末守町立図書館はこの町に昔からある図書館で、郷土資料館のような役割を兼ね備えているらしい。
この場所は毎回通っているが、晴樹が建物の中に入るのは中学生以来だった。
「1976年、50年くらい前か」
「『定礎』なんて見てどうしたの?歴史とか興味あったっけ?」
「いや、ちょっと目について……この石に書いてある年って、建物が建てられた年って認識でいいんだよな?」
「まぁ概ねそうじゃない?建設工事が始まった時に設置されるものだからね」
確かに外観もそのくらいの年期を感じる、なんというか趣のある建物だ。
修一は慣れた手つきでガラス戸を開け、中に入っていく。晴樹も後に続いた。
「おぉ、こんな感じだったっけ」
久しぶりに入る図書館は、学校の図書室とは比べ物にならないくらいたくさんの本が並んでいる。ここでなら、晴樹の知りたい「八臣神社の歴史」がわかるかもしれない。
「僕は本を返してくるけど、何か調べたいものがあるならそこのパソコンで検索できるよ」
修一は受付の近くに設置してある端末を指す。古い図書館だが、さすがにそういった便利な設備はあるようだ。
「えっと、『八臣神社』っと……」
単語を入れて検索すれば、数冊の本がヒットした。この町の歴史をまとめた冊子、子供向けであろう絵本、そしていかにも古そうな歴史資料だ。
「えっと、棚は……あれ、これなんだ?」
「『閉架書庫』だよ。普段は見られない場所にあるから、司書さんに頼んで出してもらうって意味」
「おわァ!……い、いたのかよ」
いつの間にか背後にいた修一に驚き、情けない声を漏らしてしまった。図書館や調べものに詳しいのは修一だ、彼に協力してもらった方が話は早いだろう。
「晴樹、八臣神社について調べてるの?」
「あ、えーと……そうだな、うん」
「今から行くところがこの神社だって知ってたんだ?」
「まぁ……ほら、町に古くからある神社だし、行く前に調べとこうと思って」
「オカルト同好会らしいことしてんじゃん」
しどろもどろになりながらも、晴樹はなんとか取り繕う。修一はというと、晴樹の意外な行動に何故だか少し嬉しそうだ。
ひとまず、すぐに見つかりそうな本を探すことにする。
「末守町の歴史」と書かれた薄めの冊子は、特設されている郷土資料のコーナーですぐに見つかった。
目次を頼りに後半の「信仰の歴史」のページを読む。
どうやら八臣神社が出来る前からあの場所では「八臣信仰」が行われていたという。その歴史は200年以上前から続いていて、それ以前は文献や資料が確認されていないが、更に深い歴史がある可能性もあり──
「えっと、つまり……」
やはり自分は活字を読むのがあまり得意ではないと、晴樹は痛感する。漫画でわかる資料などがあればいいものだが、生憎そんなものは用意されていなかった。
「どう?何かわかった?」
「あー、めっちゃ古い歴史があるってことはわかったけど、この『八臣信仰』ってそもそもなんだ?」
八臣、というのはそもそも何のことなのだろうか。日常生活では聞くことのない言葉だ。
「そういうのはさ、まずは漢字の意味を調べてみるといいよ」
「えっと、八は『8』だろ。『臣』は……」
スマホの検索で調べると、漢字の意味や由来がヒットする。
「臣」という漢字は「君主に仕える者」「家来、家臣」などの意味があり、由来として「神に仕える」というものがあるらしい。
「直訳すると『8人の家来』信仰……?」
「さすがにそのままの意味じゃないと思うけど、この『神に仕える』っていうのが気になるよね」
「確かに、神社だしな」
「一応さ、神社だけじゃなくて町の歴史も調べてみたら?」
修一の言うことは、一理も二里もある。この町で信仰されていたことなのであれば、町の歴史にも何かヒントになるようなことが残されているかもしれない。
ページをめくり、町の基本情報が記載されているページを見てみる。人口や町のゆるキャラの情報、名物になっている八重桜並木のことなどが書かれている中で、興味深いトピックを見つけた。
