(……最悪だわ……)
リジュアは緩やかに笑みを浮かべたまま、内心で毒づく。
周囲の令嬢からリジュアへの殺意に似た視線が痛いほど突き刺さってきているというのに、ルビン本人だけがまるで気づいていない。
(自覚がないわけじゃなく、気づいていて気にしていないのかしら……)
どちらにしても睨まれたら終わりだという白銀宮の断罪官がリジュアと関わろうとしてくるとは。
厄介な状況であることは疑いようがなかった。
「そのお誘いはお断りしてもよろしいのかしら?」
給仕に空いたカクテルグラスを渡しながら、リジュアは涼しい顔で遠回しに拒絶を匂わせる。
相も変わらず美貌を崩さない男は淡々と返してきた。
「――追うだけだ」
「強引ではありませんの?」
「仕事だからな」
社交界の黒薔薇に白銀宮が仕事として接触する。
その事実が明らかになり、貴族たちの緊張が強まった。
「まるで、わたくしが危険人物だとおっしゃっているように聞こえますわ」
「――違うのか?」
「あいにく、わたくしへの第三者の評価はわかりかねます」
リジュアが微笑みを浮かべたところでルビンは笑い返したりしない。
ただ静かにリジュアの奥底まで暴くような鋭い視線で見下ろしてくる。
(……この男、苦手だわ……)
リジュアが見つめれば、たいていの男は視線だけで酔わされた。
勝手に欲を滲ませて、リジュアの柔肌をどうにか我が物にしようと甘い言葉を投げかけてくる。
そうなれば男の底がわかる。
けれど、ルビンからは欲の欠片も感じない。
一貫して取り澄ましている血の通わない態度を取り続けている。
「リジュア様……わたくし、何か失礼をしてしまいましたか?」
不安げな声に反応すると、今宵の主役のはずだったカリナがリジュアを大きな瞳で見つめていた。
美人と表現するよりは美少女という言葉がしっくりくる顔立ちには明らかな怯えが浮かんでいる。
社交界では、黒薔薇に目をつけられた婚約は壊れると専らの評判であり、そんな悪女が自分の婚約披露の夜会に現れたら不安にもなるだろう。
「カリナ様、そんな顔をなさらないで」
(なんて愛くるしいのかしら……!)
リジュアは内心でカリナの愛らしさに悶えながらも柔らかく微笑みかける。
「わたくし、まだ今夜は何もしておりませんもの」
カリナの顔が青ざめ、周囲からも悲鳴のような声が漏れ出た。
”まだ”ということは、これから黒薔薇は何かするつもりなのかと、観衆は勝手に憶測を膨らませてくれる。
今宵のもう一人の主役のはずだったエリオス・マッコードは冷静にその様子を眺めてから、完璧な貴公子の仮面を身に着けた。
カリナの肩へ触れ自分へと引き寄せる。
「リジュア様。我々の婚約披露の席です。どうか、これ以上、私の婚約者であるカリナを怯えさせないでいただきたい」
婚約者を黒薔薇から守る誠実な男の言葉だと誰が聞いても思うだろう。
周囲も好意的にエリオスを見つめていた。
(やっぱり……)
エリオスは外面が上手すぎる。
亡くなった姉の夫と同じ。
優しい声。
穏やかな表情。
完璧な立ち居振る舞い。
その全てが、“理想の男”として完成されすぎていた。
しかしリジュアには手に取るようにわかる。
“所有欲が滲み、女を支配する男”の触れ方。
少しずつ女の逃げ道を塞いでいく狡猾な男。
(この男、相当怒っているわ……)
エリオスの目が全く笑っていない。
自分の輝かしい経歴と約束されている未来に傷をつけてくれるなと怒りの感情を押し殺している。
「本当にエリオス様はカリナ様にお優しいのね」
「当然です。カリナが大切ですから」
「ええ。女性への口説き文句のバリエーションが豊富でいらっしゃいますもの」
エリオスの顔が凍りつく。
その表情の微細な変化をルビンだけが捉えていた。
「マッコード公爵令息」
ルビンがエリオスへと低音で声をかける。
声を発しただけでルビンは張り詰めた空気を変えた。
「これはこれは。白銀宮の断罪官殿にお会いできるとは光栄です」
白銀宮の断罪官相手にどう振る舞えばいいかエリオスは心得ていた。
「優秀な断罪官だと名高いルビン様が我々の婚約披露へ興味を持たれるとは意外ですね」
「――興味はない」
社交辞令すら切り捨てるようにルビンはエリオスと同じ温度で返答はしない。
あくまで冷ややかである。
「では、なぜお越しになられたのですか?」
「――お前は、彼女を警戒していないのか」
広間がざわめく。
エリオスは微笑を貼り付けたまま返答した。
「彼女?」
「社交界の黒薔薇だ」
しらじらしく問いかけ直すエリオスに動じず、淡々とルビンは返す。
「――婚約を破綻された男は多いと聞くが」
