-2章-
あれから一週間。
俺に取り憑いてる何かは取り憑いたままで、俺は身体を自動操縦ってカンジだ。楽でいいし、あんま不自由は感じてない。
取り憑いたコイツは多分……真面目だ。
朝は母さんに起こされる前に起き(勿論俺の母さんだ。学生証で住所を確認したコイツは俺の家に帰り俺の体で俺の家で暮らしてる。早起きの俺(の身体)に母さんはビビってた)、朝食をしっかりと食べ(母さんはビビってた)、食器を自主的に片付け(母さんはビビってたし、妹の光莉も心配し始めてた)、鏡に向かい……ここだけは気に食わない。
他は真面目でキャラ崩壊しようが、まぁ良い。許すよ。だがファッションセンスがなってない。
きっちりとボタンを閉じ、ネクタイをしっかりと閉め、ズボンのベルトはウエストで閉め、髪はフワッとセット。
フワッと!? あり得ねぇ。
平成変身ヒーローを見て学んだスタイル、俺の歴史が台無しだ。
ボタンは2つ開けるし、ネクタイは下げろ! ズボンは腰パンが粋ってモンだろ!? 髪はもっとこう、鋭利にだなぁ! ま、平成ヒーローにもそんなチャラいのはあんまりいないけど。普段の俺は平成の概念を纏っている。
ファッションスタイルってのは生き様なんだよ。
コイツ、なんもわかってねぇ。
「燈李、と、も、りー。……大丈夫?」
だから心配されちゃうんだ。ファッションがなってないから。
平井大介、俺の友人かつ前の席のクラスメイトが、心配そうに俺を見ている。
「先生、呼んでるよ」
「冬角、聞いてるか? こっち来て書けるか?」
先生の呼びかける声も心なしか、ふゆかど、ってカンジで優しげだ。
俺の体はというと、勿論(俺にとっては)自動で「はい」と答えて自動で動き(当然中の人……中の人? でいいのか? 呼び方は)、黒板の前に立つ。
俺、勉強は苦手なんだよな……とか思ってるうちに自動(ではないはずだけど速くね?)で俺の体は問題を解き、
「正解だ。難しいのに凄いな」
と褒められている。先生、そんな優しい声出るんだ……。普段俺が寝てると怒鳴って起こすクセに。
クラスの何人かは、そんな俺の姿にうっとりとした目線を向けて熱っぽい溜息をついた。やめてくれ。令和ファッションだぞ。「冬角って普段はアレだけどちょっとカッコよくない?」とか言ったり頷いたり見つめたりしてる奴ら、センスが合わない! 全員敵だ。
「燈李、すげぇなー!」
大介まで憧れの視線を向けてこないでほしい。
俺の体はというと、
「授業中だからあとで、ね?」
と、会話を続けようとした大介を優しくたしなめ、そのせいでまた周りの連中の何人かが頬を染めている。
「燈李、ほんとにどうしちゃったの?」
昼休み。大介が心配と憧れを込めて話しかけてくる。
俺の体はというと、いまだに俺の名前で呼ばれることに慣れていないようで数秒遅れて反応した。
「僕は……」
「それ! その『僕』もだし、服装もだし、勉強出来るし、アホなこと言わないし! 光莉ちゃんも気にしてるって大地が言ってたよ」
光莉は俺の妹、大地とは大介の弟で光莉の同級生だ。
俺の中の人は嘆き始めた大介に気圧されている。
「『冬角燈李です! フユツノとかフユスミじゃなくてフユカドっす! 冬にタンスのカドにぶつかると痛い! って覚えてもらって、トモリはそのまま覚えてくれ!』って自己紹介したテキトーっぷりはどこ行ったんだよぉ!!」
「え、えーと」
そうそう、大介はそれで『トモリ、名前覚えたぜ!』って話しかけてくれて仲良くなったんだ。ノリも合うし良いやつで、最高のダチなのだ。だから俺の中の人も仲良くすれば良いのにと思うけど、
「うーん、ちょっとした二重人格?」
なんて雑にかわそうとする。
「えぇ……?」
ほら、大介困っちゃったじゃん。
「もしかして、あれのこと? あの後輩くんの好みからやんわり外れようとしてる、とか」
"あれ"と示された方向、教室の出入り口にそいつは来ていた。
仮に俺の中の人を屋上に居た怪異とすると、そいつはもっと怪異だと思う。怪異突然告白美形野郎。あのとき屋上に居た、顔の整った後輩だ。
あのときの俺は平成ファッションだったから、少なくともこのクラスの連中よりはセンスがあるけど俺のファッションに惚れたわけではないだろうな。
「こんにちは」
