──また、駄目だった。
目の前の修一は、手水舎の前に横たわっていた。
晴樹が僅かに目を離した瞬間。
気付いたときにはもう遅く、修一は心身を清めるために満たされていた水の中に顔を突っ伏して、そのまま溺死していた。
まるで大量に水を飲みこんだように腹は異様に膨れ、長時間水の中に沈んでいたかのように皮膚は膨れ上がり、瞳は白く濁っていた。
明らかに異常だ、短時間でこんな風貌に変わってしまうわけがない。
また、戻らなければ。晴樹は再び鳥居をくぐる。
これで4回目だ。
***
今度は、どこを探しても修一が見当たらない。境内で突然消えてしまった、まるで神隠しのように。
雑木林、手水舎、社務所の裏、本殿の周り。どこにも、形跡すらない。
もしかして、先に帰ったなんてことはないだろうか。晴樹は連絡を取ろうとスマホを取り出すが、圏外であることを失念していた。
ふと足元を見れば、ひなたが歩いている。そのままご神木の方まで進み、なにやら木の根元をくんくんと嗅いでいた。
晴樹の方を向いて「にゃあ」と一声鳴く。
「どうした……?」
呼ばれた晴樹はひなたに近づき、木の根元を確認する。
そこにあったのは、黒い何かだ。しゃがんで、目を凝らしてよく見る。
「ひっ……!!」
ご神木の根元に埋まっていたのは──人の頭だ。それは、修一と同じ黒い髪が生えている、人間の頭部だった。
もしも、もしもここに彼が埋まっているのだとしたら、縦に真っ直ぐ埋まっている、そういう角度で頭部が埋まっていた。
ありえない、そんなのは、あり得るはずがない、こんなことは。
また、戻らなければ。晴樹は再び鳥居をくぐる。
これで5回目だ。
***
その次も、修一は突然消えてしまった。
晴樹は一瞬たりとも目を離さずにいたつもりだった、もはや瞬きのタイミングで消えてしまったとしか思えない。
しかし、今度は先程よりもすぐに見つかった。視界の中に、ひと際目立つ「赤」が飛び込んできたからだ。
──賽銭箱が「赤」を噴き出していた。
まるで貼り付けられたかのように晴樹の足はピクリとも動かずに、ただその光景を眺めてしまう。
それが大量の「血」だと理解したのは、やはり鼻腔の奥まで侵入してきた、鉄臭い刺激臭に気付いてからだ。
足に力が入らない、それでも確かめなければ。晴樹は半ば這いずるようにして賽銭箱に近づく。
噴き出していた血はだんだんと勢いをなくし、やがてだらだらと涎を垂らすように滴っていた。
恐る恐る、それを覗いた。
途端、体が拒絶反応を起こしてそのまま転がるように後ずさる。
形容したくもない、おぞましい肉塊になった修一と──目が合った。
また、戻らなければ。晴樹は再び鳥居をくぐる。
これで6回目だ。
***
「なんかさ、晴樹……嫌なことでもあった?」
境内で修一が晴樹に話しかける。晴樹は幾度の繰り返しの中で、あくまでも平然を装っていたつもりだったが、今回は修一に指摘されてしまった。
嫌なこと?あったに決まっている。だって何度も何度も彼を助けられず、その死に様を見ているのだから。
「え、いや……別に、ねーよ」
「晴樹はウソが下手なんだから、バレバレだよ」
もしもこの場ですべて打ち明けてしまえたらどれだけ楽だろうかと、晴樹は思わず目頭を熱くする。唇を噛みしめ、その考えを振り払った。
修一にはあくまでも、いつも通りでいてもらいたい。これは晴樹が行動して変えなければいけないことで、修一を巻き込むわけにはいかない。
実際に死んでしまっているのは修一だが、時間が巻き戻っていることを認識しているのは自分の方だからだ。それが晴樹の考えだった。
「なんか腹減ったな、って考えてただけだよ」
「さっき葛アイス食べたじゃん。猫用おやつならあるけど、食べる?」
「……いや、いらない」
「ちょっと、ツッコむところでしょ?……やっぱり元気ないよ、どうしたの?」
駄目だ、こんな風にへこたれていたら修一に心配をかけてしまう。
晴樹はひとつ大きく息を吐き、自分の頬をパチンと両手で思い切り叩いた。
