一体何が起こっているのかと、晴樹は考えあぐねる。
早く鳥居をくぐってタイムリープし、修一を助ける方法を探さなくてはならないのに。
境内のベンチに座らされ、目の前には「しゃべる猫」がいる。しかもその猫は、今まで晴樹や修一が何度も顔を合わせていた白猫の「ひなた」だ。
晴樹はそのひなたに突然話しかけられ、現在に至る。
「いや、マジで……猫がしゃべるとか、アリなのか?」
「にゃに言ってんだ?オマエはもうすでに『ありえないこと』に巻き込まれてるだろ」
「ってお前、俺が『時間を繰り返してる』ってこと、知ってんのかよ……!?」
猫がしゃべっただけで意味が分からないのに、その上ひなたは晴樹が時間を繰り返していることを知っている。ますます頭の整理が追いつかず、晴樹はわしゃわしゃと両手で頭を搔きむしった。
「いやいやいや、ありえねーことだらけで……頭おかしくなるって!」
「それに、ハルキ……オマエの時間を戻してるのって、オレの力にゃんだぜ!」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍る。
時間を戻しているのが、ひなたの力?それはすなわち、この猫にはなにかしらの人知を超えた力があるということなのだろうか。
そうだとしたら、何故その力で修一を助けないのだろう。
いや、もしかして、そもそも彼が死んでしまうことが──この猫の、せいだとしたら。
「……もしかして、修一が死ぬのも、お前のせいなのかよ」
「はぁ!?そんなわけにゃ~だろ!オレがそんなことするわけにゃい!」
ひなたは反論したが、晴樹はまだ信じることができない。フィクションの中に出てくるしゃべる動物の中には、人間のことを狡猾に騙して利用するタイプも多い。
目の前の「ひなた」を信用するには、証左が全然足りないのだ。
「信じられねーよ。だってそういえばお前……最初に修一が死んだときも、じっと見てたじゃん」
思い返せば、そうだ。修一が最初に死んでしまった時、ひなたは鳥居の真ん中に立って、こちらの様子をじっと伺っていた。
その時は焦っていたが、よく考えるとかなり不気味な光景だ。
「あのにゃ~、そのときに頑張って『力』使ってたんだぞ!」
「ちからぁ?そもそも、お前何者なんだよ」
「ハルキ、そんなこともわかんにゃ~の?『カミサマ』に決まってんじゃん!」
「神様」って言ったのか?この猫は自分のことを、神様だと?そう言ったのか?
晴樹は思わず拍子抜けし、呆れてしまった。
「いや、ないない。神様って、もっとすげーヤツなんじゃねーの?お前が本当に神様なら、その力で修一のこと助けられるだろ。それをしないってことは、お前は神様じゃない!……信用ならねー!」
「うっ……!こんにゃろ~!オレだって、オレだって……助けられるなら自分でシューイチのこと、助けてんだよ!それができにゃ~から、オマエに頼んでんじゃんか!」
ひなたは晴樹のスネに向かって、全力でネコパンチを繰り出してきた。その俊敏な動きはまるで小さなボクサーのようだ。
「いててっ、おまっ、いてーって!わかった、わかったから!」
「……オレがカミサマだって、信じたのか?」
「とりあえず、詳しく話聞かせろって……な?」
いきなり猫がしゃべりだして、自分のことを神様だと言って、時間を繰り返しているのは神様の力が原因で、でもその力で直接修一を助けることは出来ないから、自分に頼んでいる?
