真黒が学校に着くと、まだ三好は教室には来ていないようであった。
三好は野球部であり、朝練がきついと漏らしていたことを思い出す。そのためいつもHRが始まるギリギリに教室へ駆け込んでくるのだ。
しかし駆け込んでくるのは三好だけではない。真黒と三好のクラスである二年一組には三好以外にも三人の野球部員がいる。
加藤、島田、栗原の三人である。
そんな三人と三好は四人揃ってHRが始まるほんの数秒前にクラスの扉を勢いよく開けるもんだから、最近では扉を締めることなく開けておくことが多い。またそんな四人がHRの始まりを告げるチャイムが鳴り終わる前に教室に駆け込めているかを見守るのがこの二年一組の朝の行事にもなっている。
「へい、間に合ったぁー」
「俺もセーフ!」
「俺もぉ!」
「マジのギリギリセーフ!」
今日も今日とてその四人はチャイムが鳴り終わるコンマ数秒前に教室に入る事ができたのだが、桜島高校二年一組の学級担任である常磐先生はそんな四人を見て「もう少し静かに入ってこれんのか」と少し呆れた様子で言い放った。
そんな常磐先生の小言に慣れている四人は「へいへい」とまるで返事をする気がないような返事をしたかと思えば、スクールバッグの他に部活で使うのであろう大きなスポーツバッグを持ち上げ、それぞれの席へと着く。
常盤先生もそんな四人の態度には慣れているのか「全く……」とため息交じりにそう呟いたかと思えば、何事もなかったかのように出席を取り始めた。
ちなみにここまでがこの二年一組の朝のテンプレートである。流石にもう見慣れてしまった光景のため、今となっては笑いすら起きないが、二年に進級したばかりのときは効果音にドッカーンと聞こえてきそうなほど笑いが起きたものだ。
真黒はそんなコトを考えながら三好に話しかけるタイミングを見計らっていた。
しかし真黒の席は教卓の目の前という、誰しもが座りたくないと思う席に座っている。一方の三好は五列ある内の真ん中の列の最後尾という位置に席がある。
そのため真黒が三好に話しかけに行くには一番後ろまでいかないといけないわけだ。
だが真黒と三好にはこれと言って接点がない。同じクラスメイトというだけで、これまで大きく関わったことはないのだ。そんな真黒が急に三好に話しかけに行くなど、クラスで何があったんだと話題になるかもしれない。
そもそもの話、真黒に友達がいないわけではない。同じクラスでも話す友達はいるのだが、三好とはグループが違う。それこそ三好は野球部のエースというポジションでありながら、学校中が話題にするほどの顔面偏差値の高さを有している。そのため彼の周りには自然と人が集まってくるわけで。人はそれを陽キャと呼ぶのだろう。
片や真黒はというと、男女共に分け隔たりなく会話をするタイプではあるものの、基本的に受け身である。そのため話しを振られれば話すが、自分から話を振ることはほとんど無い。さらに言えば真黒はクラスでも常にレシピ本を開いてそれを熟読しており、クラスでは「真黒はまたレシピの考案中か?」なんて言われるほどだ。
そんな真黒は授業と授業の間にある休憩時間でチラチラと三好のコトを見ては、話しかけるタイミングを伺うも、常に誰かと喋っているようで声をかけるタイミングが無い。
そしてタイミングを得ることができないまま、昼休みの時間へとなった。
真黒は大きめのため息をつきながら家庭科室へと向かう。一応昼休みになった瞬間もしかしたら三好から「一緒に家庭科室に行こう」なんて声を掛けられるかもしれないと多少なり身構えていたのだが、実際にはそんなことはなく、色々と詰め込まれているスクールバッグを肩に掛け、三好が座っているであろう席を見たときには、すでにそこに三好の姿はなかったのだ。
真黒のため息の正体は三好に嘘を吐かれたことに対する残念という感情からくるものだ。もしかしたら先に家庭科室に着いているのかもしれないなんて淡い期待を一瞬だけでも持ったのだが、家庭科室の扉を開けても誰の姿も見えず、そこには四時間目にどこかのクラスが調理実習でもしたのだろう。カレーの残り香が漂っているだけであった。
