-3章-
「付き合う付き合わないは、やっぱり僕が考えることじゃないと思う。ほら、今ちょっとした二重人格なわけだし」
「いや、だからその二重人格? どうしたの? って聞いていいものなの?」
「一時的なものだと思うから、気にしないで」
大介と話しながら、俺の中の人は昇降口に向かって歩く。
別に中の人が付き合うぶんには止めないけどな、俺は。航琉くんが好きなのはお前なわけで、付き合うにしろ断るにしろ、ちゃんと向き合ってやればいいのに。
出会いがどうであれ、その後が大事だろ。現に……
「大助くーん!」
噂をすれば、まぁ噂はしてないけど、本人。大介の彼女の遥さんだ。
廊下の向こうから段ボール箱を持ってやってくる。
「遥ちゃん!」
大介は数トーン上がった声で彼女の名前を呼び、ニコニコとしている。
「冬角くんも。やっほ」
「どうも……?」
俺と遥さんはそれ程面識がないし、俺のファッションの違いにも疑問文を浮かべた返事にも遥さんは気付いていないのか気に留めていないのか、大介と幸せそうな雰囲気を醸し出している。微笑ましい光景だ。
一年の頃入学早々に一目惚れでナンパをしたとかで、以来相思相愛っぷりが続いている。
大介と遥さん曰くドラマチックな演出もなく勢いだけの出会いだったそうだけど、出会いがどうであれその後のお互いを想う気持ちが大切なんだろうなと俺に思わせたカップルだ。
だから俺の中の人も屋上でヒーロー如く航琉くんを助けたのはドラマチックでも、あしらってばかりは良くない! 航琉くん頑張り屋さんみたいだし、応援したいよ、俺は。
「大助くんも冬角くんもお友達多いでしょ? 落とし物の持ち主わからないかな」
遥さんは持っていた段ボール箱の中を俺たちに見せた。
「一年以上前の落とし物で、『持ち主不明にてご自由にお待ち下さい』って生徒会の前に置いてたんだけど、そろそろ古いから処分しようって話になって」
ペンやハサミ、片方の手袋やマフラー等、これといって特徴的でも高そうでもない、見つからなくても新しいのを買えばいいかな……と思うようなものが沢山ある中で、目を引くものがあった。大介も同じらしい、手に取っている。
「これ、夕焼けかな。綺麗だな」
ストラップだ。
小さなプラスチックのケースの中に絵が入っている。
絵が入っている、というか絵を撮った写真が入っている。こんな小さな絵を描くのは大変だからだろうけど、写真を撮ってまでストラップにするなんて相当気に入っていたのかな。
紺とオレンジのグラデーションに、薄く柔らかそうな雲と輝く小さな星が描かれた油絵。
「そうなの。私も綺麗だなって思って。ここにある全部誰かの大切なものかもしれないから、落とし主に返せたらいいんだけど、二人とも心当たりないかなぁ」
「ほら、燈李も」
大介がキーホルダーを俺に見せてくる。
「朝焼けだろ。僕は好みじゃない」
俺の中の人は本当に空気が読めてない。
「捨てていいんじゃないかな、全部。探しに来ないってことは、要らないってことだよ」
そう言ってキーホルダーを殆ど見もせずに「じゃあ」と俺の体は大介を背にし、学校を出た。
俺はもう少し見ていたかったな、あの絵。結構きれいだし、同じ作者で他の作品もあるなら見たい。チラッと目に入った『T.A』の文字の特徴を掴むには、俺の体が視線を向けてくれていた時間は短すぎる。
寄り道もせず、ながらスマホもせず、俺の体は一人で帰る。
物凄く辺鄙なわけではないけど物凄く都会ってわけでもない通学路は、静かになる場所もある。
――いたいよぅ
――こわいよぅ
――いやだよぅ
ここ一週間、厳密に言えば中の人が俺に入ってから、一人で静かになると子供の声が聞こえる。
痛い、怖い、嫌だ。
その3つを繰り返して泣いている声。
俺にはどこから聞こえてくるのかはわからない。中の人は分かっているのか、時折少しだけ目線を下にして立ち止まる。そしてその場所を避けて歩き出す。場所は一定じゃないし、歩いても、家の中にいても、声は聞こえてくる。
――いたい、いたい、いたい……
俺の部屋で断続的にその声がする中、俺の体は声を出した。
「冬角燈李、生きているなら返事をしてくれ」
これも一週間のお馴染みだ。
独り言で自分に語り掛けても怪しく思われない状況、つまり自室に一人になると中の人は俺に呼びかける。
――いたいよ
――いやだよ
「冬角燈李」
そっちの子供の声は気にならないのか?
「聞こえているなら応じてくれ」
俺の体はノートに『見えているなら反応しろ』と書く。これもいつものこと。
「君は僕をこの体に閉じ込めているのか? それとも僕が取り憑いて君は死んでしまったのか? 生きているなら、意識があるなら、体を取り返そうとしたらどうなんだ」
語気が強くなっていく。
「生きているなら、返事をしてくれ」
お前のほうが頭もいいし、人を助けられるのに?
