荊棘―おどろ―




 絶叫。するはずだった。

 喉が裂けるくらい、肺の奥まで使って、目の前の女に怯えきる。そういう段取りだったし、僕はそこで、そうしなければならなかった。

 なのに、真上からスポットライトのような光が落ちた途端、

「――カァーット! カット! カットだっつの!」

 メガホンを持った百合子(ゆりこ)が、斜め後ろの机から飛び降りて声を張った。密着していた僕と、白装束の彼女は、そこでようやく離れることになる。

「なになに、どうしたんすか」
「なんか問題ありました?」
「問題しかないわよ! カメラ止めて、今すぐ!」

 撮影係の左門(さもん)斜丸(しゃまる)が、慌ててカメラを止める。教卓の裏、ゴミ箱の横、カーテンの陰から、隠れていた部員たちも顔を出した。夜の教室に、間の抜けた空気が戻ってくる。

 何事かと顔を揃える僕らの中で、ただ一人、百合子だけが頭を抱えていた。

右京(うきょう)先輩、どしたんすか」
「みんな気づかなかったの!? かなみ、衣装!」
「えっ、私?」

 幽霊役の南野(みなみの)かなみは、長い黒髪を掻き分けて衣装の合わせに視線を落とした。

 白装束の合わせが大きく崩れ、撮影を続けられる状態ではないことは一目瞭然。

「や、やだ! 見ないで!」

 彼女が悲鳴をあげると、僕ら男子は一拍遅れて視線を逸らす。遅かったことは認める。

 水滴を髪の先から垂らすかなみを、垂瓦(すいがわら)と百合子が急いでバスタオルで包む。二人の眼鏡の奥と睨みの圧だけで、教室の温度が三度くらい下がった気がした。

「男子! じろじろ見てんな! あとでまとめて説教だからね!」
「一旦中止です! ドライヤー持ってきてください!」
「録画したやつも全部消すように!」

 えええー……。

「えーじゃない!」

 百合子の怒号に、斜丸がノートパソコンを閉じて溜め息を吐く。

「こんなとこ先生に見られたら、普通に怒られますよ」

 ごもっともだ。ほんと僕たちなにをやっているんだ。


 *  *  *


 都会から遠く離れた山あいの町、加美木(かみき)町。

 電車は一時間に一本。コンビニは深夜に閉まり、娯楽施設の代わりに田畑が広がっている。東京から来た人間が見たら、たぶん五分で帰りたくなる。

 そんな町にある加美木中学校の片隅に、『映画部』はあった。

 部長の百合子は、勢いだけで部を前に進める人だった。撮影係の左門と斜丸は軽口担当だが、機材には妙に真面目。ガッツこと西川(にしかわ)勝人(かつと)は野球部と兼部の体力担当。かなみはヒロイン役など重要な役割を持つ演者で、垂瓦は脚本と衣装まわりの世話役。そして僕、(あずま)ヒビキは、演者と脚本補助を行き来する便利な部員だった。

 この時点で、全員の名前を覚える必要はない。

 少なくともあの頃の僕は、自分たちが誰に何を演じさせられているのかさえ、ろくにわかっていなかった。

 僕らが夏休みの学校に泊まり込んでいた理由は、百合子が『中学生映像コンクール』にうちの部を勝手にエントリーさせたからだ。

 賞金は五十万円。大賞に選ばれればテレビ放送もあるらしい。聞こえだけは立派だが、こちらは十名にも満たない弱小映画部である。普段は短い動画を撮り、適当に編集して、身内で笑っているような部だった。

 当然、反発はあった。

 それでも百合子は引かなかった。

「あんたら、それでいいの? あたしらは映画部なのよ。映画部(仮)とか、MAD制作部とか、ユーチュー部とか言われて悔しくないわけ? あたしは悔しい。五十万あれば機材もソフトも買える。来年この部を支える後輩たちのためにも、何か残さないと本当に潰れるわよ!」

 矢継ぎ早に言われ、誰も反論できなかった。

 そうして僕らは、秋の締め切りまでに一本の映像作品を作ることになった。ジャンルはホラー。インパクト重視なら王道の恋愛より強いと考えたまではよかったが、問題はそこからだった。