「まぁ、いないよね……」
そう呟く真黒の声は誰にも届かない。
真黒はスクールバッグの中からランチバッグを取り出すと、今朝詰めただけの両親が食べてくれなかったそれらを静かに口に運ぶ。
冷めてはいるものの、青椒肉絲も餃子も真黒の舌では美味しく感じる。しかしこれは本当は美味しいものではないと真黒自身はそう思っているのだ。自身で美味しいと感じておきながら、美味しいものではないと思っているとかなり矛盾しているのだが、真黒は自分のことをバカ舌だとそう認識しているため、そのような矛盾が生じるのだ。
「美味しくないから食べてくれなかったんだよね。もっと……もっと練習しなきゃ……」
米粒一つ残さず、弁当を空にする。ごちそうさまでしたと両手を合わせてからランチバッグに全てをしまっていく。そのままそれをスクールバッグに押し込むと、入れ替えるようにスクールバッグより大きめの保冷バッグを取り出した。
「よし、大丈夫そうだね」
保冷バッグの中を覗き込んだ真黒はそんなことを呟く。
本来であれば、家庭科室にある冷蔵庫に事前にしまっておくのだが、両親が食べてくれなかったことのショックから家庭科室まで朝から足を運ぶ気力がなかったため、ずっとスクールバッグの中に、本日使う食材を入れたままにしていたのだ。
暦は5月も後半。まだ風自体は冷たく感じる季節であるとはいえ、食材がいたんでしまうのではないかと考えた真黒は大量の保冷剤を投入していたのだが、それが功を奏することとなり、昨日スーパーで購入した銀鮭の切り身とネギと卵。そして二合をすでに計った状態でジップロックに入れてあるお米は問題ない状態であった。
「作るか!」
そう自分自身に掛け声を発したのも束の間、家庭科室の扉は勢いよく開いた。
それはまるで昨日と同じ光景を見ているようであった。
「ごめん! 遅くなった!」
「え、な、え? なんで来たの?」
勢いよく扉を開けたのは三好であった。
真黒はまさか三好が今日も家庭科室に来てくれるとは思ってもおらず、想定外の出来事にどもりながらも三好にどうしてここにいるのかと問いただす。
「え、昨日来るって約束したじゃん!」
それを聞いた真黒は信じられないものでも見るかのような表情で叫ぶように声を張り上げる。
「僕の作る料理は美味しくなかったんでしょ! まずかったんでしょ! そうはっきり言ってよ!」
「え、ど、どうしたんだよ! 美味しかったって! 俺なんかした? それなら謝るから」
「まずかったから来たくなかったんでしょ! だから来るもの遅れたんでしょ!」
「遅れたのは部活の顧問に呼ばれてたから遅くなっただけ。伝えてなくてごめん。そして真黒の作るご飯は本当に美味しいよ。俺が今まで食べたものの中で一番美味かった。本当だよ」
「…………」
「今日も食べさせてくれないか?」
そう言って三好は真黒に近づき、五百円玉をそっと置く。
そして三好は「誰にも言わないでね」と前置きをしたうえで、三好の家庭の話を始めた。
「俺の両親さ、俺が小五のときに離婚してんだよね」
「……え?」
「その時は父親が親権持ってさ、父親と一緒に暮らすことになるんだけど……あの人すぐに再婚したんだよ。しかも子連れ。すごくない?新しい母親ができたと思ったら、その日に妹もできんの!」
真黒は相槌も打つことなく、無言のまま三好の話を聞く。
「新しい母親はさ、自分の子供にしか興味無いんだよね。俺には一切関わろうとしてこない。俺も最初は心開いてもらえるように頑張ったんだけどさ、無意味だよね。他人の子供をかわいいって思えないよ普通。」
「……」
「高校に上がってからはさ、給食なくなるじゃん? でも俺一度も弁当作ってもらったこと無いの。ていうか今までもそう。毎日五百円玉が机の上に置いてあるだけ。やばくね?フツーにネグレクトだよな。」
そう笑って話す三好であったが、到底笑いながら話せる内容では無いことは真黒もわかっていた。
「朝ごはんは食べたことが無い。夜もさ、俺部活あるから帰るの結構遅いんだよね。家に帰り着いたときにはもう他の三人はご飯食べ終わってんの。だから残りもんでいつもテキトーに済ませてる。」