俺は自動操縦でラクだし、取り返す熱意みたいなのはないんだよなぁ。
俺の体は溜息をつき、スケジュール帳を開く。律儀に予定を遂行してくれている。予定を遂行すれば俺の意識が目覚めると思っているのかもしれない。生憎と俺は意識も失っていなければ、死んでもいない。
今日の予定は……夜中に学校の踊り場の鏡を見に行く。スケジュールにも書いてある。
我が校には七不思議の噂が流れている。
六つを巡り、最後に屋上に行くと願いが叶う……ただし七不思議を巡ると呪われてしまう、というものだ。
どういう理屈で願いが叶うのかとか、言い伝えの由来はどこなのかとかは知られていない。根も葉もない噂に考察という名の尾ひれがついて、妖怪が居るとか死んだ生徒の地縛霊が出るとか、願いの叶わなかった恋人達にあやかって短冊に願いを書くとか、季節のイベントとごっちゃになってる話も浮上している。
そんな尾ひれつきまくりのせいで、七不思議が七つに収まっておらず、もう両手で数える以上の回数俺は夜間の学校に不法侵入に成功しているわけである。
勝手に侵入してるから、たぶん犯罪だ。でも人を傷つけてるわけでもないし、機密情報を盗んだわけでもないし、それ程ヤバくはないんじゃないかなぁ。そして見つかったときの罰金用に、バイト代は地道に貯めてある。
ただもし大怪我で意識不明の重体とか下手したら死亡事故とかをやっちゃった場合、取材が来たり学校側が責任を問われて謝罪会見を開いたりしないとならなくなるかも……そうなると全国放送で晒されちゃうよなぁ……先生にも生徒にも生徒家族にも近隣の人達にも迷惑だ。だから安全には細心の注意を払い、不法侵入しなければならない。
俺の中の人は不法侵入の心得がないらしく、暗い中で校舎に入る前に転んだり、壁にぶつかったりしたが、死ぬ程の怪我を負わないだけ良しとしよう。
校舎北側の2階と3階の間の踊り場。
夜中に見ると奇怪なものが映るという。
この暗さじゃよくわかんねぇんじゃないかと懸念されるが、夜の学校は誰もいなくても非常口の誘導灯が点いていて目が慣れてくるとポスターの文字も読めるようになる。
鏡に何かが映れば、きっとわかるだろう。
昔は宿直とかで、先生が夜間も泊まり込みで定期的な見回りをしていたそうだけど、今時そんなことはしていない。誰もいない静かな校舎を踊り場に向かって歩く。
静かだ。
自分の足音だけを聞きながら、階段を目指す。
中の人は忍び足の心得はなくはないようで、廊下ではあまり音を出さなかった。だが階段は難しい。一段ごとにどうしても、
トン、トン、トン
と音が響く。
トン……トン、トン……トン、トン……トン
反響し、後ろに誰かいるみたいに感じる。振り向いても、誰もいない。こちらが足を止めれば、その音も鳴り止む。
トン……トン、トン……トン、トン……トン
トン……トントン、トン……トントン、トン……トントン
――いたいよ
トン……トントントン、トン……トントントン、トン……トントントン
――こわいよ
あの子供の声も、静かで俺が一人だからか、近くで聞こえている。
――いやだよ……
踊り場に辿り着いた。
足音は、後ろで聞こえている。
俺の中の人は躊躇うことなく鏡を見た。
誰かが映っている。
「……父さん?」
父さん
なんで
やめて、
熱い、火が、広がって
母さん! やめて 怖い 熱い!
誰か なんで 俺は
息が、出来ない
ぐらり、と足元が崩れる感覚がした。
後ろに、落ちる――
「危ない!」
階段を落ちる前に、誰かに強く抱きとめられた。
……誰……?
だめだ、息の仕方がわからない。ヒュー、ヒュー、と鳴るのは俺が息を吸おうとしてるからだろうけど、その力も失せてきて視界が暗くなっていく。
「しっかりして下さい!」
整った良い声だ。飛びそうな意識の最中でも、そんなことを考えるものなんだなぁ……
「すみません! 後で怒って下さい!」
むにゅっ。
ん?
息が、入ってくる。
目を閉じたままの感覚でわかるのは、床に安静に寝かされ、鼻をつままれ、顎を上げられ、……気道確保か。新学期のオリエンテーションでやったなぁ。
何度目かの、むにゅっ、の後の空気の取り込みで俺の頭には酸素が回り、
「ぷはっ! ゲホッ」
と自ら呼吸することが可能になった。
えーと、確かコイツは……
「ケホッ、……ハァ、ええと、俺、不法侵入だけど悪いことはしてなくて、えーと、」
呼吸は出来るとはいえ思考回路はままなってない。不法侵入の言い訳よりもまずはお礼しなきゃだよな。
「とにかく、ありが」
「すみません。勝手に」
「あ、いや」
「僕、貴方と一緒に楽しめることは何か考えていて」
「お、おぅ?」
「それで趣味と伺った七不思議を一緒に巡るのはどうかなと思って調べていたら貴方が来たので、後をつけて」
「あぁ、足音お前だったのね」
「他に好きなこととか、ありますか。一緒に楽しめそうなこととか、デート先とか。ちなみに興味があるのは突っ込むほうですか、突っ込まれるほうですか」
んー……突っ込むほうは想像つくからなぁ……。
「突っ込まれるほうかなぁ」
「わかりました。勉強します」
誘導灯の緑の灯りでも、整った顔は整っている。
座高が同じくらいのソイツ。互いに座った状態だとばっちりと目が合う、黒猫みたいな顔。
花芽木航琉。
奴は大きな両手で俺の手をしっかりと握り、表情筋は動かずとも情熱的な眼差しを向けていた。
俺は改めて鏡を見て、
「令和ファッションだ……」
と自分の姿に落ち込んでいるところだ。
何分か遅れて気付いたけど、俺の体は俺が動かせるようになったらしい。そこはあんまり重要じゃない。
「ヘアワックス、持ってる?」
「ポマードならあります」
平成ファッションに必要なのは、ポマードじゃないんだよなぁ……。
