憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

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  あまり周りに人がいると話しにくいし、丁度向かって歩いていた流れと勢いと空いていたからという理由で観覧車に乗っている。揺れる。歩道橋のときといい、ロケーションミスなんだよな。曇ってきたし、晴れていればもっと景色も良かったのになぁ……。
 ゴンドラは少しずつ上昇していく。
 航琉くんは座席に座り俯いたまま、苦しみを吐き出すように言った。
「好きです。……好きなんです……」
 目元を覆うように額に手を当て、震えるような呼吸をしている。
「……うん」
 もう、嘘はつきたくなかった。
 一緒に居ると楽しい。失いたくない。
 でも、このまま友達でいましょうなんて、向けてくれる好意を都合良く扱うようなことも言いたくなかった。
「……友達じゃ、駄目なんだよな」
 最後の悪あがきだ。恋愛関係を結ばないままずっと仲良く……は、彼と俺の間では出来ないと分かっていても、それでも俺は恋愛が怖い。
 そして彼が好きなのは俺じゃなくて、俺は……彼が好きなんだ。
「僕のこれは……っ、恋愛感情です」
 航琉くんは、ずっと苦しそうだ。
 もし俺が友情でしか見られないのなら、航琉くんが恋愛対象じゃないのなら、きっと最初からそう言っていた。航琉くんがもし俺に対し『いくら努力しても恋愛感情を持ってもらえることはない』と思っているのなら、それは辛い。そうじゃないんだ。
「一緒に居て楽しいと、思っていただけているのなら、嬉しいです。でも僕は、それだけじゃない。触れたい、と……」
 航琉くんは自分の手を見つめる。今俺を見たら、その視線が俺を突き刺さして傷付けるとでも思っているみたいに。
「特別な時間を過ごしたい、肉体の接触のことだけじゃなく、心のもっと奥深くまで知りたい……そう、思ってしまうんです」
「うん……」
「貴方が……燈李さんが恋愛感情を持つ人間ならば、それを僕に向けてはもらえませんか……」
「それ、は……」
 それは怖いことだ。
 とても、とても怖いことなのだ。
 いっそ肉体の欲望だけなら、それも酷いことだけど俺に向けられるものなら、愛情よりはいくらかはましだったかもしれない。襲われても筋肉量の差から多分、闘えば勝てる。
 でも航琉くんは、俺の嫌がることは絶対にしない。
 だから、好きになった。
 なってしまった。
 『好き』は駄目だ。俺だって、お前が好きだよ。
 『好き』は怖いんだ。
 全部、話そう。全部。
「きっと、俺も同じ気持ちだ」
 さっき手を繋いだとき、嬉しかった。
 光莉や大介には抱かない高揚感が確かにあった。
 失いたくない、ずっと仲良くしていたい。手を繋ぐ以上の身体の接触だって光莉や大介とは想像するのも拒否感があるけど、航琉くんとなら、喜ぶのならしてやりたい。……違うな、『相手が喜ぶ姿を見たい』は勿論あるけど『自分が嬉しいからしたい』だろ、俺は。自分すらも誤魔化そうとして、だから相手を大切に出来ないんだよ。
「え」
 航琉くんが顔を上げた。彼が口を開く前に、俺は続ける。
「でもね、俺は人を、……航琉くんを好きになる資格がないんだ」
「そんなのっ」
「前にも言ったと思うけど」
 もう一度、今度はちゃんと本当のことを言おう。
「航琉くんを助けたのは、俺じゃない」
「それは……」
「二重人格でもない。幽霊だ」
 航琉くんは意味が分からないという顔をしている。
「きっと二重人格について勉強したり、どう接するか考えたりしてくれてたんだと思う。ごめん、嘘ついてて。俺には幽霊が取り憑いてる」
 航琉くんはただじっと俺のことを見ている。
「心療内科とか行けば『幽霊が取り憑いてて人格が変わる、なんて思うのを二重人格と言う』って診断されるのかもしれないけど、俺に憑いてる幽霊は俺とは違う人生を歩んでいたと思う。……それすら思い込みとか言われたらキリがないけど……あのとき、」
 俺は、少しだけ深呼吸をした。
「あのとき、屋上で航琉くんを助けたのは俺に取り憑いてた幽霊だ。二重人格ですらない。お前が好きなのは幽霊のほうで、俺は好きになってもらう資格がないんだよ」
「違……っ」
「助けようとも! しなかったんだ」
 航琉くんが焦ったように腰を上げて手を伸ばしてくるのを、静止するように俺は声を張った。
 稼働音と共にゴンドラは上昇を続ける。窓の外には曇天の空が広がっていた。
 一年前の春に似ている。
「一年前の、春……。同じようなことがあった。俺は屋上には居なかったけど……花壇に居て、ふと空を見上げたら、屋上に人が」
 寒い日だった。桜が雪みたいに舞っていた。
「屋上の縁に人が立っていた。落ちそうだと思った。声を、掛けるべきか? 俺は一瞬どころか、何秒も迷って、その人は落ちた」