リジュアは緩やかに笑みを浮かべたまま、内心で毒づく。
周囲の令嬢からリジュアへの殺意に似た視線が痛いほど突き刺さってきているというのに、ルビン本人だけがまるで気づいていない。
(自覚がないわけじゃなく、気づいていて気にしていないのかしら……)
どちらにしても睨まれたら終わりだという白銀宮の断罪官がリジュアと関わろうとしてくるとは。
厄介な状況であることは疑いようがなかった。
「そのお誘いはお断りしてもよろしいのかしら?」
給仕に空いたカクテルグラスを渡しながら、リジュアは涼しい顔で遠回しに拒絶を匂わせる。
相も変わらず美貌を崩さない男は淡々と返してきた。
「――追うだけだ」
「強引ではありませんの?」
「仕事だからな」
社交界の黒薔薇に白銀宮が仕事として接触する。
その事実が明らかになり、貴族たちの緊張が強まった。
「まるで、わたくしが危険人物だとおっしゃっているように聞こえますわ」
「――違うのか?」
「あいにく、わたくしへの第三者の評価はわかりかねます」
リジュアが微笑みを浮かべたところでルビンは笑い返したりしない。
ただ静かにリジュアの奥底まで暴くような鋭い視線で見下ろしてくる。
(……この男、苦手だわ……)
リジュアが見つめれば、たいていの男は視線だけで酔わされた。
勝手に欲を滲ませて、リジュアの柔肌をどうにか我が物にしようと甘い言葉を投げかけてくる。
そうなれば男の底がわかる。
けれど、ルビンからは欲の欠片も感じない。
一貫して取り澄ましている血の通わない態度を取り続けている。
「リジュア様……わたくし、何か失礼をしてしまいましたか?」
不安げな声に反応すると、今宵の主役のはずだったカリナがリジュアを大きな瞳で見つめていた。
美人と表現するよりは美少女という言葉がしっくりくる顔立ちには明らかな怯えが浮かんでいる。
社交界では、黒薔薇に目をつけられた婚約は壊れると専らの評判であり、そんな悪女が自分の婚約披露の夜会に現れたら不安にもなるだろう。
「カリナ様、そんな顔をなさらないで」
(なんて愛くるしいのかしら……!)
リジュアは内心でカリナの愛らしさに悶えながらも柔らかく微笑みかける。
「わたくし、まだ今夜は何もしておりませんもの」
カリナの顔が青ざめ、周囲からも悲鳴のような声が漏れ出た。
”まだ”ということは、これから黒薔薇は何かするつもりなのかと、観衆は勝手に憶測を膨らませてくれる。
今宵のもう一人の主役のはずだったエリオス・マッコードは冷静にその様子を眺めてから、完璧な貴公子の仮面を身に着けた。
カリナの肩へ触れ自分へと引き寄せる。
「リジュア様。我々の婚約披露の席です。どうか、これ以上、私の婚約者であるカリナを怯えさせないでいただきたい」
婚約者を黒薔薇から守る誠実な男の言葉だと誰が聞いても思うだろう。
周囲も好意的にエリオスを見つめていた。
(やっぱり……)
エリオスは外面が上手すぎる。
亡くなった姉の夫と同じ。
優しい声。
穏やかな表情。
完璧な立ち居振る舞い。
その全てが、“理想の男”として完成されすぎていた。
しかしリジュアには手に取るようにわかる。
“所有欲が滲み、女を支配する男”の触れ方。
少しずつ女の逃げ道を塞いでいく狡猾な男。
(この男、相当怒っているわ……)
エリオスの目が全く笑っていない。
自分の輝かしい経歴と約束されている未来に傷をつけてくれるなと怒りの感情を押し殺している。
「本当にエリオス様はカリナ様にお優しいのね」
「当然です。カリナが大切ですから」
「ええ。女性への口説き文句のバリエーションが豊富でいらっしゃいますもの」
エリオスの顔が凍りつく。
その表情の微細な変化をルビンだけが捉えていた。
「マッコード公爵令息」
ルビンがエリオスへと低音で声をかける。
声を発しただけでルビンは張り詰めた空気を変えた。
「これはこれは。白銀宮の断罪官殿にお会いできるとは光栄です」
白銀宮の断罪官相手にどう振る舞えばいいかエリオスは心得ていた。
「優秀な断罪官だと名高いルビン様が我々の婚約披露へ興味を持たれるとは意外ですね」
「――興味はない」
社交辞令すら切り捨てるようにルビンはエリオスと同じ温度で返答はしない。
あくまで冷ややかである。
「では、なぜお越しになられたのですか?」
「――お前は、彼女を警戒していないのか」
広間がざわめく。
エリオスは微笑を貼り付けたまま返答した。
「彼女?」
「社交界の黒薔薇だ」
しらじらしく問いかけ直すエリオスに動じず、淡々とルビンは返す。
「――婚約を破綻された男は多いと聞くが」



