カリナの返答には時間がかかった。
リジュアは続きを促さずに、ただ待つ。
カリナが自分の気持ちを整理して話せるまで。
「とても、お優しい方で、以前からエリオス様のことは素敵な貴公子だと憧れておりました」
「ええ」
「そんな方との縁談がまとまって、わたくしのことを大切にしてくれて、夢見心地でいました」
リジュアは静かに紅茶を口に運びながら、カリナの話に耳を傾けていた。
「ですが、」
カリナが浅く俯く。
ようやく違和感を口にしようとしている。
それはカリナにとって恐怖を伴うことだろう。
「最近、エリオス様を怖いと感じることが何度かありまして……」
「怖い?」
「いえ、エリオス様が何か悪いというわけではなく……」
カリナが慌てたようにリジュアへと視線を向ける。
その澄んだ瞳が潤んで揺れていた。
『あの人は悪い人じゃないの』
亡き姉であるユウォンの声が脳裏をよぎる。
リジュアの胸の奥が痛みを訴えた。
「ただ……誰と最近会ったとか、何をしていたとか、エリオス様から頻繁に聞かれるようになって」
(やっぱり……)
女を支配しておきたい男の片鱗を見せ始めてきた。
行動を把握しておきたい。
交友関係を狭めておきたい。
自分へと依存させたい。
婚約を取り付け、カリナは自分のものであると所有できる確信が出来てきたから。
「昨日の夜会の後、リジュア様は思っていた方と違う気がするとエリオス様に申し上げたんです」
カリナは長い睫毛を伏せた。
「そうしたら、もう二度と関わるなと言われました」
「なぜですの?」
「危険な方であるから……と」
「……」
「もちろんエリオス様がわたくしを心配してくださっているのはわかるんです」
「……」
「リジュア様の前で失礼ですが、”社交界の黒薔薇”の評判はわたくしも存じ上げていますので……。エリオス様はお優しい方ですから」
「カリナ様は、その時どう思われたのでしょうか?」
「え……?」
静かにカップを置いたリジュアへとカリナは顔を上げる。
「率直にお話してくださって構いませんわ」
リジュアの柔らかな声音にカリナは口を噤んだ。
自分の気持ちを考えている。
「……わたくしの話を聞いてくれなくて寂しかったです」
カリナは自分が抱いた感情にあてはまる言葉を慎重に探している。
「心配してくださっているのに……悲しかった……」
リジュアはその戸惑いも、優しく受け止めて聞いていた。
リジュアの姉・ユウォンは違和感から目を逸らすことを選んでしまった。
夫は正しく、自分が間違っている。
そう思い込んで、自分の思考を停止させてしまった。
「わたくしの姉が、」
不意にリジュアが口を開く。
「とても素敵な殿方と結婚しました」
リジュアの目は遠く虚空へと向けられている。
カリナはリジュアをじっと見つめていた。
ルビンも黙って耳を傾けている。
「優しくて誠実で評判の良い方で、姉は本当に幸せそうでした」
「素敵なお話です」
「ええ。当時のわたくしも、そう思っていました」
リジュアの話し方が過去形であることに気がつき、カリナの表情が強張る。
「姉の笑顔は変わっていきました」
「笑顔が変わる?」
「無理をして笑っているような不自然な笑顔です」
「……」
「それでも姉は言い続けていました。『夫は優しい人』であり『悪い人ではない』と」
わかりやすくカリナは肩を丸めた。
自分と重なる部分があると。
「姉は最期まで、そう言っていました」
姉ユウォンが病死していることは告げなかったが、読み取れはするだろう。
カリナ自身に考える余地だけを残す。
本人が向き合わなければ意味がない。
自分の違和感と。
そして婚約者と。
「……自分の気持ちだけは見失ってほしくないと思っています」
リジュアの声色の優しさにカリナの瞳が揺れた。
「愛する人のことを信じられなくなったとしても……でしょうか?」
カリナの声は震えていた。
「愛する人を愛することと、愛する人の全てを盲目的に肯定することは違うと思いますわ」
カリナはリジュアに言われたことを真剣に考えているようだった。
そして、日が少し傾き始めた頃にお茶会はお開きになる。
カリナの見送りを辞退したリジュアは、送迎の馬車が待つ車寄せへと足を向けていた。
「……少しはカリナ様に届いたかしら」
「――ああ。そうだな」
ひとり言のつもりが、斜め後方から低い声に返される。
「断罪官様。調査は進んでいらっしゃいますか?」
リジュアは歩みを止めないまま振り返り、わざと大げさにルビンへと微笑みかける。
「……」
ルビンはポーカーフェイスでリジュアを見つめ返してきた。
「――お前の姉が病死していることは知っている」
