青信号は変わらない

「俺、三年の赤池、知ってるでしょう? ねぇ俺と付き合おうよ、俺の彼女になれるんだぜ?」

 正門を通りまっすぐ歩くと、真っ白い丸い円があり、モニュメント? 像がある。像は少しヒビ等が入っている。左右には、一人で歩いている子や複数名で歩いている子達など、たくさんの生徒が歩いている。
 新緑が生徒達を囲んでいるかのように、生い茂っており、桜の花びらは地面に散らばっている。時折吹く風になびいて、ふわりと花びらが舞い降り、桜の木は葉桜になりかかっていた。白い像を越えると昇降口がある。校舎は旧館と新館があり校内は繋がっている。奥に大きな体育館があり部活動の音。沢山の生徒さんが、次々に賑やかな声をあげながら、昇降口へと続いて行った。
 
 突然、前方から堂々と歩いてきて、両手を広げ、目の前に立ち止まり、気持ちの良い朝日を遮り、私の行動を止めた。じわじわとお腹の奥のほうから、熱が込み上げて来て、徐々に速度をあげ、喉を一気に駆け抜けた。
「はぁ? あなたの容姿を私が意見する事はありませんが、宜しければ、一度鏡を見たほうが良いのでは? 興味ありません、失礼します」
 昇降口前で目につかないように、木陰に隠れた生徒達のヒソヒソ話が、指をさしながら聞こえてきていた。
「これで六人目よ、フラれたの。美人さんだから、上級生が近寄ってくるのはわかるのだけれど、一分立たずに、お断り。記録更新、いつまで続くの?」
 三年生は、呆然と立ち尽くしている様子であった。
『フっ』と、唇を横にずらし、私はお構いなしで、髪をなびかせながら、振り返り、右腕を伸ばし、手のひらを返して、人差し指を二度程曲げた。
「ほら、いくよ、(たける)
「へい、へ――い」
「『はい』は、一回! ダラダラしないの」
「私の一メートル後ろを、歩くこと、一センチずれたら、わかっているわね?」

 朝っぱらから、いらぬストレスを貯めてしまったこともあり、捌け口である、猛の背中を『ばぁーん』と軽ーく、本当、軽くよ、叩いたのだけれど……。
 あれれ? 猛は、ずずーずと、顔から、地面にヘッドスライディングをするかのように、転がり落ちていった――。

 周囲の生徒達が、顔を見合わせながら、ざわついている声が、耳に入って来た。指をさして、笑い声さえ聞こえてきた。
「なんだよ、あれ舎弟か、だっせーな、金魚の糞みたいに、ついていって……まじ、ダセぇー」

「遅い、行くよ、猛」
 猛は、ゆっくりと立ち上がり、私の後ろ一メートルをあけて、昇降口の中へ下駄箱についた。スチールの灰色の少し年期の入った錆も少し見える。上から二段目の下駄箱をあけようとするが、イライラしていたこともあり、
『バン』と力が入ってしまった。壊れてしまうのかしら、あら、ちょっとだけ、やりすぎたのかな、下駄箱を開き、上履きに履き替えて、今度はやさしく、下駄箱を閉めた。廊下には誰も居ない、階段を上がって、教室に向かった。後ろには猛が、距離を維持しながら……


 私は、黒岩 藍(くろいわ あおい)高校一年生である。一メートル離れている、十文字 猛(じゅうもんじ たける)とは幼稚園からの腐れ縁、家が隣同士というのもある。

 教室に入ると、カーテンはゆっくりと揺れて、涼しそうな風が室内を包むと同時に、どうしてだろうか、私が教室に踏み込んだ途端に、シーンと静まり返っていた。シャープペンシルのノックする音が響くほどに。
「おはようございます」
 元気よく、挨拶をして、ゆっくりと、窓側の席に、音を立てずに、姿勢を正して歩いて行く、一方背中を丸めて、私の後ろについてきたのは、猛。
 イラっとしていた気分は、収まっていないこともあり、立ち上がり、猛の席の隣の椅子を引いて、座り込む。足を組み、腕を組んで
「シャキッとしなさい! 朝なのだから」
「へーい、へ――い」
「返事は、一回」
「へ――い」

 静まり返っている教室を移動し、席に戻った。顎に手を当てて、カーテンの揺れる動作で心を落ち着かせ、窓の外を見ていると、担任の先生が入ってきた――。
「あらら、今日は静かですね、おはようございます。皆さん、いつも、静かにしてくれると、先生助かるのだけれどね、それでは授業をはじめますね」

――授業が終わり帰宅
――翌日


 今朝も、走ってくる生徒さん、ゆっくりと数名で笑い話をしながら、登校する生徒さん、雲一つない青空。優しげな風が時折、新緑を揺らしている。
 少し髪の毛の色を染めた三年生が、私の前に立ち憚った。額に右手を当てて、『またか、めんどくさいな』猛にカバンを渡して
「おはよう、俺の事知っているよね? 今日からさー」
 言いかけたときに、
「知りません、存じません、存在自体見えません、お引き取りください」
 手櫛で髪をなびかせながら、顔をやや左上にあげ、右目尻を下にして答えた。
 女子生徒達の声が、耳に入る
「これで、フラれたの七人目よ、一分持たない」
 三年生の左側を横切り、少し強めの声で
「猛、カバン!」
 右手に、カバンを受け取り
「猛、近い、離れなさい」
「へーい、へーい」
「だから!」
「へ――い」
「ちがう、『はい!』もう一度」
「へ――い」
 朝からもう、なんなのよ、毎日、毎日、毎日、イライラする。不快な思いは、力を込めて、振り返り
『ドスン……』
 猛は、背中を叩かれ、大げさに、花壇の中にころげ落ちていった。(おおげさに、転がらないでね……怪力女と思われてしまうじゃないの)
「猛、汚い、手と顔を洗ってきなさい!」
「……へ――い」

 男子生徒も、指をさして笑いながら
「あいつ、だせぇーなあ、金魚の糞、はずいぜ、笑える、ネタかよ、よう、金魚の糞」
 私は、全く聞こえないフリをして、
「猛、行くわよ、だから、近い、一メートル」
 何故かしら、今は、少しだけ冷たい風が、頬を撫で続けているような、気がしたのだけれど、ま、いいか! 今日も勉強頑張ろう! 教室は、今朝も、私が一歩踏み入れると、どうしてだろうか、皆姿勢が良く、会話も聞こえず、強く吹いた風がカーテンをガサガサという音だけが、教室を包んでいた。