荊棘―おどろ―

 先ほどの映画に出てきたような女──などはいなかった。ただ、濃厚な闇がこちらを見下ろしているだけだ。

 手探りで壁際のスイッチを押すと、眩い光が収納室を照らし、音の正体がわかった。

 荷物を乗せていたラックの上から、いくつかの段ボール箱が崩れ落ちていたのだ。

「なあんだ。昼間整理したやつが落ちたんじゃない」

 百合子が胸を撫で下ろし、他のみんなも壁に寄りかかるようにして息を吐いた。

 収納室には、映画部の小道具や古い撮影機材、学校行事の記録映像が雑に詰め込まれていた。昼間に片づけたばかりだったが、隅に追いやった箱が重みに耐えきれず崩れたのだろう。

 結局、僕らは総出で散らばった中身を拾い集めることになった。

「うーわ、ここ片したの誰? こんないい加減に積めば落ちてくるに決まってるじゃん!」
「うるせーな百合子ぉ、耳元でキンキン叫ぶなっての」
「はぁぁ~よかったです、幽霊出てこなくて」

 安堵と文句が飛び交う中、僕は封の甘い段ボールにガムテープを貼り直していた。

「東君、すごいよね」

 顔を上げると、かなみがこちらを見ていた。

「みんな怖がってたのに、一人だけ扉を開けたんだもん。相変わらず、みんなと違う行動ができる人だよね」

 それは、どういう意味?

 僕が首を傾げると、かなみはのんびり笑った。

「勇気あるなあって意味。東君、お芝居以外怒らないし、笑わないし。本当なに考えてるんだろうって思うけど。いざって時に頼りになるからさ、そういうところ尊敬するよ」

 これは照れるところだろうか。

 そう聞き返せば、かなみは東君らしい答えだねと笑い、僕の作業を手伝ってくれた。

 一際傷んだ段ボールを持ち上げた時、底が抜けた。
 埃が舞い、カビ臭い空気が鼻の奥に刺さる。

「東君、大丈夫!?」
「ひでえなこの埃の舞いよう。なんだよこれ、いつのよ」

 落ちてきたのは、紐閉じされた冊子、ノート、数枚の写真、行事記録らしいDVD。

 そして、その中に一本だけ、時代の違うビデオテープが混じっていた。

「ビデオテープ……か?」

 黄ばんだラベルの文字は、掠れてほとんど読めない。箱の状態から見ても、相当前にしまい込まれたものらしい。

「なに、これ」

 百合子が拾い上げ、眼鏡の奥の目を細める。

 平仮名で書かれているようだった。
 最初は「お」。次が濁点付きの、ひどく掠れた字。その次は、おそらく「ろ」。

 おどろ――か?

「なんだよそれ、踊ろうってことか?」

 ガッツがふざけて笑う。

「それであってると思うよ」

 答えたのはかなみだった。彼女は色褪せた冊子をめくり、神妙な顔で中身を見ている。

「これ、お芝居の台本だわ……」

 表紙には、滲んだ文字で『おどろ』と記されていた。中身は台詞とト書きでびっしり埋まっているらしい。

「おどろって、どういう意味?」
「おどろおどろしい、って言葉はありますけど……」

 斜丸が横から答える。

 台本には、脚本担当者の名はない。みんながその中身に気を取られているあいだに、僕は足元に散らばった写真を一枚拾った。

 古い集合写真だった。
 黒いセーラー服姿の女の子が七名、旧校舎らしい窓際で肩を並べている。

 みんな笑っていた。

 中央の子以外は。

 いや、もしかすると彼女も笑っていたのかもしれない。ただ、その表情は確かめようがなかった。少女の首から上だけが、刃物で引っ掻かれたように大きく歪んでいたからだ。

 写真の中の朗らかな空気が、そこだけ黒く濁っている。

 僕はそれを、誰かが気づく前に裏返し、別の写真の下へ隠した。

 もう一度見ようとは思えなかった。