顔の整ったそいつは整った声でそう言いながら顔の整ったまま俺の席の近くに来る。整ったまま、というのは眉一つ動かしていないという意味だ。彫刻みたいに全く歪みがない。
――「僕は花芽木航琉、はなめきわたるです」――
屋上での告白の後自己紹介をされたが俺の中の人はそそくさとその場を離れ、俺の生徒手帳で住所を確認し自宅に帰り、スケジュール帳を見て時間通りにバイトに行き、真面目に仕事をし、帰り道で荷物の多い高齢者を助け、家に着いて行儀良く食事をし、きちんと翌日の予習をして何事もなかったかのように寝た。
はなめきわたる……キラメキが冴え渡ってそうな名前だけど、キラキラってよりもスンッて感じだ。
白い肌、サラッとした黒髪、黒猫みたいな目力の瞳、均衡の取れた体格……。
なんと座高が低いから屋上のあのとき背が低くめに見えただけで、俺よりも背が高い。一緒に起立着席したくないタイプだ。
「好きです」
この見た目でそれを言われたら老若男女問わずどうにかなっちゃいそうだが、俺の中の人は
「どうも」
と笑顔でかわす。毎度のことながら尊敬するぜ……。そう、毎度この後輩、航琉くんは休日を除き一週間毎日昼休みに訪れては人前で告白してくるのだ。眉一つ動かさず。
「恋人として交際を申し込みたいです」
航琉くんは淡々と続ける。
「貴方のことをご友人知人の方々から伺いました。変身ヒーローが好き、七不思議に挑んでいる。それらジャンルを僕は学び始めています。色々とお話しも出来ると思います。恋人になりませんか」
「うーん、僕のほうからはちょっと解答致しかねるかな……」
「なぜですか」
「それもコメントは控えさせていただくよ」
「では友人関係から」
「前にも言ったよね。恋人は要らないし、友達はもっと要らない」
なぁ、中の人よ。それはちょっと可哀想なんじゃないか。
出会いがいくらドラマチックでも、そこからの交流がダメダメならダメダメだろ。友達にくらい、なってもいいのに。
航琉くんは顔には出ないけど、多分毎度落ち込んでる。動きがピタリと止まっている。
「そうですか」
声色は変わらないけど、ほんの少し肩を落として教室を出ていく。
ごめんな、コイツきっと鈍感なんだ。オシャレな俺は航琉くんが毎日きちんと髪や眉を整えて来ていることがわかる。日々上達もしてる。
屋上で会ったときはそうじゃなかったから、航琉くんは俺の中の人に好きになってもらおうと頑張っているんだ。
共通の話題だって考えてきてくれている。とはいえ変身ヒーローはちゃんと平成に限定して学んでくれているのか……そもそも中の人は変身ヒーローに興味があるのか?
「友達くらい、なってやったらいいのに」
航琉くんの背中を見送った大介がそう言いながら俺を見て、怯えた顔で固まった。
「……要らない」
とても冷たい声だった。俺自身も俺の体の声だと気付くのに、時間が掛かってしまったくらいだ。
チャイムの音がし、昼休みが終わる。
大介は気まずそうに黒板のほうに向き、俺の体は一瞬呼び止めようとする手の動きをしたから、中の人はマズイことを言ったってくらいは分かったらしい。
「さっきは、ごめん」
気まずい空気が流れ続けて数時間、放課後になり俺の中の人は大介に頭を下げた。
授業中も教室移動中も互いにどうしたら良いのかわからず気まずいままだったのだ。
「キミは、僕の友達……? なのに失礼なことを言ってしまって」
「そうだよお!!! 要らないとか言うなよな!!」
大介は眉毛をハの字にして、さっきよりもずっと心配そうに俺のことを眺めている。
「でも、俺も嫌なことを言ったんだよな? ごめんな」
本当に良いやつだ。友達ってのはこんなにも良いものなのに、要らないなんて。俺の中の人は真面目だけど、嫌なやつだと思う。
「いつもの燈李なら、友達なら即座になるし、たとえ同性でも、っつーか同性なら尚更興味本位で付き合い出したりしそうだなーって思っちゃってさ」
大介、それは違うよ。
7.5割くらいは合ってるけど、2.5割違う。
「そうなのか? 付き合っておいたほうがいいのかな」
俺は友達にならなるし、恋人って状態とか、恋人がする行為自体には興味がある。
けど、その興味を満たす必要はない。
恋愛は要らない。
誰か一人を好きになるのは、怖いことだから。
