***
翌朝、白銀宮は静まり返っていた。
王城北棟の最奥。
王家直属機関である白銀宮は限られた者しか立ち入れない区画にある。
磨き上げられた白銀の回廊。
窓から差し込む朝の光が淡く床を照らしていた。
断罪官ルビン・レオンホープに与えられた執務室。
広い机上に無駄なものはなく、積み上げられた書類は乱れがない。
壁には額装された古い絵画と王国地図。
ルビンは椅子へ浅く腰掛け、組んだ脚へ片肘を乗せる。
執務机へ置かれた書類へ碧眼の先を注いでいた。
社交界の黒薔薇――リジュア・ヴェリティ。
ルビンの元に提出された彼女の身元資料だった。
現在、二十歳のヴェリティ伯爵家の第二令嬢。
破壊された婚約の数々。
婚約者を略奪する魔性の女。
男は彼女に魅了され、身を破滅させる。
(――違う)
ルビンは昨夜のリジュアを思い返していた。
夜会に集う着飾った令嬢たちの中に置いても抜きん出てリジュアが美しい女であったのは疑いようがなかった。
男だけじゃなく女ですら惹き付ける色香は誰もが認めざるを得ないだろう。
”社交界の黒薔薇”と彼女を呼びながらも現に貴族たちは皆がリジュアへと陶酔したように視線を奪われていた。
ルビンにとってリジュアは公務による調査対象――それだけのはずである。
(壊そうとしている顔ではなかった)
リジュアはカリナばかり気にかけていた。
加えて、男を誑かす魔性の女がルビンの指先に触れた程度で頬を染めるだろうか。
(どちらかと言えば、男嫌いに見えたのだが)
ルビンは別の書類を手に取る。
黒薔薇が関わり婚約破棄された令嬢たちの記録。
ある伯爵令嬢の欄には”現在、良縁により結婚”と記されていた。
別の子爵令嬢も婚約が無くなった後、別家へ嫁ぎ、子を宿している。
一般論では婚約破棄された令嬢は傷物扱いされ、次の縁談は難しい。
しかしリジュアが関わった令嬢たちは揃って、その後が安定していた。
(偶然か。それとも……)
ルビンは書類を机に置いて、静かに椅子へ背を預ける。
『だって、ルビン様に特定のお相手はいないのでしょう?』
『わたくしが苦手な見方です』
特定の女に興味を抱いたことなどないルビンだったが、昨夜からリジュアのことが頭から離れなかった。
(公務上の俺の案件ってだけだ)
扉が軽く叩かれる。
「ルビン様」
部下の男の声だった。
「先日の会議議事録をお持ちしました」
「入れ」
補佐官が執務室へと入ってきて、執務机越しに封筒を差し出してきた。
「置いておけ」
「はい」
補佐官は机に封筒を置くと、執務机に置かれていた資料に目を遣る。
「黒薔薇の担当って、ルビン様になられたのですか?」
「ああ」
「やっぱり、めちゃくちゃ色っぽくてイイ女ですよね。僕も黒薔薇に一夜くらいは手解きを受けてみたいです」
「執務中だろう」
「失礼いたしました。けど、男が婚約者そっちのけでリジュア嬢に夢中になる気持ちはわかります」
補佐官は嬉々として告げ、退室していく。
(――男を狂わせる女……か)
白銀宮は噂程度で動く組織ではない。
ただ、これだけ婚約破棄の事例があり社交界の秩序を乱すとすれば動かざるを得ない。
必要なのは証拠と事実。
「――確かめるか」
ルビンはゆっくりと立ち上がる。
窓の外には、朝の王都が広がっていた。
翌朝、白銀宮は静まり返っていた。
王城北棟の最奥。
王家直属機関である白銀宮は限られた者しか立ち入れない区画にある。
磨き上げられた白銀の回廊。
窓から差し込む朝の光が淡く床を照らしていた。
断罪官ルビン・レオンホープに与えられた執務室。
広い机上に無駄なものはなく、積み上げられた書類は乱れがない。
壁には額装された古い絵画と王国地図。
ルビンは椅子へ浅く腰掛け、組んだ脚へ片肘を乗せる。
執務机へ置かれた書類へ碧眼の先を注いでいた。
社交界の黒薔薇――リジュア・ヴェリティ。
ルビンの元に提出された彼女の身元資料だった。
現在、二十歳のヴェリティ伯爵家の第二令嬢。
破壊された婚約の数々。
婚約者を略奪する魔性の女。
男は彼女に魅了され、身を破滅させる。
(――違う)
ルビンは昨夜のリジュアを思い返していた。
夜会に集う着飾った令嬢たちの中に置いても抜きん出てリジュアが美しい女であったのは疑いようがなかった。
男だけじゃなく女ですら惹き付ける色香は誰もが認めざるを得ないだろう。
”社交界の黒薔薇”と彼女を呼びながらも現に貴族たちは皆がリジュアへと陶酔したように視線を奪われていた。
ルビンにとってリジュアは公務による調査対象――それだけのはずである。
(壊そうとしている顔ではなかった)
リジュアはカリナばかり気にかけていた。
加えて、男を誑かす魔性の女がルビンの指先に触れた程度で頬を染めるだろうか。
(どちらかと言えば、男嫌いに見えたのだが)
ルビンは別の書類を手に取る。
黒薔薇が関わり婚約破棄された令嬢たちの記録。
ある伯爵令嬢の欄には”現在、良縁により結婚”と記されていた。
別の子爵令嬢も婚約が無くなった後、別家へ嫁ぎ、子を宿している。
一般論では婚約破棄された令嬢は傷物扱いされ、次の縁談は難しい。
しかしリジュアが関わった令嬢たちは揃って、その後が安定していた。
(偶然か。それとも……)
ルビンは書類を机に置いて、静かに椅子へ背を預ける。
『だって、ルビン様に特定のお相手はいないのでしょう?』
『わたくしが苦手な見方です』
特定の女に興味を抱いたことなどないルビンだったが、昨夜からリジュアのことが頭から離れなかった。
(公務上の俺の案件ってだけだ)
扉が軽く叩かれる。
「ルビン様」
部下の男の声だった。
「先日の会議議事録をお持ちしました」
「入れ」
補佐官が執務室へと入ってきて、執務机越しに封筒を差し出してきた。
「置いておけ」
「はい」
補佐官は机に封筒を置くと、執務机に置かれていた資料に目を遣る。
「黒薔薇の担当って、ルビン様になられたのですか?」
「ああ」
「やっぱり、めちゃくちゃ色っぽくてイイ女ですよね。僕も黒薔薇に一夜くらいは手解きを受けてみたいです」
「執務中だろう」
「失礼いたしました。けど、男が婚約者そっちのけでリジュア嬢に夢中になる気持ちはわかります」
補佐官は嬉々として告げ、退室していく。
(――男を狂わせる女……か)
白銀宮は噂程度で動く組織ではない。
ただ、これだけ婚約破棄の事例があり社交界の秩序を乱すとすれば動かざるを得ない。
必要なのは証拠と事実。
「――確かめるか」
ルビンはゆっくりと立ち上がる。
窓の外には、朝の王都が広がっていた。