「『末杜町』が『末守町』に変わったのは、1976年。それまでに起きた歴史を大切にしながら、新しく『町を守っていく』という意味を込めて付けられたんだって」
町名が変更されたのと図書館が出来たのが同じ年だ。どうやらそのくらいの時期に、末守町は本格的に発展していったらしい。
「ここのさ、改名した理由……『それまでに起きた歴史』って気になるね。こういうのって大抵『よくないこと』が起こって、名前を変えることが多いから」
「そうなのか?」
「よくあるのは災害が起こって、とかだけど。でもこの町では大きな災害があった記録は残ってないはずだよ……となると、もしかして『神隠し』のことかも」
「『神隠し』って……都市伝説の?」
神隠しといえば、人が突然姿を消してしまう都市伝説のことだ。オカルトに興味のない晴樹でも、さすがに聞いたことがあった。
「日本各地で伝えられている現象だけど、この町でも噂が残ってるんだよね」
「なるほど、何か関係ありそうだな」
「……なんか、真剣だね」
修一は揶揄うように、頬杖を付きながら晴樹を見る。
当の晴樹はそんな言葉に構いもせず、調べたことを頭の中で整理しながら資料を読み込んでいた。
やがて図書館の閉館時間である午後5時になり、ふたりは建物から出ることになる。冷房の効いていた室内から一歩外に出て外気に触れれば蒸しかえるような熱気が体を包み込み、一気に足が重くなった。
「そっか、図書館にもタイムリミットがあるよな……」
きっと晴樹は何度か繰り返して、その度に違う文献を調べて情報を集めなければならない。長い道のりになりそうだと、溜息を零す。
「わり、修一……先に謝っとくわ」
「え、なんのこと?」
晴樹達は今回も、いつも通りに八臣神社へと向かって歩いていった。
***
「むかしむかしのこと。
この山はとても貧しく、人々は毎日、困って暮らしていました。
ある日、ひとりの男の子が言いました。
『ぼくが神さまにお願いして、みんなを助けてもらうよ』
そう言って、男の子は神さまに会いに行きました。
すると、それからというもの、この山は少しずつ豊かになり、人々は安心して暮らせるようになりました。
けれど、人々はだんだん、その男の子のことを忘れてしまいました。
さみしくなった男の子は、ときどき、自分と同じくらいの歳のこどもを神さまのもとへ連れて行ってしまうのでした」
「子供向けの絵本にしては、内容エグくね?」
次に晴樹が調べたのは、子供向けの絵本だった。地域に根付いた言い伝えを絵本に落とし込んだような内容だったが、この話は男の子が報われず可哀想だ。
「これ、きっと『神隠し』のことだね。子供が消えた理由を、無理やり伝承にして正当化してるんだよ」
「あ、出た。『神隠し』」
「出た、ってなに?キミとこの話するの初めてじゃない?」
「あー、そうだった……わりわり、俺も調べてたんだよ」
「前回」の修一と話していた話題を「今回」の彼とも話していたこととして扱ってしまう。これはきっと「タイムリープあるある」だ、自分と同じようにタイムリープをしている人がいるのならきっと共感してくれるだろう、と晴樹は考える。
尤も、この世にそんな人間がたくさんいてたまるか、とも思うのだが。
「……神隠しといえば、さ」
修一はスマホを取り出し、動画を再生し始める。僅かな音量で機械音声が流れ始めた。
「S町の『神隠し』には周期があるんだぜ。40年周期だと言われているが、正確には39年周期なんだ」
「なんか中途半端で不気味ね」
「古くは江戸中期から、近代に至るまでその周期で続いていたらしいぜ」
「今はもう起こっていないの?」
「昭和の時代まで記録が残っているけど、それ以降は起こってないとされてるぜ」
どうやらオカルトな話題を解説している動画チャンネルらしく、地名は伏字だが町の特徴なども合わせると末守町の話をしているようだった。
「僕がよく見てるチャンネルの動画なんだけど……これね、ちょっと不完全なんだ」
