ころがるブルジョア

「怒鳴っちゃいかん」

建一郎は和加沢に注意を与えた。
時は例のトーナメント一回戦を迎えている。

「指示を出すだけに(とど)めろ!」

監督はコーチを教育した。
日本人の多くは真面目である。故に緊張している子供に叱咤は逆効果である。

「いいゾ。今まで通りにプレイしろ」

建一郎は常に立ったまま選手達に激励を送る。
練習で積み重ねたモノでさえ、試合という大舞台では発揮され難い現実がある。
それをゲームの中で、ひとつでも多く達成させるのが首脳陣の役目でもあるのだ。
ましてや、今大会はトーナメント。
負けたら終りだ。
たったひとつのミスでさえ、試合の流れを変える事さえある。

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田中(たなか)を入れる」

建一郎は四年生のDF(ディフェンダー)出場準備(アップ)を命じた。
この前、視察した時には敵は、ツー・トップだったのだが今日は、その形を崩しFW(フォワード)を三人入れている。

「あの十四番に着け!」

指示を出してグランドに入れた。
当然、開始10分の交代はPTAを怒らせる。退出(アウト)したのは他ならぬチーム役員の子だったのだ。急ぎ和加沢が、その親元へ向かってゆく。

「どうして、10分で交代したのか、説明して欲しい・・と」

和加沢が、その父兄の為に建一郎の所に聴聞に来た。

「相手のストライカーを抑えたい。
 その為に今回はマン・ツー・マン守備(ディフェンス)を使う。
 それによりMF(ちゅうばん)の中で守備力の弱いオタクの御子さんを下げたーーそう伝えてくれ・・」

建一郎はグランドから目を離さず、そう答えた。
和加沢は、それより優しい言い方に翻訳して父兄に説明し始めていた。

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「ちょっと、ヒドイやないですか!」

その交代させられた子の親は関西弁だった。
夫の転勤により、この地に移った女性らしい。ハーフ・タイムを迎え選手達に大事な指示を与えている最中だった。

「倉本!」

建一郎は倉本に代役を求めた。

「何やの! この人」

関西女は()()()()()()()()と引き下がらない。どうやら自陣に敵を作ってしまった。

「よっしゃ!」

後半、間も無くコーナー・キックから、先取点を取った。
1対0ーー均衡を破った。
ベンチ脇では相変わらず倉本と関西女がやり合っている。

(これで逃げ切れるか?)

そんな甘いモノではない。
時間はタップリある。
これからが本当の正念場になると思えていた。

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「辞めさせて貰いますって帰っちゃったよ」

倉本が関西女の決断を建一郎に伝えた。

「自分は選手達には通じてると思う」

建一郎は()()()グランドから目を離さずに、そう発していた。
その所以(ゆえん)は会場を見れば、ひと目で判る。大会の登録から()れた少年達が、それぞれの自転車で応援や見学に駆け付けていたのだ。

「うれしいじゃねェですか!」

建一郎は倉本に心から、そう述べておいた。

「あちゃあァ・・」

建一郎達は天を(あお)いだ。
相手のCF(センターフォワード)の個人技により、同点ゴールを許してしまったのだ。

「しょうがない、しょうがない」

選手達が顔を下に向ける前に建一郎は彼達を励まし続ける。

「圧到的に上手く()()()()()!」

元より勝った事の無いチームなのだ。
彼は叱る気など全く無く、そう云い足して止まない。

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渡辺(わたなべ)を入れる」

点を取られたら取り返す。
建一郎は五年生の小柄ながら、テクニックのある選手を投入した。
試合も残すところフル・タイムの四分の一しか無い。
相手も疲れてきているだろうからドリブルの上手い選手でチャンスを作る手に出だ。

「いいゾ」

渡辺は敵陣で再三、スルー・パスを放った。

ーーちょっと待ったーー

相手にゴールを許したが、どう見てもオフ・サイドだったので主審に抗議をした。
しかし、判定はオン・ゴール。
線審が前の試合の父兄だったので、誤審が生じてしまった。

(やはり、ライン・ディフェンスは危険か?!)

