「めでたし、めでたし。おしまい」
絵本一冊は長くはない。俺の読み聞かせ……絵本は手元にないので記憶を頼りに細部はアレンジした語り聞かせのおはなしも大長編ではなく、ゆっくり読んでも十分はかからない。
子供の霊は聞き入ってくれたようで、今は寝ている気配がする。ヤミポンの輪郭も心なしか眠たそうに見えた。
ぶるりとスマホが震えた。
『おやすみなさい』
航琉くんからのメッセージだ。朴訥としたそれだけの文面に、らしさを感じて思わず笑みが溢れそうになった。でも夕方のことを思うと、普段はこの朴訥なメッセージが嬉しいけど今は心苦しい。
――「『好き』は、言いません。『おはよう』『おやすみ』だけ、毎日送らせていただけませんか……」――
『好き』の言葉を拒否した次の日に、とてもつらそうに、消え入りそうな声で言われたものだから、了承してしまった。
本当は分かっている。俺を見つめるとき、彼は口を開いて何かを言おうとし、言葉を飲み込んで閉じる。俺に暗にアピールしているとかの、裏がある仕草ではない。思わず言いそうになって、気付いて、なんとか抑え込んでいる。きっと言いたいのだと、俺は分かってる。
「航琉くんに、振り向いてやんねぇの」
疑問とも非難ともつかない語尾の調子で、俺はヤミポンに話しかけた。眠たそうなところ悪いけど今話しておきたい気分なんだ。この話題は何度か出したことがあって、いつも〈そんなことより今は勉強しろ〉と窘められて終わっている。
〈……寝たらどうだ。睡眠不足は体調に響くだろう〉
「今、きちんと話したい」
〈キミの体を使え、ということか〉
「使い勝手は良いと思うんだけどな、健康で筋肉と柔軟性に優れている」
〈……〉
「航琉くん、良い奴だよ。真っ直ぐだし、頑張り屋だし、よく話聞いてくれるし、考えてくれるし、手デカくてあったかいし」
〈それはマイナス要素だろ。はっきり言おう、好みじゃない〉
「そんなぁ……」
〈それに中間テストが終われば僕がここから出る方法を探す約束だろう〉
「約束だっけ?」
ちょっととぼけたら、その話有耶無耶にならないかな。俺はヤミポンと居るの結構楽しいから、そんなに急いで離れなくてもいいと思うんだけど。
〈いつまでも永遠にキミの体に居て、キミの人生のプライベートを見続け、キミが爺さんになって死んだ後火葬されろと? 僕がキミの骨に取り憑いてるのならまだ墓場に行けるが、肉体に取り憑いてるとしたら……どうするんだ。キミの肉体が消失した時点で僕が火葬場から出られなくなる可能性もゼロではないだろ。しかも火葬路内だ。嫌だぞ火葬路に永住するのは〉
「わ、わかった。約束する」
俺も死後に住むなら火葬路よりは墓地がいい。
「でもさ、ちょっとくらいは……せっかくなんだしエンジョイすれば良いじゃない? 俺のプライベート見てるだけじゃつまんないだろ? 自分で好きなところ行ったり見たりしたいとかはないの? 俺はヤミポンと居て楽しいから、ヤミポンにも楽しんでほしいよ」
取り憑いてて、どこにも行けずに自由な選択肢もなく遊びに行くとか漫画を読むとかも出来ないとなると、しんどいんじゃないかな。スマホの操作は出来るみたいだけど、動画を見たりアプリゲームで遊んだりもしてないみたいだし。
〈キミは……僕に体を使われることを前提としているが、怖くはないのか。そのまま、自分が消えてしまうとは思わないか? 僕にその気がないとしても、幽霊という生態に関しては研究がなされていないだろう。何が起こるかわからない〉
「うーん……? そうなったとしても、ヤミポンが俺として生きれば良いんじゃね? ファッションは嫌だけど」
〈は?〉
「なんかこう、俺の意思がそこになくても俺の死体に変な格好させられたくないみたいな気分というか……でも長く生きるなら年齢とともに平成のジジイのファッションに変更していってほしさはあるよ」
〈平成のジジイは今のジジイとどこが違うんだ……?〉
「調べるから待って」
〈いや、いい。話が逸れている〉
スマホで検索をしようとしたが、合成音声に阻まれた。
〈彼に振り向かないのか、まで戻そう。キミはどうなんだ? さっき語った彼の良い点はキミがよく知っているんだろう。キミにとってそれ程魅力的で、なぜ好きにならない?〉
「え」
ヤミポンへのプレゼンのつもりで語ったそれらが、脳裏に浮かぶ。
真っ直ぐで、頑張り屋で、よく話聞いてくれて、考えてくれて……一緒にいると楽しいし、大きな手が温かくて、穏やかな声と、瞳が……俺は航琉くんを、好きに――
でも、彼が好きなのは、
〈ああ、なるほど?〉
待った、止まって。
〈キミは既に彼を――〉
「ダメだ!」
合成音声は驚いたように止まった。
「駄目だ。俺が、人を好きになるのは駄目だ」
それだけは、駄目なんだ。
〈ふーん……? なら彼は失恋確定だ。早めに断ち切って終わりにしてあげるのが良いんじゃない?〉
