【短編】社交界の黒薔薇は、白銀宮の断罪官に何もかも暴かれる

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 ルビンの再訪から早くも二日が経過した。
 リジュアは自分が白銀宮の捜査対象に挙げられているにも関わらず、穏やかに過ごすことが出来ている。
 今日も幼少期から続けている馬術のレッスンを終わらせた後は自室で紅茶を飲みながら読書をしていた。
 一方、泰然自若なリジュアと違い、落ち着いていられないのは侍女長のクロエだった。

「リジュアお嬢様。来週以降のお茶会の予定も全てなくなりましたわ」

 クロエはソファーに座るリジュアの傍らに立ち、大げさなほどに溜め息をつく。

「あら、それは時間を持て余してしまいそうね」
「今週分も含めて続々と先方都合で白紙にされました」
「では、クロエ。来週からピアノレッスンの予定を少し増やせるか先生に聞いてくださる?」
「……リジュアお嬢様」

 悔しそうなのも苦々しそうなのも面に出すのはクロエだけ。
 黒薔薇は白銀宮の正式な捜査対象。
 それは瞬く間に社交界中に広がっていた。

「皆様、お嬢様と関わることで、ご自身まで白銀宮に目をつけられるのを恐れているのでしょう」
「賢明ですわ。わたくしでも、そういたします」

 社交界は決して全てがクリーンな世界ではない。
 罪状をとられるほどに至らなくても、誰しもが叩けば多少は埃が舞う。
 王家直属特殊機関である白銀宮は遠巻きにしておきたい存在だ。
 その時、ノックの音が響いてきた。
 執事の男だった。

「リジュアお嬢様。レイノルズ侯爵家のご令嬢がお見えになっております」

 リジュアは大きな瞳を瞠る。
 カリナが事前連絡なしで、自らやってくるとは思いもよらなかった。
 クロエも驚いたようで、執事へと質問する。
 
「カリナ様お一人でいらっしゃいますか?」
「侍女を伴っていますが、彼女だけです」
「お通ししてくださる?」
「かしこまりました」

 恭しく執事が出ていくのと同時にリジュアは本を閉じ、立ち上がる。
 応接室で対面したカリナの顔色は青ざめるを通り越して血の気を失っているように見えるほどだった。
 お茶出ししたクロエが下がると、応接セットに座り向かい合ったリジュアとカリナ、二人だけの空間が出来上がる。
 思いつめた表情のカリナはリジュアが促しても紅茶のカップには手を伸ばさなかった。

「リジュア様へ白銀宮の調査が本格的に入っているとお聞きしました」
「はい。そのようでございますわ」
「わたくし、リジュア様が心配で……」

 カリナはリジュアを気遣うように表情を曇らせた。
 心から心配してくれているのだろう。
 自分に火の粉が降りかからないようリジュアと距離を置く人間とカリナは違った。
 
「先日のリジュア様とのお茶会の日、なぜかエリオス様が自宅にいらしていて……」

 リジュアもエリオスに別れ際に顔を合わせたから知っている。

「わたくしと顔を合わせた途端に、どうしてリジュア様と会っているのか聞かれて……」
「……」
「関わるなと伝えたはずだと……」
「……」
「口調は柔らかくて笑顔を向けられているのに、なぜかエリオス様の目が怖く感じてしまって、謝ってしまったんです……」

 エリオスは失敗したのだろう。
 焦りからのほんの少しの綻び。
 かられた焦燥からカリナを追い詰めた。

「わたくしが謝ると、エリオス様からも謝罪を受けたのですが……。タイミング良く白銀宮に動きがあったとお聞きしました」
「……」
「……偶然だと思いたいのですが……」

 カリナが危険を冒してでも、リジュアへ会いに来たもう一つの理由。
 すでにエリオスへの違和感は思い過せないところまで来ているのだろう。
 カリナの瞳は隠し切れない不安を語るように揺れていた。
 リジュアは優雅に紅茶を飲み干す。

「わたくしには、わかりません」

 リジュアは明確な答えは告げなかった。

「ですが、カリナ様ご自身が感じることを否定する必要はありませんわ」

 否定も断定もしない。
 あくまでカリナ本人の考える余地を引き出す。
 カリナは考え込むように視線を伏せた。
 その時、扉が叩かれ、クロエから名を呼ばれる。

「白銀宮の断罪官ルビン・レオンホープ様がお見えになっております」

 先にカリナが弾かれたように顔を上げる。

(なんてタイミングの良いこと……)

 リジュアは内心で感心しながらも通すよう依頼すると、しばらくして応接室の扉が開く。
 クロエに案内されて入室してきたルビンはカリナの姿を確認して、足を止めた。

「出直したほうがいいか?」
「いえ。例の調査報告でしたら、カリナ様にも聞いていただこうと」

 カリナの表情が強張る。
 ルビンは深く追及せずとも、状況で察したのかリジュアの隣の席へと腰を落とした。

「提出された証拠の真偽調査に動いていた」
「さすが断罪官様は仕事がお早いですわ」

 リジュアを一瞥してから、ルビンは机上へと数枚の書類を置く。
 
「――被害者とされる男たちの証言は揃っている」
「……」
「全員がお前を非難している」
「あらあら」
「だが、不自然なほど揃いすぎている」
「と、言いますと?」

 意味深にルビンの鋭い眼差しと視線が交差する。

「こちらで裏付けがとれている婚約破棄の理由を全員が語らない」

 ある者は借金。
 ある者は浮気。
 ある者は家同士の確執。
 ある者は金での前科のもみ消し。

「お前を断罪するために口裏を合わせている可能性が高い」

 ルビンの声を最後に応接室が静まり返った。
 膝の上で握られているカリナの拳が震えている。
 カリナは自分がどうしたらいいのかを整理しながら考えていた。
 この重くなった空気を終わらせたのはクロエだった。

「カリナ様。レイノルズ侯爵家から使者が来ています」
「……え?」
「急ぎでお戻りいただくようにと」

 顔色が悪い様子で、カリナは促されるままに帰宅していった。
 応接室にはリジュアとルビンだけが残される。
 窓の外ではヴェリティ伯爵家の緑豊かな庭を夕陽が紅く染めていた。

「さすが断罪官様ですわ。調査能力に長けているようで」
「真実を突き止めるだけだ」
 
 隣同士で交わされた視線。
 リジュアは自然と頬を緩めていた。
 黒薔薇と呼ばれる魔性の笑みではなく、ごく自然に。
 ルビンの鉄壁の無表情な美貌が怪訝に顰められる。
 
「――お前は怖くないのか?」
「怖い?」
「相手は明確にお前を潰そうとしている」
「自分の悪評には慣れていますわ」
「裁かれるかもしれないだろう」
「そうだとしても、姉を見てきましたから……」

 リジュアは多くを語らなかった。
 けれど、ルビンにはリジュアが何と戦ってきたのか、おおよその検討はついているのだろう。
 若くして白銀宮屈指の調査官である。
 二人はそれ以上、会話を交わすことなく、ルビンは白銀宮に戻っていく。
 カリナ・レイノルズ主催のお茶会へのお誘いがリジュアに届いたのは、その日のうちであった。