‐11‐
航琉くんの家には犬、マロちゃんがいる。室内飼い、焦茶色で小さめの雑種だ。以前は航琉くんを猫に似ていると思ったけれど、犬を見ていると……航琉くんは犬似かもしれない。真っ直ぐで、顔よりも態度に感情が出がち。
マロちゃんは俺にも尻尾をブンブンと振り、よく懐いてくれている。
昨日の夕方のことがあったからどうしようと思っていたけれど学校で何事もなかったかのようにいつも通り接せられてしまい、いつも通り大介も交えて一緒に昼食を摂り、いつも通り勉強を共にする流れになってしまった。ということで今日は航琉くんの家にお邪魔している。
「集団パニックとも言われているそうです」
問題集を終えた休憩中に膝の上でマロちゃんを撫でながら、航琉くんが言った。大きな航琉くんの膝の上だとマロちゃんは尚更小さく見える。
「集団パニック?」
「はい。呪いとか、幽霊とかで体調不良を複数人が起こすことです。心理的なことが要因で、同調をしてしまうそうです。近頃も音楽室や階段の踊り場で体調を崩した人が居ると聞いています」
へぇ……人間ってフクザツだ。
「同じ幽霊を見たとか同じ怪奇現象に遭ったとかも、これが理由と考えられることがあるみたいです。各地に同じ都市伝説が存在するのも、噂が発展して居もしないものが居るように見えた人が多くいた、とか」
「へぇ……!」
「? 楽しそう、ですね?」
「はは……っ、だって嘘が本当になるってことだろ? ロマンがあるよ」
「よくわかりませんが、燈李さんが楽しそうなのは嬉しいです。再来週行く遊園地にもお化け屋敷があって、本物が出ると噂があります」
「再来週……? あっ!」
「デートです。楽しみです」
色々あって危うく忘れかけていた。スケジュール帳には書いてあるけど、書いてあるからこそ直前まで忘れていることは、稀にある。
お化け屋敷なぁ、俺は別に怖いもの全般が趣味なわけではなく七不思議にしか興味はないが、航琉くんが楽しそうならいいか。
航琉くんはマロちゃんを撫でながら穏やかに微笑み、「可愛い」「茶色い」「フワフワ」「あったかい」等、犬への感想を言っていた。普段からやっていることなのだろう。最早無意識といった感じだ。
航琉くんは言葉を組み立てるのは得意なほうではないけれど、感覚で得たものはそのまま口に出す。きっと暑いとか寒いとか眠いとかと同じの、可愛い、茶色い、フワフワ、あったかい、だ。
「好き」
マロちゃんに顔を埋めて、ふいに彼はそう言った。
「あっ! 違、違います、今のは」
ハッと気付き、顔を上げ慌てて訂正しようとする。言ってしまった自分自身に絶句する、青ざめた表情だ。
「わかってるよ、マロちゃんのことだろ」
マロちゃんは『いつもの感じですけど?』といった具合に、お腹を見せて尻尾を振っていた。
……一瞬、ほんの一瞬だけでも、俺が言われたかった、なんて。
思ったことから、目を逸らす。
「前から聞きたかったんだけど」
「はい」
「俺たちはずっと以前に会ってる……ってことはないよな? いや、俺にはそんな覚えは全くないんだけどさ。こう、もっと前に特別な出会いとか出来事があって、好きになってくれて再会して、とかなら理解が出来るというか」
「屋上のあの日が初めましてです」
「そっ……か……」
そうだよな。
「あの日が、特別な出会いではだめですか」
「駄目じゃないよ」
特別な出会いだったと思う。お前と、お前の好きな人との、特別な出来事。
俺に対しても好きを向けてくるから何か過去のエピソードでもあるのかなとか思っちゃったけど、そんなことがあるはずないんだ。昔会っていたら、航琉くんの顔なら俺の方が覚えているはずだから。
「ごめん、ちょっと、用事思い出した」
俺は立ち上がって、自分の荷物を片付ける。航琉くんのほうを見ることが出来ない。今彼は、俺は、どんな顔をしてるんだろう。
「え、あの」
「また連絡するから、ごめんな」
逃げるようにして航琉くんの家から出ていくとき、視界の端に犬のマロちゃんが映った。
かわいい。かわいいよな、わかるよ。俺も小さい頃、妹がすごく可愛かった。自然と湧き起こる気持ちで、とても大切な気持ちで、大切な存在だ。相手が何であっても、犬でも、妹でも、好きな人でも、大切な気持ちであることに変わりはない。
その気持ちを、踏みにじってはいけない。
――〈終わりにしてあげるのが良いんじゃない?〉――
ヤミポンの声が蘇る。
恋心は、一人で終わりにすることが出来ない。
とても辛いけど、その通りだ。つらいのは、航琉くんに失恋をさせてしまうから、だと、思っていたいけど、わかってる。わかってるさ。
わからないふりくらいは、したっていいだろ。
