青信号は変わらない

「明日は早く行こうね、そうね、朝食を五時三〇分、だから、五時ね」
「はぁ? 早いよ?」
「なんか、文句あるの? あるわけないよね?」

――翌朝
 ピンポーン……階段を上がって、部屋を開けると上半身だけ、床にころがって、腰はベッド……。
「おーい、朝だぞ、五時になるぞ……それ、寝違えないのか? 人間の寝姿なのか? 猫が伸びをしているようだぞ……」

――。
「……あ、おはよう、猛」
 右手を差し出して、持ち挙げてもらった、着替えるから、外で待っていてねとだけ告げた。
「……待った? 待って無いよね? まだ、日は変わってないから、じゃーいこう」
「おばさん、おはようございます」
「いつになく、藍、早いわね、どうしたのかしら?」
「はい、とっても気持ちよく眠れたので、元気いっぱいです」
 お箸が、床に落ちた音がする、猛のだ……。私は、右足で、猛の左足を思いっきり、踏んづけた。静かな朝食をとっている最中であった。むしろ、猛は、声が出なそうであったが……。

 突然聞こえた、怒鳴り声と、悲鳴? 男性の声? 私と猛は、そのまま靴を履いて、声のする方に走って行った。目にしたのは、サイレンを回しているパトロールカー二台と、警察のバイク、そして、倒れこんでいる若い男性。
 バイクから降りた警察が声をかける前に、猛が近寄って、上から倒れている男性を見つめ、中腰になり
「後ろからか? 痛むか?」
「いてぇー ランニングしていたら、いきなり背後から、ハンマーで肩を殴られて、左手に持っていたランニング用バックを奪われた」
「バイクか? 覚えている範囲で、必ず見ている、過ぎ去った瞬間、痛みと共に」
「痛い、倒れこむ瞬間、そうだ、たしかにバイク、赤い服、それと気持ち悪い、首に『蛇のタトゥ』が……」
「まず救急車を、左肩折れています。動かさないで、起き上がらないで、救急が来るまで待っていてください」
 私は、救急車に電話をし、猛が言うように肩をハンマーのようなもので殴られて、折れているとの事と告げ、その後、パトロールカーの元に、二人で走って行った。ご年配のおばさんが、倒れこんでいる若い男性を見てくれることになった。

 パトロールカーに近寄ると、静止されたが、父の名刺を見せて、話を聞いた、この先の家に、隠れたとの事、後の事は任せてくださいと伝えられた。パトロールカーの台数は次々に増えて行った。
 脇から覗き込むと、見たことがある、あった、そうだ、テールランプが割れている、ナンバーが無い、ステーキ強奪犯! さらには、『蛇のタトゥ』……
 警察は家を包囲している。猛はゆっくりと目をつぶり、そして壁を登って、左右を確認し、地面に飛び降りて、再度左側を、私は、猛が言った事を思い出していた、犯人は必ず現場を確認すると……すると、私と猛は、赤い服の男と目があった。そのとたん、男はすっと姿を消して、私も一気に走り出した。犯人は自宅に等いない。あいつだ。捕まえなくちゃ!
 私はスマートフォンを取り出し、お父さんに電話した
「あのね、昨夜言っていた、連続強奪犯今、おいかけているの、警察は自宅を包囲しているけれど、既に、自宅にはいない、私が追いかけている」
「良いか、藍、GPS信号を捕まえた、そこから動くな、応援を向かわせる、いいな、動くなよ!」
「ダメよ、逃げちゃうもの!」
「コラ! ダメだ」
 通話終了――。

 ……足早いな、あ、見つけた、地元の人なのでしょう? そこ行き止まりよ。『はぁ、はぁ』
「諦めなさい! あなたね、ステーキ強奪犯!」
「ステーキ 何のことだ、ああ、大金だと思ったら、ステーキ、笑える」
 やっぱり……あの時の……
 男は振り返って、壁を勢いよくよじ登ろうとしているが、登り切れないで、落ちた。
 
 ……男と目が合った。ハンマーは持っていない、どうしよう……
 男は、背中のあたりから、何かを取り出した――。

 え! ナイフ? 長い、ナイフ、サバイバルナイフ? ゲームとかの? どうしよう……。
「捕まるわけには、いかないのでな、悪いが、死んでもらうわ」
 と言い放ち、男は私に向かって、両手で右わき腹に、サバイバルナイフを構えて、突っ込んできた。
 ダメー怖い! 怖い! 怖い! 来たー!
 怖い、怖い、怖い、足ががくがく、動けない、体が重い、前にも後ろにも、指も動かない、怖い。
 どうして、私悪い事していないのに? もうダメ! 両手が言う事を聞かない、指先が震え、止まらない。

 ――わたし刺されちゃうの、死んじゃうの、え? 。

 いやよ、お父さんの言う事を聞いていれば……
 
 ――大きな体がもう、目の前、『蛇のタトゥ』が私の瞳に映り込んだのが、最後……
 必死に両目をつぶって、足が、動かない、どうして? 震える腕を最後の力で、持ち挙げて、恐怖で耳をふさぐことすらできない。ただ目をつぶることしか……。
 誰か、助けて、声が、声がでない、もうダメ、歯をくいしばって、さらに、両目を強く、閉じて視界は真っ暗になった……。

 ――あれ? ここは、どこだろう、公園、どうして今、公園が、私ダメだったの? 違う、あれは……子供、幼稚園生の時の私、私だ! 泣いている、どうして泣いているの? そうだ、滑り台の順番を並んでいたら、脇から、小学生のお兄ちゃんたちが割り込んできて、私は滑れなくて、そこに、猛が現れて、小学生を――。
 ……そうだ、滑り台の順番を並んでいたら、脇から、小学生のお兄ちゃんたちが割り込んできて、私は滑れなくて、そこに、猛が現れて、小学生を――。

「危ないッ!!!」

 誰かの叫び声で、公園の夕焼けが激しくひび割れた。……違う、ここは公園じゃない。目の前には、ぎらりと光るナイフ。迫る、死。嫌だ、嫌だ、嫌だ!