 死ぬ程苦しい人に、なんて声を掛けたら良かったか。
 死ぬな、なんて。まだ苦しんでいろと言っているのと同じだ。死にたい気持ちの否定だ。
 今止めても、何度も何度も、苦しみを繰り返すだけじゃないのか。
「落ちて、から、落ちてから、俺はその下に行って、呼びかけたんだ。生きてるなら、」
 返事をしてくれ。
「生きてるなら、手当てをして、助けられるんじゃないかって……放っておくことは出来ない。でも、何度呼んでも、返事はなかった。死体も、見つからなかった」
 身勝手だ。屋上に立っていたときに助けようとせず、落ちてから助けようとするなんて。
「先生にも言った。探してくれたけど、俺の見間違いってことになった。翌日以降も生徒が死んだって話は聞いてない。それは、いいんだ。俺の気のせいなら、このことも二重人格も全部俺の妄想で構わない」
 俺はもう一度、小さく息を整える。
「重要なのは、俺は人を助けられない、助けようともしない人間だってことだ」
「違います!!!」
 航琉くんは今度こそ、勢いよく座席から立とうとした。立つには天井が低いため腰を上げて頭が天井につきそうになって、腰を下ろす。
「それに、さ。航琉くんは幽霊がやったにせよ、あの瞬間に俺と出会って告白したわけじゃない? 初めて衝撃を受けたものを好きになるみたいな、鳥が初めて見たのを親と思う的な……刷り込み効果なんじゃないかなぁ? なんちゃって……」
 結構深刻な雰囲気になってしまったため、俺らしくなさに恥ずかしさを遅れて感じ始め、航琉くんが座り直している最中照れ隠しに笑って茶化してしまった。
 いつの間にか観覧車はてっぺんに差し掛かっている。
「……は?」
 航琉くんが睨んできた。初めて見る顔だ。割と怖い。俺は焦って引っ込みがつかない。
「ハジメテの恋ってやつだから、唯一無二みたいになってるのかもよ? 俺やっぱり唯一無二みたいなのは、ちょっと得意じゃないし……沢山恋をすれば、違ってくるんじゃない? やっぱりトモリさんへの気持ちはレンアイじゃなかったなー、とか」
「ふざけてます?」
 うっ、目力と迫力がある。
 自分で言ってから思う。浮気もダメ、唯一無二もダメは矛盾している。浮気は嫌だし唯一無二は怖い。我儘だ。
 航琉くんは大きな、長い溜息をついた。
「……最初は勢いであったことは、その通りです。あのとき、世界が色付いて見えて。気づいたときには想いが口から出ていました。以降も……明確な返事がないため、返事を貰えるまではと思って押しかけました。今考えると、相当浮かれていたのだと思います。幽霊さんと燈李さんの迷惑も考えず」
「いやいや、そんなそんな。そこまで迷惑じゃなかったと思うよ? 毎日来てはいたけど、数分で終わるイベント的な感じだったし。しつこくはなかったし……わかんない、ヤミポンはしつこいと思ってたかもしんないけど……」
「ヤミポン?」
「幽霊の呼び名。幽霊が俺の体を動かしてるときも俺は意識があったよ。航琉くんのことは面白いな〜と思って見てた」
「そうですか……。燈李さん、もしかして僕が初恋ですか?」
「えっ!」
 どの流れでそうなった。でも多分、そう。その通りだと思う。
「幼稚園の先生を好きだとは思ってたけど、お気に入り感覚というか、恋愛ではなかったとオモイマス……それ以降は、ないから、そう……そうなる、かな……」
「僕の初恋も、保育園の先生です。……どんな先生だったと思いますか」
 航琉くんは優しい思い出を語るように、柔らかく、少し切なそうに微笑んだ。
 観覧車はてっぺんを過ぎ、ゆっくりと下降する。
「えーと、優しいとか……?」
「はい、そうです。……見た目はどうですか。想像がつきそうですか」
「うーん……。髪は長めで、後ろでひとつ縛り……小柄で、笑顔が可愛い……とか」
 小さい航琉くんは今からじゃ想像がつかない。なんとなく今の航琉くんに似合いそうな、でも保育園の先生だし真面目そうなイメージを出してみる。
「性別は?」
「え」
 考えてなかった。思い込んでいた。
 保母さんを想像して話をしていた。
「僕が好きになった先生は、男性です。言ったんです。先生と結婚がしたい、って」
 航琉くんは、いつの間にか無表情になっていた。出会った頃と同じ顔だ。
「子供は、無邪気です。おかしい、って……そんなのはおかしい! って、周りにいた子達に言われました。人がいないところで告白する、という考えがなかったんですね、当時の僕には。会って伝える、それだけで」
 それは今もな気がする。
「保育園児です。恋愛についてよく知らなくても、父親と母親や、王子様とお姫様が好き同士になることを知っています。芸能人の結婚で祝福されているのが、男女であることも。……先生は、幼い子供の言葉のアヤだろうと、それ以降も変わらず接してくれました。でも……」
 航琉くんは窓の外を見た。
 遠くの人々が豆つぶみたいに小さく見える。
