【完結】廃部寸前の料理研究部。振る舞うのは今日も一人です。【短編】

 昼休みに家庭科室に行くと、秋扇よりも先に三好が頬杖をつきながら家庭科室で待っていた。秋扇が家庭科室の扉を開けた瞬間、待ちきれんとばかりに椅子に座っていた三好は勢いよく立ち上がる。

「朝はマジでありがとう! 本当に美味かった!」
「いや、僕こそ急にごめん」
「全然! あの後”どうやって秋扇を落としたんだよ”って言われて大変だったよ」
「えぇ……ごめん」
「逆に俺が胃袋を掴まれたんだよって言い返しておいたわ!」
「え! そんなこと言って大丈夫なの?」
「大丈夫だろ! 事実だし。それで今日は何作ってくれんの?」
「今日はカツ丼にする予定だよ。でも揚げ物は先生が来てからじゃないとやっちゃいけないから、それまでは別のものを準備するね」
「先生ぃ?」
「そうだよ! この料理研究部の担当顧問の植田先生」
「ふ~ん」

 三好は興味があるのかないのかわからない曖昧な返事をするが、秋扇はそれを一切気にしていないのか、黙々と準備を進める。
 家庭科室には炊飯器が無いため、フライパンでご飯を炊くのだが、三好はフライパンでご飯を炊くことができることを知らなかったのか、興味津々に覗き込むようにして見てくる。それに対し「昨日も見たじゃん」と言って大人しく席に座っておくようにいうが、あまりの楽しみにじっとしていられないのか「人が作ってるところ見る機会って今までなかったから……」と返されてしまった。
 そんなことを言われてしまっては、家庭の事情を知ってる秋扇は無理に引き離すことはできないだろう。「……危ないから触ったりしないでね。見るだけだからね!」と三好を甘やかす。
 バットを三つ用意し、薄力粉、溶き卵、パン粉をそれぞれ流し入れると、叩いて平たくした豚のロース肉にそれらを纏わせるとカツを揚げる手前までの準備を進め、キャベツを慣れた手つきで千切りにしていく。
 そんな秋扇の姿を三好は「すげー」や「そうやるんだ……」などと感心を口にしながら見守っていた。
 あとは揚げるだけとなったタイミングで家庭科室の扉がガラガラと音を立てながら開く。

「すまん! 遅くなったか?」
「全然です! むしろちょうどいいくらいの時間です! あ、三好くん。こちら料理研究部の顧問の植田先生です」
「どうも。三年三組の担任をしている植田です。二年の三好くんだよね。初めまして」
「は、初めまして。二年一組の三好倫也です。よろしくお願いします」
「あれだろ? 真黒が作ったご飯食べてるんだろ?」
「え、あ、はい!」
「まぁいいか。本当は生徒同士で金銭を介した関係は良くないんだが、ご飯ならいいだろ。真黒もそれで金儲けしようとしてるわけじゃないし」
「ありがとうございます! 先生から許可も降りたしこれで大丈夫だね! じゃあ揚げ物していいですか?」
「いいぞー」

 三好は元気よく「ありがとうございまーす」と言うのを横目に、秋扇は油を熱し、準備をしていた後は揚げるだけのカツを一気に油の中に入れていく。その枚数なんと二枚だ。
 揚げたばかりとは打って変わり、ほんの少しだけ揚げているときの音が高くなった瞬間に秋扇は一度キツネ色のカツを箸で掴み、一度空気に触れさす。それを何度か繰り返し、完璧に火が通ったタイミングを今まで培ってきた感覚でだけ探り当てる。
 揚げ終えたカツをまな板の上に乗せると、ザクザクと音を立てながら均等の幅に切っていく。
 水、みりん、料理酒、醤油、砂糖、顆粒出汁を合わせた液の中にスライスした玉ねぎを入れ一度煮立たせる。その中に先ほど均等の幅に切ったカツを二枚とも投入し、溶き卵を回し入れる。卵が半熟になったところで火を止め残しておいた溶き卵を再度回し入れ蓋をする。
 その間に大きめの丼にフライパンで炊いたお米を入れると、いい感じに火の通ったカツとじをご飯の上に乗っける。
 それだけでも美味しそうなのだが、秋扇はそれだけでは留まらず、溶き卵を作る際に残しておいた卵黄を一つ。カツの上に落とす。

「どうぞ」

 目の前に出された美しいと感じるほどのカツ丼に、三好はただただ目を輝かせていた。

「い、いいのか?」
「そりゃね……。三好くんのために作りましたから」
「い、いただきます……」

 三好はいつものように大きな音を立てながら両手を顔の前で合わせるかと思いきや、今日はゆっくりと手を合わせ、本当に食べていいのかと少し躊躇しながらも箸を手に取った。
 箸を入れるだけですんなりと切れてしまうほど柔らかいカツと半熟の黄金に輝く卵と一粒一粒が立っているお米を一緒に口へと運ぶ。
 そのあまりの美味しさに、口に入れた瞬間三好は目を見開き、秋扇とカツ丼を交互に見る。秋扇は目が合うと「美味しい?」と語りかける。それに対し「うまい。まじでうまい」と口いっぱいにカツ丼を流し込みながらそう伝えるのであった。