晴樹の頭は、突然の情報量にパンク寸前だった。
***
「えーとつまり、まとめると……」
ひなたは晴樹への説明を終え、すっかりくつろいで毛づくろいをしている。日は沈み、あたりは暗くなっていた。
「お前は元々人間で、この八臣神社の神様になったけど……何故かまだ半人前で、十分に力が使えなくて」
「そうだにゃ」
「しかも、実は……子供の頃、修一の友達だったって、マジかよ!?」
ひなたは確かにそう言った。幼い頃にこの神社で修一と遊んでいた友達というのは、自分のことだと。元々が人間だということも信じられないのに、その上修一の友達だったなんて。
そんなの、偶然が出来すぎている。
「マジのマジだにゃ」
「うーん……」
晴樹は先程までこの猫のことを本当に信頼していいのか、話を聞いて判断しようと思っていたが。一通り聞いて、ますますわからなくなった。相手が猫というのも相まって、表情や仕草で考えが全く読めないのだ。唯一の判断材料になる声は、最初の印象通り「子供の声」に感じる。
もし本当に子供の頃の友達だというのであれば合点はいくだろうが、そもそも晴樹を油断させるための罠という可能性もある。
今の晴樹は、かなり疑り深くなっている。それもそうだ、なにをやってもうまくいかないことが続いて心もすっかり荒んでしまっていたのだから。
「なんか証拠はねーのかよ、ちゃんと俺が納得できるような、さ」
「にゃんだよ、オレの言ってることが信じられにゃ~のか!」
「1から10までウソだとは思ってねーけど、やっぱなんつーか……怪しいんだよな。そもそもなんで今突然しゃべりだしたワケ?最初から話せばよかっただろ」
「それは、オマエが何度も時間を繰り返して……やっとオレが干渉できるようになったんだよ。にゃんか、カミサマとはそう簡単に話せにゃ~みたいでにゃ」
言われてみれば、晴樹には霊感なんてものはない。であれば、そんな自分が幽霊どころか神様(自称)と話していること自体が不思議だ。それ相応の理由があるのかもしれない。
幽霊で思い出す、最初にこの神社に来たときに「子供の足音」を聞いたことを。
「なぁ、そういえばさ……最初にここに来たときに、子供の足音が聞こえたんだけど、あれってもしかしてお前?」
「んにゃ、それは違うにゃ。だってオレ、もうずっと猫の姿でしか存在してにゃ~から」
「そっか……じゃあこの神社に幽霊が出るってウワサは、マジの幽霊なのかよ」
予想は外れ、謎が残される。そもそもひなたが本当に神様なのだとしたら、自分の管轄内に存在する幽霊くらい把握しててもいいんじゃないかと、晴樹はますます疑いの目を向ける。
「それがさ~、オレは半にゃん前だから、正直この神社のこと、全然わっかんにゃ~んだよにゃ」
「はぁ?なんだよそれ……」
ひなたの気の抜けたしゃべり方を聞いていると、晴樹まで力が抜けてくる。なんだか、先刻までの緊張感がウソのようだ。
そういえば、修一は「場所が固定されているなら、その場所について徹底的に調べる」と言っていた。まさに、彼が死ぬのはいつもこの「八臣神社」の敷地内だ。
この自称神様も頼りにならなそうだ、晴樹はひとまずの目標を「この神社について調べる」ことに定め、立ち上がる。
「じゃあ、俺もう行くから」
「えっ、ちょっと待つにゃ!」
「なんだよ、結局お前じゃどうにもできないんだから、俺がやるしかないんだろ?」
「まぁ、それはそうにゃんだけど……ハルキ、まだオレのこと信じてにゃ~んだろ?」
「……正直、半々って感じだな」
しばらく話していて、少なくともひなたが「人間を騙すタイプのしゃべる動物」ではないだろうとは感じるが──それでも晴樹にとっては、まだ正体のわからない「謎の存在」であることには変わりはなかった。
「いっこだけ……証拠になるかわかんにゃ~けど、あるぞ」
ひなたはそう言うと、身を翻して歩き出す。付いて来い、と言わんばかりに振り返るその背中を、晴樹は首をかしげながら追いかけた。
***
ひなたが向かったのは、本殿裏の雑木林だった。
日はすっかり暮れたというのに、相変わらずひぐらしの鳴き声が一層強く鳴り響いている。そういえばこの林に入るのは、最初にこの神社に来たとき以来だ。
「えっと、確かこの辺りにゃんだけど……」
ひなたはくんくんと地面を嗅ぎ、なにかを探しているようだ。
晴樹はいつか修一が言っていたことを思い出す。猫も人間の20万倍以上嗅覚が発達しており、犬ほどではないがかなり優れているということを。今こうして匂いを嗅いでなにかを探しているところを目撃し、その話が真実だと実感した。
「あ、これだこれ!ほらハルキ、あったにゃ!」