修一は動画の再生を停止する。そして少し悩んだように顔を伏せながらも、晴樹に向き直って話し出す。
「『神隠し』はね、この後も起こってるんだ。ちゃんと周期通りに、ね」
修一の顔は真剣で、都市伝説であるはずのそれが真実であると、信じて疑わないような様子だった。
「……それってさ、もしかして」
「晴樹、閉架書庫の本も調べるんでしょ?さっき司書さんに話しておいたから、そろそろ準備できたんじゃない?」
修一はわかりやすく話を逸らす。きっと彼にとって、あの神社と神隠しのウワサは特別なものなのだろう。
修一とひなたはいつも八臣神社で遊んでいたと、そう言っていた。そして今、ひなたはその神社の「神様」になっている。
この町で起こっていた「神隠し」にひなたが関係していると、修一が考えていたら──今の今まで彼がそのことについて調べていないはずがない。
ひなたがどうして神様になったのか、一体どういう状況だったのか、よく考えたらそのときの詳しい話はひなたから聞いていない。修一からも過去のことを聞きたいが、なんの脈絡もなく聞けるような話ではないだろう。さすがに晴樹にも理解できる。
とりあえず今は情報収集が優先だ、司書さんから閉架書庫の本を借りる。それは民俗学的な資料集で、かなり古そうな文献だった。
「僕もこれ見るの、初めてだよ」
修一も興味深そうに資料を覗き込んでいる。
「八臣神社は1800年代頃に成立したと考えられているが、八臣信仰そのものは1700年代、江戸中期頃より存在していたとされる。
この信仰は神そのものではなく、神に仕える存在である『臣』に願いを託すという特異な形式を持つ。
『臣』とは、神を迎えるための子供たちを指すとされている。
『七つの子供は臣になる』という言伝は近年まで『七つ参り』として残っているが、これは子供が『臣として迎えられないように』という祈願を込めたものである。
この地には古くより神隠しの伝承があり、数名の子供が失踪したと記録されているが、詳細な記録は八臣神社内部に秘匿されている可能性が高い」
「『七つの子供は臣になる』……」
資料を読んだ修一は、噛みしめるように反復している。
きっと今こうして晴樹が調べていることは、修一にとっても重要な真実なのかもしれない。
「なんか心当たり、あるのか?」
正直、修一が簡単には自分のことを話してくれないということは理解していたが。それでも晴樹は、あえて聞いてみたかった。
「……別に、オカルト的に興味深いなって、思っただけだよ」
やはり、話してくれない。きっと修一は、ひなたのことを思い出している。
修一にとって「ひなた」は、よほど大切な存在なのだろう。それこそ、事情を知らない晴樹には話してくれない程には。
そう考えると、あの時──晴樹が修一にオカルトに興味をもった理由を聞いたとき、友達だったひなたの話をしてくれたのはかなり珍しい状況だったのではないか。
そう思うと、晴樹の頬は少しだけ緩む。自分は、気難しい修一の心を僅かにでも開くことが出来ているのかもしれない、と。
「……なにニヤニヤしてんの」
「え、いや……べ、別に」
修一の冷ややかな目線が少々痛かったが、気を取り直して資料に向き直る。
「あのさ、この『子供が失踪』ってところ……やっぱ『神隠し』に遭ってたのは子供だったってことだよな」
「そうだね、それも……7歳になる前の子供が、何人も消えてたって解釈ができると思う」
「じゃあさ、この町の名前が改名されたことも、そういう歴史が関係してるってことか?」
「いきなり話が飛ぶね……でもそうだね、僕もそう感じるかな」
ついうっかり前の時間軸で調べた話題を出してしまったが、なんとか誤魔化せた。
でもこれでこの町の歴史と八臣神社について、大体のことは調べられたはずだ。
「次はこれだな、神社の中に残ってる資料を調べねーと」
文献に記載された「詳細な記録は八臣神社内部に秘匿されている」という文言。もしこの通りならば、更に詳しいことが神社の中でわかるかもしれない。