「猛ぅ――――――――う!!!!!!!!!」



「バシッ」
「え! ?」
 薄っすらと、濡れている瞳を、ゆっくり開けると、映り込んだのは、今までに見たこともない、猛の形相であった……。三連覇のかかった決勝ですら、観たことが無い、今の猛は、一言で表すなら、百獣の王、同時に、私は、アスファルトに零れて行くものが、水たまりとなっていた。
 しゃがみ込み、でも、声は出ない、目を開けることは出来た。心の中で、猛とつぶやき、それはお父さんが守ってくれるような、温かい安心感、今まさに、刃は私の目の前にあるのでさせ、忘れさせてしまう、何かがが……猛……。

 雷のような速さで、脇から稲妻が、そう、物凄い光が飛び込んでくるように、猛の腕が、男のナイフ持つ両手を掴んだ
「痛てえー!」
 パリ―ンイン、イン、サバイバルナイフが、その場に落ちて、地面を何度も刃先が、叩いていた。
 正拳を胸部に三連打。『ドスン、ドスン、ズドーン』
 男は、後ろのブロック塀まで吹っ飛んだ。人って吹っ飛ぶのだ、漫画の世界だけだと思った。『ドスン』という鈍い音と同時に、いくつかのブロックも割れ、男は、地面に倒れこむ、ブロックも、すかさず猛は獣のような速さで、男に向かって行き……。

 猛である。振り返り、鼻でわらっているような、一言が、私の現実を取り戻した。
「おいおい、本当に、ノンストップだな」

 猛の声だ、私、助かった、猛、私の耳は、忘れることが出来ない言葉を、確実に、捉えていた。
 
「手を出す相手が、悪すぎたな」

「――藍に触れてよいのは俺だけだ!」


『極真は、寸止めじゃないからな、悪いが、腕を折らせてもらう』
『ボキ』
「うげ――ーえ!!!!」

 男は、『バサっ』微動ダリせず、アスファルトに沈む。男は泡を吹いているように見えた……同時に、私は、倒れこんでいることに、立てないのである、気が付いた。ボソッと
「た、猛……」
 猛は、振り返り、両手をパンパンと払いながら、ゆっくりと私の方に歩いてきて、前かがみになり、ゆっくりと右手を伸ばし、左手は私の髪を撫でてくれた
「泣くほど怖いなら、一人で行くなよな」
 そっと手を差し出す、猛
「ほれ、おんぶ」
 猛の手を震えながら、握ると、安心したのか、声を出して大泣きしてしまった。
「猛……」
 猛の背中、安心する。お父さん見たい。子供のころは良くお父さんにおんぶしてもらった、あの時の安心感、おんぶしてもらうと、すぐに眠ってしまった私。今も、猛……。



 サイレンの音、警察の音が鳴り響く――。
 その後、お父さんから、警察の人達に連絡があり、私達は、何事もなかったかのように、帰宅する事ができたらしい。私は猛の背中で眠ってしまっていた。




――後日




 警察署で表彰が行われる事になった。私と猛は制服で、感謝状を受け取った。
 ニュース速報がテロップで流れ、翌日の全国紙、夜のテレビ、昼のワイドショーでも速報で取り上げられ、ニュースとなり、誰しもが知る事に……。

「ただいまー!」
「新聞も、テレビも見たわよ、藍、もう、心配させて、まったく、おばさん、どれだけ泣いたことか……無事で良かったは、本当に、本当に」
「はい、猛がいなかったら、猛がいてくれたから……」

 テーブルには新聞の一面が、広がっていた。
 新聞の一面には、お手柄高校生、連続強盗暴行班を逮捕! という 大きな見出しと、――写真が一枚。私は、新聞を手に取り、テレビのニュースを見ながら、新聞一面を、猛に堂々と見せた。
「おばさん! 今日は、ステーキが良いです! 猛と同じレアのやつに、挑戦!」
 ニュースはどのチャンネルも、私達を取り上げていた。お手柄高校生! と……。

「お父さんも喜ぶわね、お母さんも、今日は帰ってくるそうよ、うちの旦那も早く帰ってくると言っていたわ」


 猛は新聞を私から、奪い取り、テーブルに置いて、右手を額で覆う

「おいおい、インタビュー写真で、ピースするやつがいるのか、それも、ウィンクして、かわいくみせやがって、それもドアップじゃないか、感謝状すら映ってないぞ、藍しか映っていない」

「敬礼すのも変だし、これが一番! いいじゃない! 美人さんが、新聞一面に、あれ? 猛、映ってないはね、どこいったのかしら、あ、私が前にでちゃっているから、ごめーん、てへぇ」



 猛は、首を左右にゆっくりふり、ニヤニヤしながら、姿勢を、前かがみにし、私の顔の前に、顔を突き出して、笑いないながら、言い放った。


「藍の信号機、青しかないのか? 黄色、赤色はどこに行った? 誰か、頼む……こいつを止めてくれ……」



 完