憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!


-4章-
 昨夜は久々の自分の体を動かす感覚にちょっとふらつきながらも何事もなく家に帰った。
 航琉くんは案の定令和変身ヒーローを見ているらしく、そちらも良いが平成変身ヒーローをお勧めしておいた。サラッサラの髪の毛してるのに何故ポマードを持っているのか聞くと、
「ポマードを投げると勝てる妖怪がいるそうなので念のため」
との答えだった。
 勝ち負けのある競技みたいな妖怪がいるのか……?
 学校の七不思議には少し詳しいけど、それ以外の妖怪についてはよく知らない俺は航琉くんから話を聞き、なんだかんだで会話は盛り上がった。
 久々に人と話をしたけど、やっぱり楽しい。
 こんなに楽しいのに友達が要らないなんて、俺に入っていた中の人は絶対に損をしてる。

 夜中に帰宅したとき母さんと妹の光莉は寝てたけど、今朝俺が寝坊したときは感動した声で叩き起こしに来た。
 叩き起こされて不貞腐れた態度を取ったら、
「元に戻ったのね!」
「お兄ちゃんだ!」
 なんて泣きそうな顔で二人から抱きしめられた。一瞬反射みたいに体がビクついたのは俺自身も驚いた。スキンシップは嫌いじゃないし、スポーツ観戦で応援チームが勝ったときとか、ウチではハグはよくやるほうだから慣れてるのに。
 母さんはそんな俺の反応に『何か辛いことがあったのか』と聞きたそうにしてたけど、聞いてプレッシャーを与えたり思い出させたりしてはいけないと考えたようで、ぐっと堪えて泣きそうな笑顔で俺の頭を撫でていた。
 特に辛いことは起きてないし、問題もないのだが説明がしづらい。
 なんらかに取り憑かれて体が勝手に動いてた、なんて言ったら大ごとになりそうだ。
「ちょっとした……二重人格?」
 と誤魔化し、
「とにかく大丈夫だから」
 と繰り返し、
 遅刻は確定したのでのんびりパンを食べ、食器は俺も洗ったほうが良いかなと思っているうちに母さんが「いいからいいから」とニコニコと片付けられてしまった。
 こうなるとやることは一つ。
 オシャレだ。
 鏡の前に立ち、制服のシャツのボタンは2つ開け、ネクタイは下げ、ズボンは腰パン。
 ワックスで髪を立てて、毛先は鋭利に仕上げる。
 最高。完ッ璧だ。
「燈李……!」
「お兄ちゃんだ……!」
 再び感動してくれる母さんと光莉に手を振り登校し、遅刻で先生から注意され、何人かのセンスのないクラスメイトからは「燈李、この前のほうが服装似合ってたのに!」と嘆かれ、授業中に寝ては注意を受け、当てられた問題は解けず、昼休みに至る。