晴樹は図書館の閉館時間を知らせるチャイムが鳴ったと同時に、本を返却して出口に向かう。修一は呆気に取られていたが、その不思議と意気軒昂な様子に引っ張られるような形で、晴樹の後を追うのだった。
***
「うーん、どうすっかな……」
社務所の前で晴樹は考える。神社に資料が保管されているとしたら、おそらくこの建物の中だろう。しかし裏口の扉は閉まっている、どうやって入ればいいのかわからない。
正直、この窓は割ろうと思えば割れるだろう。実際以前に修一がこの窓を割ったガラス片で自害したのを目撃している。
しかしそんな空き巣のような侵入方法にはやはり抵抗がある。こんな風に形振り構わない状況でも良心というのは痛むものなのか、と晴樹は乾いた笑いを零した。
「ちょっとさ、ダメ元で開けてみたらいいんじゃない?」
「この窓をか?いや、開いてるわけ……」
社務所の窓は、要するにここで御守やお札を売っていたであろう作りになっていて、横に長く大きな窓だ。こんな建物のメインである窓に鍵がかけられていないわけがない。
しかし修一が軽く手をかけたその窓は、大した抵抗もなく開いた。
「……いや、不用心じゃねーか?」
「神主さんも人間だからね、うっかりしてるところもあるんじゃない?」
うっかりにしては致命的すぎるだろうと思ったが、今の晴樹にとっては都合がいい。窓を大きく開き、身を乗り出して内部に侵入する。
「え、ちょっと……本当に入るの?」
修一の目線で考えれば、晴樹は突然社務所の内部に侵入するという奇行に走っているように見えるだろう。いくら肝試しだからといって、まだ日も出ているうちに大胆な行動だ。
「わり!どーしても調べなきゃいけないことがあるんだよ」
しかし晴樹は気にせず、体勢を整えて社務所内部を見渡した。
室内はほとんど物がなく、閑散としている。社務所の内部には初めて入ったが、構造的には割と普通の部屋という印象だ。
床は畳貼りになっていたため、一応靴を脱いで裏口の玄関に置く。そのまま扉の鍵を開ければ、修一も室内に入ってきた。
「で、さっきの資料探すんでしょ?」
「そうだけど、お前まで不法侵入になるぞ」
「こういうのはね、誰にもバレなければ……やってないのと一緒だよ」
晴樹の耳元で囁く修一の顔は、まるで悪戯を仕掛ける子供のように無邪気だ。間違いなく、彼はこの状況を楽しんでいる。
晴樹の方はというと、突然近づいてきた修一の顔をまともに見られず──思わず視線を逸らしてしまった。
心臓が高鳴っている気がするが、ただ驚いただけだと自分に言い聞かせる。
「え、えっと!資料?があるとしたらあそこか、そっちか、っぽいよな!」
誤魔化すように、部屋の奥の引き出しと先程侵入してきた窓側の作業机を指さす。手分けをして探そう、という意思表示が伝わったのか、修一は作業机の方へと歩き出した。
晴樹は部屋の奥、おそらくちょっとした休憩スペースになっているのであろう空間に置いてある引き出しを調べる。
光が入って来ない分薄暗く、何が入っているのか確認するにはスマホのライトをかざす必要があった。
引き出しの中は雑多なもので溢れていたが、しばらく調べていくといかにも古そうな文献を発見した。
「なになに……『八臣社秘記』?」
表紙にそう書かれたそれは、紐で綴じられた本だ。材質も和紙のような、今じゃあまり見ない紙が使われてるのがわかった。
パラパラと中をめくってみる。確かに日本語で書かれてはいるがかなり達筆で、読み解くのに時間がかかりそうだ。
「修一なら、俺よりわかるかな」
手を借りよう、と本を閉じた瞬間。突然、耳をつんざくような音が鳴り響く。
ガラスの割れる大きな音は、確かに修一のいる窓際から聞こえてきた。
「……まずい!」
以前の時間軸を思い出す。このままだと彼は割れたガラス片で自らを傷つけ始めるだろう。
止めなければ、と晴樹は咄嗟に踵を返して修一の元へ急ぐ。
──これ、止めても意味ないのか?止めてもどうせ、違う方法で死んじゃうんだろ?
