廃部寸前の料理研究部。振る舞うのは今日も一人です。

 『ぐぅぅぅぅぅぅうううっ』という誰かが思いっきり机を動かしたときのような音が教室中に響き渡った。とても人間から聞こえてくる音とは思えないほどの大きな音は——三好倫也(みよしともや)の腹の虫が鳴った音であった。
 野球部でエース。それでいてイケメン。クラスの中心人物である三好の腹が鳴ってしまったと聞けば普段であれば周りにいる女子生徒が黙ってはいないだろう。
 しかし現在は四時間目の授業中である。「このお菓子食べる?」なんて言葉が喉元まで出かかっている生徒が多いだろうが、それを口にすることはできないでいた。
 そんななんとも言えない空気を現在授業を行っている現代文の先生は察したのか、「あともう少しで昼休みだから我慢しろー」なんて言ってそんな空気を笑いに変える。それを聞いた三好は「野球部の朝練がきついんすよ!」と右手で後頭部を掻き、少し恥ずかしそうにしながらもそう言い返す。その表情は現代文の先生に感謝しているようにも見えた。

 授業が終わり、昼休みの時間となる。
 桜島高校は郊外にある学校である。山は切り開いたような土地に存在しているこの桜島高校は駅こそ近くにないものの、バスが多く通っており交通の便で不便に感じることはない。更に言えば都心部ほど様々なお店はないものの、商店街やスーパーが充実しており、この地域に引っ越しを考えている世帯も多いと聞く。
 そんな桜島高校は生徒全員が何かしらの部活動に入らなければならないという校則が存在する。郊外に存在する学校ならではの広いグラウンドやサッカー場を完備していることから運動部がそれなりに人気のある部活動であるが、文化部に入部する生徒も少なくない。

 「もっと塩を足したほうがいいかな?」

 二階建ての校舎の一階。それでいて一番奥の教室は家庭科室となっている。
 その家庭科室で昼休みの時間にもかかわらず部活動に勤しんでいる——真黒秋扇(まぐろしゅうせん)はブツブツと呟きながら料理を作っている。
 料理研究部である真黒は先輩達が残してくれたレシピ本やメモ書きを見ながら、そのレシピを完璧に再現するのだが、なにかが足りないのかもと試行錯誤しているようであった。
 現在真黒が作っているものは青椒肉絲と餃子である。餃子の皮は市販品であるものの中の餡はや青椒肉絲は真黒自身がスーパーで買ってきた食材を使って一から作っている。

 「いや、塩はなくて醤油を足そうかな……。でもなぁこれ以上は塩辛くなっちゃうかな」

 真黒は料理研究部の名に負けじと、より料理を美味しくするためにはどうしたらいいのかと試行錯誤を繰り返していた。
 そんなとき家庭科室の扉が勢いよく開いた。普段であればガラガラと聞こえてくるところをガァッーと一気に扉が開かれた感じだ。
 真黒はそんな音に驚き、家庭科室の入口に視線を移す。そこには三好の姿があった。

「いい匂いがする」
「み、三好くん!?」
「あ、真黒じゃん。え、何? 料理……してるのか?」
「え、あ、うん。僕、料理研究部で……と言っても、もうすぐ同好会になりそうだけど……」
 「五百円!」
「え?」
「五百円払うから作ったもの食べさせてほしい!」

 三好の口からこぼれるようにして出てきた言葉は、三好の空腹を知らせるものであった。

「いや! お金はいらないよ……。それに僕の作るご飯は美味しくないよ……?」
「こんなにもうまそうなにおいをさせておいて美味しくないわけないだろ! なぁ頼むよ……」

 真黒よりも背の高い三好は下から覗き込むようにして真黒の顔を見ながら、真黒の両手を包み込むように自身の両手を添える。
 そんなことをされて誰だって断ることはできないだろう。かくいう真黒も断ることなどできず、渋々というか三好の気迫に押されるがまま、三好の頼みを承諾するのであった。

