【短編】社交界の黒薔薇は、白銀宮の断罪官に何もかも暴かれる

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 ヴェリティ伯爵家のリジュアの私室には、午後の柔らかな陽光が差し込んでいた。
 広々とした室内には、上質な調度品が整然と並ぶ。
 天蓋付きの寝台、磨き上げられた化粧台、革張りのソファ。
 どれも高価な品ばかりで白を基調にまとめられている。
 窓際へ置かれたティーセットからアールグレイの香りが上品に立ち上っていた。
 リジュアはソファへ腰を落とし、一枚の招待状を手にしている。

「思いのほか、早かったですね」

 傍らに立つクロエが告げる。
 差出人はカリナ・レイノルズ。
 昨日の夜会でエリオス・マッコードとの婚約披露を行ったばかりの侯爵令嬢だった。

「カリナ様は賢いもの……」

 リジュアの予想通りだった。
 カリナは夜会の後、エリオスとの結婚に不安を感じて誰かへ相談したくなったのだろう。
 そして社交界には噂がある。
 黒薔薇に目をつけられた令嬢は婚約を失うというのは有名な話だが、その後、必ず幸せになるという。
 表立って語られるわけではなく、(まこと)しやかに水面下で伝わっている話だった。
 
「カリナ様にお会いされますか?」
「もちろんよ。会わない理由がないわ」
「ですが……」

 クロエは困り顔で言い淀む。

「白銀宮に調査されている中で、リジュア様が動くとなると……」
「――関係ないわ」

 リジュアは言い切る。
 
「カリナ様から行動を起こしてくれたのよ。わたくしの優先順位は決まっていますわ」

 結婚で泣く女を増やしたくない。
 リジュアの行動原理を知っているからこそ、クロエは何も言わなかった。
 クロエは生まれた時からリジュアを知っている。
 生まれた時から愛らしかった少女が誰もが認める絶世の美女へと成長して……。
 圧倒的なまでに美しい容貌と艶めかしい肢体に隠されたリジュアの内面。
 ――リジュアが何のために黒薔薇を演じているのか。
 クロエは胸が痛みながらも、窓辺の棚に視線を送る。
 小さな額入りの肖像画が飾られていた。
 まだ幼さの残るリジュアとリジュアより10歳年上の姉・ユウォンの二人が描かれている。
 ユウォンが亡くなった今となっては姉妹二人で笑う姿を遺した唯一の品。
 名門貴族の令息と幸せな結婚をしたはずだったユウォン。
 しかしユウォンの持参金は事業に失敗した夫により悪質な投資話に溶かされ、ヴェリティ家から持参したドレスも調度品もアクセサリーも全て売り飛ばされた。
 心と身体の健康が失われ、ユウォンは病に伏せながらも、夫を信じ続けていた。

『あの人は悪い人じゃないの』
『わたくしが至らなくて、あの人を支えられなかっただけ』

 社交界の誰も夫を悪人とは言わなかった。
 誠実な夫は不運な事業家で妻を大切にする紳士。
 “薄幸の公爵夫人”と呼ばれたユウォンは哀れまれ、夫は同情された。

(ユウォン姉様のように不幸になる花嫁を二度と見たくはない)

「カリナ様にお会いします。クロエ、外出のお手伝いをなさってくれる?」
「もちろんです。リジュアお嬢様」

 立ち上がったリジュアに対してクロエが頭を下げた時だった。
 
「リジュアお嬢様!」

 執事の男の慌てた声がドア越しに聞こえてきた。

「どうしたの?」
「来客です!」

 執事の顔を確認せずとも、その単語と執事の慌てぶりだけで誰なのかリジュアは理解した。

「もしかして白銀宮の……」
「え? あ、おっしゃる通りでして、断罪官のルビン・レオンホープ様がいらっしゃっています」

(やっぱり……)

 リジュアは、はしたなく舌打ちしたくなる衝動を堪えた。
 
「こちらも、思いのほか早かったですね」

 クロエはリジュアの横顔を見遣りながら伝える。
 
「だから有能な男って苦手だわ」

 リジュアはそう言いながらも、あの男なら必ず来ると。
 確信めいた予感が当たっていたのも事実だった。