リジュアは続きを促さずに、ただ待つ。
カリナが自分の気持ちを整理して話せるまで。
「とても、お優しい方で、以前からエリオス様のことは素敵な貴公子だと憧れておりました」
「ええ」
「そんな方との縁談がまとまって、わたくしのことを大切にしてくれて、夢見心地でいました」
リジュアは静かに紅茶を口に運びながら、カリナの話に耳を傾けていた。
「ですが、」
カリナが浅く俯く。
ようやく違和感を口にしようとしている。
それはカリナにとって恐怖を伴うことだろう。
「最近、エリオス様を怖いと感じることが何度かありまして……」
「怖い?」
「いえ、エリオス様が何か悪いというわけではなく……」
カリナが慌てたようにリジュアへと視線を向ける。
その澄んだ瞳が潤んで揺れていた。
『あの人は悪い人じゃないの』
亡き姉であるユウォンの声が脳裏をよぎる。
リジュアの胸の奥が痛みを訴えた。
「ただ……誰と最近会ったとか、何をしていたとか、エリオス様から頻繁に聞かれるようになって」
(やっぱり……)
女を支配しておきたい男の片鱗を見せ始めてきた。
行動を把握しておきたい。
交友関係を狭めておきたい。
自分へと依存させたい。
婚約を取り付け、カリナは自分のものであると所有できる確信が出来てきたから。
「昨日の夜会の後、リジュア様は思っていた方と違う気がするとエリオス様に申し上げたんです」
カリナは長い睫毛を伏せた。
「そうしたら、もう二度と関わるなと言われました」
「なぜですの?」
「危険な方であるから……と」
「……」
「もちろんエリオス様がわたくしを心配してくださっているのはわかるんです」
「……」
「リジュア様の前で失礼ですが、”社交界の黒薔薇”の評判はわたくしも存じ上げていますので……。エリオス様はお優しい方ですから」
「カリナ様は、その時どう思われたのでしょうか?」
「え……?」
静かにカップを置いたリジュアへとカリナは顔を上げる。
「率直にお話してくださって構いませんわ」
リジュアの柔らかな声音にカリナは口を噤んだ。
自分の気持ちを考えている。
「……わたくしの話を聞いてくれなくて寂しかったです」
カリナは自分が抱いた感情にあてはまる言葉を慎重に探している。
「心配してくださっているのに……悲しかった……」
リジュアはその戸惑いも、優しく受け止めて聞いていた。
リジュアの姉・ユウォンは違和感から目を逸らすことを選んでしまった。
夫は正しく、自分が間違っている。
そう思い込んで、自分の思考を停止させてしまった。
「わたくしの姉が、」
不意にリジュアが口を開く。
「とても素敵な殿方と結婚しました」
リジュアの目は遠く虚空へと向けられている。
カリナはリジュアをじっと見つめていた。
ルビンも黙って耳を傾けている。
「優しくて誠実で評判の良い方で、姉は本当に幸せそうでした」
「素敵なお話です」
「ええ。当時のわたくしも、そう思っていました」
リジュアの話し方が過去形であることに気がつき、カリナの表情が強張る。
「姉の笑顔は変わっていきました」
「笑顔が変わる?」
「無理をして笑っているような不自然な笑顔です」
「……」
「それでも姉は言い続けていました。『夫は優しい人』であり『悪い人ではない』と」
わかりやすくカリナは肩を丸めた。
自分と重なる部分があると。
「姉は最期まで、そう言っていました」
姉ユウォンが病死していることは告げなかったが、読み取れはするだろう。
カリナ自身に考える余地だけを残す。
本人が向き合わなければ意味がない。
自分の違和感と。
そして婚約者と。
「……自分の気持ちだけは見失ってほしくないと思っています」
リジュアの声色の優しさにカリナの瞳が揺れた。
「愛する人のことを信じられなくなったとしても……でしょうか?」
カリナの声は震えていた。
「愛する人を愛することと、愛する人の全てを盲目的に肯定することは違うと思いますわ」
カリナはリジュアに言われたことを真剣に考えているようだった。
そして、日が少し傾き始めた頃にお茶会はお開きになる。
カリナの見送りを辞退したリジュアは、送迎の馬車が待つ車寄せへと足を向けていた。
「……少しはカリナ様に届いたかしら」
「――ああ。そうだな」
ひとり言のつもりが、斜め後方から低い声に返される。
「断罪官様。調査は進んでいらっしゃいますか?」
リジュアは歩みを止めないまま振り返り、わざと大げさにルビンへと微笑みかける。
「……」
ルビンはポーカーフェイスでリジュアを見つめ返してきた。
「――お前の姉が病死していることは知っている」