航琉くんの家には犬、マロちゃんがいる。室内飼い、焦茶色で小さめの雑種だ。以前は航琉くんを猫に似ていると思ったけれど、犬を見ていると……航琉くんは犬似かもしれない。真っ直ぐで、顔よりも態度に感情が出がち。
マロちゃんは俺にも尻尾をブンブンと振り、よく懐いてくれている。
昨日の夕方のことがあったからどうしようと思っていたけれど学校で何事もなかったかのようにいつも通り接せられてしまい、いつも通り大介も交えて一緒に昼食を摂り、いつも通り勉強を共にする流れになってしまった。ということで今日は航琉くんの家にお邪魔している。
「集団パニックとも言われているそうです」
問題集を終えた休憩中に膝の上でマロちゃんを撫でながら、航琉くんが言った。大きな航琉くんの膝の上だとマロちゃんは尚更小さく見える。
「集団パニック?」
「はい。呪いとか、幽霊とかで体調不良を複数人が起こすことです。心理的なことが要因で、同調をしてしまうそうです。近頃も音楽室や階段の踊り場で体調を崩した人が居ると聞いています」
へぇ……人間ってフクザツだ。
「同じ幽霊を見たとか同じ怪奇現象に遭ったとかも、これが理由と考えられることがあるみたいです。各地に同じ都市伝説が存在するのも、噂が発展して居もしないものが居るように見えた人が多くいた、とか」
「へぇ……!」
「? 楽しそう、ですね?」
「はは……っ、だって嘘が本当になるってことだろ? ロマンがあるよ」
「よくわかりませんが、燈李さんが楽しそうなのは嬉しいです。再来週行く遊園地にもお化け屋敷があって、本物が出ると噂があります」
「再来週……? あっ!」
「デートです。楽しみです」
色々あって危うく忘れかけていた。スケジュール帳には書いてあるけど、書いてあるからこそ直前まで忘れていることは、稀にある。
お化け屋敷なぁ、俺は別に怖いもの全般が趣味なわけではなく七不思議にしか興味はないが、航琉くんが楽しそうならいいか。
航琉くんはマロちゃんを撫でながら穏やかに微笑み、「可愛い」「茶色い」「フワフワ」「あったかい」等、犬への感想を言っていた。普段からやっていることなのだろう。最早無意識といった感じだ。
航琉くんは言葉を組み立てるのは得意なほうではないけれど、感覚で得たものはそのまま口に出す。きっと暑いとか寒いとか眠いとかと同じの、可愛い、茶色い、フワフワ、あったかい、だ。
「好き」
マロちゃんに顔を埋めて、ふいに彼はそう言った。
「あっ! 違、違います、今のは」
ハッと気付き、顔を上げ慌てて訂正しようとする。言ってしまった自分自身に絶句する、青ざめた表情だ。
「わかってるよ、マロちゃんのことだろ」
マロちゃんは『いつもの感じですけど?』といった具合に、お腹を見せて尻尾を振っていた。
……一瞬、ほんの一瞬だけでも、俺が言われたかった、なんて。
思ったことから、目を逸らす。
「前から聞きたかったんだけど」
「はい」
「俺たちはずっと以前に会ってる……ってことはないよな? いや、俺にはそんな覚えは全くないんだけどさ。こう、もっと前に特別な出会いとか出来事があって、好きになってくれて再会して、とかなら理解が出来るというか」
「屋上のあの日が初めましてです」
「そっ……か……」
そうだよな。
「あの日が、特別な出会いではだめですか」
「駄目じゃないよ」
特別な出会いだったと思う。お前と、お前の好きな人との、特別な出来事。
俺に対しても好きを向けてくるから何か過去のエピソードでもあるのかなとか思っちゃったけど、そんなことがあるはずないんだ。昔会っていたら、航琉くんの顔なら俺の方が覚えているはずだから。
「ごめん、ちょっと、用事思い出した」
俺は立ち上がって、自分の荷物を片付ける。航琉くんのほうを見ることが出来ない。今彼は、俺は、どんな顔をしてるんだろう。
「え、あの」
「また連絡するから、ごめんな」
逃げるようにして航琉くんの家から出ていくとき、視界の端に犬のマロちゃんが映った。
かわいい。かわいいよな、わかるよ。俺も小さい頃、妹がすごく可愛かった。自然と湧き起こる気持ちで、とても大切な気持ちで、大切な存在だ。相手が何であっても、犬でも、妹でも、好きな人でも、大切な気持ちであることに変わりはない。
その気持ちを、踏みにじってはいけない。
――〈終わりにしてあげるのが良いんじゃない?〉――
ヤミポンの声が蘇る。
恋心は、一人で終わりにすることが出来ない。
とても辛いけど、その通りだ。つらいのは、航琉くんに失恋をさせてしまうから、だと、思っていたいけど、わかってる。わかってるさ。
わからないふりくらいは、したっていいだろ。
