荊棘―おどろ―


 コンクリートを踏み鳴らし、その存在を知らしめた北島 奏は、ひどく不機嫌そうな顔をして、ワンピースのポケットからサインペンと小さなリングメモを取り出すと、素早く何かを書き殴り、僕らに突き出した。

《いい加減にして》

 達筆な太文字で、そう書かれていた。

 全員がそれを読んだのを確認してから、彼女はまたメモ帳にペンを走らせる。

《そんなに行きたいなら行けばいい》

《行く気も死ぬ気もないくせに、軽々しく言葉にしないで》

 百合子以上に細く、ひ弱そうな彼女の本音とは思えない鋭い言葉だった。

 最初に反応したのは垂瓦だった。

「なんなのよ、いきなり……! 知ったふうなこと言わないで! あの頃、あなたはただ傍観してただけじゃない! そんなあなたに、百合子先輩を責める資格なんてないわ!」

 食らいつく垂瓦に、北島 奏は怯まなかった。

《責めてなんかいない。ただ、見るに堪えなかっただけ》

 そう書いてから、彼女はさらに続けた。

《右京さんの傷が塞がらないのは、そばにいるあなたたちが、ずっと傷を舐め回しているからじゃないの》

 書かれた言葉に、垂瓦の目つきが一段ときつくなる。

「なによそれ……勘違いしないで。わたしは、百合子先輩のために……! いなくなったかなみ先輩の代わりに、少しでも……!」

《その〝代わり〟になろうとすることが、右京さんをあの日に縛っているのよ》

 北島 奏は、淡々とメモをめくる。

《辛いと言えば、そばにいてくれる人たちがいる。それ自体は悪いことじゃない。でも〝支え〟も度が過ぎれば、誰かに受け止めてもらわないと立っていられない。そういう〝依存〟に変わってしまうことだってあるのよ》

 そう付け足して、彼女は百合子を見た。図星だったのか、百合子は逃げるように視線を逸らす。

「じゃあ、どうしろって言うの! あなたに、それがわかるの!」

 声を荒げる垂瓦に、北島 奏は小さく息を吐き、またメモを見せた。

《右京さんがどうしたら救われるかは、私にはわからない》

《私だって、あの時のことを忘れた日はない。自分だけに罪がないとも思っていない。それでも、死者は蘇らないし、時間も巻き戻せない。右京さんはこれ以上、戻ってこない南野さんを呼び続けてはだめ……》

 その文面は、百合子をさらに苦しめようとするものとは思えなかった。

《ごめんなさい。酷いことを言っている自覚はある。それでも、生きている人間が、いつまでも失った人の影を追い続けてはいけないと思うから、でないと、今に取り返しのつかないことになる……》

 最後にそう書いて、彼女は一歩下がった。垂瓦はまだ何か言いたそうにしていたが、ガッツが肩を叩いて止める。ひとまず、今日のところは帰ろうと、彼は全員に促した。

「……北島さんの言う通りだよ」

 ようやく冷静になったのか、黙り続けていた百合子がそこで口を開く。

「あたし……二人がいてくれることに甘えて、いつまでも尻込みしてた。そう言われても仕方ないよ。前、向かなきゃなのに……。みんな、ごめん。この埋め合わせは必ずするから」

 弱々しくガッツたちに謝ったあと、百合子は北島 奏にも深く頭を下げた。

「ごめんなさい。せっかく久々に会ったのに……。でも、なんだろう……あんまり喋ったことないからかな、北島さんの言葉、なんかすごく響いて……自分が繰り返してること、どれだけ愚かなことか……恥ずかしいって思ったよ……。今度はちゃんと薬飲んでくるから、よかったらでいいから、ご飯食べに行こう、北島さん。凛も、ガッツも、もう平気。車、運転できそうだから。東君も、変なこと言ってごめん。正気じゃなかったよ……ほんと、ごめんね」

 何度も頭を下げる百合子に、北島 奏は少しだけ微笑んだ。

《元気な時に、誘ってください》

 そう筆談で返す。

「サンキュウな……北島。せっかく再会したんだ。お前も大学夏休みだろ。また、なんつうか、近々集まれるといいな」

 ガッツが気をきかせて声をかけると、彼女は素っ気なく会釈し、そして僕を見る。それから、小さく折り畳んだメモ帳の切れ端を差し出してきた。

 え、これなに?

 尋ねる僕に、彼女はメモ帳を突き出す。

《あとで読んでくれればわかる》

 いや、今知りたいから聞いたんだけど。そう返そうとした時には、彼女はもう僕たちとは反対方向の暗い道へ歩き出していた。

 街灯の少ない道を、白い髪を(なび)かせて歩いていく。送っていこうかと声を投げたが、彼女は振り向かなかった。

 その姿が暗闇にのまれたことを確認して、僕らも反対側の道を歩き始める。

 雑木林が、生温い夜風に吹かれて揺れた。

 そのざわめきが、化け物の叫びに聞こえた。