荊棘―おどろ―

 ようやく感情の嵐が弱まり、膝を抱えて震える百合子を見下ろしながら、ガッツが弱々しく言った。

 やはりそうだったか。

 ガッツと百合子が同じ進路を歩んできたのは、ただの偶然ではなかったのだろう。

 他のみんなはどうなんだ、と尋ねると、ガッツは言いづらそうに首を傾けた。

「さあな。その話は極力しないようにしてる。したくもない話だろ。したって何が変わるわけでもねえしな。でも、みんなそれなりに元気にはしてるよ。俺も左門とはよく会うし、左門はたまに斜丸と連絡とってる。垂瓦は百合子とルームメイトになってくれた」

 そこで一度言葉を切り、ガッツは百合子の沈んだ頭を優しく撫でた。

「……百合子は、見ての通り重症だけどな」

 百合子の泣き腫らした顔は血色が悪く、さっき居酒屋で見せていた穏やかな笑顔は仮初めのものだったのだろう。

 これが、五年前からの百合子……。

「ほら、もう遅いしよ。帰るぞ。お前、車運転できるのか?」

 ガッツの問いに、百合子は答えなかった。
 代わりに、ゆっくりと僕を見る。

「ねえ、東君……お願い、があるの」

 ん?

「あの、ね……一回。一回だけでいいから」

 なに、と聞き返す僕に、彼女は声を小さくして、それでもはっきり言った。

「……あたしを、抱いて」

 ──は。

 真顔でそう返すしかなかった。
 眼から鱗どころか、魚が飛び出てきそうだった。

 そんなことを、このタイミングで言うものなのか。
 好きとか、愛おしいとか、そういう感情があるから吐く言葉じゃないのか。普通は。

 けれど聞き間違いではなかった。

「抱いてよぉ! 東君!」

 艶めいた誘惑ではない。
 生きるために酸素を求めるような、必死の形相だった。

「いっかい、いっかいだけでいいから! そうすれば落ち着くの、辛くなくなるの。いつもそうだった。そうするとラクになったの。お願い、足りないの、苦しいの。助けてよ、東君──たすけて!」

 彼女は泣きはらした顔で僕の手を掴んだ。

 もしかすると、彼女の言うように、一度そうしてやれば、ほんの少しだけ救われるのかもしれない。
 だが、いくら流されやすい僕でも、その要求には頷けなかった。

 この不安定で、方向を見失い、少し突けば爆発してしまいそうなかつての同級生に、僕は少なからず恐怖と気色悪さを覚えていた。

 彼女がこうなってしまったこと自体は、無理もないことかもしれないが……、でも。

 ガッツの顔を見る。
 どうやら、今回が初めてではないらしい。

「馬鹿! 百合子いい加減にしろ! 東にそんなこと言うな‼︎」

 ガッツが眉間に深い皺を刻み、百合子を叱りつける。

「なんでお前はいつもそうやって自分を大事にしねぇんだよ! いい加減、自分がやってることが間違いだって気づけよ!」
「だって……だってそうじゃないと辛いんだもん……ッ」
「だからって! 東に言うことじゃないだろ! せっかく再会したってのに、あんまりだろ‼︎」
「じゃ、じゃあガッツでもいいから!」
「ッ、の──!」

 ガッツの平手が、百合子の頬を打つ。

 グーじゃなくてよかったと心底思った。
 それでも沈黙を裂いた音は強く、百合子の顔が真横を向く。白い頬が、みるみる赤く染まっていく。