荊棘―おどろ―



 大口を開けたロッカーには、よれたシャツと教材の山が詰まっていた。

 安堵した。
 ほんの少し、勝者になれた気もした。

 けれど、喜びに浸っている場合ではない。僕は教材の山からスマホを素早く回収した。

 さっさと帰ろう、走って。
 ポケットにしまう前に鳴り響く着信音を消して、画面を見る。

 電話だ──。

 登録されていない番号からだった。
 なんだこれ。誰からだこんな時に。

 妙に思い、気が引けたが、僕はスマホを恐る恐る耳に当てた。

「もしもし……」

 言って、返答を待つ。

 すると、小さな声がスピーカーから聞こえてきた。
 ノイズ混じりの、高い声。
 女の声だったのかもしれない。聞き間違いでなければ、声の主は僕にこう言った。

〝 も  う か  えっ ちゃ  う の 〟


 何かの聞き間違いだ。
 そんな言葉ではなかったはずだ。

 光を放つスマホを床に取り落とし、まともに考えられないまま逃げ出そうとした。
 その瞬間、右肩を強く掴まれた。
 背後に佇む異様な気配。じとりと耳たぶに絡む、生暖かい風。
 肩に食い込む尋常じゃない力に喉奥の声が死んで、動けなくなった。

「 ね  ぇ――」

 真横から投げかけられるか細い声。
 スピーカーから聴こえたのと同じ声。
 振り向くこともできない、揺れる視界にゆっくりと、少しずつ、〝なにか〟がやってくる。

「  か え ら  な い で 」

 僕がそこで見たのは、長い黒髪を顔に垂らして佇む、ずぶ濡れの女──、