死神軍医の最愛 〜ケガレた私の処方箋〜

「さて、市民の皆さん、ご協力ありがとうございました。拍手拍手~」

 鷹宮中尉の絶叫を見届けて満足したのか、祈織は素の口調に戻っていた。
 周りの市民たちも、祈織に吊られて手を叩き出す。

「いつから!? いつから録っていた!?」
「オメーが転移した直後からだよ! ぐひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「どう? 今の会話、きっちり収められた?」
「バッチリです! 名演でしたよ、中佐!」
「すげー! こんな特大ネタ、後にも先にもねえぞ!」

 楽しそうに機械をいじっているのは、ラジオの放送局の技術者たちだろうか。
 声をかけた祈織に向かって、彼らはぐっ! と親指を突き立て、爽快な笑顔を浮かべている。

「マジかよ……俺ら、本当に退魔軍の捜査に協力しちゃったよ……」
「やべー! こんなん、一生武勇伝として擦れるぞ!」
「おいおい、向こう十年は他言無用って言われてたの忘れんなよ?」

 放送機器の傍では、私服姿の若者たちが目を輝かせてはしゃいでいる。
 おそらく、鏡の展示品を手がけた陰陽学校の生徒だろう。
 鷹宮中尉と一緒に騙されていたソフィアも、すべてのカラクリを理解して、これはお見事と感心してしまった。

「おのれ貴様……最初からソフィア嬢をおとりにしていたのか……!?」
「いや、本来は僕がおとりになって誘い込む予定だったんだ。そしたら、『変な男が白髪の女性の後を尾けている』って目撃情報が入ったから、急遽この形に変更したわけ」
「なら、入口に待機させていた私の部隊はどこへ行ったんだ!?」
「さあ? どこだろうね?」

 *

 同時刻、鷹宮子爵邸にて。
 家主の鷹宮譲治は、ぶつけどころのない怒りと焦りに顔を歪めながら、鞄に荷物を詰め込んでいた。

亜蓮(あのたわけ)め……! 公共ラジオで堂々と失言をする馬鹿がどこにいるんだ!? 更木もあっさりと捕まりおって! クソッ、クソッ、クソッ……!!」

 鷹宮家と更木家は代々協力関係――とはいえ、当代の更木男爵はあまりにも頼りない。
 とっくに分かっていたことだが、それでも、ここまで意気地なしだとは思わなかった。
 息子も息子で救えないほど馬鹿だし、父として情けないどころではない。
 こうなるくらいなら、さっさと見限って亡命するべきであった――。

「まだ間に合うはずだ……! こんなことで捕まったら、末代までの恥だ! 絶対に捕まるわけには……!!」

 体裁などもはや気にしても仕方がないが、それでも最低限守りたい誇りくらいはある。
 鷹宮子爵は自身に言い聞かせるように呟きながら、亡命に向けて支度を進める。
 最低限の荷物を鞄に詰め、用心深く裏口から出た瞬間――彼は、氷像のように固まった。

「やあ、鷹宮! いい星空だね、天体観測にはうってつけの空模様だ」

 彼の目の前には、ゆうに百は超える兵士たち――そして、軍服を身につけた、爽やかな笑顔の石動中将が立っていた。

「い、石動……っ! なぜ、ここへ……っ!? 後ろの兵は……!?」
「ああ、驚かせてすまない。なに、貴殿の息子の部隊に所属する隊員たちが、()()()祭の会場の前で暇そうにしていたのでな。私たちと一緒に楽しまないかと誘ったんだ」

 ――数日前、亜蓮は死神軍医を捕らえてやると息巻いていたが、まさか……と子爵は推測する。
 まさか……亜蓮は、この厳つい軍服姿のままで、隊員を待機させていたのだろうか。
 怪しすぎる。
 警備に必要な人数以上に、軍服姿の隊員を待機させたら、目立つに決まっている。
 あまりにも浅はかな息子に、子爵は内心で舌打ちをする。

「どうだろう、鷹宮? いささか男臭くなったが、これから夜の遠足としゃれこむのも悪くあるまい?」
「い、いや……私は用事があるので、遠慮させて――」
「まあまあ、そう言わずに」