「ど、どうぞ……」

 そう言って三好の前には茶碗いっぱいの白米に、二人前はありそうな青椒肉絲の山を大皿に盛り、餃子八個をポン酢とラー油をあわせたソースを掛けた状態で提供した。
 三好は目の前に置かれた豪華な食事に目を輝かせていた。

「い、いただきます」

 三好は手を震わせながら青椒肉絲をゆっくりと口に運びいれる。とろみを付けた醤油を纏わせた細切りされたピーマンとたけのこと豚肉が三好の口の中で花開く。その美味しさに三好は目を見開き青椒肉絲だけではなく、一緒に白米を口に押し込む。口いっぱいに含んだ青椒肉絲と白米が無くなる前に、次のご飯を口元へと運ぶ。
 それは青椒肉絲だけではない。ラー油のお陰で食欲をそそる香りを纏わせた餃子も口に頬張る。ポン酢がかかっているため餡がぎっしり詰まっているのにもかかわらずあっさりしており、重いと感じることはなく逆に青椒肉絲の油を流してくれるようで、次々に数が減っていく。
 黙々と食べ進める三好は、真黒も想定していないスピードで出されたものすべてを平らげてしまっていた。


「お、おかわりありますか?」

 食べ終えた三好は申し訳なさそうな表情と声を出しながら、真黒にそう問いかけた。
 なぜ敬語なのかとツッコミを入れたくなる真黒であったが、今はそんなことよりも自分の作った料理をこんなにも美味しそうに食べてくれたことに嬉しさを覚えていた。今すぐにでも飛び跳ねたい気持ちを押さえつつ、真黒は「どのくらい食べれる?」と質問を質問で返す。

「今食べたものと同じ量が来ても食べ切れるくらいにはまだ余裕がある」
「ほんと? ならこれも食べてくれる?」

 そう言って真黒はランチバッグから自身のお弁当も差し出した。

「え、これ……真黒の弁当なんじゃないの?」
「そう……なんだけど、今は三好くんに食べてほしいというか……」
「いいのか?」
「うん」

 真黒は「食べて食べて」といいながら、まだ少しだけ残っていた白米と青椒肉絲と餃子のおかわりをよそう。そのまま三好の前に出したときにはすでに先ほど出したばかりのお弁当は空になっていた。
 追加で出した料理も待っていましたと言わんばかりに勢いよく口に頬張る。しかしそれだけではない。白米の上に青椒肉絲を乗せ、青椒肉絲丼にしたかと思いきや、そのまま口へとかき込む。餃子も箸で丁寧に持ち上げると青椒肉絲にワンバンさせ、一口で食べる。
 これもまた一瞬のウチに食べ終えると、大きな音を立てながら手を合わせ「ごちそうさまでした」と満面の笑みで言い放った。それに対し「お粗末様でした」と真黒も満面の笑みで答える。

「ほんとに美味しかった! まじでありがとう!」
「えっと……質問していい?」
「なに?」
「ご、五百円あったなら、購買でなにか買えたんじゃない?」

 真黒のその質問に対し、三好は少しため息混じりに答える。

「購買のパンって、今一個二八◯円するんだぜ! 五百円じゃ一つしか買えないだろ? たった一個じゃ腹は膨れないし、どうしようか迷ってたところだったんだよ」
「四時限目のお腹の音すごかったもんね」
「恥ずかしいからやめろ! でも本当に美味かった。ほい! これ五百円!」

 そう言って三好は五百円玉を指で弾いた。それを慌ただしくもキャッチする真黒であったが、あくまでもお金は受け取れないというスタンスを取る。

「え、いらないよ! 受け取れない!」
「……真黒はいつも昼休みはここで飯作ってんの?」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ五百円渡すから、明日も作ってくんね?」
「え?」

 それは真黒が考えもしていないことだった。

「あ、もしかして、五百円じゃ足りない? いや普通に考えたらそうだよな……。どうしよう……。五百円分とかで作ってもらえたり出来る?」
「いや! お金なんてもらえなくても作るから!」
「それはダメだ! じゃあ今日はその五百円を受け取ってくれ! 明日も楽しみにしてる」

