柚流が自らの足で得た気づき。それは自分勝手な行動は許されないということ。
現実へ帰るための手掛かりを探そうにも、気づくと元居た場所へ戻されている。授業中、休み時間、放課後。時間は関係ない。例えばトイレに行くフリをしてもダメだった。まるで決められた「筋道」があるように、そこから逸れた行動を取ると、強制的に連れ戻される。そういう風にできていた。
しかし不思議なことに、碧葉にはある程度自由に動ける時間があるのだという。今まで柚流へ会いに来られていたのも、何度も助けに来ることができたのも、そのおかげだった。
碧葉についてはまだ不明な点も多い。だが、今となってはこの異常な世界における唯一の理解者。
いくら柚流が突拍子もない話を振っても、作り出された偽物のクラスメイトは「筋道」から外れた会話をしてくれない。ここは現実じゃないんだと伝えても、笑って話をすり替えられる。当然遥人や椿木も同じ。正しい記憶が保持されていけばいくほど、柚流は心細くなって、一人だけ取り残されてしまうような最悪な気分に陥った。
孤独は辛い。碧葉の存在が心の大部分を占めるようになるまで、そう多くの時間は掛からなかった。
「オレたち、ここで死んだらどうなるんだろうな」
なかったことになんのかな――柚流は丸いテーブルに頬杖をつきながら呟いた。
ここ最近毎日のように行われていた劇の練習はお休み。空が茜色に染まり始めるのも早くなって、朝晩はシャツ一枚で過ごすのも肌寒くなってきた今日この頃。
「死のうとしても意味ないですよ。ただ痛い思いするだけです」
外と遮断するようにカーテンを引いた碧葉が、チラッとこちらへ視線をやりながら答えた。夜に移り変わろうとする夕焼け色は見る影もなくなった。
薄暗い室内に明かりがつく。柚流がリモコンを押したのだ。
「なんかお前が言うと説得力あんな~」
「……どうしたんですか。そんな弱気になるなんて。もしかしてけっこう参ってたりします?」
戻ってきた碧葉が隣に座る。
「……そりゃオレだって、こんなマイナスなこと考えたくねえよ。でもしょうがねえだろ」
学校の空き教室、図書室、屋上、そして校門から先の外――。怪しいと踏んでいる場所、そのどれもに柚流は一度も行けなかった。話の通じる人も隣の後輩しかいないし、遥人や椿木と会話していても身が入らない。
もはや一刻も早く、この世界から離れたくて、脱出したくてたまらなくなっていた。
「じゃあ今日は一歩進んでみますか」
「え?」
内容を問う間もなく、唇に響いたリップ音。
「ッおい、急になに――」
「俺と先輩の間には、まだ伝えられない言葉がある。でもそれをどうにかできるかもしれないって話、俺この前言いましたよね」
天井のライトに照らされた碧葉の瞳が、淡い水面のような青に溶けている。
「キスで俺の姿を認識できるなら、さらに接触を図ればもっと意思疎通ができるようになる――俺はこう考えてるんです。現に今は柚流先輩の記憶もかなり正確になってきてますし。俺がつけた噛み跡と絆創膏だけで思い出せることも多いですよね」
柚流はテーブルに置いた左手を見た。誰から指摘されることもなかった絆創膏と、薄くなってきてはいるが、まだうっすらと分かるくらいには残っている歯形。
「た……しかに。お前のこと、今は忘れてる日のほうが少ねえよ。キスも、すればするほどお前のことが思い出しやすくなったのは事実だ」
――でも、一歩進むって? これ以上接触を図るって?