三好は真黒が涙を溜めていることに気づいていないのか、そのまま最後まで真黒に語りかける。
「だからさ、冷たいご飯じゃなくて、温かいご飯を食べたのはほんと何年ぶりなんだろうって感じだった。真黒の作ったご飯は本当に美味しかったよ」
三好がそう伝え終えた瞬間、真黒は思わず三好に抱きついていた。
動揺する三好を尻目に、真黒はこらえきれなくなった涙を流しながら「ごめん、ごめんなさい」と何度も謝る。それを聞いて三好も「謝ってほしかったわけはないよ。俺もこんな話してごめんな。……ずっと誰かに聞いてもらいたかったのかも」と少し照れ隠しながら声を紡いだ。
真黒は「座って待ってて」とだけ言い、涙を拭った後、シャツの袖をまくる。そして手際よく料理を始める。
時間にして二十分ほどだろうか。三好の目の前には茶碗てんこ盛りの白米に、銀鮭の塩焼き。刻みネギの入っただし巻き卵にインスタントではあるもののお味噌汁までが用意されていた。目の前に出されたそれらの料理に三好は目を輝かせる。
「いいのか?」
「……た、食べてくれますか?」
「もちろん!」
そう言って顔の前で大きな音を立てながら両手を合わせ「いただきます」と言った後、豪快にも口いっぱいに料理を頬張る。その姿はまるでリスのようで、そんな三好にどこかかわいいという感情が真黒の中で芽生え始めていた。
(かわいい? でもご飯食べてくれるのはうれしいなぁ。あ! これが母性ってやつか! そしたらそうだな……あれ作ったら喜んでくれるかな……?)
そんな考え事をしていると、もう食べ終わったのか三好が口を開いた。
「そうだ真黒! 俺と連絡先の交換しねぇ?」
「い、いいけど……」
「今日みたいに遅れるときに連絡する手段がほしい」
「わ、わかった」
QRコードで連絡先を交換したかと思えば、次の瞬間「ピコン」と真黒のスマホが鳴った。「それが俺ね」と呟く三好の声を聞き、スマホに目を落とす。そこには「よろしく!」と旗を振っている狼の可愛らしいスタンプがあった。
* * *
翌朝、真黒はいつもよりも早く学校に登校したかと思えば、校門に背中を預ける。それは少女漫画でよくあるような誰かを待つシーンを彷彿とさせるものであった。
そして野球部の朝練があるためこちらも早めに登校している三好を見つけると、真黒は三好の元に駆け寄り、ランチバッグを手渡す。
「これ!」
「おはよ……って、なにこれ?」
「あ、おはようございます。これはその……朝ごはん……です。朝ごはん食べたこと無いって聞いたから……」
それを聞いた三好は受け取ったランチバッグと真黒の顔を交互に何度も見ると、次第に目を輝かせていった。
「いいのか?」
「うん……。でも余り物を挟んだだけなんだけど……ね。そのほうが手軽でいいかなって」
「マジでありがとう! 朝練が終わったら即食べる! 絶対食べる!」
そんなやり取りを校門でしているもんだから、二人の様子を見ていた他の野球部員が集まってきた。集まってきたのは加藤に島田、栗原と同じクラスの野球部のメンツである。
「え? なになに? 真黒くんじゃん!」
「もしかしてサンドイッチ? 真黒! 俺にも作ってくれよ!」
「たしか料理研究部だっけ? え? 料研ってご飯作ってくれんの?」
「マジ? いくら? いくらでお弁当のサービス?」
野球部員は皆お腹をすかせているようで、秋扇の料理に皆興味津々であった。
しかしそれを面白くないと思っている人物が一人いた。
「これは俺のモン! 俺だけのサービスなんですぅ! 秋扇もこいつらには作んなくていいから!」
急に名前呼びされたことにドキッとする真黒。他の野球部員からも「独占欲強めの彼氏かよ!」「そんなに仲良かったっけ?」と言われる始末である。
そんな状況に耐えきれなくなった秋扇は「料理研究部でやってるわけじゃなくて……これは僕個人としてやってるというか……まず部活でするなら顧問の先生に聞いてみないと……ごごごごごめんなさい!」と言い残して去っていくのであった。
そんな秋扇の後ろ姿を特別な視線で見守り続ける三好の姿がそこにはあった。
