【短編】社交界の黒薔薇は、白銀宮の断罪官に何もかも暴かれる

 ルビンからの問いにリジュアは小さく息を呑む。
 リジュアの内側に斬り込んでくるような鋭い問い。

「わたくしも年頃の娘です。社交界の婚約話は気になりますわ」
「それだけか?」
「それはどういう意味でいらっしゃいますか?」
「黒薔薇の次の標的は、あの二人だと情報が入っている」

 包み隠さないルビンの回答にリジュアは、くすりと笑った。
 
「わたくしが実際に婚約を壊さないかをお確かめに?」
「ああ。だが、」
「?」
「お前はマッコード公爵令息よりレイノルズ侯爵令嬢を気にかけている」

 リジュアは唇を閉じ合わせる。

(本当によく見ていらっしゃること……)

 ルビンはリジュアから視線を外さない。
 まるでリジュアの仮面の綻びを探し出すかのように鋭く深く。

「そんなに、わたくしを見ないでいただけませんか?」
「男に見られることには慣れているんだろう」
「ええ。でも、断罪官様みたいな見方をされる方はいらっしゃいませんでした」
「どう違う」

 ルビンに問われてリジュアは少しだけ考える。

「わたくしが苦手な見方です」
「そうか」

 ルビンにとって納得しきれる回答でなかっただろうが、低く一言返されただけ。

(やけに長いわ……)

 リジュアは解放の時を今か今かと待っていた。
 たった一曲のはずなのに。
 ルビンに至近距離で観察されれば、妙に神経が削られる。
 言葉ひとつ、目線の配り方ひとつでさえも落ち度があってはならないと。
 曲が終わり、ルビンは自然な動作でリジュアから距離をとった。

「思わず見惚れてしまいましたよ」

 エリオスが紳士の微笑を貼り付け、カリナを伴って歩み寄ってくる。
 カリナの表情は少しだけ硬くなっていた。

(どうされたのかしら?)

 リジュアはカリナを案じた。
 先ほどまでのエリオスに心酔している雰囲気ではなく、自分でも正体のわからない何かに引っかかっている。
 その程度の微量な変化。

「ルビン殿。リジュア様とのダンスはいかがでしたか?」

 エリオスはルビンの反応を探っていた。
 どこまでリジュアへ興味を持ったのかを。

「――わからない」

 たった一言。
 愛想の欠片も見せないルビンの感想。
 令嬢たちが少しざわつく。
 白銀宮の断罪官が、黒薔薇へ向けた感想がそれだけである。

「さようでございますか。彼女に近づく男は危険だと言われておりましたから、ルビン殿を心配していたんですよ」

 会話の形でエリオスは笑っている。
 けれど言葉の裏ではリジュアを”社交界の黒薔薇”という立場へ押し戻そうとしていた。
 
(自分とは無関係な危険な女だと暗にアピールしているってとこかしら?)

 そのくせに、どこかリジュアを手放しきれない欲がエリオスからは垣間見られる。
 自分が落とせなかった女がルビンに易々と持っていかれるのは癪に障るのだろう。

「――だから、お前を調査する」

 ルビンはリジュアを見据えて告げた。
 広間が静まり返る。

「……それは、わたくしへの断罪予告でいらっしゃいますか?」
「今は違う」

 ルビンはリジュアの耳元へ唇を寄せた。

「――お前を暴くだけだ」

 リジュアにしか聞こえない程度の潜められたルビンの低い声。
 息を吹き込むようにされて、リジュアの心音がひと際大きく脈打つ。
 ルビンは悠然とした足取りで広間を立ち去っていく。
 残されたリジュアには社交界中の視線が集まっていた。
 正確には“白銀宮の断罪官に目を付けられた黒薔薇”へと。

「お噂には聞いていましたけれど、ルビン様はなんて素敵なのかしら!」
「けれど、本当に黒薔薇を調査されるの?」
「白銀宮が動くって相当なことよ」
「これで社交界の黒薔薇も終わりね」

 リジュアは紳士淑女から向けられる好奇や憐れみ、嫉妬の視線や会話に怯まないように、涼やかな顔のまま、夜会の会場を後にした。
 夜風がドレスの裾を揺らす。
 ようやく人目から離れ、迎えの箱馬車の扉が閉まるなり、リジュアは溜まっていた感情を排出するように深く息を吐いた。

「……本当に疲れたわ」

 言葉通り、リジュアの疲れ切った顔を見て、向かいに座る侍女のクロエが驚愕の表情を見せる。

「リジュアお嬢様がそこまで仰るなんて珍しいですね」