翌日。迎えた文化祭本番。
『――シンデレラ、キッチンの掃除は終わったの?』
『庭の枯れ葉も積み上がったままじゃない! 早く片付けなさいって言ったわよね!?』
『でも~待ってお姉さま。この子、頭から灰を被っているわ。きっと暖炉の掃除をしていたのよ』
クスクスと嘲るような笑いが響く。
柚流は薄暗い舞台袖に立ち、始まった劇を見守っていた。眩いスポットライトの下、意地悪な継母と義姉に囲まれたシンデレラ――椿木が、暗い顔で俯いている。
「おーいユズ、もしかして緊張してんのか?」
「……ハル」
隣に遥人が並んだ。煌びやかな衣装に身を包み、まさしく王子様然とした立派な出で立ち。上げた前髪が爽やかな顔立ちを引き立たせている。どこからどう見ても今日の主役だ。
――コイツと親友でいられんのも、明日で最後か。
苦笑いが漏れる。どうせ中身はない空っぽの人間なのに、寂しいと感じてしまう自分がいて。椿木が現実でも惚れていた彼と、柚流が仲の良い友達であれば、この理想郷では都合がいい。そんな理由で生み出されただけの関係だろう。
しかし、桐山遥人の「親友」であるという役割を与えられたこと。彼には椿木を取られてヤキモキする時もあったが、柚流にとってはたしかに友達だった。軽口を言いあえて、ふざけ合える、初めての男友達だったのだ。
「ありがとな、ハル」
「……? どうした? 緊張しすぎておかしくなったか?」
「別に。お前こそカッコいい王子様なんだから、セリフ嚙んだりなんかすんなよ」
「あ、……ははっ、やべ。実は俺が緊張してんのバレてた?」
こうして話してると、お前も普通の人間にしか見えないのにな。
「秋吉! 次お前の番だぞ!」
大見の呼びかけに、ハッと背筋を伸ばす。昨日とは違って、艶やかなシルバーのウィッグが胸の前で揺れた。
灰まみれのシンデレラが助けを待っている。辛い、しんどい、誰か地の底から這いあがれない私に気づいてよって。一人、涙に濡れたまま、蹲りながら。
『――大丈夫か? シンデレラ』
オレは君の王子様にはなれなかったけど、君を笑わせてあげることくらいはできたかな。
『あ、あなたは……だれ?』
『オレは魔法使い。毎日頑張ってるお前を見て、お前の願いを叶えにやって来た魔法使いさ』
木のステッキを振り、呪文を唱えると、かぼちゃが豪奢な馬車へと変わる。ネズミは馬へ、犬は御者へ。
『まあっ、すごいわ魔法使いさん……!』
華やいだ笑顔を乗せる椿木に、柚流はいつも胸を動かされた。皺の寄った眉が困ったように垂れ下がり、泣き腫らした瞳に煌めきが宿るとほっとした。
(……椿木さん。オレは君に、幸せになってほしかった)
降り注ぐライトが熱い。浴びる頭の中は、反比例するように静まり返っている。
(でも君は、「死」を選んだ。……残念だけど、オレじゃあダメだったんだな)
未練が雪のように解けていく。
長い片想いだった。淡く、寄り添いたい恋だった。
『さあシンデレラ。最後の魔法だよ。そのみすぼらしい服装を、とびっきり素敵なドレスへ変えてあげよう』
だからどうか、最後は泣いてくれませんように。
笑ってお別れが、言えますように。
***
出番が終わり、舞台袖へ戻った柚流は、いるはずのない男に目を瞬かせた。
「――お疲れ様です、先輩」
「えっ? なんでお前ここに」
壁にもたれ、ひっそりと佇んだ碧葉の姿。周りは誰も気にしていないようで、それぞれ台本を確認したり、舞台上の動きに注視して眺めている。
柚流は声をひそめながら横に立った。
「椿木さん近くにいんのに……よく来れたな」
舞台上には絶賛演技中の椿木。早着替えした青いドレスをひらめかせ、遥人と優雅に踊っている。
「先輩に会いたいと思ったら、案外近くまで来れちゃいました。今まではこんな近い距離、頭が痛くなって飛ばされることが多かったんですけど」
「……あんま危ないことすんなよ」
「え、心配してくれてるんですか?」
