憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

 お化け屋敷には背景設定があって、歩いて回ってその物語の光景を見ていく、といったもののようだ。
『その霊は、今もあの日を繰り返している……』
 並んでいる途中のモニターから、映像と音声が流れてくる。
『町外れの裕福な家。そこには妻を愛する夫と、夫を愛する妻、そして二人の子供がいました……』
 ザザ、と映像が乱れる。画質の荒い、古い時代のホームビデオを見ている気分だ。
『夫は妻を愛し、妻は夫を愛していた。しかし夫は、死に呼ばれていたのです』
 ――「愛している」――
『「愛している」』
 ――「きみを愛しているんだ」――
『「君を愛している」、それは彼の口癖でした。あの日も……』
 映像が乱れる。
「ここから先が玄関となります。お客様は自分のお家だと思ってお入り下さい。お家の中を巡り、最後の部屋にはお父様がいます。『お父さん』……もしくは、お客様の普段のお父様への呼び方で、呼んであげて下さい。そうすればきっとお父様は……いいえ、過去は変えられるものではありませんね」
 係員が説明をする。
「ではどうぞ、行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
 俺達は、家の中へと入って行った。
 ただいま。
 愛する妻と夫、その家に帰ってきた二人の子供……まるで、そんな気持ちだった。

 裕福そうな古い家の中を、一部屋一部屋見て回る。
 廊下がなく部屋と部屋が扉で繋がっているから、実際の家というよりも、切り取られた記憶の中のように思えた。
 豪華な調度品、写真屋で撮った家族写真。暗いところで見るから不気味に感じるけど、怖さよりも美術品を見ている感覚だ。
『「キャアアア!」』
『「お父さん、やめて!」』
 時々、音声が流れる。判で押したような、いかにもな叫びと台詞だ。数分置きに繰り返されるから、尚更。
 その音声に、だんだんと近づいていく。最後の部屋に音源があるのだろう。
「……大丈夫ですか。引き返しますか」
「え? 大丈夫だよ」
 航琉くん、どうしちゃったんだろう。すごく心配そうな顔で見られてしまった。こんなの怖くもなんともない。もっとオドロオドロしいとか、脅かしてくるとかかと思っていたから、拍子抜けなくらいだよ。
 パチ、パチ、と、小枝が折れるような音が聞こえた。
 ……焦げ臭い? 臭いの演出もあるのか。
 扉を開ける。
 音声が近い。
 きっとここが、最後の部屋だ。
 ……炎が、部屋中で燃えている。
 いや、違う、燃えてはいない。垂れ下がる布や色が、そう見せているだけで、
「父さん!」
 父さんが、母さんを殺そうとしている。
「やめて……母さんを殺さないで!」
 熱い、熱い、熱い、
『「愛している」』
「やめて」
『「きみを愛しているんだ。だから」』
 なんで、止まってくれない
 火が、広がって、誰か、止めて、助けて
『「一緒に死のう」』
「父さん」
 母さんを見つめたまま
 こっちを、見てくれない
 なんで、父さんは止まってくれないの
「燈李さん!」
 俺が、愛されてないから?
『「きみ以外のことなんて、どうでもいい」』
「燈李さん!!!」
「――っ! あ……」
 ――「燈李さん以外、等しく無価値です」――
「……は……っ、違、う、……今っ、の、航、」
「燈李さん、出ましょう! こっちです!」
 やめろ
 やめろ
 やめろ
 やめろ
 呼ばないでくれ。
 唯一無二、みたいに。
 愛情、みたいに!!!
 バチンッ!
「あ……」
 俺は支えてくれていた航琉くんの手を、激しく振り解いた。俺の手が当たって、打ち付けたみたいな音がした。
「燈李さん……?」
 見ないでくれ、その、真っ直ぐな目で。
 逃げるように、走り出す。
 お化け屋敷を出て、どこを走っているのか、自分でもわからなかった。
 雨が降っている。顔に髪が張り付いて、気持ち悪い。
 男の声が頭の中でこだまする。
 ――『「愛している」』――
 珍しい話じゃない。ニュースなんかでたまに聞くような、わかりやすく簡単な話。夫が妻を殺し、家に火をつける。無理心中だ。
 ――『「きみだけを愛している」』――
 よくある言葉だ。一語一句違わず何人もの役者がドラマで発したことがあるだろう。日常生活の中でだって、今もどこかで誰かが誰かに伝えているかもしれない。だけど、
「燈李さん!」
 手を握られそうになった。
 思い切り叩いて、拒否をした。
 俺は、
「無理だ」
 ごめん。
「出来ない」
 人を好きになることは。
「燈李さん」
 真っ直ぐな目。真っ直ぐな声。真っ直ぐな言葉を、思い出してしまう。
 ――「好きです」――
 同じ、想いを、俺も持った、なんて
 忘れそうになっていた
 俺がそれを人に向けたら、どうなる可能性があるのか
 ――「貴方のことが」――
 やめてくれ!!!
 視界が歪む。頭が、痛い。気分が悪い。
 雨がひどく冷たくて、寒い。
 足元の、感覚が、ない。
「燈李さんっ!」
 やっぱり体力減ったのかなぁ……ぼんやりと、そう思った。
「……僕に触れるな」
 ……聞き覚えのある声……どこで、聞いたんだっけ……
 ……わからない。……意識が、遠くなる。
「今この体の主導権を手放したら、コイツは状況に耐えられるか? ……副人格が主人格を守るために存在するなら、自称二重人格としてその役割を演じてやる」