「そんなに不安そうな顔しないでください。別に取って食ったりなんかしませんから」
優しい声音を含んだ碧葉がこっちに腕を伸ばしてくる。うなじを緩く擦られる。
「これ、嫌ですか?」
くすぐったいが、不快な感じはしなかった。というか、これまで彼に対して否定的な感情を覚えたことがないので、当たり前と言えば当たり前。むしろ柚流は、必要以上に彼との行為にハマってしまうことが怖かった。
「先輩?」
首をかしげた碧葉がジリジリと近づいてくる。
「な、なんでこっちくるんだよ!」
「……だって先輩が嫌そうじゃないから」
「っ! まだなんも言ってねえだろ!?」
咄嗟に引き下がろうとする柚流を、とどめの一撃が刺す。
「じゃあ嫌なんですか? 嫌なら無理にはしませんよ」
うなじに触れる手のひらが熱かった。耳の奥で主張するドラムみたいな動悸がうるさかった。
堪えきれない。
「い、嫌じゃ……ねえ――」
答えた瞬間。
「んッ……!」
掬い上げるように唇を塞がれる。腰を強く引き寄せられて、胡座をかいた碧葉の膝上に乗せられる。
「はあっ、ん……っ、ん……」
根こそぎ奪われそうな深いキスに脳が蕩けるほど熱い。柚流は求めるみたいに目の前の首へ腕を回した。うなじを擦っていた手が、掻き上げるように髪を撫で、グッと押さえつけてくる。
交わす吐息の熱さ、官能的な水音。そのすべてにゾクゾクと痺れが走る。
「先輩……」
焦がれるような声は切なかった。柚流は思わず胸が痛んで目を開けた。霞んだ視界の真ん中、火傷しそうなほど強烈な視線がこちらを向いていた。
「俺、――――るんです」
「え? っ、なんて」
「――――る。聞こえたら、教えてください。俺は貴方に伝えたいことがまだたくさんある」
そう言うと碧葉の頭が沈んだ。首筋にチクリと痛みが刺す。吸われたのだと理解するのに時間はいらなかった。
鎖骨にかけて続く刺激がどうにもくすぐったい。身をよじる柚流は、肌着の下を潜り込む手のひらに気づくのが遅れた。シャツのボタンはいつの間にかすべて開けられていた。
「あっ、碧葉!」
「なんですか」
怖気づく柚流にお構いなく、背中から味わうように撫でる手つき。耳元で囁く甘い声色に首がすくむ。
「本当に嫌だったらやめますよ」
「うわっ! み、耳舐めんな! んなとこ汚えだろ!」
「汚くないです。俺は貴方の全部に触りたい」
――何言ってんだコイツは! 雰囲気に呑まれて頭のネジでも飛んだのか!?
「先輩のこと、何――も、見――んです。――――世界で、何――も、何――も」
柚流は体をびくつかせた。初めて胸元へ触れる指の感触を、戸惑わずにはいられなかった。
「おい……っ、さすがにそこは……!」
「最初はなんて馬鹿な人なんだろうって思いました」
執拗に弄ってくる指先と、喋りながら愛撫してくる唇が腰を震わせる。
「どうせ――れるのに、馬鹿みたいに――人に焦がれて。俺には何度も愚痴ばっかり言ってくるし」
ガリッと鎖骨を噛まれた。
「おまッ、やっぱ噛み癖あるだろ!?」
「知りません。噛みたいと思うのは貴方が初めてです」
――え、オレのこと食いもんかなんかだと思ってる?