「デートをしましょう」
 昼休みである。
 つまり航琉くんが来る時間だ。
 俺の席に訪れ、黒猫みたいな雰囲気の真顔で要望を訴えかけてくる。
「連絡先を交換しませんか」
「お、おぅ」
「行きたいところはありますか」
「と、特には」
「土日はアルバイトですよね。来月の祝日はどうですか」
「お、おぉ、わかった」
 昼の光で見ると目鼻立ちがはっきりくっきりと分かり、夜見たときよりも彫刻の芸術品みたいだ。迫力がある。その迫力に見つめられ、俺は食べかけの弁当を左手に箸を右手にヘビに睨まれたカエルの如く固まり、固まったまま見つめ返すことにより迫力を直視し続け、誘導尋問か圧迫面接のような感覚に陥り、会話内容に集中が出来ず流れでデートが決まった。よく昨日までの俺の中の人はこの迫力を受け流せたものだ。
 遅刻したせいで話す暇のなかった大介が、そんな俺らを見ながら
「え? なに? 進展? どういう?」
 と混乱している。
「キスをしました」
「あれをキスって言うのは人名救助への冒涜だろ」
「確かに。キスしてません」
「えっ? あ、うん? 燈李? 何がどう? なに?」
「性行為における位置について決めました」
「あくまで興味があるのはどのポジションかって話な。18禁なことは18歳になってからがいいんじゃねぇかな」
「わかりました」
「ん? え? 何? 全然わかんねぇけどコレ大丈夫な会話なの? 大丈夫? 色々と?」
 大介に加えて会話の聞こえたであろうクラスメイト数名にも混乱が広がったみたいだったが、航琉くんは意に介さず俺にスマホを見せてくる。
「この遊園地はどうですか」
「おー、いいねー」
 スマホを覗き込むとき、航琉くんからフワリと良い香りがした。
「お前、良い香りすんのな」
 俺は思ったことがそのまま口から出るタイプだ。集中してないときは特に。
「香水です。分けましょうか?」
「いいの?」
「明日お待ちします」
「さんきゅ」
 俺らを見る大介が唖然としている。
「お、お前ら、それって、同じ香りをつけるって、それって」
「? かっこいいだろ? 香水つける男」
「いいのか……いいか……? お前らが良いなら、いいか……? いや、もしや、これって……!?」
 混乱し続けたせいか、大介はだんだん頬を染めて微笑み始めた。口元を抑えて小声で「きゃーっ」なんて言っている。語尾にハートマークがつきそうな声だ。
 航琉くんは先程の俺と同じく「?」を浮かべ、壁の時計の示す時間に気付き
「では、後ほど連絡します」
 と言って教室を出て行った。

 昼休み終了五分前。ちょっぴり名残惜しさはある。顔の迫力に慣れて会話が弾みそうだったところなのになぁ。
 とはいえ迫力に負けて固まって間、持ったままだった弁当が残っている。会話を弾ませてる場合じゃない。
「もしかして、付き合うの? この前までテキトーにあしらってたのに、やるぅ!」
 混乱を一旦落ち着かせたらしき大介が、ジュースの残りをすすりながら聞いてきた。その声色にはワクワク感が滲み出ている。大介は自分の恋バナも好きだし人の恋バナも大好きだ。残念ながらご期待には応えられない。
 俺は首を横に振る。
「んーん。とりあえず友達付き合いして、『イメージと違った』って思われてフェードアウトじゃねぇかなぁ」
「えぇー? あんまり弄ぶなよな、向こうは真剣っぽいんだから」
「むぐぐ、もぐ」
 げっ、まさか普通に会話してるだけで弄ぶ判定になるのか? 恋愛が絡むと自然なやりとりすら気のあるように感じさせちゃう?
 弁当の残りを口にかきこみながらは喋れず、返答の代わりに俺は表情で気持ちを表現したが大介は違う方向に受け取ったようで、納得と同情の入り混じった顔で頷いている。
「まぁ、ワタルくん? だっけ? 彼がちょっとコワイのはわかるけど……」
「怖い?」
 口の中のものを茶で流し込み、疑問文の一言だけは返せた。
「え、うん。何考えてるのかわからなくない? でもここで怖気付いたら絶対ダメだぞ! 恋ってのはほんのちょっとの勇気が何よりも大切で……あ、やべ、先生来た」
 チャイムの音と共に先生が入ってきて、大介との会話は終了となる。
 俺は弁当箱をしまいつつ、先程の大介の言葉に思いを馳せた。
 恋云々は置いておくとして。航琉くん、怖い、かなぁ……?
 中の人による自動操縦を楽しんでいた一週間のうちの平日五日間の昼休み、俺は自動操縦のお陰で自分の喋りを考えなくてよかったからある程度航琉くんを観察出来ていたと思う。
 それに昨日の夜結構喋ったのと慣れもあってか、なんとなく表情も読めるようになった気がする。猫に慣れた人が猫の感情を察知出来るのと似たようなものかな。
 多分彼の言葉に他意はない。表情は乏しいけど、嘘もつかないし取り繕いもしない。
 だから真っ直ぐな『好きです』なんだ。
 ……恋愛感情、か。