「あ~っ!」
「お、驚いたな。急に大きな声出さないでよ」
「わりぃ!俺、大丈夫だから」
「そ、そう?なにかあるならさ、話聞くからね」
「うん……サンキュ」
やっぱり修一はなんだかんだで面倒見がいいのだと、晴樹は実感する。そんな彼のためにも、今度こそ得体の知れない「死」を阻止しなければ。
集中力を高め、晴樹は辺りを見渡して異常が無いかを確認する。
「あれ、おかしいな」
しかし、先に異変に気付いたのは修一の方だった。
「石灯篭が……ひとつ足りない」
境内に置いてある石灯籠が、不自然に無くなっていた。いつもは確か本殿までの道に8基──偶数あったはずだ、対になって置いてあるものだから。
しかし今は、7基しかない。
「おかしいよね、どうしてだろう」
修一はそのまま石灯籠が設置してあったであろう場所まで進もうとする。
瞬間、晴樹の脳裏にとてつもなく嫌な予感が過った。
「……ダメだ、修一!!」
晴樹は半ば体当たりのような形で、修一をその場所から退避させた。勢い余ってふたりとも転んでしまったが。
まさに修一がいた、その場所に──石灯籠が、落下してきた。
「うわ、ビックリした……」
修一は突然の出来事に驚いていたが、体を起こして落下してきた石灯籠と晴樹を交互に見る。
晴樹はというと、ついに自分の行動で修一に迫り来る「理不尽な死」を回避できたことに安堵し、思わず口元が緩んだ。
「は、はは……やった、」
「ありがとう、晴樹。キミがずっこけて僕を押さなかったら、ぶつかってたよ」
「いや、ずっこけたワケじゃねーけど……」
なにはともあれ、やっと修一を守ることが出来た。これで、もうなにも心配いらない。
晴樹はまるで解放されたかのように、体の力が一気に抜けた。
「あれ?でもおかしいな、あの落ちてきた石灯籠……上の、灯篭の部分が無いよ」
修一のその言葉を聞き、晴樹は確かめようと振り返る。
その瞬間。
ゴッ。
鈍く、重く、冷たく、固い。
そんな音が、後ろから聞こえてきた。
確かめたく、ない。もしも振り返って、確かめて、また修一が死んでいたら。
晴樹は今確かに、修一を助けることができたはずだ、それなのに、また死んでいたら?
心臓が爆発しそうなくらい、鼓動が早い。怖い、振り返ることが。
「はぁ、はっ、……なんで、そんな、」
それでも、確かめなければ。
だってそうやって、晴樹は何度も、何度も何度も、確かめてきた。
修一が、なにをやっても「死んでしまう」ことを。
***
これで、7回繰り返した。
晴樹はもう、自分ではどうすることもできないことなのだと、半ば自然の摂理のようにそれを眺めていた。
修一は、晴樹の目の前で自分の腹に何度も何度もガラス片を突き立てている。
このガラス片は社務所の窓を割って手に入れたものらしい、彼はそれを使って何度も自分の腹を抉り、倒れ、やがて動かなくなった。
明らかに正気ではないその行動を、晴樹はただ、見ていることしかできなかった。
いつの日か、桜が散っていく様子を眺めているときと似た感覚だと思った。あのときもあっという間に花びらが散って、地面に落ちて踏みつけられていく様子を、ただ眺めていただけだ。
きっと今の現状もそれと同じだ、これは晴樹の力ではどうすることもできないような──そういう類の現象なのだと、そう思わざるを得ない。
だってどうにかできることだとしたら、解決の糸口くらいは見つかってもいいはずだ。それなのに、なにひとつ見つからない。
でもそれならばどうして、自分だけがこの時間を繰り返しているんだと晴樹は疑問に思うが、もうその答えを探す気力すら残っていなかった。
目の前に横たわる修一の白いシャツは真っ赤に滲んでいる。鉄臭い刺激臭にはもう、慣れてしまっていた。
晴樹のシャツにも血が飛び散っていて、白と赤のコントラストに眩暈を起こしそうだ。
──どうして、お前なんだ。こんな風に死ぬのが、俺の方だったら、よかったのに。
でもそうしたら、こうやって、何度も繰り返して、こんな思いをするのは、お前だったのかな。