「泣き顔を見て慰めたいと思ったのは貴方が初めてだし、能天気に笑ってる姿にホッとするのも貴方が初めて。椿木姫華に向ける、あの焦がれたような目を俺にも向けてほしいと、そう思ったのだって――貴方が初めてなんですよ」
開いたシャツから肌着を捲し上げられる。散々弄り回されて赤くなったそれに、熱すぎる感触が這った。
「うっ、ちょ……っと、あお、ばッ」
男にこんなことをされて、普段なら絶対に気持ち悪いと思うはずだった。今すぐ突き飛ばして、この場から逃げ出したくなる可能性だってあったはず――なのに。
(やべえ……オレ、すげえドキドキしてる)
気持ちいいかと聞かれればよく分からない。ただ、背中に回った痛いほど抱きしめてくる両腕とか、滅多に変わらない顔色を真っ赤にしながら一生懸命すがりついてくる碧葉に、どうしようもなく胸が高鳴る。
「――好きです」
熱に浮かれた瞳が柚流を見上げた。
「……え?」
「この終わらない世界で、同じ時を繰り返すこの世界で、貴方だけが俺の支えでした。……貴方だけが、俺を地獄の底から救ってくれたんです」
現実へ帰るための手掛かりを探そうにも、気づくと元居た場所へ戻されている。授業中、休み時間、放課後。時間は関係ない。例えばトイレに行くフリをしてもダメだった。まるで決められた「筋道」があるように、そこから逸れた行動を取ると、強制的に連れ戻される。そういう風にできていた。
しかし不思議なことに、碧葉にはある程度自由に動ける時間があるのだという。今まで柚流へ会いに来られていたのも、何度も助けに来ることができたのも、そのおかげだった。
碧葉についてはまだ不明な点も多い。だが、今となってはこの異常な世界における唯一の理解者。
いくら柚流が突拍子もない話を振っても、作り出された偽物のクラスメイトは「筋道」から外れた会話をしてくれない。ここは現実じゃないんだと伝えても、笑って話をすり替えられる。当然遥人や椿木も同じ。正しい記憶が保持されていけばいくほど、柚流は心細くなって、一人だけ取り残されてしまうような最悪な気分に陥った。
孤独は辛い。碧葉の存在が心の大部分を占めるようになるまで、そう多くの時間は掛からなかった。
「オレたち、ここで死んだらどうなるんだろうな」
なかったことになんのかな――柚流は丸いテーブルに頬杖をつきながら呟いた。
ここ最近毎日のように行われていた劇の練習はお休み。空が茜色に染まり始めるのも早くなって、朝晩はシャツ一枚で過ごすのも肌寒くなってきた今日この頃。
「死のうとしても意味ないですよ。ただ痛い思いするだけです」
外と遮断するようにカーテンを引いた碧葉が、チラッとこちらへ視線をやりながら答えた。夜に移り変わろうとする夕焼け色は見る影もなくなった。
薄暗い室内に明かりがつく。柚流がリモコンを押したのだ。
「なんかお前が言うと説得力あんな~」
「……どうしたんですか。そんな弱気になるなんて。もしかしてけっこう参ってたりします?」
戻ってきた碧葉が隣に座る。
「……そりゃオレだって、こんなマイナスなこと考えたくねえよ。でもしょうがねえだろ」
学校の空き教室、図書室、屋上、そして校門から先の外――。怪しいと踏んでいる場所、そのどれもに柚流は一度も行けなかった。話の通じる人も隣の後輩しかいないし、遥人や椿木と会話していても身が入らない。
もはや一刻も早く、この世界から離れたくて、脱出したくてたまらなくなっていた。
「じゃあ今日は一歩進んでみますか」
「え?」
内容を問う間もなく、唇に響いたリップ音。
「ッおい、急になに――」
「俺と先輩の間には、まだ伝えられない言葉がある。でもそれをどうにかできるかもしれないって話、俺この前言いましたよね」
天井のライトに照らされた碧葉の瞳が、淡い水面のような青に溶けている。
「キスで俺の姿を認識できるなら、さらに接触を図ればもっと意思疎通ができるようになる――俺はこう考えてるんです。現に今は柚流先輩の記憶もかなり正確になってきてますし。俺がつけた噛み跡と絆創膏だけで思い出せることも多いですよね」
柚流はテーブルに置いた左手を見た。誰から指摘されることもなかった絆創膏と、薄くなってきてはいるが、まだうっすらと分かるくらいには残っている歯形。
「た……しかに。お前のこと、今は忘れてる日のほうが少ねえよ。キスも、すればするほどお前のことが思い出しやすくなったのは事実だ」
――でも、一歩進むって? これ以上接触を図るって?