普段通りの声量では話せないので、必然と肩が触れ合う。首を傾げた碧葉の、涼やかな目元に見つめられた。伝わってくるあたたかさに、自然と胸が高鳴る。
「し、縛りが解けてきてんのかもな。いろいろもう、オレたち知っちゃってるわけだし」
「……そうですね。この分なら俺、明日も一緒にできそうです。現実に帰れますね」
「あ、」
ギュウッと心臓が捻り潰されたみたいに悲鳴を上げた。
明日の依り代破壊作戦。そこで終わりを迎えることは重々承知している。しているが、碧葉の前だとどうにも取り繕えない。喉の奥がつかえて、息が詰まってしまう。離れたくないと、願ってしまう。
(オレは、とっくにこの感情があることを知ってた。ずっと認めらんなくて、見ねえフリをしてたけど、でも――)
柚流は椿木のために生まれた存在だ。彼女を一番に思いやり、一番に優先しなければならない。それは柚流自身が望んだことで、そこに間違いはない。
しかし、そのせいで無意識にセーブしていた。自身の中で新たに芽生えた、大切な彼への気持ちのことを。
「先輩、」
「碧葉。オレ、お前に返事するよ」
柚流は微笑んだ。肌触りのいいワンピースを握りしめ、すぐ隣にいる碧葉を見上げる。
「オレ――」
「待って。先輩のこと、今すぐここから連れ去ってもいいですか?」
「えっ?」
尋ねる暇はなかった。性急に手首を掴まれたかと思うと、そのまま引っ張られる。背を向けた碧葉が気を急くように、ぐいぐいと体育館から連れ出した。
舞台袖の暗がりから一転。燦然と放つ日の光が眩しい。柚流はもつれそうになる足をなんとか動かしながら、前の彼に向って叫ぶ。
「まッ、あ、碧葉! オレ衣装のまんま!」
暑苦しいウィッグに、踏んづけてしまいそうなほど長い裾のひらひら。耳の横で揺れる銀髪と、足首まで覆うスカートが邪魔だった。ヒールのないフラットシューズのおかげでかろうじて転ぶことはなかったが、走るのにこれほど適していない恰好はない。シンデレラも城から走り去る時、こんな気分だったりしたのだろうか。
――オレにはこんな体験、全然いらなかったけど!
足を緩めた碧葉が振り返る。ようやく止まったかと安堵したのも束の間。軽く屈んだ彼に今度は腰を掴まれる。抵抗もできずふわりと浮く感覚。柚流は碧葉の肩に担がれていた。
「はっ!? なんだよこれ!?」
しかし返ってくる言葉はない。スピードを上げられ、視界がブレる。まだ加減していたのだろう。先ほどと風を切る速さが違い過ぎて、もはや笑いが漏れ出てくるばかりだった。
しばらくして連れてこられたのは、無人の空き教室。今日は文化祭だが、校舎に人気は少ない。体育館のほうへ生徒は集められているのだろう。
ガラッと戸を開け、閉じる音がした瞬間。背中に勢いよく壁が当たった。ズレたウィッグを外され、熱の籠った視線とかち合う。
「――好きです、柚流先輩」
汗で張り付いた前髪を指で払われる。閉じ込めるみたいにして、両側を彼の腕に囲われる。
「先輩は? 俺のこと、どう思ってるんですか?」
余裕のない声色。一瞬たりとも逸らすことを許さない瞳孔が、大きく開いていた。今にも飛び掛かってきそうなほど鋭い眼差しに、柚流はふっと唇が緩む。
「……好きだよ、オレも。碧葉のことがすげー好き」
宝物を扱うみたいに触れてくれるところ、まっすぐ目を見て好意を伝えてくれるところ、傷ついてほしくないと一心に手を伸ばしてくれるところ。
「オレは椿木さんのこと好きだったけど、気づいたら頭ん中、お前でいっぱいになってた。触られるたびにドキドキなんかしちゃったりしてさ。……しかも、それが全然嫌じゃねえの」
赤くなった碧葉の目元をさするように撫でる。
「お前にオレん中、塗り替えられた。お前とこの先も、ずっと一緒に生きてたいくらい、好きになっちゃったんだ……っ」
ああ、これは言うつもり、なかったのにな。
震えた吐息が碧葉に呑み込まれる。咄嗟に瞑った目尻から雫がこぼれ落ちる。待ち構えていた口づけは激しくて、少ししょっぱい。息もできないほど全力で求められて、逆上せた頭は痺れるほど気持ちよくて、張り裂けそうな胸はこの上なく満たされた。