三好は野球部であり、朝練がきついと漏らしていたことを思い出す。そのためいつもHRが始まるギリギリに教室へ駆け込んでくるのだ。
しかし駆け込んでくるのは三好だけではない。真黒と三好のクラスである二年一組には三好以外にも三人の野球部員がいる。
加藤、島田、栗原の三人である。
そんな三人と三好は四人揃ってHRが始まるほんの数秒前にクラスの扉を勢いよく開けるもんだから、最近では扉を締めることなく開けておくことが多い。またそんな四人がHRの始まりを告げるチャイムが鳴り終わる前に教室に駆け込めているかを見守るのがこの二年一組の朝の行事にもなっている。
「へい、間に合ったぁー」
「俺もセーフ!」
「俺もぉ!」
「マジのギリギリセーフ!」
今日も今日とてその四人はチャイムが鳴り終わるコンマ数秒前に教室に入る事ができたのだが、桜島高校二年一組の学級担任である常磐先生はそんな四人を見て「もう少し静かに入ってこれんのか」と少し呆れた様子で言い放った。
そんな常磐先生の小言に慣れている四人は「へいへい」とまるで返事をする気がないような返事をしたかと思えば、スクールバッグの他に部活で使うのであろう大きなスポーツバッグを持ち上げ、それぞれの席へと着く。
常盤先生もそんな四人の態度には慣れているのか「全く……」とため息交じりにそう呟いたかと思えば、何事もなかったかのように出席を取り始めた。
ちなみにここまでがこの二年一組の朝のテンプレートである。流石にもう見慣れてしまった光景のため、今となっては笑いすら起きないが、二年に進級したばかりのときは効果音にドッカーンと聞こえてきそうなほど笑いが起きたものだ。
真黒はそんなコトを考えながら三好に話しかけるタイミングを見計らっていた。
しかし真黒の席は教卓の目の前という、誰しもが座りたくないと思う席に座っている。一方の三好は五列ある内の真ん中の列の最後尾という位置に席がある。
そのため真黒が三好に話しかけに行くには一番後ろまでいかないといけないわけだ。
だが真黒と三好にはこれと言って接点がない。同じクラスメイトというだけで、これまで大きく関わったことはないのだ。そんな真黒が急に三好に話しかけに行くなど、クラスで何があったんだと話題になるかもしれない。
そもそもの話、真黒に友達がいないわけではない。同じクラスでも話す友達はいるのだが、三好とはグループが違う。それこそ三好は野球部のエースというポジションでありながら、学校中が話題にするほどの顔面偏差値の高さを有している。そのため彼の周りには自然と人が集まってくるわけで。人はそれを陽キャと呼ぶのだろう。
片や真黒はというと、男女共に分け隔たりなく会話をするタイプではあるものの、基本的に受け身である。そのため話しを振られれば話すが、自分から話を振ることはほとんど無い。さらに言えば真黒はクラスでも常にレシピ本を開いてそれを熟読しており、クラスでは「真黒はまたレシピの考案中か?」なんて言われるほどだ。
そんな真黒は授業と授業の間にある休憩時間でチラチラと三好のコトを見ては、話しかけるタイミングを伺うも、常に誰かと喋っているようで声をかけるタイミングが無い。
そしてタイミングを得ることができないまま、昼休みの時間へとなった。
真黒は大きめのため息をつきながら家庭科室へと向かう。一応昼休みになった瞬間もしかしたら三好から「一緒に家庭科室に行こう」なんて声を掛けられるかもしれないと多少なり身構えていたのだが、実際にはそんなことはなく、色々と詰め込まれているスクールバッグを肩に掛け、三好が座っているであろう席を見たときには、すでにそこに三好の姿はなかったのだ。
真黒のため息の正体は三好に嘘を吐かれたことに対する残念という感情からくるものだ。もしかしたら先に家庭科室に着いているのかもしれないなんて淡い期待を一瞬だけでも持ったのだが、家庭科室の扉を開けても誰の姿も見えず、そこには四時間目にどこかのクラスが調理実習でもしたのだろう。カレーの残り香が漂っているだけであった。
「まぁ、いないよね……」