 観覧車は残り半分をとうに過ぎていた。
「淡い憧れであっても、誰かを好きになる度、おかしいと言われたことが思い浮かびます。誰かを……相手は全て、男の人です。友情だと思い込もうとしましたが……そうではないことくらい、わかります。告白をしたのは、これ程想いがつのったのは、燈李さんが初めてですが……」
 窓の外を見る航琉くんの視線は、街並みに向いた。ビルが立ち並んでいる。あの一棟一棟、一部屋一部屋に人がいるとしたら、どのくらいの人数になるだろう。
「……時々思うんです。高いところや、遠くから見る範囲には沢山の人が居て、でもその中に僕の仲間は居るのだろうか……」
 その横顔が、校舎の6階から外を見ていたときの姿と重なる。
 どうしてか俺の頭の中に、手を繋ぐ男女の姿がよぎった。今日も沢山見た、日常にありふれた名前も知らない、気にも留めない男性と女性。俺達は手を繋いでいたら、名前も知らない誰かの目について気に留められるのだろうか。
「この経験を除いても、僕は人とズレているとよく言われます。人の気持ちがわからないときが多くあります。人とズレていると、仲間ではないんです。近付いてくる人はいますが……交流をすると次第に嫌な顔をされます。あっちいって、と言われたこともあります」
 航琉くんは静かに視線を、自身の手に戻す。見える範囲の人たちから拒絶されたかのように。
「あっち、がどこなのか。普通の人にわかることが僕にはわからない」
 そんなのは、そんなのこそ言葉のアヤだ。言った人だってどこかなんて分かってない。ただその場から仲間外れにしただけだ。航琉くんはそれを、『普通の人』なら分かるのだろうと思っている。幼い頃の出来事。だけどそう思わなければならない人生にさせるには充分だ。
「でも、燈李さんは、そんなことは言わなかった。交流を続けてくれて、僕が貴方を……男性が好きでも、当たり前のように接してくれた」
 当たり前かなんて考えてもいなかった。大介も光莉も母さんも、俺の周りは……配慮とかってのがあったのかもしれないけど少なくとも俺は良い意味で疎くて、意地悪なことを言われて初めて気が付いたんだ。世間の目は、俺達とは違うって。
「僕が女性だったら、もしくは貴方が女性だったら。……その場合は好きにならなかったかもしれませんが……もし、異性愛としてここに在れたら。そうしたら『この恋愛感情を当たり前のこととして接してくれた』は、貴方を好きと言う理由の一つにはならなかったでしょうね。ただ、今の僕が今の燈李さんに『助けられた』という意味では、これは該当します」
「ただ、普通に接しただけで……?」
「はい。人を助けるのが燈李さんにとっての資格だと言うのなら、僕は貴方に、助けられているんです。でも、助けられたから好きになるというのは違います。きっかけの一つに過ぎない」
 航琉くんは改めて、俺を真っ直ぐに見つめた。
「一緒に居て楽しい、それだけじゃ足りない、触れたい、知りたい……最初に告白した相手は、幽霊でした。でも多くの時間を過ごして、幸せだと感じさたのは貴方です。燈李さん」
 彼はまた辛そうに、目元を押さえて俯く。
「好きです……好き、なんです……貴方のことが……」
「航琉くん……」
「同じ、気持ちだと、さっき、燈李さんは言った……っ両思い、で、駄目なら……唯一無二のようなものが嫌だと、言うのなら……」
 航琉くんの手が、肩が、震えている。
「なら……」
 顔を上げて俺を見る。
 その目から、静かな涙が流れていた。
 神に、祈るような瞳だと、思った。
「唯一の、恋では、ないと……いずれ、僕は貴方以外を好きになるのだ、と……思って下さい……」
 言葉の途中から、耐えられないと言うようにうなだれて、航琉くんは両手で顔を覆って俯いた。
 ……『好き』というのは大切な気持ちだ。踏みにじってはならない心だ。
 今俺は、その心を彼自身に、踏ませたんだ。
「ごめん……っ、ごめん……!」
 思わず航琉くんを抱きしめる。体の内側でビクリと反応したのがわかった。ヤミポンは、隠そうとしてるけど人との接触に恐怖を感じている。
 でも俺は、航琉くんを抱きしめたかった。
「ごめん、そんな思いをさせて……」
 ずっと返事を待っていてくれたのに。ずっと俺が傷付かないか考えてくれていたのに。
 その想いは、今この瞬間の唯一無二だと分かっている。俺を楽にさせるために、嘘をつかせた。
 それなのに、俺は、それなら好きになっても大丈夫かもしれないなんて思う。卑怯者だ。
「航琉くん、俺は……」
「ありがとうございましたー!」
 観覧車のドアが開き、係の人が笑顔を覗かせた。航琉くんが俯いている状況に、体調を崩したのかと思ったらしい。
「だっ、大丈夫ですかっ?」
 と、慌てて聞いてくる。
「大丈夫です」
 航琉くんは表情のない顔で返事をし、俯いたままふらふらと立ち上がった。
 俺も一緒に観覧車を出る。