【短編】社交界の黒薔薇は、白銀宮の断罪官に何もかも暴かれる

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(まさか今日もこの場所で、この男と対面することになるとは……)

 リジュアはヴェリティ伯爵家の応接室で向かいに座る男を眺めた。
 長い足を持て余すかのように組み、応接セットの椅子へと腰を落とすルビン・レオンホープ。
 大きな窓から差し込む昼間の陽光をレースのカーテンが柔らかく遮った。

「お茶をお持ちいたしました」

 侍女長のクロエが紅茶を置いて下がっていく。
 静寂が室内を包む。
 先に口を開いたのはルビンだった。

「――白銀宮に匿名でお前の罪を立証する証拠が提出された」

 単刀直入だった。
 ルビンらしいと思いながらも、リジュアは涼しい顔で湯気が燻るカップへと手を伸ばした。

「さようでございますか」

 何一つ動揺を見せないリジュア。
 ルビンの双眸が微かに細められる。

「――驚かないのか?」
「いつか来るとは思っていましたわ」

 リジュアは紅茶の香りを楽しんでいる。
 
「だって、わたくしは社交界の黒薔薇と呼ばれていますのよ」

 リジュアの目は冷めていた。

「断罪官様のことだから調べはついているのでしょう。実際に婚約が壊れたカップルの数を」

 全てを悟っているようにリジュアは淡々と話す。
 
「むしろ今まで何もなかったことのほうが不思議ですわ」

 ルビンは黙して語らないまま、リジュアを見つめていた。

「今度こそ、わたくしを捕まえにいらしたのよね? 抵抗はいたしませんわ」
「――違う」
「……どういうことでいらっしゃいますか?」
「白銀宮は匿名の証拠を鵜呑みにはしない」
「証拠の裏付けをとりにきたのでは?」
「――言っただろう。お前を暴くと」

 どこか艶やかな低い声色。
 リジュアと交差したルビンの眼差しは何もかも見透かしそうなほど鋭かった。
 リジュアは心の内が騒ぎ乱れたのを悟られないよう表情を意識した。

「提出した人間に心当たりがあるだろう?」
「はい。ありますわ」

 あっさりとリジュアは答える。

「――誰だ」
「断罪官様もお人が悪いですわ。思い当っていますでしょう?」

 リジュアが微笑みかけても、ルビンの美貌は無表情のまま。
 それでもリジュアには通じていた。

「わたくしも随分と恨みを買っている身です。ですが、わたくしを今、一番排除したいと思っている人間なんて一人しか思い当たりません」
「俺は疑惑の段階で名を口には出せない」

 どこまでも職務に忠実な男だと感心しつつ、リジュアは企みを孕んだ目線をルビンに向ける。

(ならば、わたくしが……)

「きっと彼は気がついたのでしょう」
「……」
「自分の言動だけでは彼女を支配しきれないと」
「……」
「正式に婚姻関係が結ばれる前に、カリナ様に逃げられたら困りますものね」

 リジュアは名前こそ出さなかったが、出す必要すらない。
 ――犯人はエリオス・マッコードであると。

「推測にしか過ぎない」
「はい。おっしゃる通りですわ。ですから」

 リジュアはそこで言葉を切って間を挟む。

「断罪官様に一任いたします」
「――何をだ」
「調査です」

 ルビンの片眉が怪訝に反応する。

(珍しいわね。この極上の美貌を持つ男が表情を変えるのは)

「――だって、そういうお仕事でいらっしゃいますものね」

 ルビンはリジュアから視線を逸らさないまま沈黙を保持していた。
 ルビンの権限をもってすればリジュアを白銀宮に連行し、取り調べることだってできたはずだ。
 それをしなかったのはルビンはリジュアを黒だと決めつけているわけではないのだと。

(賭け、でしかないけれど)

 互いの視線を静かに絡ませたまま、時間だけが音もなく過ぎていく。
 先に口を開いたのはルビンだった。

「一つ聞かせてもらおうか?」
「何でしょう」
「なぜ、お前がそこまでする」
「そこまで?」
「お前が黒薔薇と呼ばれるに至った行動をとり続ける理由だ」
「殿方がわたくしに夢中になって、何組も婚約が壊れたからでは?」
「表向きは――な」

 ルビンのポーカーフェイスは変わらないままなのに、リジュアに向けられる碧眼だけが妙に熱を帯びていた。
 本当に全てが暴かれてしまいそうなほど、鋭くリジュアを見つめている。
 
(この男に目をつけられたら、逃れられない……)
 
 最初にルビンへと感じた直感は間違いではなかった。
 リジュアは視線を解くように、瞼を伏せる。

「……助けられなかったから……ですわ」

 たった、一言。
 控えめに落とす。
 姉の名も、過去も語らず、それだけ。
 ルビンなら理解するだろうと、リジュアはなぜか信じて疑わない。
 リジュアの思った通り、ルビンは質問を重ねてはこなかった。