤミポンのほうをそっと見た。デートのときは勢いとテンションで手を繋いじゃったけど、ヤミポンが嫌な思いをしてまでやりたいとは思わない。
〈平気だ〉
視線に気付かれたらしい。
〈恋人を優先すべきだ。友人以上の存在だから恋人なんだろ〉
「以上とか以下とかじゃなくてジャンルの違いだよ。俺がそういうの好きじゃないって知ってるよな」
〈今は僕らが議論する場合じゃない。……平気だ。今まで気付かなかったが、キミの外に出ていれば感覚は共有しないんじゃないか? やってみろ〉
……本当かな。
ヤミポンはゆっくりと歩いて、もう二歩俺から遠去かる。
〈それに、これもさっき気付いたが以前よりもキミから距離が取れるようになったようだ。七不思議巡りなんて待たずともこのまま離れて行ければいいが……〉
「えっ!」
俺の驚きの声と同時に、ヤミポンの透明な輪郭がいきなり消えた。
〈おい!〉
消えたことにショックを受けるよりも速く、ヤミポンは俺の体の前面から抜け出てきて俺を振り返る。
〈本当に何もやってないんだよな?〉
「何もって?」
〈最初の頃屋上で聞いた。僕が離れられないのはキミが何かしているからじゃないのか? 実は僕は凶悪な悪霊でキミは高名な術師か何かで、僕を封印しているとか。あぁ、もう! また三歩制限か!〉
合成音声なりに怒った声色を出しながら、ヤミポンは三歩歩いて止まった。それ以上遠くに行けないみたいだ。
「してないよ、封印なんて。霊感ないし。ヤミポンが俺から出て行くの初めて見た」
〈いつもは背中側から出ているからな。前から出たらびっくりするだろ〉
「お気遣いどうも……?」
〈待たせてないで、さっさと手を繋げ! ほら!〉
ヤミポンの輪郭は腕組みをし、航琉くんのほうを顎で示した。
サングラスと帽子で表情はよくわからないけど、航琉くんはきょとんとした雰囲気でこちらを見ている。
「ごめん、置いてけぼりにしちゃって……」
「いえ、僕以外の人と話す燈李さんを見ているの、楽しいです」
……本当っぽいなぁ……俺も航琉くんが俺以外と話してるとき、そう思えるようになろう……。
そっと手を差し出すと、マロちゃんのリードとお散歩バッグを片手に持って、空いた手で俺と手を繋いでくれた。
ヤミポン、大丈夫かな。確かに緊張する感覚はなかったけど、我慢してないか……? 外に出ていても、核みたいな部分がこっちにある感覚はある。
また、そっぽを向いちゃっている。こちらを向いていたとしても顔はわからないけど。
本人が平気だと言ってるのを蒸し返すのは、良くないよな……。俺はヤミポンの平気だという言葉を信じることにして、航琉くんの手をぎゅっと握り返した。
夕方の秋風の中、繋いだ手はやっぱり大きくて温かい。
「風呂入ってるみたいだなー……」
「お風呂?」
「うん。航琉くんの手、あったかいから」
触れたい、の次は知りたい、だったか。今思ってることを言うのが良いのかな。
「ここに居るって感じがする」
「? いますよ」
「うん」
マロちゃんの行きたいところに合わせて、のんびりと歩く。穏やかな時間が流れている。この感じ、好きだな。
航琉くんがサングラス越しに俺の顔をじっと見つめてから、聞いてきた。
「好きですか? 僕の手」
俺も見つめ返す。照れくさいけど、自分から言えない分、出来るだけ素直でいようと腹は括っている。
「うん」
目も、好きなんだけどなー……。
そろそろ陽も落ちて眩しくないし、サングラス取っていいんじゃないかな……。
「その格好って日差し対策?」
「それもありますが、変装です。人が寄ってきてしまうので」
航琉くんはマロちゃんのほうを見る。マロちゃんは草や地面の臭いをフンフンと嗅いでいる。
「僕一人なら慣れていますが、散歩中に人が集まるとマロちゃんがゆっくり出来ないので、こうなりました」
なるほど。ダボっとしたパーカーは体型隠しか。身長は隠せないけど、変装の効果はあるみたいだ。
「かっこいいって大変だ……」
「かっこいい? 僕ですか?」
「えっ、自覚ないの?」
「いえ、挨拶以上に言われる言葉です。そう称される見た目なのだろうなとは思っています」
僅かに肩を落とし、そのことに疲れている様子だ。
確かに挨拶が思い浮かぶよりも顔の整いっぷりに衝撃を受けちゃうから、わからなくもないけど沢山の人に何度も毎回言われ続けるほうはキツいよな……。褒め言葉でも、航琉くんにとっては嬉しいことじゃなさそうだし。
「……犬も、犬にモテる犬がいます。僕からすると体が大きくても小さくても、鼻や足が長くても短くても、目が大きくても小さくても、犬は可愛いです。人間もそうです。可愛いとまでは思いませんが、全部人間です。身だしなみは学びましたし、個々の見た目の違いもわかりますが……取り立てて形がかっこいいか否かというのは……意味がよくわからないです。意味がわからないことを色んな人に言われるので、怖いです」
そう、だったのか。俺、嫌なこと言ったな。
「ごめん、これからは言わないように、」
「燈李さんは、僕の見た目が好きですか?」
「うっ……」
その質問に他意がないのは分かってるけど、今の流れだと肯定したら航琉くんが辛いんじゃないの……?
「うん……」
と考えたのに、割と素直な俺の口は勝手に肯定の言葉を紡いでしまっている。こういうときこそ口固くなれよ、俺。『うん』は口固く閉じたままでも言えちゃうから罠だ。
「そうですか」
航琉くんは帽子とサングラスを取って、俺に顔を向けた。
「燈李さんが好きになってくれるなら、この見た目で良かったです。もっと見て、もっと好きになってくださいね」
にっこりと嬉しそうな笑顔。
美の暴力だ。
「どうして目を閉じるんですか」
「眩しくて……」
「? サングラス、要りますか?」
「借りようかな……」
貸してくれたサングラスを掛けたけど、太陽光で眩しいわけじゃなくて航琉くんの顔面が輝いて見えちゃったせいなので、意味はなかった。物理的な眩しさを抑えるサングラス、それ以外はバッチリ良く見えるため顔面由来の眩しさは貫通する。無いよりはいいかな……掛けておこう。