それはそれで、しんどいか。
次を、最後にしよう。そう考えてしまうくらいには、晴樹の心は満身創痍だ。
半ば義務を果たすような気持ちで、8回目の鳥居をくぐった。
***
境内のベンチにふたりで腰かけ、淡く橙色に光っている空を眺める。この時間帯の空はいつだってこの色をしていたが、今はなんだか特別輝いているように見えた。
夏の始まりとも言える今の季節は、すべての色の彩度が一層鮮やかだ。山の上だからか、時折強い風が肩を撫でていく。心地いいが、少しだけ肌寒いと感じる程には夜が訪れる気配がしている。
晴樹の心はいつになく穏やかだった。
もう「自分ではどうすることもできない」と理解してしまったからだろうか。抗うことをやめた途端、肩の荷が下りたかのように体が軽くなり、思考は水のように澄んでいる。
「そろそろ、日が暮れるね」
「そうだな」
「ここから見る夕焼け、綺麗だよね」
修一はきっと、子供の頃にもこの場所で夕焼けを見ていたのだろう。懐かしむようにその言葉を呟く姿は、まだ晴樹の知らない表情をしていた。たまに見せる、追想するときの泣き出しそうな表情ではなく、まるでなにか大切なものを思い出すかのような──そんな、優しい顔をしていたのだ。
思えば晴樹は、彼のことを知っているようで、なにも知らない。この1年と少しの間、それなりに関わってきたつもりだったが。出会う以前のことを話す機会なんてなかったし、修一は自分のことを進んで話すような性格でもなかった。
同じように晴樹も事細かく自分の話をしたわけではないが、そもそも修一がその話に興味があったのかもわからない。
少なくとも晴樹は、修一の話に興味があった。自分がオカルト同好会に入ったのだって彼のことをもっと知りたいと思ったことが理由だからだ。
たまに見せるその瞳の奥に潜む哀感の正体を、知りたいと思ってしまったから。
「お前さ、なんで『オカルト』が好きになったの?」
「え、なに……急に」
「いや、ちょっと気になってさ。子供の頃から、神社とか興味あったん?」
「別にそういうわけじゃないよ。この神社に来てたのは……ここで、友達と遊んでたから」
「友達?」
修一の口から「友達」という言葉が出てきたことに、晴樹は意外性を感じていた。正直言って彼は極端に友達が少ない。それは晴樹の主観でもそうだったし、実際に修一自身からも聞いていたことだ。
「少しは隠したら?僕に友達がいたなんて信じられない、って顔してるよ」
「いやっ、そこまでは言ってねーけど……」
「僕にだって純粋で無垢で、なんにもできなかった、子供時代があるんだよ」
そう語る修一の顔は、もう晴樹の知っている表情になっていた。
普段よりもより一層物悲しそうに見えるのは、遠くを見つめるレンズ越しの瞳に夕が反射していたからだろうか。
「でも、そうだね……オカルトに興味を持ったのは、その頃からだよ。小さいときってさ、今よりずっと知識も経験もないから、怖いものがたくさんあったでしょ?それこそ、僕にとっては……世界がひっくり返るくらいのことだった」
修一の言葉はどこか曖昧だったが、それでもきっと「特定の出来事」について話していることは確かだと感じる。ただ、それは晴樹には言えないようなことなのだろう。
「でも、珍しいね。晴樹が自分からオカルトの話をするなんてさ」
修一は自分の話を切り上げ、晴樹に話を振った。
話してしまおうか、いっそ。晴樹は今、常識では考えられないような「繰り返される時間」の中にいる。
これはまさに「オカルト」の分類だ。であれば修一は興味を持つだろうか。さすがに信じられない、と笑うだろうか。
どちらでも構わなかった、だってもう、これを最後にするつもりだったからだ。自分にはどうすることもできないことだと、わかってしまったから。
晴樹は、修一に話すことによって、諦めるための「免罪符」が欲しいと、そう考えていた。
「……あのさ、今から結構『オカルト』な話するけどさ。冗談半分で聞いて欲しいんだ」