「いますよ。一緒に」
「……っ?」
「俺は貴方を手放しません。俺と一生一緒に生きていくんです」
するりと首をなぞられ、うなじを吸われる。背中のチャックが下ろされていることに、柚流はたった今気が付いた。
「あ、あお――ッ」
「貴方は俺のものだ。たとえ現実では存在できない人だとしても、この理想郷でなら生きられる。だったら俺は、貴方の傍にずっといてやりますよ」
「な、なに言ってんだ! ここは明日壊すって――」
それにお前も、現実に帰るって。
「壊します。でも俺は貴方と一緒にいます」
「はあ!? 意味、分かんねー……っ」
「分からなくていいですよ。貴方に知ってもらうつもりは一切ありません」
そう言うと、再び口づけが下りてきた。脱がされたワンピースの隙間から、線をなぞられる。執拗に何度も何度も。そこにいることを確かめるように。余すことなく、行ったり来たりして。
「っ、あ、あお……ばぁ」
肝心なところは触れられていないのに、柚流の体は火照ったように熱くなった。好きだと認めたせいか、全部が気持ちよくて仕方ない。蕩けるように、身を委ねてしまう。
「先輩、俺もう我慢できません」
太ももに、硬い棒のようなものが当たった。男なら言わずもがな分かるそれは、明確に意思を持ってこちらに主張していた。柚流はごくりと唾を飲む。
「っ、い、いいー……けど。でもオレっ、はっ、は、初めて、だから……」
碧葉のシャツにしがみつき、弾け飛んでいきそうな心臓を必死に堪えた。目は合わせられなかったが、勇気をもって伝えた言葉に、ふっと漏れるような笑い声が聞こえた。
「もちろん優しくしますよ。貴方の全部、俺に教えてください」
塗り替えられる。身も心も全部。碧葉の熱と混ざりあって、溶かされて。射貫くような視線に絡み取られた柚流は、そのまま深く深く、彼の愛に溺れていくしかなかった。
『――シンデレラ、キッチンの掃除は終わったの?』
『庭の枯れ葉も積み上がったままじゃない! 早く片付けなさいって言ったわよね!?』
『でも~待ってお姉さま。この子、頭から灰を被っているわ。きっと暖炉の掃除をしていたのよ』
クスクスと嘲るような笑いが響く。
柚流は薄暗い舞台袖に立ち、始まった劇を見守っていた。眩いスポットライトの下、意地悪な継母と義姉に囲まれたシンデレラ――椿木が、暗い顔で俯いている。
「おーいユズ、もしかして緊張してんのか?」
「……ハル」
隣に遥人が並んだ。煌びやかな衣装に身を包み、まさしく王子様然とした立派な出で立ち。上げた前髪が爽やかな顔立ちを引き立たせている。どこからどう見ても今日の主役だ。
――コイツと親友でいられんのも、明日で最後か。
苦笑いが漏れる。どうせ中身はない空っぽの人間なのに、寂しいと感じてしまう自分がいて。椿木が現実でも惚れていた彼と、柚流が仲の良い友達であれば、この理想郷では都合がいい。そんな理由で生み出されただけの関係だろう。
しかし、桐山遥人の「親友」であるという役割を与えられたこと。彼には椿木を取られてヤキモキする時もあったが、柚流にとってはたしかに友達だった。軽口を言いあえて、ふざけ合える、初めての男友達だったのだ。
「ありがとな、ハル」
「……? どうした? 緊張しすぎておかしくなったか?」
「別に。お前こそカッコいい王子様なんだから、セリフ嚙んだりなんかすんなよ」
「あ、……ははっ、やべ。実は俺が緊張してんのバレてた?」
こうして話してると、お前も普通の人間にしか見えないのにな。
「秋吉! 次お前の番だぞ!」
大見の呼びかけに、ハッと背筋を伸ばす。昨日とは違って、艶やかなシルバーのウィッグが胸の前で揺れた。
灰まみれのシンデレラが助けを待っている。辛い、しんどい、誰か地の底から這いあがれない私に気づいてよって。一人、涙に濡れたまま、蹲りながら。
『――大丈夫か? シンデレラ』
