憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!


 教室に戻ると、航琉くんは大介にスマホ画面を見せられながら「ふふふっ」といった感じに笑っていた。
 俺だけに笑うわけじゃないんだ。なんとなく心臓のあたりがショボショボとするのは、ひどい眩暈のせいだと思う。
「あ、燈李。おかえりー」
「おかえりなさい」
 まぁでも、穏やかな笑顔二つに迎えられるのは悪くない。
「今去年の文化祭の写真見せててさ、ほらコレ、お前の変顔シリーズ」
「……ふふっ」
 去年の文化祭……化け物喫茶をやったときのやつか。お化けの格好をした喫茶店で俺は『トイレの花子さん』をイメージした格好をして、ただのおかっぱの女の子になっちゃったのが恥ずかしくて写真撮影のときは常に変顔をしていたんだった。写真を見ながら、航琉くんは口元を抑えている。
 さっきより、眩暈がマシかもしれない。病は気からって言うし、楽しげな場所にいると元気が出るのかもなぁ。
「その顔なら今でも出来るよ」
 我ながら表情筋は柔らかいほうだし、顔の皮膚もよく伸び縮みするし、手先は器用なのだ。それらを駆使すれば……こうだ!
「ブッ!」
 大介が俺の芸術的な顔を見て吹き出した。航琉くんは一瞬驚いた顔をして「ふっ」と息を漏らした後に口を手で塞ぎ、俯いて肩を震わせている。
「ほひ(おい)、わわうふん(わたるくん)、ひゃんほひて(ちゃんと見て)」
 俺は航琉くんの視線に入り込み、顔を近付けた。眉が下り、頬が桃色になり、涙目になっている航琉くんと目が合う。こんな顔もするんだなぁ……。
「ふ、……くく、あははっ!」
 航琉くんの耐久力を俺の顔は越えたようで、彼は口に手を当てながらも明るい声で笑い出した。
 俺はその顔に……なんか多分、違う意味で感動した。何と違う意味なのかはわかんないけど。想定される感動というか覚悟していた感動とは違う、整った造形も動くんだなぁ……みたいな不思議な感覚だ。だって美術の彫刻は固まってるし、テレビの芸能人もドラマは綺麗な映りを切り取ってるし、バラエティも常にその人が映っているわけじゃないし。実写ドラマの変身後のヒーローは顔動かないし。俺は整っている顔イコール変身後のマスクだと思っていたのかもしれない。
 コレ、動くんだなぁ……という謎の感動で、じっと見つめてしまっていたことに
「あの……あんまり、見つめないでください……」
 と、赤くなった顔で目を逸らされてから気付いた。
「お、おお……」
 俺も気恥ずかしくなって目を逸らした先に、大介の嬉しそうな微笑みがあった。恋バナするときの顔だ。気恥ずかしいどころじゃなくなって、頬が一気に熱くなるのを感じる。
 少し離れたところから、クスクスという笑い声が聞こえた。幸せそうな類の笑い方じゃない。今朝の……。
「見つめないで〜っ、だってさ! ヤッバ!」
「あいつらキモくねぇ?」
 今朝の奴らだ。このクラスに知り合いでも居て遊びに来たのか、出入り口近くに立ち、近くの生徒に同意を求めている。話を向けられた生徒は怯えた表情だったけど、それでも首を横に振ってくれた。
「えぇ〜? フツーに気持ち悪いっしょ。男同士。セイサンセイがナイってヤツじゃん? 生きてる価値ナシ〜!」
 ぎゃはは! と品のない笑いが響いた。黙って耐える気はない。俺はそっちに向かおうと歩き出し、また眩暈に襲われた。
「きゃああっ!」
「花芽木くん! 駄目だ!」
 俺が数秒、グラグラと目が回って頭を抑えている間、航琉くんは素早く行動を起こしていたようだ。クラスの女子の叫び声と、大介の静止の声でそちらを向く。
 下品な笑いをした一人、さっき「生きてる価値ナシ」と言ったほうの首を片手に掴み、床に押し倒している。もう片方の手には箸が握られ、先端をそいつの目に向けている。