 子爵が振り切ろうとすると、石動中将が行く手を阻むように移動する。

「積もる話もあるだろうし、この際すべてぶちまけてはくれんかね?」
「い、石動中将……貴殿は勘違いをしているんだ。あれはうちの息子が一人で暴走した結果でだなぁ……?」
「ハハハ! お互い苦労させられるなぁ!」

 冷や汗が止まらない鷹宮子爵に対し、石動中将は満面の笑みだ。
 子爵がどの方向へ逃げようとしても、石動中将は的確な足運びで進路を遮ってくる。

「うちの祈織も実に悪知恵が働くものでねぇ、私も手を焼いているのだ。ここまで来るともはや痛快でなあ。いっそ突き抜けてくれと思っているよ、ハッハッハ!」

 大口を開けて豪快に笑い、子爵の肩に腕を回して、石動中将は――懐からサッと書類を取り出した。

「さて、年寄りくさい冗句(ジョーク)はこのくらいにしておいてだ。鷹宮中将、ここに貴殿の逮捕令状があるのだ。読み上げても構わんかね?」

 *

 祈織の傍らで、退魔軍の兵士が鷹宮中尉の逮捕令状を読み上げる。
 しかし、素人のソフィアにはいささか難解な言い回しで、部分的にしか聞き取れなかった。

「夕方に拘束した更木男爵と、更木製薬の関係者が、取り調べで全部吐いてくれたんだよね。まあ、今の君にも理解しやすいように言うとだ」

 唖然としている鷹宮中尉に対し、祈織は解説を始めた。

「更木製薬はある人物からもたらされた技術を悪用し、血毒の急性発作を促す毒薬を密造していた。そして、囲い込んでいた血毒の患者たちに対症薬だと偽って服薬させた」
「……っ」
「で、吸血鬼化した患者が暴走したところへ、颯爽と現れた君が討伐する。市民は君を英雄扱い。君は名声を得る。――実に分かりやすい筋書きだよね」
「う、うううっ……!」

 鷹宮中尉は唸るばかりだった。

「毒薬の存在も、それによる患者の吸血鬼化も、すべてを知っている……って君は言ったよね。ということは、だ。君はすべて承知していたにもかかわらず、退魔軍への報告を怠った。その上、彼らを助けず斬り殺して、手柄を上げるために利用していた。……ってことだよね? どう? 異論はある?」
「ぐ、うううっ……!」

 自分で喋ってしまった以上、言い訳もできない鷹宮中尉。
 それを見て、祈織はわざとらしく肩をすくめた。

「いやね、本当はこんな茶番をせずとも、瑠璃子のおかげでネタは上がっていたんだ。ただ、君が築き上げた名声もなかなかのものでね。捕縛前に化けの皮を剥いで、世間の洗脳を解いておかないと、捜査に支障が出るって上が判断したんだ。だから、あえて君にも踊ってもらったってわけ」
「ぐぎぎっ……こ、の……っ」
「最後の演説、ご苦労様! 最高に痛快な喜劇だったよ!」

 祈織が満面の笑顔で煽ると、鷹宮中尉は懐に手を入れ――

「この、死神があああ──!!」

 と、取り出した小銃を祈織へと向ける。
 ソフィアが危ない、と叫ぶ前に、祈織が一歩前に出て彼女を庇った。
 直後――鷹宮中尉が銃の引き金を引いた瞬間、銃身がバツン! と異常な音を立てて破裂した。

「うわぁあっ!?」

 何が起こったか、ソフィアには分からなかった。
 気づいたら、鷹宮中尉は銃を取り落としていて、銃を握っていた手を押さえて喚いていた。
 怪我をしたのか、手から激しく出血している。
 その隙を、祈織が見過ごすことはなかった――鷹宮中尉の懐へ瞬時に潜り込むと、彼の軍服の襟と袖を掴み、自分よりも大きな体躯をくるりと軽く背負いあげた。
 鷹宮中尉の爪先は美しい弧を描き、体がそのままドスン! と地面へ投げ落とされる。
 軍帽が脱げ落ち、無防備に晒された顔面を、祈織はトドメとばかりに容赦なく踏み下ろした。
 断末魔の叫びにしては情けない、「ぶべっ」という声が上がる。

