憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!


「ヤミドンはさぁ」
〈……ヤミドン?〉
 夜。問題集をひと段落つけて俺はヤミドン……今勝手につけた中の人のあだ名を呼んだ。そろそろ呼び名が必要だ。
「二重人格といえば闇だろ? 効果音はドンだ。だからヤミドン」
〈……いや、えぇ……?〉
 二人だけのときは呼びかければ応じてくれる。俺も人前で虚空に話しかける勇気はないし、幽霊だと知られたら叶わぬ恋にさせてしまいそうで航琉くんの前でも二重人格の体裁を保っているわけだから、必然と夜のこの時間が交流タイムになっていた。
「薩摩藩の偉い人みたいで荷が重い? ヤミポンのほうがいい?」
〈ドンよりは、そうだな……〉
「ヤミポンはさ、……願いはないの?」
〈なんだ、唐突に。普段は平成ヒーローとやらの熱い語りか、勉強のポイント解説を求めてくるところなのに。あ、そこ、問2。不正解だ。その回答は国が亡びる。答え合わせをしたほうが良い〉
「うっ……」
 代わりにテストを受けてほしいと頼み、即刻却下されたのは数日前。曰く〈勉強は根気と反復と定着〉らしいが、記憶に定着させるにも範囲からどれを覚えたら良いのかわからないから結構な頻度で質問させてもらっている。
 俺は答え合わせをしながら、ヤミポンの質問にも答えて、ついでに更に質問をしてみる。
「唐突……さっき航琉くんと七不思議の話をしてたからかな。ヤミポン、屋上の七不思議の存在ではないんだよな? 願いを叶える精霊的な」
〈違う〉
「ふうん……? そしたらさ、なんで屋上にいたの? 未練? 不慮の事故とか、記憶がないとか、犯人を探してるとか?」
〈どれも違う。記憶はある。犯人は存在しない。事故でもないし、未練もない〉
 それって……。
〈なんとなく居心地が良いから、寝ていたように思う。遠くの喧騒が……誰かが居るような感覚で……〉
 その気持ちはわかる。誰かが居て、音が聞こえるのは寂しくなくて良い。あのときの、ヤミポンが世界史の年号を言ってくれていた感じ。
〈記憶喪失という程ではないが、殆ど意識はなかった。具合が悪くて寝ているのと感覚としては近いかもな〉
「え、具合」
〈キミが来て元気になった。今僕が具合悪そうに見えるか?〉
「ほとんど見えないからわかんないけど」
 見えはしないけど最近は少しだけ、気配だけじゃなく存在を感じ取ることが出来る。
 基本的には俺の中に居るのは変わらないみたいだ。俺と会話をするときに、外に出てきている。なんとなく透明な輪郭だけは薄〜くボンヤリと見える、気がする。
 身長は俺と同じくらいの、痩せ型の男。髪はフワッとしていそうだ。そのくらいしかわからない。
 そのボンヤリとした輪郭も、いかにも元気! って動きはしない。でも合成音声のやりとりが難なく出来るのは、元気ってことか。
「元気なら、良かった」
〈良かった?〉
「具合悪いよりいいだろ?」
 ボンヤリとした透明な輪郭は顎に手をあてて俯き、考える仕草をした。
〈なぜ? 僕が元気になったところで、身体がないわけだから将来性もない。元気でも何かが出来るわけではないのに〉
「うーん……」
 俺も真似て、考える仕草をしてみる。
「でもヤミポンの具合が悪いなら、元気になってほしいと思うよ。話すの楽しいしさ」
〈……〉
 透明な輪郭はピタリと止まり、
〈そうか〉
 と、合成音声は静かに納得した声を出した。
 否定しないってことは、ヤミポンも会話が楽しいってことなのかな。なら友達だと思うけど……。でもそう言うと否定されて頑なになられそうだ。
 ヤミポンが俺に取り憑いて出られなくなってから三週間。一緒に過ごしていて分かったことがある。
 "友達"、"家族"は苦手。体の接触も好きじゃない。それから多分、バニラアイスが好き。
 ヤミポンは俺の中で暮らしているから、反応でそういったものは察知出来てしまった。大介や俺のことが嫌いだったり、光莉や母さんを嫌悪したりする様子はないけど、言葉としての"友達"や"家族"には不快そうな反応がある。
 体の接触は、人が触れてきそうになると一瞬固まる感覚がする。ヤミポン自身もそれに気付き、意識して力を抜いているのが分かった。ピアノの霊から事故の追体験を受けて航琉くんを心配したときみたいに俺が必死なときとか、眩暈のときみたいに具合が悪いときはヤミポンの感覚を感じている余裕はないけど、ああいう目には滅多に合わないから、ここ最近はよくわかってしまう。
 アイスは……コンビニに寄るとよく意識が向いている気がする。気がするだけかもしれない。買おうかと聞いたけど、コンビニには人がいるからか返事はなかった。
 俺のスマホのこともあんまり好きじゃなさそう。見ようとしてない雰囲気を感じる。平成ヒーローでデコりまくったスマホに綺麗な夕焼けか朝焼けかの風景のストラップが合ってないのは、俺もよくわかる。でもこれはこれでアリな気もする。
