荊棘―おどろ―


「百合子先輩、帰って落ち着きましょう。おにぎり握ってあります。それ食べて、薬飲んで寝ましょう」
「いやっ、あたし、かなみのとこ、いきたい……ッ」
「変なこと考えないでください。百合子先輩は生きなきゃ……じゃないと、かなみ先輩が悲しみますよ。今だって、百合子先輩が苦しんでるの見て、きっと同じくらい苦しいはずです」

 言いながら、垂瓦も泣きそうな声になっていた。

「でも……だめなのっ。やっぱり、謝らないと……あたし、いけないの。かなみ、怒ってるはずだから……っ」
「百合子先輩……」
「怒ってる。ぜったい、かなみ、あたしのこと怒ってる。わかるの。だから……あたし、かなみのとこに……あの子と同じように……ッ」

 落ち着きかけていた呼吸をまた乱し、百合子は包帯を巻いた手首に爪をめり込ませる。

「あたしも、あの子のところに……!」

 次の瞬間。

 百合子の叫びに被せるようにして、コンクリートの地面が鈍い音を立てた。

 たいして大きな音ではなかった。
 けれど視界の隅に入っていた、その人物の動きに、振り向かない者はいなかった。

 底の薄いサンダルを履いた足が、もう一度、地面を強く踏み鳴らす。

 子供が駄々をこねる時のそれより、ずっとはっきりとした地団駄だった。

 その時、初めてみんなは“彼女”に注目したのだろう。

 僕でさえ驚いた。

 なんてことだ。

 一つ、謝らなければならない。

 伝え漏れがあった。

 僕はここまで、見たもの、感じたもの、現状をそのまま語ってきたつもりだった。
 必要事項をそれなりにまとめ、不要なものは切り捨てて、語り手を務めていたわけだ。

 けれど、つい今さっき誤算が生じた。

 僕に言わせてもらうなら、

 『背景』が喋ったのである。

 もちろん、『背景』というのはたとえだ。
 正確には『人物』である。

 百合子、ガッツ、垂瓦、そして僕。

 ここまで話を辿るなら、当事者は四人。
 四人の存在しか認められないはずだった。

 けれど僕は、ただ語っていなかっただけに過ぎない。

 酷い言い方をするなら。
 彼女をいないものとして、あえてストーリーの中に組み込んでいなかった、ということだ。