オレは君の王子様にはなれなかったけど、君を笑わせてあげることくらいはできたかな。
『あ、あなたは……だれ?』
『オレは魔法使い。毎日頑張ってるお前を見て、お前の願いを叶えにやって来た魔法使いさ』
木のステッキを振り、呪文を唱えると、かぼちゃが豪奢な馬車へと変わる。ネズミは馬へ、犬は御者へ。
『まあっ、すごいわ魔法使いさん……!』
華やいだ笑顔を乗せる椿木に、柚流はいつも胸を動かされた。皺の寄った眉が困ったように垂れ下がり、泣き腫らした瞳に煌めきが宿るとほっとした。
(……椿木さん。オレは君に、幸せになってほしかった)
降り注ぐライトが熱い。浴びる頭の中は、反比例するように静まり返っている。
(でも君は、「死」を選んだ。……残念だけど、オレじゃあダメだったんだな)
未練が雪のように解けていく。
長い片想いだった。淡く、寄り添いたい恋だった。
『さあシンデレラ。最後の魔法だよ。そのみすぼらしい服装を、とびっきり素敵なドレスへ変えてあげよう』
だからどうか、最後は泣いてくれませんように。
笑ってお別れが、言えますように。
***
出番が終わり、舞台袖へ戻った柚流は、いるはずのない男に目を瞬かせた。
「――お疲れ様です、先輩」
「えっ? なんでお前ここに」
壁にもたれ、ひっそりと佇んだ碧葉の姿。周りは誰も気にしていないようで、それぞれ台本を確認したり、舞台上の動きに注視して眺めている。
柚流は声をひそめながら横に立った。
「椿木さん近くにいんのに……よく来れたな」
舞台上には絶賛演技中の椿木。早着替えした青いドレスをひらめかせ、遥人と優雅に踊っている。
「先輩に会いたいと思ったら、案外近くまで来れちゃいました。今まではこんな近い距離、頭が痛くなって飛ばされることが多かったんですけど」
「……あんま危ないことすんなよ」
「え、心配してくれてるんですか?」
普段通りの声量では話せないので、必然と肩が触れ合う。首を傾げた碧葉の、涼やかな目元に見つめられた。伝わってくるあたたかさに、自然と胸が高鳴る。
「し、縛りが解けてきてんのかもな。いろいろもう、オレたち知っちゃってるわけだし」
「……そうですね。この分なら俺、明日も一緒にできそうです。現実に帰れますね」
「あ、」
ギュウッと心臓が捻り潰されたみたいに悲鳴を上げた。
明日の依り代破壊作戦。そこで終わりを迎えることは重々承知している。しているが、碧葉の前だとどうにも取り繕えない。喉の奥がつかえて、息が詰まってしまう。離れたくないと、願ってしまう。
(オレは、とっくにこの感情があることを知ってた。ずっと認めらんなくて、見ねえフリをしてたけど、でも――)
柚流は椿木のために生まれた存在だ。彼女を一番に思いやり、一番に優先しなければならない。それは柚流自身が望んだことで、そこに間違いはない。
しかし、そのせいで無意識にセーブしていた。自身の中で新たに芽生えた、大切な彼への気持ちのことを。
「先輩、」
「碧葉。オレ、お前に返事するよ」
柚流は微笑んだ。肌触りのいいワンピースを握りしめ、すぐ隣にいる碧葉を見上げる。
「オレ――」
「待って。先輩のこと、今すぐここから連れ去ってもいいですか?」
「えっ?」
尋ねる暇はなかった。性急に手首を掴まれたかと思うと、そのまま引っ張られる。背を向けた碧葉が気を急くように、ぐいぐいと体育館から連れ出した。
舞台袖の暗がりから一転。燦然と放つ日の光が眩しい。柚流はもつれそうになる足をなんとか動かしながら、前の彼に向って叫ぶ。
「まッ、あ、碧葉! オレ衣装のまんま!」
暑苦しいウィッグに、踏んづけてしまいそうなほど長い裾のひらひら。耳の横で揺れる銀髪と、足首まで覆うスカートが邪魔だった。ヒールのないフラットシューズのおかげでかろうじて転ぶことはなかったが、走るのにこれほど適していない恰好はない。シンデレラも城から走り去る時、こんな気分だったりしたのだろうか。
――オレにはこんな体験、全然いらなかったけど!