 三好はそう言うと、用事があるからと家庭科室を後にした。
 こんなにも温かい気持ちになったのはいつ頃だろう。
 初めて自分の作ったご飯を美味しいと言ってもらえた。また作ってほしいと言ってもらえた。
 それだけで十分であった。本当にお金なんていらない。
 でもお金を受け取らないと三好が不機嫌になりそうだったため、真黒は仕方なくお金を受け取ったのだ。

 「これなら……」

 真黒はそう一人呟くと、残り時間の少なくなった昼休みを使って、三好の使った食器や自身が料理する際に使用した調理道具を洗っていく。


* * *


 学校から帰る途中、真黒はスーパーに寄ってから自宅へ帰る。
 学校から帰る時間がちょうどスーパーがセールを行う時間のため、正直助かっている。
 普段なら何を作ろうか。と考えながらスーパーで食材を選ぶのだが、今日の真黒は違っていた。今日自分の作ったご飯を「美味しい」と言ってくれたことを思い出しながら笑顔で買い物をした。その間、明日は何を作ったら喜ばれるかな。なんてことも考えながら買い物を済ませる。

 真黒は自宅に着くと、すぐに食事の準備を開始する。
 本日真黒が作るのは昼休みに三好が美味しいと言ってくれた青椒肉絲と餃子の中華セットだ。真黒は慣れた手つきで食材を刻んでいくと、フライパンに入れ、火を通していく。
 その間に餡を作り、餃子の皮で丁寧に包んでいく。
 フライパンをもう一個出し、餃子を並べ、上から油を回しかける。そして蓋をしてから強めの中火で五分。パチッと音が聞こえたら、水溶き片栗粉を入れハネも作る。最後にごま油を回しかけたら完成だ。
 餃子が出来上がるころには青椒肉絲にも火が通り、見た目は照りのある完璧な仕上がりだ。
 出来上がったそれを三人分に分けて、それらをリビングのテーブルに運ぶ。
 四人が余裕を持って座れそうなテーブルの一辺に中華セットを二つ並べ、もう一辺に中華セットを一つ並べる。そして一つしか並べていない席に座ると、両手を合わせて小さく「いただきます」といい、真黒は黙々と食べ進める。

「お、美味しいよね? いや美味しいはず! これなら二人も食べてくれる……よね」

 ご飯を食べ終え、食器を片付ける。
 お風呂に入り、その後は二階にある自室で宿題を片付け、明日の準備をしてから就寝をする。
 ここまでは至って普段通りの真黒の日常だ。

 翌日目を覚ますと、眠い目をこすりながら一階のリビングへと足を進める。
 リビングに進むためには階段をおり、玄関を通ってから行く必要がある。その際、玄関のマットレスがズレていたことを確認した。つまり昨日両親が一度帰ってきたのだと瞬時に理解した。
 それを理解すると真黒は少し長い廊下を小走りで進み、リビングの扉を勢いよく開ける。

(三好くんも美味しいって言ってくれた! もしかしたら! もしかしたら僕の作ったご飯を食べてくれたかもしれない!)

 そんなことを考えながら開けた扉であったが、真黒の目に飛び込んできた光景はただただ冷え切っただけのご飯が昨日と同じ状況で置かれたままだったと言うことだ。
 ただ一点変化があるとすれば、リビングテーブルの上に一万円札が五枚置いてあることと、「今月分です」と書かれたメモ用紙があることだけだった。

「また……食べてくれなかった。やっぱり美味しくなかったんだ……。三好くんは美味しいって言ってくれたんだけどな……」

 真黒は膝から崩れ落ちるような表現はしないものの、気分としては今すぐ泣きじゃくりたい程の精神状態であった。
 しかし真黒は耐える。
 真黒は冷えた中華セットの一つを電子レンジに入れ温め直し、温めている間に、もう一セットとお弁当に詰め替える。温め終わった中華セットを朝食として食べると、食器をそのままシンクに浸す。
 その後、朝の支度を済ませた真黒は「いってきます」の一言も言わずに、家を出て学校へと向かった。