一瞬、そんな考えが晴樹の頭を過る。実際それも既に経験してきた、なにをやっても無駄だと。だから今、晴樹は原因の解明をしている最中だ。
だがしかし、それがなんだ。
目の前の修一の命は一回きりだ。その彼を救いたいという晴樹の気持ちは、止められるものではない。
晴樹は必死に左手を伸ばす。今まさに、ガラス片を高々と上げた修一に向かって──
「……ッ!いってぇ………ッ」
タイミングが悪かった。修一が勢いよく下ろした切っ先は、晴樹の左腕に容赦なく突き刺さる。どくどくと脈打つそれは、痛いというよりも、熱い。
直感で感じる、きっと太い血管に刺さっていて、このガラスを抜いたら──出血多量で死んでしまうだろう、と。
晴樹が立ち尽くしていることにも構わず、錯乱した修一は別のガラス片を使って自分の喉を搔っ切る。噴き出した血が天井に当たり、ぼたぼたと降ってきた。
やがて彼は絶命し、室内はあっという間に真っ赤に染まってしまった。
「……はは、グロいって」
やはり、何度経験したって慣れることはない。見たくないものだ、大切な友達の死というものは。
晴樹はもはや感覚の無くなった左腕を押さえながら、社務所を出た。
すでに結構な量の血が流れているのだろう、意識が朦朧としてくる。
──もし、もしこのまま、俺が死んだら、どうなるのかな。
そんなことを、考えてしまう。そしたら、修一はもう何度も死なずに済むのだろうか。諦めたくはないが、単純に疑問だ。
自分が死んだら、このタイムリープはどうなってしまうのだろう、と。
そのとき、晴樹の足元に思い切り体当たりをしてきたのは──猫のひなただった。
「ハルキ~!!早く鳥居くぐるにゃ!オマエが死んだら、全部全部台無しだにゃあ~!!」
大声にハッとし、晴樹の意識ははっきりと覚醒する。
一瞬でも弱気になっていた自分の考えを振り払い、鳥居に向かって走り出した。
「ひなた、サンキューな!」
鳥居をくぐる瞬間に「お礼はにゃ〜る100本にゃ」と、軽口を叩いているひなたの声が聞こえた。
──そして意識はまた、午後4時に戻る。
「町外れにある神社にさ、幽霊が出るらしいよ。肝試しに行かない?」
「あぁよかった......ケガ、治ってる」
「ケガ?なんのこと?」
思わず左腕をさすりながら、晴樹はほっと胸を撫で下ろした。
***
「どこから話せばいいのか、わかんねーけど」
あれから晴樹は何度も時間を繰り返して、神社に保管されていた文献を調べた。年代でいうと明治から昭和にかけての、神社の歴史や「八臣信仰」についてまとめたものだ。
「調べてわかったこと、全部話すにゃ。オレもこの神社のこと、ほとんど知らね~のにゃ」
境内のベンチに座り、晴樹はひなたと話している。視線の先、修一は鈴緒に上半身が絡まって息絶えていた。
「その、お前が『なにも知らない』っていうのにも、どうやら理由があるっぽいんだよ」
「どういうことにゃ?」
「俺も全部は理解できてねーから、整理しながら話すぞ」
社務所で見つけた「八臣社秘記」は何冊かあり、達筆で解読するのに結構な時間がかかった。それこそ、晴樹ひとりの読解力ではとても理解できず、ほとんど修一が読み解いたようなものだ。
毎回数ページ解読しては修一が死んでしまうので、数冊の本を読むのに何度繰り返したか憶えていないほどだった。
「まず、『八臣社秘記』っていう本なんだけど……この神社ができる前の信仰のこととか、それによってこの土地でどういうことが起きていたのか、そういう歴史が書いてあったんだ」
図書館で調べた絵本に書いてあった「神様にお願いをしにいった男の子」が、最初に「神隠し」に遭ったとされる子供だった。
これは昔によくあった「生贄信仰」で、人の命を捧げる代わりに厄災を鎮めるという信仰だ。この土地の場合は、干害による飢餓を鎮めるために行われたようだ。
つまり──超常現象的な「神隠し」などではなく、一番最初は人間の手によって意図的に「生贄」にされた子供がいた。
「でも、最初のひとりが捧げられたあと……町の人たちはその少年を祀ることもなく、忘れてしまったらしい。それで、数十年後に実際に『神隠し』が起こるんだ」
正確には生贄を捧げて39年後に、彼と同じ「7歳」の子供が消えてしまった。それを皮切りに、同じ周期で「神隠し」が起こるようになってしまった、ということだ。
「この『神隠し』を、町の人たちは恐れて……『八臣神社』を作って、子供たちを祀ることにしたらしい。でも、それがまた変わったやり方だったんだよな」
「にゃにが変わってんだよ」
「普通、祀るって言ったら神様だろ?でも、この神社は……神様じゃなくて、神様を迎えるための『臣』を祀ってるんだ」