そう呟く真黒の声は誰にも届かない。
真黒はスクールバッグの中からランチバッグを取り出すと、今朝詰めただけの両親が食べてくれなかったそれらを静かに口に運ぶ。
冷めてはいるものの、青椒肉絲も餃子も真黒の舌では美味しく感じる。しかしこれは本当は美味しいものではないと真黒自身はそう思っているのだ。自身で美味しいと感じておきながら、美味しいものではないと思っているとかなり矛盾しているのだが、真黒は自分のことをバカ舌だとそう認識しているため、そのような矛盾が生じるのだ。
「美味しくないから食べてくれなかったんだよね。もっと……もっと練習しなきゃ……」
米粒一つ残さず、弁当を空にする。ごちそうさまでしたと両手を合わせてからランチバッグに全てをしまっていく。そのままそれをスクールバッグに押し込むと、入れ替えるようにスクールバッグより大きめの保冷バッグを取り出した。
「よし、大丈夫そうだね」
保冷バッグの中を覗き込んだ真黒はそんなことを呟く。
本来であれば、家庭科室にある冷蔵庫に事前にしまっておくのだが、両親が食べてくれなかったことのショックから家庭科室まで朝から足を運ぶ気力がなかったため、ずっとスクールバッグの中に、本日使う食材を入れたままにしていたのだ。
暦は5月も後半。まだ風自体は冷たく感じる季節であるとはいえ、食材がいたんでしまうのではないかと考えた真黒は大量の保冷剤を投入していたのだが、それが功を奏することとなり、昨日スーパーで購入した銀鮭の切り身とネギと卵。そして二合をすでに計った状態でジップロックに入れてあるお米は問題ない状態であった。
「作るか!」
そう自分自身に掛け声を発したのも束の間、家庭科室の扉は勢いよく開いた。
それはまるで昨日と同じ光景を見ているようであった。
「ごめん! 遅くなった!」
「え、な、え? なんで来たの?」
勢いよく扉を開けたのは三好であった。
真黒はまさか三好が今日も家庭科室に来てくれるとは思ってもおらず、想定外の出来事にどもりながらも三好にどうしてここにいるのかと問いただす。
「え、昨日来るって約束したじゃん!」
それを聞いた真黒は信じられないものでも見るかのような表情で叫ぶように声を張り上げる。
「僕の作る料理は美味しくなかったんでしょ! まずかったんでしょ! そうはっきり言ってよ!」
「え、ど、どうしたんだよ! 美味しかったって! 俺なんかした? それなら謝るから」
「まずかったから来たくなかったんでしょ! だから来るもの遅れたんでしょ!」
「遅れたのは部活の顧問に呼ばれてたから遅くなっただけ。伝えてなくてごめん。そして真黒の作るご飯は本当に美味しいよ。俺が今まで食べたものの中で一番美味かった。本当だよ」
「…………」
「今日も食べさせてくれないか?」
そう言って三好は真黒に近づき、五百円玉をそっと置く。
そして三好は「誰にも言わないでね」と前置きをしたうえで、三好の家庭の話を始めた。
「俺の両親さ、俺が小五のときに離婚してんだよね」
「……え?」
「その時は父親が親権持ってさ、父親と一緒に暮らすことになるんだけど……あの人すぐに再婚したんだよ。しかも子連れ。すごくない?新しい母親ができたと思ったら、その日に妹もできんの!」
真黒は相槌も打つことなく、無言のまま三好の話を聞く。
「新しい母親はさ、自分の子供にしか興味無いんだよね。俺には一切関わろうとしてこない。俺も最初は心開いてもらえるように頑張ったんだけどさ、無意味だよね。他人の子供をかわいいって思えないよ普通。」
「……」
「高校に上がってからはさ、給食なくなるじゃん? でも俺一度も弁当作ってもらったこと無いの。ていうか今までもそう。毎日五百円玉が机の上に置いてあるだけ。やばくね?フツーにネグレクトだよな。」
そう笑って話す三好であったが、到底笑いながら話せる内容では無いことは真黒もわかっていた。
「朝ごはんは食べたことが無い。夜もさ、俺部活あるから帰るの結構遅いんだよね。家に帰り着いたときにはもう他の三人はご飯食べ終わってんの。だから残りもんでいつもテキトーに済ませてる。」