 放課後。
「それで、何だったの? この前の燈李の……えーと、服装の違いとか」
 大介が気を遣ったのだろう、言葉を選びながら聞いてきた。
 俺はといえば答えを用意しておらず、「ちょっとした、二重人格……?」と誤魔化すしかない。
 オバケが憑依したなんて言ったらお祓いとかで大ごとになりそうだし、ガチの二重人格とか言っても大ごとになりそうだし、中の人もそう言うしかなかったんだろうな……。
「あ!!!」
「何!?」
 俺はこのシチュエーションで思い出したことがあり、思わず大声を出していた。大介がびっくりしている。
「大介!!! 俺は、友達! 要る!!! 必要!! だからな!!!」
 昨日中の人も謝ってはいたけど、誤解させてたら解きたいのだ。友達は要らなくないぞ。
「わーん!!! 燈李ーーー!!!」
 大介は俺の言葉に全身で喜びを表現してくれた。抱きついてきたのだ。勿論俺は慣れている。俺の身体は……ビクリ、とまではいかないけど、少し身構えた感覚はあった。大介には気付かれてないだろう。
 ぎゅぎゅっと抱きしめ返し、心配させて悪かったことと心配しなくていいこと、俺が滅茶苦茶元気なことを伝えると、心の底から安心した顔で大介は笑ってくれた。

 昇降口に向かう途中、今度は大介が昨日のことを思い出した。
「そういやこの、ストラップなんだけどさ」
 大介がポケットから出したスマホには、ストラップホルダーと、そこに夕焼けか朝焼けかの絵画のストラップが付いている。
「昨日の落とし物のやつ?」
「そうそう。捨てられちゃうのもなと思って俺が貰って、ストラップホルダー買ってつけたのは良いんだけど、せっかくストラップホルダーつけたならストラップは遥ちゃんとお揃い買いたくなっちゃってさ」
「なるほど」
「だから……昨日、あんま好きじゃないって言ってたのに悪いんだけど、燈李がもっててくれねぇ……? 生徒会に返しに行くは、ちょっと……」
「そりゃ気まずいよな、貰っておいてすぐ返しますってのは」
「ううう」
 しょぼしょぼと落ち込む大介の顔はリアクション芸みたいでちょっと面白いけど、本人は深刻だ。
「いいよ。昨日の俺はひねくれてたみたいだけど俺はその絵結構イイと思うし、俺が頂戴ってねだったことにしなよ」
 俺は9割くらいは大介の顔の面白さから、残り1割は優しさから、笑顔でそう応える。
「ありがとう!!! 飽きたら外していいから! 本当にありがとう!!!」
 俺がスマホを取り出すと大介はストラップホルダーとキーホルダーをつけてくれた。「神様仏様燈李様だよ〜」と言いながら手を合わせて拝まれる。
「ふむ、苦しゅうない。もっと拝んでくれ」
「ははーっ! 燈李様様。ありがたやありがたや。今度なんか奢る! じゃあ、俺遥ちゃんと待ち合わせあるから〜!」
 そして笑顔で颯爽と去って行く。
「恋はいいぞ〜〜!!!燈李もがんばれよーー!!!」
 などと言いながら。
 そりゃ人の恋は見ても聞いても楽しいけどさぁ! 俺が言い返そうとしたときには大介は随分と遠くに行っていて、アレが恋の情熱なんだろうなぁ……と輝かしいものを見た有り難い気持ちになってしまうところが、俺にはやっぱり恋は向いてない証拠なのだ。
 ――「好きです」――
 あのときの真っ直ぐな目。
 俺じゃない人物に向けられた気持ち。
 騙しているような感覚の申し訳なさと、ひたむきな彼を見て応援したい気持ちが湧くけれど、俺じゃ応えられない。
 ――「あんまり弄ぶなよな、向こうは真剣っぽいんだから」――
 さっきの大介の言葉を思い出す。
 恋愛の意味で好きと言う奴に対して『友達付き合いをしてイメージと違うと思わせてフェードアウト狙い』は、確かに良くない作戦だ。変に期待させて落ち込ませちゃう可能性だってある。
 俺はきちんとお付き合いを断らなきゃならない。
 だけどその前に、確かめることがある。