「なに、何の話?」
修一は怪訝そうに首をかしげ、晴樹の方を向く。どうやら真剣な話をするらしい、緊張した空気が伝わってきた。
「もしも、もしもの話なんだけど。......お前の目の前で、大切な人が突然死んじゃって。それでさ、なにも出来ないんだ。でも、どういうわけか、時間が......その人が死ぬ前に、戻る」
「よくあるタイムリープ設定の話?」
「まぁ、平たく言えばそうだな。......で、時間が戻ったから今度こそ助けようと思って、その場所に行くなって言っても、それも無駄で。その人が死なないようにいろんな方法を考えるんだけど、なにをやっても、どうやったって、全部……ダメなんだ」
だんだん、声が震えてくる。晴樹は感情を抑えることができなかった。もはや自分にも、今どういう感情なのかをはっきりと認識することができていない。
悔しいのか、悲しいのか、絶望、無力感、苛立ち、怒り──辛くて、怖くて、苦しくて、でも、ほんの少しだけ、安堵している。
だってもう抗いようがないのだ、目の前の大切な人を「諦める」ことしかできないから。
自分には、それしかできないから。
「だからさっ、俺……お前に、聞きたくてさ。……もし、もしも、お前が……お前の大切な人が、目の前で死んじゃって、時間を繰り返して繰り返して、それでも助けられない、ってわかったら……修一、お前なら、どうする?」
晴樹はもう、自分の視界が涙で溢れていることにも構っていられなかった。取り繕うこともできない、そんなことしたって、もう意味はない。
ただ、そんな状況なら諦める他ないのだと、認めてもらいたかった。
修一自身に、その命を見捨てて、諦めることを──許してもらいたかったのだ。
柄にもなく泣きじゃくる晴樹の姿を、修一は茶化すことなく見つめている。
「……きっとさ、その人は『大切な人』を助けたくて、すごく頑張ったんだよね。その人が死んじゃうところを何度も何度も見て、その度に『自分はなにもできない』って思って、それでも諦めないで、頑張ってたんだ」
晴樹は修一の言葉に返答することもできずに、ただ力強く頷く。
「頑張ってたけど、きっと、何かきっかけがあって、自分ではどうすることもできないってわかっちゃってさ。それでもう、疲れちゃったんだよね。諦めるしかない、って……そう思ってる」
修一の言葉ひとつひとつが、まるで晴樹の心を代弁しているかのようだった。正直ここまで真剣に聞いてくれるとは思わなかったが、晴樹にとっては救いの言葉のようだ。
懴悔を乞う罪人はこういう気持ちなのかと──皮肉にも神社の境内で、そんなことを考えた。
「……晴樹、」
修一は優しく、しかし強く意志のこもった声色で晴樹の名を呼び、向き直る。晴樹も瞳いっぱいに涙を浮かべながら、それでも彼のことをまっすぐと見つめていた。
修一は小さい呼吸をひとつ吐き出し、言葉を紡ぐ。
「キミはさ、僕だったらどうするか……って聞いたよね」
「……ん、」
「それなら、言うけどさ。僕だったら……絶対に、諦めない」
修一の言葉は強く、その表情は真剣だった。瞳はまっすぐと晴樹を見据え、確固たる意志を感じる。
「何度も時間が戻るなら、自分が諦めない限りその大切な人は死なないってことでしょ。それなら、僕は絶対に諦めない。何度だって繰り返して、その人が助かる方法を探すよ」
晴樹にとって、修一の言葉は予想外だった。こんな風に力強く「諦めない」と言うとは、思ってもいなかった。
だって普段の彼はもっと飄々としていて、こんな風に強い言葉で主張したりはしない。
目の前の瞳は力強く輝いていて、涙で滲んだ瞳には眩しすぎるくらいだ。
じっと見ているとその光が自分の瞳に反射するような、晴樹はそんな感覚になる。
「……そうか、そうだよな」
「うん。ちなみに、そのタイムリープする人はどれくらい繰り返したの?」
「えっと……8回?」
「あはは、それじゃあまだまだ序盤って感じだな」