絵本一冊は長くはない。俺の読み聞かせ……絵本は手元にないので記憶を頼りに細部はアレンジした語り聞かせのおはなしも大長編ではなく、ゆっくり読んでも十分はかからない。
子供の霊は聞き入ってくれたようで、今は寝ている気配がする。ヤミポンの輪郭も心なしか眠たそうに見えた。
ぶるりとスマホが震えた。
『おやすみなさい』
航琉くんからのメッセージだ。朴訥としたそれだけの文面に、らしさを感じて思わず笑みが溢れそうになった。でも夕方のことを思うと、普段はこの朴訥なメッセージが嬉しいけど今は心苦しい。
――「『好き』は、言いません。『おはよう』『おやすみ』だけ、毎日送らせていただけませんか……」――
『好き』の言葉を拒否した次の日に、とてもつらそうに、消え入りそうな声で言われたものだから、了承してしまった。
本当は分かっている。俺を見つめるとき、彼は口を開いて何かを言おうとし、言葉を飲み込んで閉じる。俺に暗にアピールしているとかの、裏がある仕草ではない。思わず言いそうになって、気付いて、なんとか抑え込んでいる。きっと言いたいのだと、俺は分かってる。
「航琉くんに、振り向いてやんねぇの」
疑問とも非難ともつかない語尾の調子で、俺はヤミポンに話しかけた。眠たそうなところ悪いけど今話しておきたい気分なんだ。この話題は何度か出したことがあって、いつも〈そんなことより今は勉強しろ〉と窘められて終わっている。
〈……寝たらどうだ。睡眠不足は体調に響くだろう〉
「今、きちんと話したい」
〈キミの体を使え、ということか〉
「使い勝手は良いと思うんだけどな、健康で筋肉と柔軟性に優れている」
〈……〉
「航琉くん、良い奴だよ。真っ直ぐだし、頑張り屋だし、よく話聞いてくれるし、考えてくれるし、手デカくてあったかいし」
〈それはマイナス要素だろ。はっきり言おう、好みじゃない〉
「そんなぁ……」
〈それに中間テストが終われば僕がここから出る方法を探す約束だろう〉
「約束だっけ?」
ちょっととぼけたら、その話有耶無耶にならないかな。俺はヤミポンと居るの結構楽しいから、そんなに急いで離れなくてもいいと思うんだけど。
〈いつまでも永遠にキミの体に居て、キミの人生のプライベートを見続け、キミが爺さんになって死んだ後火葬されろと? 僕がキミの骨に取り憑いてるのならまだ墓場に行けるが、肉体に取り憑いてるとしたら……どうするんだ。キミの肉体が消失した時点で僕が火葬場から出られなくなる可能性もゼロではないだろ。しかも火葬路内だ。嫌だぞ火葬路に永住するのは〉
「わ、わかった。約束する」
俺も死後に住むなら火葬路よりは墓地がいい。
「でもさ、ちょっとくらいは……せっかくなんだしエンジョイすれば良いじゃない? 俺のプライベート見てるだけじゃつまんないだろ? 自分で好きなところ行ったり見たりしたいとかはないの? 俺はヤミポンと居て楽しいから、ヤミポンにも楽しんでほしいよ」
取り憑いてて、どこにも行けずに自由な選択肢もなく遊びに行くとか漫画を読むとかも出来ないとなると、しんどいんじゃないかな。スマホの操作は出来るみたいだけど、動画を見たりアプリゲームで遊んだりもしてないみたいだし。
〈キミは……僕に体を使われることを前提としているが、怖くはないのか。そのまま、自分が消えてしまうとは思わないか? 僕にその気がないとしても、幽霊という生態に関しては研究がなされていないだろう。何が起こるかわからない〉
「うーん……? そうなったとしても、ヤミポンが俺として生きれば良いんじゃね? ファッションは嫌だけど」
〈は?〉
「なんかこう、俺の意思がそこになくても俺の死体に変な格好させられたくないみたいな気分というか……でも長く生きるなら年齢とともに平成のジジイのファッションに変更していってほしさはあるよ」
〈平成のジジイは今のジジイとどこが違うんだ……?〉
「調べるから待って」
〈いや、いい。話が逸れている〉
スマホで検索をしようとしたが、合成音声に阻まれた。
〈彼に振り向かないのか、まで戻そう。キミはどうなんだ? さっき語った彼の良い点はキミがよく知っているんだろう。キミにとってそれ程魅力的で、なぜ好きにならない?〉
「え」
ヤミポンへのプレゼンのつもりで語ったそれらが、脳裏に浮かぶ。
真っ直ぐで、頑張り屋で、よく話聞いてくれて、考えてくれて……一緒にいると楽しいし、大きな手が温かくて、穏やかな声と、瞳が……俺は航琉くんを、好きに――
でも、彼が好きなのは、
〈ああ、なるほど?〉
待った、止まって。
〈キミは既に彼を――〉
「ダメだ!」
合成音声は驚いたように止まった。
「駄目だ。俺が、人を好きになるのは駄目だ」
それだけは、駄目なんだ。
〈ふーん……? なら彼は失恋確定だ。早めに断ち切って終わりにしてあげるのが良いんじゃない?〉