小さな肉球でひなたが指したのは、晴樹が以前見つけた小さな祠だった。その高さは子供の身長に合っているようだと感じたが、猫のひなたにとってはそれでも高いようだ。
「多分、ここにオレの宝物が入ってる……ハズだにゃ」
「なんでちょっと自信無さげなんだよ?」
「んにゃ……実はオレ、長いことこの姿だからにゃ、人間だったときのことって、あんまり憶えてにゃ~んだ」
「憶えてなくて、なんで修一の友達だってわかったんだ?」
「それはさ……ハルキ、オマエがオレの名前、呼んでくれたからにゃんだぜ」
「……はぁ?え、それって、もしかして」
晴樹には心当たりがあった──確かに、まだ名無しだったこの猫の名前を考えたのは、自分だ。でもそれは本当にたまたま、偶然思い付いただけの名前で、晴樹が事情を知っているはずもなかった。
「まさか、人間の時も『ひなた』って名前だったってことか?」
「そのまさかにゃ!名前を呼ばれたから、オレは自分のことを思い出したんだにゃあ」
そうか、もしそれが本当なら──あの時の修一の、なにかを思い出しているような様子にも納得がいく。彼はきっと、幼い頃の友達のことを想っていたのだ。
晴樹の中ではもうすでにひなたの言っていることが本当のことだと結論づいてはいたが、それはそれとして「証拠」というのが何なのかは気になる。
「で、この祠に何か入ってるんだっけ?」
「そうだにゃ、開けてみろにゃ」
「でも確か、前に見たときは開かなかったけど」
「今ならきっと開くと思うにゃ」
まぁ、これもきっと自称神様の「やっと干渉できるようになった」ということと関係しているのだろう。晴樹は言われるがままに小さな扉に手をかけ、ゆっくりと開く。
経年劣化によるものか、多少の軋みはあったが──それは、簡単に開いた。
「おぉ……な、なんだこれ」
扉の中はいくつか物が入っているようだった。晴樹はスマホのライトを当てながら、中を確認する。
木製のおもちゃや石、ブリキの人形など、パッと見ただけでも様々な年代のものが詰められている。
「これ、全部お前のか?」
「どれにゃ、見えないにゃ」
「あ、そっか」
晴樹はスマホを制服の胸ポケットに入れ、ひなたを持ち上げる。祠の中身を見たひなたは、手前の方にある小さな紙を指し、アピールした。
「これこれ、これがオレの!」
「え、これだけ?他のおもちゃとかは?」
「んにゃ、全然知らんにゃ」
それはそれで、他のモノが一体何なのか疑問は残るが。一旦頭に入れておくとして、今はこのひなたの宝物の正体を突き止めるべきだ。ひなたを地面に下ろし、祠の扉を閉める。林の中より境内の方がまだ僅かに空の明るさが残っていたので、移動しながら紙を確認することにした。
どうやら小さく折りたたまれたそれは、かなり薄い紙のようだ。祠の中に入ってはいたものの、結構古びていて色褪せているように見える。
境内に着き、ベンチに腰掛けて更によく観察してみれば、どうやら「おみくじ」のようだ。
「これ、見ていいのか?」
「今のオレの手じゃ開けられないにゃ」
「そ、そうだよな」
猫に代わって、そっと紙を開く。
それは予想通りおみくじだったが──縦に半分に破かれていた。
「うわっ、おみくじだけど……なんで縦に破かれてるんだよ?」
「あ~、確か……それはオレがやった気がするにゃ」
罰当たりすぎるだろ、と晴樹は心の中でツッコんだが。それはそれとしておみくじをよく見てみれば、縦半分しかないため運勢が「吉」しか書いていない。
「これ、何吉だったんだ?」
「う~ん、憶えてにゃ~な……多分な、この残り半分を、シューイチが持ってるはずにゃんだよ」
幼い子供だったとはいえ、おみくじを縦に半分こして分け合うなんて、さすがに意味がわからない。だが晴樹も小さい頃、庭にアイスの棒を埋めてアイスの木を育てるという奇行に走ったことを思い出し、子供の不可思議さに軽く呆れた笑みが零れた。
「ハルキ、にゃんか心当たりにゃ~か?シューイチがこれの片方を持ってたとか」
「えぇ、そんなのあるわけ……あ、待てよ?」
晴樹は瞬時に記憶を巡らせ、ひとつの心当たりを思い出す。
あれは確か、ひなたのおやつを探していたときだ。修一のカバンのポケットに、大切そうに結び付けられた小さな巾着型のキーホルダーがあった。
もしかして、その中に入っていたりしないだろうか。
「いや、マジで……勝手に漁るのとか、申し訳ねーな」
幸い、修一のカバンはベンチの下に置かれたままだった。晴樹は罪悪感に駆られながらも確認すれば、記憶通りに巾着を発見する。
「そこに入ってんのか?」
「わかんねーけど、大事なものって言ってたから……もしかして、入ってるかも」