「『おみ』ってなんにゃ?」
「『臣』っていうのは、神様に仕える人って意味だ。つまりこの神社は……神様を迎えるための『臣』を祀って、いずれ神を迎える準備をしている神社だった」
文献に書かれていたのは「七ノ童ヲ臣、八ツ目ヲ神トス」という文言だ。この神社の名前は「八臣神社」だが、その「八」というのは──「神」を表していた、ということになる。
「神である『八』と、迎えるための『臣』……だから『八臣神社』って名前だったんだ」
「その『はち』がオレのこと……にゃのか?」
「あぁ、本に書いてあった年表と照らし合わせると……ちょうどお前が消えた年が、7人目が消えた39年後だった」
不思議なことに、ひなたが消えた年の記録は神社には残っていなかった。その頃にはもう誰も記録を付けていなかったのかも知れないが、修一が奇妙なことを言っていた。
「修一が言ってたんだ。『誰も憶えてないんだ、僕だけがあの子のことを憶えてる』って」
記録に残っている通り、消えた子供たちが人々の記憶から消えたなんて事実は残っていない。ひなただけが、記録にも記憶にも残っていないのだ──修一が憶えていることを除いて。
「理由がわかんねーんだけど、お前には心当たりねーのか?」
「あるわけね~のにゃ……あ、でも、カミサマになるときに『居場所が無くなる』って言われたにゃ」
「言われたって、誰に?」
「誰だかわかんにゃ~けど、多分この流れだと……その『神隠しに遭った子供』ってことだよにゃ」
「そうだな、多分……そうだと思う」
「居場所」というのはどこなのか。こういう時、修一だったらどう考えるだろう。晴樹は思考を回転させる。
「うーん、例えば『人間としての居場所』が無くなるから、人々の記憶から消えたとか?でもだとしたら、なんで修一は憶えてるんだよ?」
「わかんにゃ~けど……よっぽどオレのことが好きなんだにゃ、きっと」
この「ひなた」という神様、いや猫……もとい、少年と話していると、かなりの楽観主義者であることがわかってくる。修一とはまるで真逆な性格だ。
そんなふたりが友達だったというのだから、一体どういう関わり合いをしていたのか、晴樹は気になって仕方がない。
しかし、今はそんな話をしている場合ではないのだ。
「でさ、問題はここからなんだけど……『八臣社秘記』の他に、神主が付けていた日記みたいな、そういう資料も見つかってさ。多分、今からひとつ前の神主が付けてた記録に『儀式の手段は隠匿した』って書いてあったんだよ」
「『ぎしき』って、なんのぎしきにゃ?」
「それは社秘記の方に書いてあったんだけどさ、どうやらお前が完全な神様になるには……とある儀式をする必要があるらしい」
該当するであろうページは破かれていて、他に記述が見つからなかった。儀式についての詳細、行う際の条件や目的などは書かれていたが、肝心の手順は残されていなかった。
おそらく日記を書いた神主が、本当にどこかに隠してしまったのだ。
「その神主の言い分は『儀式を行わなければもう子供は犠牲にならない』ってことだったんだけどさ。逆に儀式が出来ねーから、ひなたが『中途半端な神様』になっちゃったってことだろ?」
「なるほどにゃ……じゃあ、それがどこにあるのか、探さなきゃなんだにゃ」
「隠したってことだから、さすがに処分してるわけじゃなさそうだけど……でも、どこにあるのかわかんねーんだよ。社務所の中はもう隅々まで探しつくしたぜ」
棚の裏から、家具の下、床下が無いかどうかまで──社務所の探索だけで、何回時間を繰り返したか憶えていないほどだ。
「その日記みたいなやつ、オレも見たいにゃ」
「あぁ、一応さっき持ってきたけど」
パラパラとめくり該当のページを開く。社秘記とは違ってまだ読みやすい文体で書かれているが、それでもかなり現代の文とは違っている。
「……んん~?」
ひなたは肉球でぺたぺたと、本をつついている。
「にゃあ、ここのページ……なんか2枚貼り付いてるみたいだにゃ」
「……マジか?」
この日記全体の紙質にムラがあったため、ページごとの厚みをあまり気にしていなかった。しかしひなたの言われたとおりの箇所をよく見てみれば、確かに貼り合わせてある。
晴樹はペンケースの中から定規を取り出し、紙の端にそっと差し込む。紙を破らないように慎重な手つきで、糊を剥がしていった。
紙をめくると、確かに何かが書かれている。
「えっと……『神は逢魔刻には願いに気付かない、死角は足元に』って、どういう意味だ?」
晴樹とひなたは、顔を見合わせて首を傾げた。
境内は相も変わらず夕焼けに赤く染まっていて、長く、長く影が伸びていた。
