憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

「お兄ちゃん……じゃないよね、二重人格ってやつのほう?」
 皿洗いをしながら、光莉が話しかけてきた。ヤミポンはコンロ周りの掃除をしていた手をびっくりして止めている。
「え。ぼ、いや、俺は……」
 光莉も手と蛇口を止めて、こちらを見つめた。平成っぽい格好をした俺がその目に映っている。でも髪の立て方が甘いな。ズボンの腰パンっぷりも。部屋着でコレなら制服のネクタイの下げ方も弱そうだ。
「……うん、そうだよ。僕はキミのお兄さんじゃない」
 ヤミポンは根負けして、いつもの口調でそう言った。スマホの合成音声もハイクオリティだけど、俺の声とはいえ肉声で聞くとやっぱりいつもよりも感情が豊かだ。
「何か、あったの?」
「……僕からは言えない。プライバシーに関わることだから。お兄さんも、大ごとにはしたくないと思う。全てが解決したら彼のほうから聞いてほしい」
 普段の俺の発声よりも柔らかめ、少し高めの声色でヤミポンは光莉に話した。俺としては別に話してもらっても良いんだけど、ヤミポンはこういうところ、きちんとしている。
 光莉は躊躇いながらも口を開いた。
「……お母さんも、心配してる。心配してるのがバレたら不安にさせるって思ってるんだと思う。表には出さないようにしてるけど、バレバレだし……。何か私達に出来ることはないの?」
「ない。あ、違うんだ。今のは拒絶をしているのではなくて」
 光莉が泣きそうな顔をしたからか、ヤミポンは珍しく慌てている。
「普段から、貴方達はきっと、ずっと彼にとっての支えになっている。だから今は居てくれるだけで充分なんだ。具体的なアクションとして今すぐ何かしてほしいことは思い当たらないけれど、本当に貴方達の存在は、とても大きいんだよ」
 その通りだけど、ヤミポンの声はなんだかとても悲しそうだ。
「キミたちは、素敵な家族だ。僕からも彼に語りかけてみるから、もう少しだけ、待っていてほしい」
 光莉はじぃっとヤミポンを見つめてから、頷いた。
「……お兄ちゃん……って、イケメンだったんだねぇ……」
「へっ?」
「いや〜素材は悪くないと思ってたんだよ、私の兄なわけだしさ。でも素材を殺してるっていうか、活きてないカンジだったわけじゃない? 普段の、何? あのダサい格好。今は素材活かされてるわぁ〜」
「……凄い、妹さんだな」
 光莉、感心されてるぞ。どうなんだその感心は。あとダサい格好とはなんだ、ダサいとは。ほぼおんなじだろ今。雰囲気か? 纏ってる雰囲気なのか? 素材を活かすってなんなんだ。
「妹さん、か。私、光莉! 貴方は?」
「僕は……、キミのお兄さんからはヤミポンって呼ばれてる」
「あはははっ! お兄ちゃんセンスないねぇ! あっ!」
 光莉は皿洗いを終え、冷蔵庫に向かった。
「どうしたの?」
「冷凍庫のアイス! 貴方のじゃないかな? ほらコレ。お兄ちゃんがアイス買うの珍しいのに『勝手に食うなよ』って言われてたし。なんだっけな、『俺の様子が変わってたら渡してあげて』とかなんとか……ヤミポンさんのだったのでは? ひとくちちょーだいっ」
 俺がコッソリ買っておいたやつだ。ヤミポンに体を代わってもらう交渉にことごとく失敗して、冷凍庫の奥底に眠らせるはめになったバニラアイス。
「全部食べていいよ」
 ヤミポンもコンロを掃除し終え、光莉の近くに行く。
「うわ、紳士的! お兄ちゃんはこういうとき、『ヤダ』って独り占めすんだよ! 気分がのってれば分けてくれるけど」
 光莉が「はい」とヤミポンにアイスを渡す。
「良いんだよ、ヤミポンさんも。人にあげたくないものはあげなくて。あげたいときにあげていいし、貰って要らなかったら要らないって言っていいし」
 ヤミポンは手の中のアイスを見つめ、しばらく考えているようだった。俺の体が唾を飲み込んだ感覚がした。ヤミポンは顔を上げて、光莉を見る。
「……じゃあ、要る。けど、キミにもあげたいと思う。どうしたらいいかな」
「それならやっぱり一口ちょーだい!」
「ふふっ、うん」
 ヤミポンは嬉しそうに応じた。
 この出来事が嬉しいのは事実だろう。だけど心のどこかで、何かに引っ掛かりを覚えていそうなのを感じた。光莉や、アイスの一口に対することじゃない。

 ……あげたくないものはあげなくていい、モノならそうだが、人は、体は、……人生は? 奪った側がそれを主張したら? この子に、聞けるわけがない。