渡辺を入れた時、DF(ディフェンダー)をひとり下げていた。

(このままでは負ける)

建一郎は次の手を打たねばならなかった。

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大山(おおやま)、行くゾ」

六年生でGK(ゴールキーパー)をやっていた大柄な彼を呼んだ。しかし今日はフィールドのシャツを着ている。

「オマエの頭に(みんな)がボールを集める」

建一郎は、そう云って彼をCF(センターフォワード)の位置に入れた。いきなりコーナー・キックという場合で、彼のヘディングが炸裂し、ゴールポストを、直撃した。

「あっ・・」

ベンチは()め息をつき、行方を見守っていた。

「ピッ・ピッ・ピー」

無念にも主審は試合終了の(ホイッスル)を吹いた。

「ありがとうございました」

敵の選手達が挨拶(あいさつ)を済ませた後、少年達がいつもより晴れやかな笑顔で声を張り上げた。

「御疲れさん」

そう云って登録をした全員に建一郎と倉本は握手を交わし健闘を讃えた。
ベンチ脇には見学に来た子供達も、この善戦を称賛に現れている。

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「約束どうり、出てない選手の為に次週、練習試合を組んだ」

建一郎は皆の前で報告をした。

「ーー監督、辞めちゃうんですか?」

ゲーム・メイクをした川田(かわだ)が、尋ねていた。

「ーー」

建一郎は、答えられなかった。

「後任は、この和加沢コーチがまた引き継いでくれる」

倉本は()むに已まれず、そう返しておいた。

「監督、またトップ・チーム作ってよ!」

タカヒロが発した。
彼は今日、登録されてはいなかった。
よって当然、ユニホーム姿で、そこには居ない。
知佳は少し離れた場所(ところ)で、それを見守っていた。
ひとりずつ、少年達が同意をするかの様に、建一郎達のまわりに集まってゆく。

「また、あのドリブル、教えてよ」

タカヒロの心は純なモノだった。
ダレだって強く上手くなりたいのだ。

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「オレ達、いつも負けてばっかで学校では肩身の狭い思いをしてて・・。同時に父ちゃんがサッカー知らない人だから全然、上手くなんねェし、(みんな)から怒鳴られるし。でも、倉本のオジちゃんが来てから、何だかサッカーがおもしろいモンだって、気がしてきて、オレも絶対いつか上手くなるって本当、そんな感じになってて・・」

タカヒロは思わず発していた。倉本は嬉しくなって彼の額に自身の額を擦り合わせ、涙した。

「キミ達と会えて良かった」

建一郎は伝えた。

「ーー」

少年達は別の答えを待っている。

「しかし今日、辞めてしまった人もいるし、この会場に来ていないメンバーもいる。
 我々は続けたかったが、それに納得・出来ない人達も居るんだ。
 我々の反対側に居るからと云って、決して、その人達は悪ではないんだ」

建一郎は少年達の心に問い掛けていた。

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「なんか、やり残した事が判ったよ」

試合会場を後にした車の中で建一郎は告げた。

「まだ、未練が有んのか?」

ハンドルを握りながら倉本は、そう尋ねた。

「違うよ」

「じゃぁ、何なんだよ」

直接ホテルに向かう4WDには彼達以外、ダレも乗せていなかった。
当然、今日の建一郎は助手席に座り将棋ゲームなどは一切していない。

「本当の自分が判ったんだよ」

信号待ちになったところで建一郎は答えた。

「本当の自分ねェ・・」

倉本は会話の行方が見当たらないので、少々、気の抜けた云い方をした。

「もとより、我々は金を動かすなんて(たい)して好きではなかったんだよ」

建一郎は遠くを見ながら明るく述べた。

「まぁな」

倉本は、そう返して車を再び走らせてゆく。

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「結局、後悔している事に気付けたんだろ」

自身の後頭部に両方の手の平を、そっと当てがいながら、建一郎は答えていた。

「後悔・・?」

倉本は相変わらずだ。

「自分のサッカーに対する可能性を全て知り得ていないーーという後悔さ」

「まぁ・・そうだろうな」

倉本は何と無く、判った気がした。
車が渋滞に()まり会話は一時、途切れてゆく。

「逃げてたんだなァ・・」

建一郎は沈黙を破り呟いた。

「そうだよ」

倉本は片手を口元に持っていって、そう答えてやった。

「イデオロギーというヤツに負けてオマエは、ずっゥゥと逃げてたんだよ」

今度は倉本が、やや強めに説きだした。

「そっちだって・・多少はそうだろ?」

建一郎は軽く笑って彼に云い返しておいた。

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「暗い過去から逃げ続けて・・要領の()い方へ良い方へって、自分を追いやってたんだな」

倉本は遠慮なく、そう切り出した。
何しろ、それは自分自身の事でもある。
要するに好きでもない不動産業に手を染めた過去を意図的に攻めるモノでもあった。

「金なんて大したモンじゃなかった」

唇を噛み締めながら倉本は更に発した。
無ければ無いで切実なる問題なのだが、今の彼は()えて、それを否定する。

「早い話、サッカーで後悔した事はサッカーでしか克服・出来ないーーっていう事だろう。
いっくら他で成功しても、いっくら金が余っててもーーその事は、その事でしか穴埋め出来ないーーって話だろう」