巾着の包みは固結びされているが、少し力を入れれば簡単に解けた。きっと頻繁に解いては結び直しているのだろうと、なんとなくそう感じる。
「……あ、やっぱり」
中身を取り出してみれば、それは巻物のように小さく丸められた紙だった。そっと開くと、やはりそれは予想通り──ひなたの宝物であるおみくじの、縦半分だ。
ひなたの方とは違って修一のおみくじは大切に保管されていたのだろう、保管状態がよくほとんど色褪せていない。
ふたつのおみくじを合わせれば、それは元々ひとつの物体であったことを思い出したかのように、文字が浮かび上がった。
「『大吉』じゃん」
ひなたはまた、得意げに鼻を鳴らして笑っていた。
***
今までの出来事を整理する。晴樹と修一はいつも通りの放課後を過ごしていて、修一が突然「町外れの神社に肝試しに行こう」と言い出した。
晴樹はそれに乗り気ではなかったが、渋々付き合うことになる。
そこで突然、修一が人知を超えた力によって命を落としてしまった。
「鳥居をくぐって神社の外に出ること」で、神社に向かう前の時間まで晴樹の意識は巻き戻り──何度も何度も戻っては修一が死んでしまう、という現象を繰り返している。
「で、今は9回目ってことだよにゃ」
「そうだな、8回戻ったから……最初も入れたら9回目だ」
その9回目で突然しゃべる猫に話しかけられ、この「タイムリープ」は神社の神様である猫のひなたの力で起こっていて、それは「修一を助けるため」の手段らしい。
ひなたは元々人間で修一の友達だったということを、先程証明してもらった。
「お前が半人前だから修一を直接助けられないのはわかったけどさ、そもそもなんであいつが死ななきゃないんだよ?」
「それがにゃ、シューイチが死んじゃうのも多分……この神社の力なんだにゃ」
「はぁ?なんだよそれ。神様なのに自分の神社の力が制御できねーのか?」
「だから半にゃん前だって言ってんのにゃ!オレが出来るのは、シューイチを助けられるようにハルキの時間を戻すことだけにゃ」
ひなたの話が本当なら、神様であるひなたと神社が対立していることになる。それに巻き込まれているのが修一で、晴樹はひなたの力で修一を助けるためにタイムリープしている、と。そういうことだ。
「うーん、結構複雑……だな」
晴樹が時間を繰り返す理由はわかったが、どうして修一が死んでしまうのかはやはりわからない。ひなたもこれについては何も知らないようだ。
「やっぱとにかく、この神社について色々調べるしかないよな。そしたらお前が何と対立してるのか、わかるかも知れない」
「にゃんだオマエ、見かけによらず結構頭いいのにゃ」
見かけによらずという言葉が引っ掛かるが、猫と言い争いをしていても無駄に体力を消耗するだけなのでぐっと言葉を抑える。
それに、確かに神社について調べる案を出したのは自分ではなく修一だった。
「そういえば、なんで俺なんだよ」
修一の、誰かの命を助けるという大役を背負うのがどうして自分だったのか。晴樹は平凡で、特別ななにかも持っていないただの高校生だという自覚があった。
「にゃんで、って……たまたまそこにいたからにゃ」
「あー、まぁ確かに、俺しかいなかったか」
「でもオレは、シューイチと一緒にいたのがハルキでよかった、って思ったにゃ。だってオマエと一緒にいるシューイチ、いつも楽しそうだにゃあ」
ひなたはそう言いながらベンチから飛び降り、軽やかに歩き始める。
「ま、せいぜい頑張るにゃ。オレはオマエのこと、信じてるにゃ」
「……お前に言われなくったって、俺は絶対諦めねーよ」
ひなたは晴樹の言葉を背中に受け、しっぽを優雅に揺らしながら歩いていった。
「さて、まずは……図書館とか行ってみるか」
晴樹は決意を新たに、夜の帳に浮かび上がる赤い鳥居をくぐる。
***
「町外れにある神社にさ、幽霊が出るらしいよ。肝試しに行かない?」
「おう、わかった。じゃあまず、図書館に行こう」
「……え、図書館?なんでいきなり?」
「お前、本返しに行くだろ。俺も行くわ」
唐突に話を進める晴樹に対し、呆気にとられた修一はペースを乱される。当の晴樹はというと、もうすでに身支度を整えて図書室を出る気満々だ。修一が読んでいた本も、いつの間にか晴樹が本棚に戻していた。
修一は不服に感じながらも、自分の荷物を持って晴樹の背中を追う。
「キミ、なんか様子がおかしくない?」
「そうか?めちゃくちゃいつも通りだぜ」
もう、なにもできずに無力感に浸っていた晴樹ではない。
絶対に達成するべき目的を持った人間というのは、前しか向いていないのだ。
晴樹の瞳は──あの夕焼けを反射したかのように、光り輝いていた。