「貴方が……勝手に人の価値を評価づけるなら、僕もそうします。貴方は生きている価値がない」
 少しずつ、少しずつ箸の先が目に近づいていった。
「う、やめ……」
「箸一本で人は殺せます。目から脳味噌に突き刺さされば死にます。実際に見たことはありません。試してみましょうか」
「ひっ……」
「駄目だ! 止まれ! 航琉くん!」
 俺は思わず叫んだ。航琉くんは顔だけ動かし、整った無表情でこちらを見る。
「安心して下さい。汚れるのは僕の箸です」
「そんなこと言ってない! とにかく駄目だ」
「何故です? これは貴方を侮辱した」
 確かに俺もボコボコにしてやりたい気持ちは湧いたが、これは度を越えてる。
「まずそいつを離してから……う、うぅ」
「燈李さんっ!?」
 眩暈と、気分の悪さで視界が暗く歪んだ。体に力が入らず、膝をつく。航琉くんが駆け寄ってきて、俺の背中をさすっている。
 航琉くんに抑えられていた奴とそのお仲間が怯えきった顔で教室を出て行ったのを、歪む視界の端で捉えた。ああいうのは威張り散らしているだけの小心者だ。今後は何も言ってこないだろう。
「燈李さん」
 背に触れるのは温かく大きな手だ。まるで『貴方だけが大切だ』と伝えてくるかのような、他の人には向けたことのないであろう、心配そうに見つめてくる顔と、とても優しい声。
「やめろ」
 俺はその顔を見ないようにして立ち上がる。
「帰る。さっきから具合が悪いんだ。大介、先生には適当に言っといて」
「えっ、うん、平気なの?」
「……平気だよ」
 鞄を取って廊下に出る。……ぐらぐらする。頭も、視界も。
「送ります!」
 背後で航琉くんの声がした。
「いらない」
「でも……」
「いいから!」
 大声を出し、その反動でまたふらついてしまう。航琉くんはすぐにそっと俺を支えた。
 この世で最も大事だとでも言わんばかりの、優しく、そっと触れる手。愛情を伝えてくる、深く黒い瞳。
 気分が、悪い。
「思いやりのある人間が、簡単に他者を切り捨てるのが、恋とか、愛なんだろ」
「え」
 言うつもりのなかった言葉が、漏れてしまった。駄目だ、困らせる。これは正しくない。俺は首を振って、航琉くんに目を向ける。
「ああいうのは……駄目だ。先に言ってきたのは、向こうだけど、価値がないから死ねみたいなのは、懲らしめるのとは違う」
「懲らしめる……?」
「悪い奴を反省させるとか、周りの人達に安心してもらうために、ちょっと痛い目に合わせることだよ……」
 航琉くんは、話が理解できないといった顔をしている。
「よく、わかりません。燈李さんが嫌なら、やめます。教えていただけませんか」
「自分で、考えてくれ。俺以外を好きになったときのために」
「どういう、意味ですか?」
 俺が嫌だと言ったことに従うだけじゃ、他の人の嫌なことはずっとわからないままだ。
「反省は、その悪い奴のため。安心は周りの人のためですよね。意味がありますか。僕にとっては燈李さん以外、等しく無価値です」
 そういうのが、嫌なんだ。
「無価値じゃない。お前だって、大介と楽しそうにしてたじゃん」
「だいすけ……?」
 名前、覚えていないのか。
 大介が自己紹介をしないはずがない。
「好きな奴以外無価値だなんて、そうやって切り捨てられた側はどうなる……蔑ろにしていいわけがないんだ。誰だって、一人の人間だ」
 彼は理解の出来ない言語を俺が話し始めたかのような様子でこちらを見ていた。或いは自分が誰かを無価値と言ったところで、その言葉にこそ重みや価値がないと思っているかのように。
「いい」
「?」
「もう、いい」
 良いやつだと思ってた。仲良くなれそうだと、恋の応援をしたいと思った。
 でも友達にすらなれそうにない。
「燈李さん」
「名前を、呼ぶな」
 彼は固まったかのように、動きを止めた。
「お前が好きなのは俺じゃないよ」
 なんでもっと早くに言わなかったんだろう。
「俺はお前を好きにはならない」