【短編】社交界の黒薔薇は、白銀宮の断罪官に何もかも暴かれる

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 三日後、レイノルズ侯爵家の庭園には穏やかな日差しが降り注いでいた。
 からりと晴れ渡った空とは対照的にガゼボには重々しい空気が流れている。
 カリナ、エリオス、そしてリジュアの三名が三角を象るように、丸テーブルを挟んで着席している。
 誰も会話を始めようとしないし、出された茶菓にも手を伸ばさない。
 緊張感が場を支配していた。

「これはどういうことかな? カリナ」

 エリオスは抑制された柔らかな声音でカリナに問う。
 完璧な貴公子の笑みを貼り付けているが、内心では冷静でいられないのだろう。
 庭園でリジュアの姿を認めた時のエリオスの動揺は隠しきれていなかった。

「エリオス様」

 カリナはその場に立ち上がり、エリオスへ視線を定める。
 その顔つきに幼さは残っていなかった。

「白銀宮のリジュア様への調査の件、エリオス様が関わっていらっしゃるんでしょうか?」

 カリナの言葉は最初から急所を突くものだった。
 
「どうして、その話を?」

 エリオスは穏やかに返したものの、質問に質問で返している粗い回答。

「わたくしが、エリオス様に疑惑を抱いたからですわ」

 カリナは遠回しな言い方はしなかった。
 徹底的に自分の気持ちと――エリオスと向かい合おうと決めた強い覚悟が伺える。

「俺も混ぜてもらっていいか」

 ガゼボへと、ゆったりとした足取りで歩み寄ってくるのは白銀宮の制服を身に纏う男。
 ルビン・レオンホープ。
 若き断罪官の登場に、エリオスの目つきが物騒に尖った。

「これはこれは断罪官殿。突然のお越しでいらっしゃいますね」

 笑みを崩さず、エリオスも立ち上がる。
 リジュアだけが腰を落としたまま、静かに状況を見守っていた。
 
「断罪官殿は招かれていないようですが」
「俺の調査案件の話だ。無関係ではない」

 カリナがルビンにも茶を振る舞うよう侍女へ伝える。
 ルビンを追い返そうとしていたエリオスはカリナがルビンの同席を認めたことで押し黙った。

「白銀宮にリジュア・ヴェリティの罪を立証する証拠が届いた」
「――そのようですね。私も風の噂で聞きましたよ。社交界は話が広まるのが速いですから」

 エリオスはすでに完璧な貴公子の顔を取り戻していた。

「けれど自業自得では? そこにいるリジュア・ヴェリティ令嬢が数々の婚約破綻に関与していたのは事実です。誰に恨まれていても不思議ではないと思いますが」

 エリオスは刺すようにリジュアを一瞥する。
 その視線に応じず、リジュアはカップに唇をつけていた。

「自業自得――か」

 ルビンは言葉を継ぐ。

「本人たちが意図的に問題を隠していても――そう言えるか?」

 ルビンは一枚の捜査資料をエリオスに手渡す。
 借金を隠していた者、婚約中に複数の女性と関係を持ち、隠し子までいた者、没落寸前で婚約者の資産目当てであった者、DV気質があり前科のある者。
 エリオスは穏やかな表情で、文字を目で追っていた。
 
「リジュア・ヴェリティの無実を証明している」

 ルビンはただ事実を提示しているだけ。
 黒薔薇を追い詰めるための証拠資料だったはずが婚約破綻の裏にあった真実を浮き彫りにした。
 文書を送った人物にしては誤算を伴う結果だろう。

「――エリオス様。あなたが白銀宮にリジュア様の証拠資料を送ったのではないですか?」

 言葉の強さとは裏腹にカリナの瞳は不安げに揺れていた。

「カリナ、どうしたんだ。どうして、そんなことを私に聞くんだい?」
 
 エリオスは紳士的にカリナへと聞き返す。

「エリオス様。質問の答えになっておりません」
「カリナ、君は少し疲れているようだ。少し休みをとったほうがいいんじゃないか?」
「どうしてエリオス様はわたくしを見てくださらないのですか?」
「私は、いつもカリナだけを見ているじゃないか」
「見ておりません。エリオス様は、わたくしの内側とは全く向き合ってくださっていません」

 必死に言葉を繋ぐカリナに対して、エリオスの表情は硬くなっていく。
 自分に従順だと思っていたカリナが反抗してきている。
 エリオスにとっては一大事だろう。

「わかった。リジュア嬢に悪い影響を与えられたんだな。だから黒薔薇には関わるなと言ったんだ」
「違いますわ!!」

 カリナの声が庭園に響く。
 周囲にいた侍女たちも思わず動作を止めるほどだった。

「どうしてカリナはわかってくれないんだ。カリナを守るために私は……」
「わたくしを守るため?」
「そうだ。君は何も考えなくていい。ただ私の言うことに従っておけば全てうまくいくんだ」

 カリナを宥めるように柔和な声色でエリオスは伝える。
 対してカリナは絶望的な顔をしていた。
 はっきりしてしまった。
 エリオスはただ自分に従うだけの妻がほしいのだと。
 カリナの心は不要なのだと。
 気づきたくなかった疑惑が確信に変わる。
 ずっと静観しているリジュアにもカリナの胸の(うち)がわかって、心が軋んだ。
 静寂が場を牛耳る。

「……申し訳ございませんが……」
「何だい。カリナ」
「エリオス様との婚約はいったん白紙に戻させてください」

 エリオスの貴公子の仮面が剥がれる。

「今のままでは、わたくしはエリオス様の妻になることはできません。お父様とお母様に相談し、正式にマッコード公爵にも通達させていただきます」
「どうして、そんなことを言うんだ。私はカリナを信じているのに」
「エリオス様が信じているのは自分の考えだけですわ。この先、わたくしの声が届かない殿方と一緒にいることは出来ません」

 カリナの大きな瞳は水膜が張ったように揺れていた。
 それでも涙は流さない。

「カリナ……」
「お帰りになってください」

 カリナはエリオスに対して深く頭を下げた。
 エリオスも愚者ではない。
 カリナの気持ちが変えられないことを悟ったのだろう。

「これだけは信じてほしい。私はカリナだけを愛している」 

 最後にそう言い残して、レイノルズ侯爵の屋敷を後にした。