ここ数日、肌で感じた哲学を建一郎は生きる指針に変えて、モノにする事が出来ていた。
金を手にして、空しかった自分は既に把握・済みで人生の達人ではなく、勘違いしていた凡人に過ぎなかったと気付き、納得も出来ていた。

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「もっと自分を信じてやれば良かったんだよォ・・」

倉本はタバコで辞めさせられた自身に、敗者復活の場を自身の手で探し当てるべきだったーーと付け加え、深く嘆いていた。
学校体育でダメになったからといって、人生・全てがダメになった訳ではない。

(今から思えば、たかが学校なんだよな・・)

”学校を人生の基準と化し過ぎた” 男の過ちだったと云えよう。

「やっぱり、80年代ーーという時代に、呑まれてたんだな」

建一郎は他者をも否定した。
”ステイタス” ”安定感” などの、すぐ手に取れる表面的なモノに向かって走り過ぎた。

「だから、こんな遠まわりしたんだな・・」

彼達はもう、後ろを見るのは辞めようと付け加え、合意して話の方向を変えた。

「克服したんだ・・明日を生きよう」

いつしか車は渋滞を抜け快く走りだしていた。

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ーー旅立ちの日ーー

ホテルの駐車場にて建一郎と倉本は荷物を、4WDに積め込んでいる。

「本当に行ってしまうのね」

知佳が彼達に尋ねた。
密かに倉本が彼女に旅立ちの日時を伝えておいたのだ。

「地元に帰ってクラブを作るつもりなんだ」

笑顔で建一郎は返答していた。
晴れ渡る空はふたりの門出を祝うかのようだ。

「行かないでよ、おじちゃん」

タカヒロが叫んだ。

「行かないでよ」

サッカー・ボールを抱えながら張り上げた・その声はふたりを苦しめた。
建一郎は倉本と目を見合わせて何か云おうとするが、言葉に出来ない。

「何で、辞めちゃったんだよ」

聞き訳の無い事を彼は今更ながらに尋ねていた。
何と無く、居合わせた四人は涙目に変わる。

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「監督、オレ達からも頼むよ」

幾人かの少年達が、そこへ引き止めに来た。

「ーーみんな、ありがとう。
 こんなに心が純粋になったのは久しぶりだ」

建一郎は包み隠さず感謝の意を述べだ。

「でも、前に云ったとおり我々が続ける事は出来ない。その分、和加沢コーチに全てを託しておいた・・どうか安心してくれ」

建一郎は一冊の指導書を作り和加沢に、手渡した事も付け足した。

「いつか、試合をしよう」

数人の子供達は下を向いていた。倉本のその問い掛けは逆に切なさを生んでゆく。
それだけ、彼達の指導がサッカーの()()()を拡大していたのだろう。

「オレ達も1から始める。互いに競争だ!」

泣いてはいなかったが少年達の目は、かなり赤く潤んでいた。倉本はそう云いながらも、その言葉が彼達に全く届いていない事を肌で感じ取れていた。全く別れとは酷なモノだ。

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「最後にひとつ明かそう」

建一郎は、そう云って語り始めた。

「ある父兄さんから、こう云われた。
 ”どうせ全員がプロになれないんなら、いっそ楽しくやったら、どうか” と。
 しかし我々は反論した。
 ”確かにそうだが問題は、それに向かって努力する毎日を作れるかどうかだ” と・・
 我々は、この信念だけは、どうしても捨てれなかった」

建一郎は強く明るく述べて、皆の目を見た。

「ただな、それぞれが職業として、やってみたい何かが決まった時、サッカーを辞める時が来るかもしれない・・
 その時に、サッカーで貫いた情熱を決して、忘れないで欲しいんだ。
 努力する事、工夫する事、最後まで諦めない事ーー
 倉本のおじちゃんからは、それだけだ」

彼は建一郎の云った内容を噛み砕いて伝えた。
今までで一番、哲学的な事を云ったといえよう。

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「志のもと、人を集めたい」

新しいチームの方針を報告して、建一郎と倉本は車に乗り込んだ。

「おじちゃん、チーム作ったら絶対、試合ね」

タカヒロはエンジンをかけ始めた4WDの運転席の脇から、そう呼び掛けていた。

「絶対、連絡してよ!」

少年達が、そう云いながら車に群がった。
軽くクラクションを鳴らして、倉本は車を出した。サヨナラとダレもが云わなかった。

「これで、よかったんだよ」

車中の建一郎は倉本に問うた。

「ーー」

「何だ・・泣いてんのか?」

建一郎は、そこまで尋ねて黙っておいた。
思わぬ大金を手にし、無気力に陥ったふたりにモチベーションを与えたサッカーは、彼達の人生に於ける()()()()の青春であった。

「勝ち逃げしなくて、よかったよ」

そう建一郎は独り言を呟いて大空を車窓から清らかに見上げていった。

(完)