慣れない勉強ばかりやってると、気分が塞いでくる。航琉くんとウチで勉強した日の夕方は気分転換の散歩も兼ね、家に送り届けることにしている。
俺はかなりお喋りなほうで航琉くんの家に着く頃になっても喋り足りないけど名目上は駄弁りに来たわけじゃなく勉強の気分転換の散歩がてらの見送りなので、さくっと別れるしかない。毎回それがちょっぴり残念で、歩調は日々ゆっくりになるばかりだ。
航琉くんは最初のうちは俺の話題に質問したり考えて意見を言ったり、話を広げながらも聞き手に回ることが多かったけど最近は自身の色々な話をしてくれるようになった。航琉くんのクラスの話題も多く、俺以外に関心を持てているようで一安心だ。
それでも、俺を見る瞳は変わらない。
「燈李さん」
別れ際、改まったみたいに航琉くんが切り出した。
俺をじっと見つめる、深く黒い瞳。何かを言おうとして、閉じた口を、再び開ける。
「どうして……っ」
俺はその言葉の続きの予想がついてしまって、つい、目を逸らしてしまった。
「……っ、なんでも、ありません」
彼が苦しげに言葉を飲み込んだのがわかった。
この数日、何度も言いたいことを飲み込んでいるのはわかっていた。今のはきっと――
「俺が、……お前の好きな人じゃないからだよ」
きっと『どうして好きと言ってはいけないのか』を聞こうとしたんだ。俺が嫌がると思って、やめたのだろう。
「でも」
「ごめんな。呼びかけはいるんだけど、人前だと、出てきてくれなくて」
「僕は、貴方が」
「だから違うって。他に目を向けて見たら? 出てきてくれない奴より、もっと良い人いるかもよ。クラスの人とか、最近仲良いでしょ?」
この前告白されていたのを遮っておいて、なんて言いぐさだと自分でも思う。今のは航琉くんを航琉くんとして見て、航琉くんのほうからも好きだと思える相手が現れるんじゃないか、という意味で言った。想像しようとして、心臓が痛む感覚がしたのは気のせいだ。心臓に痛覚はない。
「……それは、そうですが……みんな、良い人達です。僕が今まで知らなかった、知ろうとしなかっただけで。興味を持たせてくれたのは貴方です。毎日、楽しいです。とても感謝しています」
「うん、よかった!」
「でも、恋は違います」
彼はまた、真っ直ぐに俺を見る。真っ直ぐに言葉を投げてくる。
「他に目を向ける、なんて。諦めがついて、しっかりと落ち込んで、踏ん切りをつけてからじゃないと、出来ない。恋心は……っ」
だから、その苦しみが伝わってきてしまう。
「伝えてしまった時点で、……ごめんなさい、伝えてしまって……伝えてしまうと、一人で終わりにすることが出来ないんです……」
俺はなんて言ったらいいのかわからなかった。
苦しんでいるのなら、助けたい。肩に手を置いて励ましてやれたらいいのに、それをしていい立場にない。
並木道で勉強会の返答をした後も一緒に帰るのはいたたまれなくて、バイトがあると嘘をついて逃げるようにあの場を後にした。
「ごめん、本当に。もっと頑張って呼ぶから、二重……」
「その二重人格も含めてっ! 燈李さんじゃないんですか!!」
初めて彼は俺の言葉を遮り、俺に対して初めて声を荒らげた。
何も、言えない。
何も言えない。
彼が俺と楽しく過ごすのは、俺の言葉に影響を受けるのは、俺のことを好きなのは、二重人格が俺の人格の一つであることが前提だからだ。
「ごめん、なさい。貴方を困らせたいわけじゃないんです。こんなことがしたかったわけじゃない。二人のときは、楽しく過ごそうって、思ってたのに……もう、傷付けたくないです。どうか、忘れ下さい」
彼は俺から視線を外し、家の中へ入って行った。俺は、何も言えないままだった。
――「二重人格も含めて燈李さんじゃないんですか」――
その言葉が実際の二重人格の人にとって良い言葉なのか悪い言葉なのかすらもわからない。違う人格なのに同じにされていると感じるのか、何も知らないくせにと思うのか。
少なくとも彼は『全てをひっくるめて貴方であり、貴方が好きだ』と思っている。