「うまそうだな……」
「先生にはあげません! これは俺のです!」
「なんだよ……なぁ真黒! 俺にも作ってくれてもいいんだぞ!」
「その時は先生であってもお金取りますよ?」
「お前ら……冷たすぎないか?」

 そんな会話をしながら、植田先生も持参していたお弁当を広げると、三人で昼食を取ることにした。
 三好は久々に食卓を囲んで食事を摂ることに対し、目頭が熱くなるのを感じるも、今は涙を流すことより、笑顔を絶やさないことを優先した。


 * * *


 野球部の練習を終えた三好が家に帰り着くと、すでに他の三人は夕飯を食べ終えているのかリビングでサブスク登録しているであろう何らかのネット番組を視聴しているところであった。
 三好はそんな三人の姿をみて「ただいま」と声を掛けることはない。それに対し三人も「おかえり」と声を掛けることもない。これが三好家の普段の姿であった。
 三好は冷蔵庫の中や鍋に入っていた残り物を皿によそい、電子レンジで温め直した後それを自室へと運ぶ。ため息交じりに服を脱ぎ捨てながら、そのなんとも言えない食事を前に三好の気分は落ち込んでいく一方であった。
 普段は栄養を補給するためだけの行為であった食事が、本当は楽しいものだと知ってしまった三好にとって、一人自室で食べるご飯がこんなにも冷たく、こんなにも美味しくないものだと気づいてしまった。
 そんな三好はお腹が空いているのにもかかわらず、箸を持とうとしない。

「早く秋扇のご飯が食べたい……」

 そう口にしてしまうと、三好の頭には秋扇のあの柔らかい表情と秋扇の作ってくれたご飯でいっぱいになっていた。それだけで先ほどまで空いていたはずのお腹は、食べなくてもいいかなという感覚にまで変化を起こしていた。
そんな三好は自分にご飯を作ってくれることだけではなく、食事がこんなにも楽しいものだと言う事を教えてくれた秋扇のコトを考えずにはいられなくなっていた。

「あぁこれ……そうか。俺、秋扇のことが好きなんだ」

 三好は温めたご飯に手を付けることなく、服を脱ぎ捨てた状態のままでベッドに倒れ込む。

「ヤバっ……全力で走った後より心臓バクバク言ってるわ」

 そう言って三好は自分の胸に手を当てると、「あぁやっぱ好きだな」とこぼし、そのまま目を閉じた。


 * * *


 秋扇と三好は昼休みを毎日共に過ごすようになっていた。
 たまに植田先生が来るため、その時は三人で食事を摂る。
 そんな秋扇と三好であったが、植田先生の一言で箸の動きを止めることになった。

「そういえばお前達、夏休みはどうするんだ?」
「「え?」」

 植田は教師という立場から二人の家庭環境を知っているため、昼食の許可を出しているのだが、そんな二人が夏休みという長期の休みをどう過ごすのか気になっていた。
 しかし直接的に提案をすることはなく、あくまでどうするのかと質問を投げかける程度だ。生徒の味方ではあるものの、全面的に協力をするわけではない植田はただの傍観者のごとく、気になったから質問したという、そんな感じのスタンスだ。

「えっと……」
「真黒は一応部活として学校に来るのはいいが、それも俺が学校に来ているときだけだ。一応火気を扱うからそこは守ってくれ。三好に関しては野球部はほぼ毎日部活だろ? これまで通り、真黒の作るご飯を毎日食べに来るとかはできないぞ?」

 それを聞いた秋扇は植田先生に対し、質問を投げかける。

「……生徒の家に生徒が泊まりに来るのはありですか?」
「構わんぞー」

 秋扇は植田先生の回答を待ってから、三好の方へと体を向ける。

「なら三好くん。よかったら僕の家にこない? 僕の両親、家にいないんだよね」
「え?」
「いいですよね、先生?」
「んー。本来なら親御さんの許可を取ってからって言いたいが、二人の場合はそうも言ってられないもんな。まぁいいか。高校生も十分大人だろ! しかし警察のお世話になったり、学校に迷惑かけるようなことはするなよ!」
「ありがとうございます! どうかな? 三好くん」
「いいのか?」
「もちろん」
「宿題もちゃんと進めるように!」
「「はい」」

 秋扇と三好は顔を見合わせる。
 二人の表情は喜びと期待で満ち溢れていた。