三好は真黒が涙を溜めていることに気づいていないのか、そのまま最後まで真黒に語りかける。
「だからさ、冷たいご飯じゃなくて、温かいご飯を食べたのはほんと何年ぶりなんだろうって感じだった。真黒の作ったご飯は本当に美味しかったよ」
三好がそう伝え終えた瞬間、真黒は思わず三好に抱きついていた。
動揺する三好を尻目に、真黒はこらえきれなくなった涙を流しながら「ごめん、ごめんなさい」と何度も謝る。それを聞いて三好も「謝ってほしかったわけはないよ。俺もこんな話してごめんな。……ずっと誰かに聞いてもらいたかったのかも」と少し照れ隠しながら声を紡いだ。
真黒は「座って待ってて」とだけ言い、涙を拭った後、シャツの袖をまくる。そして手際よく料理を始める。
時間にして二十分ほどだろうか。三好の目の前には茶碗てんこ盛りの白米に、銀鮭の塩焼き。刻みネギの入っただし巻き卵にインスタントではあるもののお味噌汁までが用意されていた。目の前に出されたそれらの料理に三好は目を輝かせる。
「いいのか?」
「……た、食べてくれますか?」
「もちろん!」
そう言って顔の前で大きな音を立てながら両手を合わせ「いただきます」と言った後、豪快にも口いっぱいに料理を頬張る。その姿はまるでリスのようで、そんな三好にどこかかわいいという感情が真黒の中で芽生え始めていた。
(かわいい? でもご飯食べてくれるのはうれしいなぁ。あ! これが母性ってやつか! そしたらそうだな……あれ作ったら喜んでくれるかな……?)
そんな考え事をしていると、もう食べ終わったのか三好が口を開いた。
「そうだ真黒! 俺と連絡先の交換しねぇ?」
「い、いいけど……」
「今日みたいに遅れるときに連絡する手段がほしい」
「わ、わかった」
QRコードで連絡先を交換したかと思えば、次の瞬間「ピコン」と真黒のスマホが鳴った。「それが俺ね」と呟く三好の声を聞き、スマホに目を落とす。そこには「よろしく!」と旗を振っている狼の可愛らしいスタンプがあった。
* * *
翌朝、真黒はいつもよりも早く学校に登校したかと思えば、校門に背中を預ける。それは少女漫画でよくあるような誰かを待つシーンを彷彿とさせるものであった。
そして野球部の朝練があるためこちらも早めに登校している三好を見つけると、真黒は三好の元に駆け寄り、ランチバッグを手渡す。
「これ!」
「おはよ……って、なにこれ?」
「あ、おはようございます。これはその……朝ごはん……です。朝ごはん食べたこと無いって聞いたから……」
それを聞いた三好は受け取ったランチバッグと真黒の顔を交互に何度も見ると、次第に目を輝かせていった。
「いいのか?」
「うん……。でも余り物を挟んだだけなんだけど……ね。そのほうが手軽でいいかなって」
「マジでありがとう! 朝練が終わったら即食べる! 絶対食べる!」
そんなやり取りを校門でしているもんだから、二人の様子を見ていた他の野球部員が集まってきた。集まってきたのは加藤に島田、栗原と同じクラスの野球部のメンツである。
「え? なになに? 真黒くんじゃん!」
「もしかしてサンドイッチ? 真黒! 俺にも作ってくれよ!」
「たしか料理研究部だっけ? え? 料研ってご飯作ってくれんの?」
「マジ? いくら? いくらでお弁当のサービス?」
野球部員は皆お腹をすかせているようで、秋扇の料理に皆興味津々であった。
しかしそれを面白くないと思っている人物が一人いた。
「これは俺のモン! 俺だけのサービスなんですぅ! 秋扇もこいつらには作んなくていいから!」
急に名前呼びされたことにドキッとする真黒。他の野球部員からも「独占欲強めの彼氏かよ!」「そんなに仲良かったっけ?」と言われる始末である。
そんな状況に耐えきれなくなった秋扇は「料理研究部でやってるわけじゃなくて……これは僕個人としてやってるというか……まず部活でするなら顧問の先生に聞いてみないと……ごごごごごめんなさい!」と言い残して去っていくのであった。
そんな秋扇の後ろ姿を特別な視線で見守り続ける三好の姿がそこにはあった。