「……でもっ、助けられたと思ったときも、結局無駄だったんだぜ。毎回いろんな方法で死んで、めっちゃグロいし」
「死因もいろいろある感じか。僕だったらパターンを分類したり、外的要因がないかどうか探るかな」
「外的要因……?」
修一の顔はだんだんと明るく、まるで難事件を推理する名探偵のように得意げな表情になっていく。彼もまた、考えるときには顎に手を添えるようだ。
「例えば場所が固定されてるなら、その場所について徹底的に調べる。死因にパターンがあるなら分類化して法則性を探してみるし……タイムリープする条件になにかヒントが無いか考えたり、そういうことをするかな」
「で、でも……調べるっていっても、その間にも繰り返す度に助けたいって思ってる相手が死ぬんだ。何度も、何度もさ」
「でも、時間が戻るんでしょ?それなら悪いけど……一旦死んでもらうしかないよね」
そう言う彼の顔は少し口角が上がっている。それが自分自身のことだとも知らずに暢気なもんだ、と晴樹は小さく息を漏らした。
「お、お前な……ソンゴクーじゃねーんだから」
「さっきも言ったように、死因にも理由があるかもしれないでしょ?ヒントがあるんじゃない?」
「うーん……」
晴樹は今までの死因を思い出すが、その方法は様々で共通点など見当たらなかった。物理的要因から精神が錯乱しているとしか思えないもの、得体の知れない怪現象まで、様々だ。
「ま、要は『もしも僕がタイムリープして大切な人を助けられる』なら、絶対に諦めないで『自分が出来ることを全部やって、その人を助ける』っていうのが答えだよ」
そう言って、修一は立ち上がる。
気が付けばすっかり日も沈みかけていて、時計を確認すれば午後6時を過ぎていた。
「誰を助けたいのかわかんないけど、キミならできるよ。応援してるから」
境内の真ん中で振り返る修一の顔を、晴樹は呆然と眺める。
──あぁ、まもなくだ。きっと間もなく、お前は再び死んでしまう。それを俺は、何もできずに見ていることしかできないんだろう。
その予感通りに、境内に一層強い風が吹き荒ぶ。顔を覆い風を凌いだあとにはもう遅く、目の前から修一は忽然と姿を消していた。
しかし晴樹は見逃さなかった、普段は固く閉ざされているはずの本殿の扉が、風に煽られて強く揺れている。向かい風にも構わずに走り、倒れこむようにして覗き込めば、中は暗く冷たい空間が広がっているだけだった。
「……ん?」
いや、違う。よく見ると何かがある。手を伸ばしてそれを掴むと、それは1枚の木札だった。
なにかが彫ってある、それは文字になっていて──「修一」と名前が刻まれていた。
「なんだよ、これ」
こんなパターンは今まで一度もなかった、物理的に体が消えてしまったし、これじゃまるで修一がこの「木札」に変わってしまったかのようだった。
やはり、今回も彼を助けることが出来なかった。
晴樹は落胆したが、それでも──その瞳には、まだ光が宿っている。
──「僕だったら……絶対に、諦めない」
修一の言葉が、晴樹の頭の中に反響している。
その通りだと思った、自分が諦めないかぎりは死なない、と。彼はそう言っていた。
もう先程までの晴樹の思考ではない。諦めるという選択肢は、どこかに消え去っていた。
「……さて、これからどうするか、だよな」
大きく息を吐き、自身の体を奮い立たせる。きっとこれから、途方もない時間を繰り返すだろう。
それでも絶対に諦めないと、晴樹は今この瞬間、決意を固めた。
力強く鳥居を見据え、くぐろうと足を一歩踏み出した、その瞬間だった。
「そろそろ、オレの出番か?」
背後から、声が聞こえた。聞いたことのない声だ。
まるで幼い子供のような、そんな高い声色だった。
晴樹は思わず振り返る。
そこにいたのは──
「えっ、お前……ひなた?」
よく知る白猫の「ひなた」が、境内の真ん中に佇んでいる。
「そーだよ、オレだにゃ」
「えっ、ね、猫が……しゃべってる!?」
ひなたはしっぽを大きくゆったりと揺らし、ふふん、と得意げに笑った。