「そんなに不安そうな顔しないでください。別に取って食ったりなんかしませんから」
優しい声音を含んだ碧葉がこっちに腕を伸ばしてくる。うなじを緩く擦られる。
「これ、嫌ですか?」
くすぐったいが、不快な感じはしなかった。というか、これまで彼に対して否定的な感情を覚えたことがないので、当たり前と言えば当たり前。むしろ柚流は、必要以上に彼との行為にハマってしまうことが怖かった。
「先輩?」
首をかしげた碧葉がジリジリと近づいてくる。
「な、なんでこっちくるんだよ!」
「……だって先輩が嫌そうじゃないから」
「っ! まだなんも言ってねえだろ!?」
咄嗟に引き下がろうとする柚流を、とどめの一撃が刺す。
「じゃあ嫌なんですか? 嫌なら無理にはしませんよ」
うなじに触れる手のひらが熱かった。耳の奥で主張するドラムみたいな動悸がうるさかった。
堪えきれない。
「い、嫌じゃ……ねえ――」
答えた瞬間。
「んッ……!」
掬い上げるように唇を塞がれる。腰を強く引き寄せられて、胡座をかいた碧葉の膝上に乗せられる。
「はあっ、ん……っ、ん……」
根こそぎ奪われそうな深いキスに脳が蕩けるほど熱い。柚流は求めるみたいに目の前の首へ腕を回した。うなじを擦っていた手が、掻き上げるように髪を撫で、グッと押さえつけてくる。
交わす吐息の熱さ、官能的な水音。そのすべてにゾクゾクと痺れが走る。
「先輩……」
焦がれるような声は切なかった。柚流は思わず胸が痛んで目を開けた。霞んだ視界の真ん中、火傷しそうなほど強烈な視線がこちらを向いていた。
「俺、――――るんです」
「え? っ、なんて」
「――――る。聞こえたら、教えてください。俺は貴方に伝えたいことがまだたくさんある」
そう言うと碧葉の頭が沈んだ。首筋にチクリと痛みが刺す。吸われたのだと理解するのに時間はいらなかった。
鎖骨にかけて続く刺激がどうにもくすぐったい。身をよじる柚流は、肌着の下を潜り込む手のひらに気づくのが遅れた。シャツのボタンはいつの間にかすべて開けられていた。
「あっ、碧葉!」
「なんですか」
怖気づく柚流にお構いなく、背中から味わうように撫でる手つき。耳元で囁く甘い声色に首がすくむ。
「本当に嫌だったらやめますよ」
「うわっ! み、耳舐めんな! んなとこ汚えだろ!」
「汚くないです。俺は貴方の全部に触りたい」
――何言ってんだコイツは! 雰囲気に呑まれて頭のネジでも飛んだのか!?
「先輩のこと、何――も、見――んです。――――世界で、何――も、何――も」
柚流は体をびくつかせた。初めて胸元へ触れる指の感触を、戸惑わずにはいられなかった。
「おい……っ、さすがにそこは……!」
「最初はなんて馬鹿な人なんだろうって思いました」
執拗に弄ってくる指先と、喋りながら愛撫してくる唇が腰を震わせる。
「どうせ――れるのに、馬鹿みたいに――人に焦がれて。俺には何度も愚痴ばっかり言ってくるし」
ガリッと鎖骨を噛まれた。
「おまッ、やっぱ噛み癖あるだろ!?」
「知りません。噛みたいと思うのは貴方が初めてです」
――え、オレのこと食いもんかなんかだと思ってる?
「泣き顔を見て慰めたいと思ったのは貴方が初めてだし、能天気に笑ってる姿にホッとするのも貴方が初めて。椿木姫華に向ける、あの焦がれたような目を俺にも向けてほしいと、そう思ったのだって――貴方が初めてなんですよ」
開いたシャツから肌着を捲し上げられる。散々弄り回されて赤くなったそれに、熱すぎる感触が這った。
「うっ、ちょ……っと、あお、ばッ」
男にこんなことをされて、普段なら絶対に気持ち悪いと思うはずだった。今すぐ突き飛ばして、この場から逃げ出したくなる可能性だってあったはず――なのに。
(やべえ……オレ、すげえドキドキしてる)
気持ちいいかと聞かれればよく分からない。ただ、背中に回った痛いほど抱きしめてくる両腕とか、滅多に変わらない顔色を真っ赤にしながら一生懸命すがりついてくる碧葉に、どうしようもなく胸が高鳴る。
「――好きです」
熱に浮かれた瞳が柚流を見上げた。
「……え?」
「この終わらない世界で、同じ時を繰り返すこの世界で、貴方だけが俺の支えでした。……貴方だけが、俺を地獄の底から救ってくれたんです」