(い、一本背負い……)

 軍医で、術師で、内部監査官で、しかも武術まで強い――もう何でもありだった。
 鼻骨と前歯をへし折られて気絶した少尉の顔を見て、ソフィアはぷるっと震えた。

「ソフィアさん、どうやら君のおかげで命拾いしたみたいだ」

 少尉が落とした小銃を見ながら、祈織が言う。
 きょとんとするソフィアに、祈織は爪先で銃身を示しながら言った。

「あ……銃身が錆びてる……」
「多分、君の霊力波を受けたときに、剣と一緒に銃身も腐食したんだろうね。その影響で暴発したんだと思う」

 つまり、銃身が錆びていなければ、祈織は撃たれていたかもしれない、ということだ。

「まさか、夜会で使った術まで再現されるなんてね。強くなったね、ソフィアさん」

 にっ、と歯を見せて笑う祈織。
 ソフィアに対してはいつも柔和に笑ってみせる彼が、こんなに晴れやかな笑顔を浮かべるなんて、少し意外だった。
 初めて見る表情に見とれつつ、ソフィアはこくんと一つ頷いた。

「中佐! 石動中将から、鷹宮中将を拘束したとの連絡が入りました!」
「了解。こちらも計画どおり、鷹宮中尉を捕らえたと報告しろ」
「はっ!」

 軍人口調で部下に指示を出した後、祈織は両腕を頭上に上げ、ぐぐっと大きな伸びをした。

「さて、あとは片付けるだけだ。明日に備えて早く寝られそうだよ」
「あ……」

 そうだ、今日は前夜祭で、本番は明日だ……と、ソフィアは思い出す。
 怒濤の展開だったから、ついすべてが終わったような気分でいた。

(お花、壊されちゃったな……)

 ついでに嫌なことも思い出して、落ちこみかけたソフィアだったが、それもつかの間。

「巻き込んですまなかった」

 祈織の腕が、ソフィアの細い体をきつく抱きしめる。
 こんなに強く抱きしめられたのは初めてだ……と、ぼんやり考えるソフィア。

「もう大丈夫だから」

 その台詞に既視感を覚えて、そういえばとまた一つ思い出す。
 舞踏会で発作を起こした時も、祈織はそう言ってくれた。
 ああ、もう怯えなくていいんだ……と、心の底から安堵したのを、ソフィアはよく覚えている。

(──もう、大丈夫。私はもう、大丈夫)

 自分はようやく、一歩を踏み出せたのだ。
 祈織にも真に認めてもらえたような気がして、ソフィアは少し誇らしい気分だった。

「あの、祈織さん……ご褒美と言ってはなんですが、その……」
「ん? どうしたの――アッ」

 気がついたら、ソフィアは祈織の首筋にがぷ、と噛みついていた。
 霊力波を撃ったとき、多量の霊力を消費したようで、実は血が足りていなかったのだ。
 ソフィアが吸血している間、祈織は必死に声を抑えていた。

「ごめんなさい……抱きしめられたら、どうしても我慢できなくて……」

 汗っぽくなった肌から、血のいい匂いがして、こらえきれなかったのだ。
 こればかりは、誘惑に耐えられなかった自分が悪い、とソフィアは少し恥じ入った。
  
「ンッ、いいよぉ……でもソフィアさん、野外で吸血はちょっと大胆すぎて危険かも……っ」

 危うくやばい性癖に目覚めかけた……と祈織が頬を赤らめて言う。
 口を手で覆っているのは、笑いを堪えているのか、それとも別の何かを堪えているのか。
 祈織はハッと気づいた様子で、周囲を振り返る。

「え、今の、誰も見てないよね……?」
「見てないはずです。一応、ちゃんと確認してから噛みつきましたので……」
「よかった……下手したら僕が本物の変態になっちゃうからね……」
「……お互い、手遅れなのかもしれません」

 吸血に快楽を見いだしてしまった祈織も。
 そんな彼を見て、可愛いと思ってしまったソフィアも。
 単なる主治医と患者という関係には、間違いなく戻れなくなっていた。