足を緩めた碧葉が振り返る。ようやく止まったかと安堵したのも束の間。軽く屈んだ彼に今度は腰を掴まれる。抵抗もできずふわりと浮く感覚。柚流は碧葉の肩に担がれていた。
「はっ!? なんだよこれ!?」
しかし返ってくる言葉はない。スピードを上げられ、視界がブレる。まだ加減していたのだろう。先ほどと風を切る速さが違い過ぎて、もはや笑いが漏れ出てくるばかりだった。
しばらくして連れてこられたのは、無人の空き教室。今日は文化祭だが、校舎に人気は少ない。体育館のほうへ生徒は集められているのだろう。
ガラッと戸を開け、閉じる音がした瞬間。背中に勢いよく壁が当たった。ズレたウィッグを外され、熱の籠った視線とかち合う。
「――好きです、柚流先輩」
汗で張り付いた前髪を指で払われる。閉じ込めるみたいにして、両側を彼の腕に囲われる。
「先輩は? 俺のこと、どう思ってるんですか?」
余裕のない声色。一瞬たりとも逸らすことを許さない瞳孔が、大きく開いていた。今にも飛び掛かってきそうなほど鋭い眼差しに、柚流はふっと唇が緩む。
「……好きだよ、オレも。碧葉のことがすげー好き」
宝物を扱うみたいに触れてくれるところ、まっすぐ目を見て好意を伝えてくれるところ、傷ついてほしくないと一心に手を伸ばしてくれるところ。
「オレは椿木さんのこと好きだったけど、気づいたら頭ん中、お前でいっぱいになってた。触られるたびにドキドキなんかしちゃったりしてさ。……しかも、それが全然嫌じゃねえの」
赤くなった碧葉の目元をさするように撫でる。
「お前にオレん中、塗り替えられた。お前とこの先も、ずっと一緒に生きてたいくらい、好きになっちゃったんだ……っ」
ああ、これは言うつもり、なかったのにな。
震えた吐息が碧葉に呑み込まれる。咄嗟に瞑った目尻から雫がこぼれ落ちる。待ち構えていた口づけは激しくて、少ししょっぱい。息もできないほど全力で求められて、逆上せた頭は痺れるほど気持ちよくて、張り裂けそうな胸はこの上なく満たされた。
「いますよ。一緒に」
「……っ?」
「俺は貴方を手放しません。俺と一生一緒に生きていくんです」
するりと首をなぞられ、うなじを吸われる。背中のチャックが下ろされていることに、柚流はたった今気が付いた。
「あ、あお――ッ」
「貴方は俺のものだ。たとえ現実では存在できない人だとしても、この理想郷でなら生きられる。だったら俺は、貴方の傍にずっといてやりますよ」
「な、なに言ってんだ! ここは明日壊すって――」
それにお前も、現実に帰るって。
「壊します。でも俺は貴方と一緒にいます」
「はあ!? 意味、分かんねー……っ」
「分からなくていいですよ。貴方に知ってもらうつもりは一切ありません」
そう言うと、再び口づけが下りてきた。脱がされたワンピースの隙間から、線をなぞられる。執拗に何度も何度も。そこにいることを確かめるように。余すことなく、行ったり来たりして。
「っ、あ、あお……ばぁ」
肝心なところは触れられていないのに、柚流の体は火照ったように熱くなった。好きだと認めたせいか、全部が気持ちよくて仕方ない。蕩けるように、身を委ねてしまう。
「先輩、俺もう我慢できません」
太ももに、硬い棒のようなものが当たった。男なら言わずもがな分かるそれは、明確に意思を持ってこちらに主張していた。柚流はごくりと唾を飲む。
「っ、い、いいー……けど。でもオレっ、はっ、は、初めて、だから……」
碧葉のシャツにしがみつき、弾け飛んでいきそうな心臓を必死に堪えた。目は合わせられなかったが、勇気をもって伝えた言葉に、ふっと漏れるような笑い声が聞こえた。
「もちろん優しくしますよ。貴方の全部、俺に教えてください」
塗り替えられる。身も心も全部。碧葉の熱と混ざりあって、溶かされて。射貫くような視線に絡み取られた柚流は、そのまま深く深く、彼の愛に溺れていくしかなかった。