 ヤミポンは俺の体(の周辺までは出られるけど遠くにには行けないこの範囲)から出る方法を知りたがっている。「しばらく居てもいいんじゃない?」と提案したら〈キミは嫌じゃないのか?〉と信じられないものを見たような合成音声の声色で言われた。「方法を探るにも中間テストの期間は勉強第一だし」と半ば冗談で言ったところ〈その通りだな〉と納得されてしまい、俺は熱心に勉強せざるを得なくなっている。いつもならテスト期間は遊び期間だ。勉強は嫌いだけど、サボると叱ってくるヤツ……ヤミポンがいるので、やるしかない。
〈願い、か。僕が悪霊だとして、そうだな……人殺し、とか?〉
「まさか!」
 会話を楽しむ仲とはいえ、やっぱりちょっぴり性格は悪い。悪趣味な冗談だ。
「人殺しが目的なら、俺の体を動かしてたときやりたい放題だっただろ」
〈ご明察。ホラー映画を想像して適当なことを言った。悪霊は無差別殺人犯になりがちだ〉
「無差別ってか、ある条件を踏むと狙われるとか多いよな。会ったら呪われるとか……それだと俺が呪い殺される役どころになるか」
〈やるならさっさとやってる。今だって体の主導権を握ればキミを危険なところに連れて行くのくらいは容易いだろう。そんなことはしない〉
 輪郭は再び考える仕草をした。
〈願い……。あまり考えていない……かもしれないな〉
「ふーん……?」
 幽霊全員に願いや未練があるのかは分からないけど、ピアノの霊は確かに未練を断ち切ってどこかすっきりとしたように思えた。
「もしヤミポンにさ、叶えたいことがあったら、協力させてくれよな」
〈……〉
 ――いたい
 ――いたいよ……
 子供の泣く声。さっきまで寝ていたような気配だったけど、起こしちゃったか。
〈黙れ。勉強の、……そろそろ睡眠時間か? とにかく邪魔だ〉
「そんなに邪険にすることないじゃんか。知り合いなんだろ?」
〈知らないな〉
 ヤミポンは航琉くんと違い、合成音声であっても表現力は豊かだし言葉数もあるほうだ。でも嘘をつく。お前が知らない子供相手にそんな態度を取れるわけがない。
 ――う、う、う……
「泣いていいよ、こっちおいで」
 この子供も、少しだけ存在が感じ取れるようになった。ヤミポンよりもボヤけていて、輪郭すら分からずなんとなくこの辺りに居そうだな、くらいだけど……。大きさもよくわからない。俺の膝くらいに感じるときもあれば、腰くらいに思えるときもある。
 ――うわあああんっ……
 ヤミポンが子供を睨んでいる雰囲気を察したが、気付かないふりをした。
「どこが痛い? さすったほうがいいか? 触らないほうがいい?」
 ――わあああん
 ――いたい、いたい、いたい……
 手当てしようにも、居る場所程度しか分からず、痛みの具合も箇所も手当ての仕方も見当が付かなかった。そもそも、触れないけど。でも、触るふりくらいなら……と思うけど、頭を撫でるにも、どこが何かもわからない。
「ど、どうしよう……」
 勉強で頼りにしている癖で、思わずヤミポンを頼ってしまった。
〈知るか。前にも言ったろう。無意味だ〉
「そんなこと、ない」
 と思う。ピアノの霊だってこちらの声に応じてくれたんだ。この子だって、きっと。
「さっきまでは寝てたよな? さっき何やってたっけ……」
〈勉強〉
「まぁ、そうだけど。でも普段は勉強中も泣くだろ。何かが多分違うんだ……泣いてるのが当たり前だと思って慣れちゃってたけど……泣かずにいられるときもある……」
 ――わぁぁん……
「何が一番つらい? 泣いてるってことは、つらいよな。泣かせておいたほうが良いのか……? 痛いとか、怖いとか、原因は近くにある?」
 質問攻めにしちゃっている。子供は泣くばかりだ。
〈……さっきは、〉
 俺がオロオロしているのが目に余ったのだろう。呆れたような、嫌悪感を押し殺して絞り出すような音声でスマホが言った。
〈問題文を読み上げながら解いていた。何問もな〉
「長い文章ってややこしくて……あっ」
 もしかして。
「お話し聞いてるの、好き?」
 いや、でも俺らが会話してるときに起きたか……?
 ――おはなし
「へっ? うん、そう」
 びっくりした。普段の単語以外の言葉が出てくるとは思ってなかった。
 ――おはなし
 こっちの言葉を反復してるだけ、なのかなぁ……。
「お話しする?」
 ――……?
 首を傾げている雰囲気だ。言葉の意味が伝わりにくいか……?
 ――おはなしして
「え」
 瞬間、ヤミポンが子供を睨みつけたような気配を感じた。
 ――ごめんなさい
「えっ!? いいよ、いいよ怒ってないよ! お話ししよう。どんな話が好き?」
 ――……?
「あんまりわからないかな。俺の好きなやつ話そうか。任せて。語り聞かせは結構得意なんだ」
〈そんな無駄なことをする暇があるのか? 勉強の小休憩か、寝る時間だろ〉
「無駄じゃない」
 無駄じゃないよ。ヤミポンにもわかってほしいけど、どう説明したらいいか考えるよりも、今はこの子にお話しをしてあげよう。
「――昔々、あるところに……」