違うんだよ、俺の二重人格に関しては。
その"全て"の中に、俺は要らない。
俺はかなりお喋りなほうで航琉くんの家に着く頃になっても喋り足りないけど名目上は駄弁りに来たわけじゃなく勉強の気分転換の散歩がてらの見送りなので、さくっと別れるしかない。毎回それがちょっぴり残念で、歩調は日々ゆっくりになるばかりだ。
航琉くんは最初のうちは俺の話題に質問したり考えて意見を言ったり、話を広げながらも聞き手に回ることが多かったけど最近は自身の色々な話をしてくれるようになった。航琉くんのクラスの話題も多く、俺以外に関心を持てているようで一安心だ。
それでも、俺を見る瞳は変わらない。
「燈李さん」
別れ際、改まったみたいに航琉くんが切り出した。
俺をじっと見つめる、深く黒い瞳。何かを言おうとして、閉じた口を、再び開ける。
「どうして……っ」
俺はその言葉の続きの予想がついてしまって、つい、目を逸らしてしまった。
「……っ、なんでも、ありません」
彼が苦しげに言葉を飲み込んだのがわかった。
この数日、何度も言いたいことを飲み込んでいるのはわかっていた。今のはきっと――
「俺が、……お前の好きな人じゃないからだよ」
きっと『どうして好きと言ってはいけないのか』を聞こうとしたんだ。俺が嫌がると思って、やめたのだろう。
「でも」
「ごめんな。呼びかけはいるんだけど、人前だと、出てきてくれなくて」
「僕は、貴方が」
「だから違うって。他に目を向けて見たら? 出てきてくれない奴より、もっと良い人いるかもよ。クラスの人とか、最近仲良いでしょ?」
この前告白されていたのを遮っておいて、なんて言いぐさだと自分でも思う。今のは航琉くんを航琉くんとして見て、航琉くんのほうからも好きだと思える相手が現れるんじゃないか、という意味で言った。想像しようとして、心臓が痛む感覚がしたのは気のせいだ。心臓に痛覚はない。
「……それは、そうですが……みんな、良い人達です。僕が今まで知らなかった、知ろうとしなかっただけで。興味を持たせてくれたのは貴方です。毎日、楽しいです。とても感謝しています」
「うん、よかった!」
「でも、恋は違います」
彼はまた、真っ直ぐに俺を見る。真っ直ぐに言葉を投げてくる。
「他に目を向ける、なんて。諦めがついて、しっかりと落ち込んで、踏ん切りをつけてからじゃないと、出来ない。恋心は……っ」
だから、その苦しみが伝わってきてしまう。
「伝えてしまった時点で、……ごめんなさい、伝えてしまって……伝えてしまうと、一人で終わりにすることが出来ないんです……」
俺はなんて言ったらいいのかわからなかった。
苦しんでいるのなら、助けたい。肩に手を置いて励ましてやれたらいいのに、それをしていい立場にない。
並木道で勉強会の返答をした後も一緒に帰るのはいたたまれなくて、バイトがあると嘘をついて逃げるようにあの場を後にした。
「ごめん、本当に。もっと頑張って呼ぶから、二重……」
「その二重人格も含めてっ! 燈李さんじゃないんですか!!」
初めて彼は俺の言葉を遮り、俺に対して初めて声を荒らげた。
何も、言えない。
何も言えない。
彼が俺と楽しく過ごすのは、俺の言葉に影響を受けるのは、俺のことを好きなのは、二重人格が俺の人格の一つであることが前提だからだ。
「ごめん、なさい。貴方を困らせたいわけじゃないんです。こんなことがしたかったわけじゃない。二人のときは、楽しく過ごそうって、思ってたのに……もう、傷付けたくないです。どうか、忘れ下さい」
彼は俺から視線を外し、家の中へ入って行った。俺は、何も言えないままだった。
――「二重人格も含めて燈李さんじゃないんですか」――
その言葉が実際の二重人格の人にとって良い言葉なのか悪い言葉なのかすらもわからない。違う人格なのに同じにされていると感じるのか、何も知らないくせにと思うのか。
少なくとも彼は『全てをひっくるめて貴方であり、貴方が好きだ』と思っている。
違うんだよ、俺の二重人格に関しては。
その"全て"の中に、俺は要らない。
